第14話 突撃
「沈黙は肯定と取っていいのかしら」
「いいわけないだろう……」
舞の発言を払う。
冗談じゃない。
「ふざけてるのか? お前を、可憐を。敵の本拠地に連れていく? 冗談にしちゃ笑えないぞ」
「冗談ではありません」
可憐が真顔でそう口にする。
冗談じゃないですと?
むしろそれが悪い冗談なんですが。
「中条さんが単身で1人、襲撃して来られた方々のリーダーと相対するところを、黙って見送るわけにはいきません」
「あのなぁ……」
可憐のそういった考え方も嫌いじゃないけど。
俺は頭を掻きながらため息を吐く。
「お前らの間に何があったのかも興味あるが、ひとまずそんなことはどうでもいい。何をそんなに結託して俺について来ようとしているかは知らないけどな。無駄だ。俺はお前らを連れて行くつもりはない」
「な、なぜですっ」
俺の断言に可憐が驚きの声を上げる。
ちょっとだけ、イラッときた。
「安い友情ごっこで敵を一掃できるのはな、フィクションの世界だけなんだよ。お前を狙った奴らが息巻く世界で、そんなものは無用の産物でしかない」
たった今頭を下げた相手に対して使う表現ではないが、仕方が無い。下手な友達意識、助け合い精神で連れて行って捕まったら目も当てられない。
「む、無用の産物って……」
可憐が悲しそうな顔をする。
「撤回する気は無いぞ。これについては本心からそう思ってる。友達意識の付き合い感覚で連れて行って欲しいと言うのなら、やめておけ」
それだけ告げて踵を返す。返答なんて聞く必要も無い。これで可憐との関係がギクシャクするようになるのなら、それは仕方の無いことだ。
そう思いつつ、教会の扉に手を掛けたところで。
「言いたいことはそれだけかしら」
舞からお声が掛かった。
「あん?」
体ごとは振り向かず、顔だけ向けて先を促す。
「無用の産物。結構じゃない。その安い友情を、大切に胸に仕舞って行動してる貴方のセリフじゃないけどね」
「……何だと?」
自分でも、思考がスッと冷えたのを自覚した。
「敵を殲滅することが目的なら、なおさら私と可憐は連れて行くべきだわ」
「寝ぼけてるのか? 誘拐対象者を連れて行くことに、どんな正当性がある」
「貴方、それはもう理由にならないから。狙われているのは魔力の高い学生なんでしょ?」
「今回狙われてんのは、可憐じゃねーか」
「だから、そこよ」
「言っている意味が分からないな」
俺の言葉に、舞がわざとらしくため息を吐く。
無性にむしゃくしゃした。
「確かに今回狙われたのは可憐よ。それは間違いない。可憐の携帯の番号を不正に入手して、咲夜ちゃんをネタに体育館へ誘き寄せようとした。まだ入手経路は調査中だけど、今のご時世、番号なんて平気でお金と取引されてるから、この点に関しては不思議じゃない」
「……で?」
先を促す。肝心の結論が見えてこない。
「今回狙われているは可憐。間違いないわ。狙われているのは可憐よ」
「だからそう言ってるだろう!!」
思わず吠える。
突然声を張り上げた為、可憐がびくりと肩を震わせるが、今はそれに構ってやれるほど心に余裕が無かった。
「分かってるじゃない」
「ああ!?」
「狙われているのは可憐。……なら何で、私を可憐と同じ立場で見てるの?」
「っ」
言葉に詰まった。
熱くなっていた体が、急に底冷えするような感覚。
俺の内心の変化に気付いたのだろう。舞が、これ見よがしにもう一度ため息を吐いて見せた。
「誘拐されそうになった張本人を連れて行きたがらないのは……まあ、理由としては及第点ね。けど、私は違うでしょう。私は貴方と同じ魔力が高い学生というグループに属するだけ。貴方の理由じゃ、私を連れて行けない理由にはならないわ」
「……それは」
うまく言葉が出てこない。舞の言葉に、反論できる言葉が見つからなかった。
「貴方が体育館に乗り込む時は譲ったけどね。今度はそうはいかないわよ。花園家も事後調査で、今回の事件についてはいろいろと探りを入れてるからね。あの時よりも情報は持ってる」
「……どうやってそんなこと」
「私の家系がこの国屈指のものだってこと、忘れてないかしら? 欲しい情報なんて直ぐに手に入るわよ」
舞が「もう分かったでしょ」とばかりに言う。
「安い友情ごっこを抱えているのはどっち? 貴方が私を連れて行きたがらないのは、ただ私が心配なだけでしょ」
