第17話 アギルメスタ01 ⑤
☆テレポーターの簡単復習講座☆
〇完全詠唱:詠唱を省略することなく唱えきること。
〇詠唱破棄(直接詠唱):部分的に詠唱を破棄し、短くする技術。最後の一音のみで発現したものを直接詠唱という。
〇無詠唱:全ての詠唱を破棄した上で魔法を発現させる高等技術。
〇魔力容量:自らの身体に宿す魔力の絶対容量のこと。自分が持ちうる魔力の量、その器の大きさ。
〇発現量:一度の魔法発現の際に、開放できる魔力の放出量のこと。
〇発現濃度:発現された魔法に宿る魔力の密度のこと。
〇Rank:魔法の難易度をRank〇と表現する。Rankは下から順に『F』『E』『D』『C』『B』『A』『S』『M』となる。
☆強弱関係早見表☆
【無】と【非】、【幻血】に強弱無し。※強弱は無いが相性はある。
【火】→【風】→【雷】→【土】→【水】(→【火】~)
【光】⇔【闇】
★
『きっ!? 決まった-っ!! 大胆不敵!! あの誰もが止められなかったT・メイカーを!! アリサ選手と龍選手がついに破ったー!!』
マリオが声を嗄らして叫ぶ。あまりの衝撃に、観客席は凍り付き歓声はあがらなかった。
エルトクリア大闘技場の決戦フィールド。
その一部は、アリサのRankA『迅雷の槍』と龍の『業火の天蓋』の集中砲火によってめちゃくちゃに荒らされ、その全てを一身に受けたと思われるT・メイカーがいる場所は、立ち昇る黒煙によって窺い知ることはできない。
『これは……、ちょっと過剰攻撃すぎたんじゃあ……』
震える声でマークがカルティへと視線を向ける。カルティも、最悪の事態しか想像できないと言わんばかりの表情で頷いた。
『RankA、しかも貫通に秀でた「迅雷の槍」に、攻撃特化の天蓋魔法「業火の天蓋」の集中砲火、それら全てが「業火の蔦」による束縛を受けた状態で直撃、でしょ? 大魔法の連発でよく見えなかったから、メイカー選手がどんな防御魔法を発現したのかは知らないけど……。死んでてもおかしくないよね、メイカー選手。むしろ、生きてたらそっちの方が驚きというか……』
★
「聖夜君っ!?」
19階のスイートルームにて。
美月は、その身体を乗り出さんばかりに決戦フィールドを見下ろしていた。
「いっ、いいいいい、今のまずいって絶対にっ!! せ、聖夜君死んじゃった!?」
慌てまくる美月。ルーナは不安そうな色を含んだ目つきでリナリーを見る。
リナリーは無言だった。
「……今のは少しまずいかもしれませんね」
代わりに、シスター・マリアがそう呟く。しかし、それは美月に更なる動揺を与えるものだった。
「少し? 今のが少し!? 少しどころじゃないよ!! 一般人が受けてたら軽く三回は昇天できるレベルの魔法だよ!? 消し炭になっちゃうよ!!」
「……黙りなさい、美月」
「っ」
冷えたリナリーの一言に、パニックになっていた美月が押し黙る。リナリーは、右手親指の爪を噛みながら顔をしかめた。
「……最後、不意打ちで『業火の蔦』を受けたことで“書き換え”をキャンセルされたわね。あの程度で動揺して座標演算をしくじるなんて……。それに“書き換え”自体、あの場面まで温存しようと考えているからこそ手遅れになる」
「今まで極力使わせないようにしていたからこそ、咄嗟の選択肢として浮上できないのではございませんか?」
「そんな言い訳は求めていない」
どこまでも冷えた声色だった。ぴしゃりと言い切られたシスター・マリアが、目を白黒とさせる。
「だから貴方はいつまで経っても半人前なのよ、聖夜」
そのセリフは、誰が聞いても苛立ちに満ち溢れた声色で紡がれていた。