……。
ぐうの音も出なかった。
「護衛対象者を連れて行くべきではない、ね。ご高説は結構よ。結局、貴方は私と可憐をこの件から遠ざけたいだけ。理由なんてどれでも良かったんでしょ」
「てめぇ……」
言わせておけば。
舞に向かって一歩を踏み出そうとしたところで。
「……中条さん」
可憐が俺の名を呼んだ。
「私たちも、連れて行って下さい。絶対に……。お役に立てますから」
「……可憐」
半ば呻くように口を開く。
「お前はそんなことが言える立場なのか? 分かっているはずだ。これは、お前を守るための戦いなんだ」
その言葉に可憐が俯く。しかし口は閉じなかった。
「……はい、分かってます」
「なら――」
「それでも、です」
「なんだと?」
可憐が顔を上げた。
「それでもです。貴方がおっしゃっていることは、分かっているつもりです。でも……。それでも、私は一緒に行きたいです」
……。
思いの外強い断言に、一瞬圧倒される。同時に少し興味が湧いた。
「……じゃあ、お前が戦いたいと思う理由は何なんだ?」
「え?」
「そうまでして参戦したいと言う、お前の動機は何なんだ?」
俺の言葉に、可憐は一度目を瞑る。
恐らく5秒にも満たなかっただろう。可憐はゆっくりと口を開いた。
「私、お友達がいないんです」
……。
衝撃の告白をされた。
正面切って言われてなかっただけで、今までのやり取りで十分分かってたけどさ。
「私は、お嬢様ですから……。日本有数の名家に生まれ、不自由無い生活を送る……。自分の立場が、人よりも恵まれていることは自覚しています。……それでも私は、『普通』が欲しかった」
「……ここで参戦することが『普通』だとは、俺は思わないんだが」
どれだけ殺伐としたライフスタイルだ。まるで師匠に振り回されている俺のようじゃないか。
「私も、こうした戦闘が普通だとは思っていません」
「……言ってる意味が分からないな。じゃあ、お前のここで言う『普通』ってのは一体何だ」
「その質問にお答えする為には、中条さんに1つ問わねばなりません」
「あん?」
眉を吊り上げて先を促す。
「貴方が、私を守る為に戦ってくださる理由は何ですか?」
……は?
「……昨日から何度も言ってなかったか? 俺は、お前の護衛だからだ」
「はい。私がお嬢様だからですよね」
「へ?」
「『魔力が高い学生』が狙われる。これだけ見れば、この学園に通う生徒のほとんどが対象になるはずです。ここは有数の名門校ですから。けれど、護衛を雇っているのは私だけ。これは私がお嬢様だからですよね?」
「……今回狙われているのはお前なんだが」
「それは結果論です。お父様が貴方をお雇いになった時点では、まだそれは分かっていなかったと聞き及んでいます」
……。
確かに、そうだな。
「他の方々と同じ条件下にありながら、私だけが護衛の対象になった。これは私が特別扱いを受けているからですよね?」
「……そうかもな」
まあ、そういうことになる。
「この私の我が儘が、中条さん含め様々な方に迷惑を掛けることは分かってます。……でも」
可憐の肩が、ぶるりと震える。
「も、もしかしたらって……思って……し、しまったんです」
目尻から、ぽたりと涙が零れ落ちた。
「貴方と出会って、も、もしかしたら……私も友達が作れるのかなって。 も、もしかしたら。 私も他の方々と同じように、特別なんかじゃない。 普通の……ただの姫百合可憐として……見てくれるのかなって」
「……可憐」
普段の彼女からは想像できぬ感情の吐露に、隣に立っていた舞が可憐の肩を抱く。可憐は嗚咽を漏らしながら、舞の胸に顔を埋めながらも叫んだ。
「ここで貴方に甘えてしまえば! 結局私は、何も変わらない! せっかく、私のことを見てくれる人が現れてくれたのにっ! その人からも特別扱いを受けてしまえば! 結局、私は姫百合一族の令嬢でしか無くなってしまう!」
「可憐、お前……」
俺の何気無い仕草は、可憐の感情をここまで揺り動かしていたのか。
「だ、だから……っ」
顔を上げ、可憐が真っ直ぐに俺の方を見る。
「お願いします。私はどうしても、ここで引きたくない」
力強く宣言された。
「貴方とは、対等なお付き合いがしたいから」
沈黙が、辺りを包む。