★
「……う、……うそ」
震えた声が、その桜色をした口から漏れ出た。
「うそ、……でしょう? うそ、……ですよね……?」
大きな瞳は、焦点が定まらずにあちらこちらへと視線をずらしている。
「そんな……、わたし、私の、王子様が……」
頭上に展開されていたどす黒い魔法陣が、音を立てて砕け散った。同時にマリーゴールドの膝が折れる。膝立ちになったマリーゴールドの頭から、吹き込んだ風でとんがり帽子が飛ばされた。それすら気づかずに、マリーゴールドは呆然と呟く。
「うそ、……うそ。うそよ……。そんなの……。王子様が負けるなんて……」
「現実逃避はやめたら? ガルガンテッラ」
瓦礫の山を乗り越え、マリーゴールドの近くまでやってきたアリサが言う。
「T・メイカーは敗れた。それがこの戦いの結果よ」
「かなりやり手だったよなー、あいつ。正直びびった。形式といいあいつの実力といい、情報が食い違い過ぎだってんだよ」
その隣へ、全身強化魔法の力で跳躍してきた龍が着地した。着地の寸前で、纏われていた『業火の型』が消える。
「なに勝手に全身強化魔法消してるのよ」
「天蓋魔法との両立はきっついんだっつーの。それに、そういうお前だって『迅雷の型』消してるじゃねーか」
アリサの文句に龍が食いついた。そして後ろ手で空中を指さす。そこには、龍が発現した火属性の天蓋魔法が待機状態で控えていた。
「天蓋魔法は維持してんだから大目にみろよ」
「まあ、及第点はあげられるかしらね」
「何様だよあんた」
「隊長様よ。『断罪者』のね」
アリサは、天蓋魔法から未だ立ち上る煙のせいで中の様子が窺えないクレーターへと目を向ける。
「少しやり過ぎたかしら」
「少し?」
アリサの小さな呟きに、龍が眉を吊り上げた。
「貫通属性が付与されたRankAの雷魔法に、火属性の天蓋魔法を浴びせたあの攻撃が少し? 過剰攻撃も良いところだろ。死んでるかもしれんよ、T・メイカーは」
龍の最後の言葉に、膝立ちのまま俯いていたマリーゴールドの肩が僅かに震えた。しかし、その様子に2人は気付かない。
「それじゃ、ガルガンテッラさんを潰したらあんたと1対1ってことでいいのか?」
「そうね。棄権してくれた方がこちらとしても助かるんだけど。どうかしら、ガルガンテッラ」
「……ない」
その小さく漏れ出したマリーゴールドの呟きは、2人には届かなかった。マリーゴールドはもう一度言う。
「……さ、ない」
「は?」
「え?」
龍とアリサが顔を見合わせた。
マリーゴールドは、言う。
「……い。……ない」
言う。
「……ない。……さ、……ない。……ゆ……ない」
言う。
「……い。……、……ない。……ない。……、ゆ……、……。……い」
何度も。
「……、……、い。……ゆ……い。……、……、さ……、い……、……、……ない。ゆる……、い」
言う。
そして。
ついに。
「……ゆるさない」
その一言が、明確な形で龍とアリサの耳へと届いた。
瞬間。
「下がれっ!!」
龍が咆哮した時には、既にアリサも後方へと跳躍していた。龍とアリサが無詠唱で発現したのは、無属性の身体強化魔法。瞬時に発現されたそれが、両者の窮地を救う。龍とアリサがその場から後退した直後、マリーゴールドの身体から禍々しい紫色をした槍の群れが、2人がこれまでいた場所を串刺しにした。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
絶叫。
自らの身体を押し抱くようにして、マリーゴールドが吼える。
全身から、禍々しい紫色をした気体が吹き出した。
「これはっ!?」
「ここで幻血属性かよ!? 『業火の天蓋』!!」
龍の叫び声に呼応し、空中で待機していた天蓋魔法が唸りを上げる。
しかし、それが猛威を振るうよりも先に。
メイカーの踵落としが、空中で展開されていた魔法陣を蹴り壊した。
「はっ!?」
ガラスが割れたかのような甲高い音を耳にし、アリサが空へと目を向ける。その時には、既にメイカーはアリサの真横にいた。
「これは倒すべき敵を少しでも視界から外したお前の驕りだ」
「がっ!?」
「フェミルナーっ、――ぐはっ!?」
アリサの身体が「く」の字に折れ曲がり、宙へと浮く。その光景を目にして口を開いた龍は、直後に襲ってきた痛みに思わず顔をしかめた。自らの腹部に突き入れられた脚。
「……T、……メイカーっ!?」
「先ほどのは効いた。これは礼だ」
その“不可視の砲弾”は、足先から放たれた。
「がああああああああああああああああああああああああああ!?」
それはアリサをも巻き込み、龍を派手に吹き飛ばす。
戦況は、再び五分へと戻された。
☆
「おっ、王子さっ」
「いやー、まいった。かなり効いたなこれは」
歩いて移動するのも億劫になり、防御特化の“不可視の装甲”を身に纏いつつ、“神の書き換え作業術”を発現する。マリーゴールドのすぐ近くへ転移しながらそうぼやいた。
「きゃっ!?」
「……あぁ、すまん。驚かせたな。っ、いってぇ」
急に傍に現れたことで驚いたのだろう。可愛い声を出すマリーゴールドへと謝罪したが、声が痛みで震えてしまった。属性優位の身体強化魔法を纏ってなかったら、腕の一本や二本は平気で消し飛んでいただろう。“神の書き換え作業術”の演算処理が狂ったのが痛かった。本当なら、もっと遠くへ逃げられていたはずなんだが。
龍の捕縛魔法で取り乱したのが最大のミスだったな。
自らの両腕を見る。
なかなか悲惨な状態だった。特に右腕。右腕は2つの大魔法から身体を守り切った代償として、ローブごとひどく爛れている。左腕も負傷しているが、右の方が比べるまでもなく重症だった。あの集中砲火の直撃は避けられたものの、十分余波には巻き込まれた。その結果がこれだ。
それを見たマリーゴールドの目が、限界まで見開かれる。
「そっ、そんなことはどうでもいいです!! 王子様っ、今すぐにそのよく分からない魔法を解いてください!!」
「あ? どうして」
いきなり何を言い出すんだこいつは。それに「よく分からない魔法」って、よく俺が“不可視の装甲”を纏ってることに気付いたな。
「いいから!! 早く!!」
「だったら、お前の周囲を覆ってる紫色のいかにもヤバそうな魔法を解いてくれ。俺、死なないだろうな?」
さっきから俺の“不可視の装甲”が反応している。こいつの発現させた紫色の気体を弾いているのだ。
……そうか。こいつ、その弾いてる反応を見たから、俺が「よく分からない魔法」を発現していることに気付けたのか。俺の周囲に張られている膜のようなものに気付かれるのは、正直本意ではない。
「あっ、ご、ごめんなさいっ!!」
マリーゴールドが慌てた様子で、自らの周囲に纏っていた魔法を解いた。
「さ、さあっ!! 解きましたよ!! 王子様も!!」
「えーと、解いて何するの?」
とりあえず聞いてみる。
「はっ・やっ・くっ!! 早くっ!!」
「……分かった分かった」
必死の形相で詰め寄られ、結局言われた通りに“不可視の装甲”を解いた。マリーゴールドが両手を向けてきた。魔法を行使しようと魔力が込められたのを感じたが、今更こいつは俺に危害を加えるようなことはしてこないだろう。