可憐は言いたいことは言ったという顔で、俺の顔を見ている。舞も、俺の次の言葉を待っているようだった。
何を甘えた考えを、と。
そう可憐の考えを一蹴できないのは、俺もまだまだガキということか。こうしたことで感情に左右されるのは、一番やっちゃいけないんだけどな。
「……しょうがねーなぁ」
頭を掻きながらそう呟く。
ちらりと可憐へ目を向ければ、目尻を腫らしながらも期待の眼差しでこちらを見ていた。
「舞」
「なに?」
急に矛先を変えられたにも拘わらず、舞は直ぐに反応した。多分、俺がする質問も大方想像が付いているのだろう。
「可憐は、どうなんだ?」
曖昧な聞き方。それでも、舞には十二分に伝わったようで。
「強いわよ」
その一言だった。まあ、色々噂は聞いてたけど。
「魔法実習では2回戦ったけど、決着つかなかったしね」
ほう。
舞の実力はある程度把握しているが、まさかそれについてこれるレベルとは。力量としては申し分ないところだが。
「1つ、当たり前のことを言っておく」
俺のその前置きに、舞と可憐は各々の姿勢を正した。
「実践と実戦。同じように聞こえるが、中身は全然違うぞ。緩衝魔法なんてものは、当然張られていない。敵の魔法を喰らうってことは、死ぬってことだ。その辺分かってるか?」
「ええ」
「……はい」
舞は速攻で。
可憐は、やや躊躇いながらもこくりと頷いた。
……そんなものか。「死」なんて言葉、普通に生活していれば中々出てくるものじゃない。
多分今も言葉では分かっていても、頭では解ってないんだろう。
まあいい。
敵の力量を見て少しでもヤバいと感じたら、本人たちの同意なく転移魔法で強制的に離脱させるという手もある。
「ついて来いよ。……その代わり、やばいと思ったら真っ先に逃げること。これだけは絶対に守れよ」
「ええ!」
「は、はい!」
舞と可憐が、力強く頷く。2人で顔を見合わせ、手を合わせて喜んでいた。
おーおー。
凄い良い笑顔していらっしゃる。本当なら、その情熱をもっと別の方向へ向けて欲しかったけどな。
「ったく……」
呆れた声を出しながら、舞をジト目で睨んでやる。
「こういったことは、本来ライセンスを持つ魔法使いの仕事なんだぞ」
「貴方だってリナリーについてアメリカで仕事してるとき、ライセンス持ってなかったんでしょ」
ああ、そうだよ。どうせそう言われると思ったから、今まで言わなかったんだよ。
おまけに今の俺だってこの間ライセンス取得したばっかりのぺーぺーだよ。こんちくしょう。
喜び合う2人を尻目に、俺はもう一度だけため息を吐いた。
誘拐犯の本拠地を襲うのが若葉マーク付きのプロと無免許の学生2人とか終わってるわ。
☆
泰造氏にバレたら殺される。
それは予感であり、同時に確信でもある。
そりゃそうだ。
自らの愛娘を深夜に無断で全寮制の学園から連れ出し、向かう先は何とその愛娘を誘拐しようと目論んでいる敵のアジト。
どうしちゃったのかな?
頭でもぶつけて気が狂っちゃったのかな?
少し前の俺なら、今の俺の行動を見てそう言うだろう。間違いないね。今でも自分が信じられない。
「……凄いです。まさか私も一緒にテレポートできるなんて」
学園の正門の先、つまり敷地外へと転移したところで。
可憐は、感動した様子を隠そうともせずにそう呟いた。珍しい訳でもないだろうに、周りの風景をきょろきょろと見渡している。
「聖夜、可憐に転移魔法のことは話してたの?」
「……いや、目の前で使った記憶はあるが、話してはいない」
可憐の転移魔法と言う希少な魔法に対する呆気の無い受け入れに、舞が訝しそうな視線で俺に問うてくる。
「見れば直ぐに分かります。身体強化の類じゃ説明できない動きもされていたのですから」
……。
直ぐに分からない集団もいたけどな。案外、俺が助けに入らなくとも可憐1人で返り討ちにできたかもしれない。
「で? どっちよ」
「歩くと結構あるぞ。俺も行ったことがない。念のために言っておくが、転移魔法は使えないからな」
「行ったことがない場所には行けないんですね」
反応したのは可憐の方だった。
「ああ。固定する座標をイメージできないからな」
遠くへ転移するためには、更に下準備も必要だ。
可憐の質問に肯定する。この程度の情報なら、もう可憐には隠しておく必要も無い。
「じゃあ、タクシーでも拾いましょう」
え?