その程度には、もう俺はマリーゴールドのことを信頼していた。
「『裏切り、逆回転、生命の唄』!! 『混沌の輪』!!」
黒い魔力が俺の右腕を包み込む。纏っていたローブごと焼け爛れていた右腕が、徐々に回復していく。
「良い腕だ。治癒魔法か」
それも省略詠唱で。やっぱこいつ魔法使いとしてのレベルは大分高いよな。見る見るうちに皮膚が再生している。血だらけになった腕の中で、徐々に再生していく皮膚。見ててちょっと気持ち悪い。
「待ってください、もう一度っ」
「させないわよ!!」
そこへアリサ・フェミルナーが割り込むべく距離を詰める。
しかし。
「うっさい!! 外野は黙っててっ!!」
マリーゴールドが吼えた。それに呼応するかのように、再びその身体から紫色の何かが吹き出した。今度は気体じゃない。まるでしなる鞭のようだった。それらが、こちらへ突っ込んでくるアリサ・フェミルナーを迎撃するべく風を切る。
「『拒絶、焰、敵を拒め』!! 『業火の壁』!!」
アリサ・フェミルナーへと接触する寸前のところで、龍の火属性の障壁が割り込んだ。
「危なっ!?」
「今の音を聞いたか!? 火の障壁がじゅわっつって溶けたぞ!? これ毒だろ!? くらったらやべぇ奴じゃねーか!!」
アリサ・フェミルナーの後ろからついてきていた龍も叫ぶ。そちらへは目も向けずに、マリーゴールドは焦った様子で言う。
「お、お待たせして申し訳ございませんっ。すぐにもう一度っ」
「いや、これでいいや。ありがとな」
自らの指や腕を動かしながら、俺はマリーゴールドを制止した。
「しっ、しかし。まだ血も完全に止まりきっていませんっ。そのままでは傷口がすぐに開いて」
「はいはい。落し物だ」
食い下がろうとするマリーゴールドへ、拾ったとんがり帽子を被せる。「あうっ」と声を出してされるがままに帽子を被らされたマリーゴールドが、目を丸くしてそれに触れた。
「こ、これっ」
「クレーターのところで拾った。立てるか?」
膝立ちのままだったマリーゴールドに、手を差し伸べる。マリーゴールドは恐る恐るそれに触れようとして、結局触れずに自分で立ち上がった。
「お、王子様のお手を煩わすことでは、ご、ございませんので」
「そうか」
負傷した腕に負荷をかけたくないというマリーゴールドの気持ちは十分に理解しつつも、俺はそれだけを言うに留めた。
その代わりに。
「お前は魔力がそろそろ限界だろう。動かせるまで回復してもらえただけで十分だ」
そう告げて、視線を違う場所へと向ける。
そこには。
アリサ・フェミルナーと龍。
「あれ? よく考えたら俺とお前、敵同士なんだよな。さっきの毒魔法からお前守る意味無かったじゃん!! うっわマジでもったいないことした!!」
「なんてこと言うのよ!! 本人の前で!!」
「お前最初に寝首掻かれる覚悟をうんたらかんたら言ってたじゃねーか!!」
……意外と息が合ってるよな、あいつら。
くだらない言い合いをしている2人にうんざりしながらも、視線をマリーゴールドへと戻す。
「天蓋魔法は潰れた。強化魔法も消えた。もう一度、振り出しに戻ったわけだ。お前は自分を守ることに専念してく――」
「私もまだ戦えますっ!!」
遮るようにしてマリーゴールドが叫んだ。
「いや、けどな」
「王子様1人で危険なことをさせられるはずがないでしょう!! いえ、むしろ危険なことは全部私がっ! す、少し時間を下さい!! すぐにあの下等な2匹から目玉をくり抜いて王子様に献上を――」
「落ち着けお前ほんとやめろこれ見世物だから!!」
なんだよ目玉をくり抜くって!! 日常会話でそんな表現使わねーよ!!