舞の提案に固まってしまう。
「えーっとですね、俺は――」
「ああ、はいはい。お金無いのよね? 大丈夫、出してあげるから」
「お金無いんですか?」
「……はい」
情けなさすぎる。
「では、私も出しましょう」
「いいわよ。割り勘しなくてもこのくらい」
「で、ですが」
「いいからいいから」
「でも……」
「……あ、あの……さ」
「何?」
「何でしょう?」
勝手に会話を続けてしまう2人のお嬢様に割り込む。
「お金、入ったら払います」
☆
結局。
タクシー代は舞持ち。但し、今回の件での報酬が入り次第俺が返すという形となった。
舞は「別にいいのに」とか言っていたが、男の甲斐性としてそこは譲らなかった(お金を借りてる時点で、既に甲斐性とか言う資格無いかもしれないけど)。
行き先が行き先だったので、目的地までは行かずに少し手前で車を停めて貰う。
運転手からは、さぞかし奇特な光景として映っていたことだろう。深夜に呼び出され向かった先に居るのは3人の魔法服を来た男女。そして訳も分からんところで停車、支払いが済んだら無用ときた。
停車場所は、目的地には成り得ないようなただの道。「お帰りは大丈夫ですか」という問いに舞が「平気です」と答え、運転手の頭には更なる「?」マークが浮かんでいた。そりゃそうだ。こんな辺鄙なところから帰る手段があるのなら、行きもそれを使えという話になる。
「……なによ。これから乗り込もうってのに考え事?」
「いや、なんでもない」
舞からの問いかけに、首を振って答える。
視線を正面に移した。茂みの隙間から見えるそこに立つのは、古びた廃工場。
時間が時間である為、気味の悪さに拍車が掛かっている。明かりが見えないところを見ると、本当に寝静まっているか漏れないよう工夫されているかのどちらかだ。
「それで、どうなさるんですか?」
「どうって?」
可憐の質問に、質問で答える。
「え? それはその……作戦、とか」
「作戦? 正面から踏み入る。目に留まった奴から潰す。敵がいなくなるまで続ける。それで終わりだ」
唖然とした目で見られた。
「すまん、嘘です」
「……随分と余裕なのですね、中条さん」
ジト目で睨まれた。
一応、そんな感じで昨晩の体育館騒動は片付けたんだけどな。それにしても、可憐にこんな表情ができるとは。新発見だ。
「で? どうするのよ」
「ああ、まずは相手のボスを抑えたい。下っ端はその後だ」
「普通、逆の順序を辿るのでは?」
俺の答えに可憐が首を傾げる。
「そうなんだが、捕えた男から微妙な情報を貰っててな。もしかすると、相手のボスは転移魔法が使えるかもしれない」
「はぁ?」
舞が「何言っちゃってんの」みたいな声を出した。
「転移魔法? 聖夜、貴方それ信じてるの?」
「……言っただろう。微妙な情報だってな。だが、可能性が少しでもあるのなら、用心するに越したことは無い」
「では、私たちは?」
可憐からの問いに、少し考えてから答えた。
「雑魚は任せる」
「……え?」
「ふふ。そうこなくちゃね」
きょとんとする可憐と強気な笑みを浮かべる舞が、実に対照的だ。
「転移魔法の有無に拘わらず、敵のボスは俺が引き受ける。あの程度のレベルの刺客しか送って来なかった時点で、この組織の底は知れている。周りの雑魚共は任せた。その代わり――」
一旦切って2人を見る。
「1人も逃がすんじゃないぞ」
「分かってる」
「……分かりました」
「舞、可憐からは離れるなよ」
「もちろん」
「わ、私は平気で――」
「お前には、別の確認が必要だ」
「え?」
可憐の言葉を遮って口を開く。
「やれるんだな?」
何がかは言うまでもない。非情に、なれるのかということ。敵に情けをかけ、自分たちの立場を危険に晒す真似は許さない、ということ。
「……やれます。弁えているつもりです」
「……そうか」
完全に安心できる回答、とまではいかなかったが、こんなものか。自分の性格をそう簡単に変えられるはずもない。元来、戦闘には向かないタイプってことだ。
「さて」
俺が廃工場を見ながらそう呟いたのを見て、2人の表情も固さを増した。
「まずは、偵察だな。舞」
「ええ、分かってるわ」
舞の答えと同時に、肩からぴょんと飛び降りる2つのぬいぐるみ。