「じゃ、じゃあ王子様のお手を穢したあの下劣な2匹の両腕をそのままもいで――」
「バイオレンスすぎるんだよいちいちお前の表現は!!」
もぐ!? そのままもぐ!? そのままってなんだ拷問か!?
「えっと、じゃあっ、じゃあっ!!」
「……つまり、お前はまだ戦えるんだな?」
「は、はいっ!!」
駄目だ駄目だ。
マリーゴールドの即答に、深いため息を吐く。
駄目だ。こいつ、もう言っても駄目だ。
「分かった。……けど、無理そうだと思ったらすぐに言えよ」
「で、でも、そんな王子様のお手を煩わせるような」
「マリーゴールド」
その華奢な肩を掴み、その言葉を止める。
「この試合、十分お前には守ってもらったよ。少しくらい、俺のことを頼れ」
「……、……あ」
しばらく放心していたマリーゴールドだったが、言葉の意味を理解したのかその顔が一気に紅潮した。
……あれ?
「ど、どうした。大丈夫か」
「……は、はいぃぃぃぃ」
ぷしゅー、という音が聞こえた気がした。頬を染め、熱っぽい潤んだ瞳で見つめてくる。
あれ? あれ? あれ?
ちょっとマリーゴールドさん?
なんでそんなとろけたお顔をなさっているの?
そういう展開の話じゃなかったよね? ね?
「で。相談事は終わった?」
思わず見つめ合っていたところで、声。
視線を向けると、アリサ・フェミルナーがつまらなそうな表情でこちらを見つめていた。その隣では、ぶすっとした表情の龍もいる。こちらは結構な隙を作っていたはずだが、2人とも攻めて来なかった。新しく魔法を発現した様子もない。
「……待っていてくれたのか?」
「私、借りを作るのは趣味じゃないの。と、格好良く言いたいところだけど。治癒魔法使われちゃった後なら、もう少しくらい待っても同じか、ってね」
アリサ・フェミルナーは、わざとらしく肩を竦めながらそう言う。
「俺はお前らのいちゃらぶっぷりを見てると、無性にお前をぶっ飛ばしたくなるんだが」
いちゃらぶっぷりってなんだよ。ちょっと会話してただけだろ。
「まっ、終わったならいいわ」
短く息を吐き、アリサ・フェミルナーがゆっくりと構えを取った。
「そろそろ決着をつけましょう。あまり長引かせると、第二試合までに決戦フィールドの修繕が間に合わないかもしれないしね」
「あー、確かに」
その隣で、ヌンチャクをいじりながら龍が苦笑する。
そして。
「そりゃあ言えてるわ、――なっ!!」
そのまま自然な動作でヌンチャクを横へと振り抜いた。それは寸前までアリサの顔があったところを通り抜ける。しゃがみ込むことで回避していたアリサ・フェミルナーが、龍へと足払いを仕掛けた。それをバク転で避け、距離を空けた龍が不敵な笑みを浮かべる。
「殺気は隠してたつもりだったんだが。あの距離であの攻撃を躱すのかよ。流石は『断罪者』の隊長さんだ」
悪びれもなくへらっと笑う龍へ、アリサ・フェミルナーも口角を吊り上げた。
「……同盟はここで終わりってことでいいのかしら」
「もともとあってなかったようなもんだろ?」
距離を空けた2人が睨み合う。
「勝手に盛り上がってないで俺も混ぜろ」
その中心部へ、“神の書き換え作業術”で転移した。
両手を広げ、それぞれアリサ・フェミルナーと龍へ向ける。
「『雷の球』!!」
「『火の球』!!」
「“弾丸の雨”」
雷、火、そして俺の魔力。それらが俺の周囲で弾け合い、派手な音と衝撃波を生み出した。それに乗じて接近してくるアリサ・フェミルナーと龍。
「……本当に息がぴったりだな、お前らは」
「どこがっ!!」
「ふざけんなっ!!」