「あら……? 舞さん、この魔法って……」
「気付いた? 流石ね」
可憐の言葉を聞いて、舞が感心した声を上げる。
「今私が使ってる魔法は、属性付加による操作魔法じゃないわ。それだと、感知タイプの魔法使いには直ぐバレちゃうからね」
「では、舞さん。貴方も?」
ちらりと俺の様子を窺ってから、可憐が問う。それに対し、舞は躊躇うことなく答えを提示した。
「ええ。私は非属性・無系統“操作”魔法を持ってる」
「……非属性を」
「ええ」
「い、いいのですか?」
「何が?」
「舞さんだけでなく、中条さんもですが……。私に、そんな大切なことを知らせてしまって」
非属性を持つ魔法使いは、その事実を隠すことが多い。他の者には扱えない自分だけの武器というのは、戦闘を行う上でこの上なく有利に立てるし、その特異性から対策も立て難い。それが前以って知らされた情報では無く、初見の相手ならば尚更だ。
また、それだけではなくこの属性の希少性からも、隠したがる者は少なくない。
理由は簡単。その希少さ故に、どの組織・機関でも喉から手が出るほど欲しい能力だからだ。魔法警察等、公共機関からのアプローチならまだ良い。それこそ、今回可憐たちを誘拐しようとしたような組織から目を付けられたら、もう終わりだ。その組織が壊滅するまで追い掛け回されるだろう。
可憐が躊躇いなくその能力を明かす俺と舞に狼狽するのは、そういった意図からだろう。舞もそれが分かっているからこそ、わざとらしくため息を吐いて見せた。
「可憐」
「は、はい」
「貴方、色々と考えすぎ」
「……え?」
舞の発言に、可憐が首を傾げる。
「別に隠す必要なんて無いでしょ。聖夜も、貴方も。と……仲間なんだから」
「ま、舞さん……」
その言葉に、感動したかのような声で可憐が呟く。素っ気なく伝えようと頑張って、失敗した感じ。舞は明後日の方向を向きながら、髪を弄り倒している。本当は何が言いたかったのかも分かっていたが、口には出さなかった。多分出してたら、敵からも容易に察知できるであろう魔力がここら一帯に吹き荒れることは必至だ。
第三者の視点からは、見ているだけで恥ずかしくなるようなやり取りだったが、思いの外可憐には良い影響を与えたようだった。
「……ならば、私も。お2人の期待には応えねばなりませんね」
可憐が、MCを起動させながらそう口を開く。
「中条さん、大丈夫です。私、ちゃんとやれますから」
「……そうか」
可憐の宣言に頷いたところで、舞が放っていた2羽のうさぎが戻って来た。
「どうだ?」
「……入り口は2つ。前方の正面入り口と、反対側に裏口。後、出入りができそうな窓はいくつもあるわ。廃工場って環境のせいね、ほとんどが割れてる」
「なるほど」
「正面玄関と裏口……。二手に分かれますか?」
俺が思案顔になったのを見て、可憐が提案してくる。
「いや……敵のボスの位置が分からない以上、それは無しだ。俺が裏口から侵入している間に、正面から踏み込んだお前らが先に遭遇してしまったら、目も当てられない」
「じゃあ、どうするの?」
「舞、ちゃんと持ってきたか?」
「もちろん」
そう言って舞はクマのぬいぐるみを取り出す。2つ。
「1つを裏口に配置しておけ。それで十分だ。俺たちは正面入り口から踏み込もう。俺はボスを見つけ次第、そいつを抑えにかかる。周りは任せたぞ」
「分かった」
「……本当に正面突破でいくのですね」
「隠密に事を運ぶには、それなりの経験が必要だ。学園で少し成績が良い程度の生徒が、ぶっつけ本番でやってできるようなものじゃない。そんな付け焼刃の行動でリスクを背負うよりも、正面から堂々と戦闘に入った方が良い。魔法力の勝負になりさえすれば、こっちのものだ。お前たちは強い」
「……分かりました」
俺の言葉に、可憐が神妙に頷く。
可憐の魔法はまだ一度も見たことは無いが、その身に纏う魔力の洗練さから分かる。名家の令嬢として才能に頼りきりの魔法使いではないようだ。学園では舞と魔法大戦を演じていたようだし、その気になりさえすれば戦力として申し分ないだろう。
「じゃあ、いいな? いくぞ」
「ええ」
「はい」
俺たちは、廃工場の入り口へと踏み出した。