2人はほぼ同じタイミングで拳を振りかぶった。俺は広げていた両手を前で打ち鳴らす。
「“不可視の衝撃”」
「きゃあっ!?」
「ぐっ!?」
俺の身体から吹き出した衝撃波に、肉薄していた2人が吹き飛ばされた。
そこへ。
「『毒茨の鞭』!!」
マリーゴールドの両手から、しなるようにて放たれた紫色の何かが追い打ちをかける。龍はその身軽な身体を空中で捻って回避した。アリサ・フェミルナーもそれに倣ったが、うねうねと迫るマリーゴールドからの攻撃を避けきれず、左腕を掠める。
じゅわっという音と共に、黒に赤のラインが入ったローブの袖が溶けた。
「……毒か。また珍しい魔法を」
契約詠唱で闇属性の魔法を操るだけでも十分珍しかったが、これは無系統? いや、幻血属性の方か? どちらにせよ、思わぬ掘り出し物だったのかもしれない。こりゃ師匠は放っておかないだろうな。
アリサ・フェミルナーと龍は、俺を挟んだ別々の場所へほぼ同時に着地した。
「リュウ!!」
「……あぁ!! 俺もそう思ったところだ!!」
決裂したはずの2人はそれだけ言い、示し合せたかのように同じ標的へと身体を向けた。
「『雷の身体強化』!!」
「『火の身体強化』!!」
同時に身体強化魔法を発現させ、同時に地面を蹴る。
その標的は。
「っ!!」
どうやらペアで向かってくる俺とマリーゴールドのうち、先にマリーゴールドを潰すべきという結論に達したらしい。凄まじいスピードで距離を詰めてくる2人に、マリーゴールドが毒魔法を発現させた両腕に力を込めた。
それが猛威を振るうよりも早く、“神の書き換え作業術”で間に割り込む。
「っ!? アナタ!?」
「てめっ、いつの間に!?」
「“不可視の砲弾”」
有無を言わさず、特大の魔力を2人の真正面へと撃ち込んだ。しかしそれは読まれていたのか、アリサ・フェミルナーも龍も、左右へ最小限の跳躍をするだけでそれを回避する。そのまま大きく回り込む形で、マリーゴールドへと接近した。
「アナタの大技を使えばガルガンテッラも巻き込むわよ!!」
「悪く思うなよガルガンテッラさんよぉ!!」
正解だ。マリーゴールドも俺を巻き込むのを恐れて毒魔法は振るえないだろう。“神の書き換え作業術”を発現。慌てて両手の毒魔法を解除していたマリーゴールドの傍へと転移し、その腕を掴む。マリーゴールドが今から闇魔法に切り替えても間に合わない。
「おっ、王子様っ、私を置いて逃げ」
座標を固定し、“神の書き換え作業術”を発現。
見えている視界が急に変化する。
「てくださいっ!! 私ならっ!! ……え?」
「っ、フェミルナー!?」
「リュウ!?」
突如標的を見失った2人は、身体を硬直させたまま空中で衝突した。
そこへ。
「“弾丸の雨”」
ショットガンの如く魔力の雨を降らせる。最初の数発は喰らったようだが、2人ともすぐに体勢を整えて弾幕の射程外へと逃れたようだ。
「おっ、王子様っ、い、今のはっ」
「無駄話は試合が終わってからにしろ。可能なら身体強化魔法くらいは発現しておけ」
アリサ・フェミルナーの『雷の球』と龍の『火の球』を、“不可視の弾丸”で撃ち落としながら告げる。
おそらく、もうマリーゴールドに天蓋魔法を発現させるだけの魔力は残っていないだろう。闇魔法で吸収した魔力は自分に還元できるんだっけ? そこらへんがよく分からない。俺に見えないよう汗を拭っている仕草は可愛らしいが、愛でている時間もない。
向こうに大魔法を発現させる暇を与えてはならない。同盟は終わりだとか言っておきながら、なんだかんだで息を合わせて一緒に攻めてきている辺り、本当に仲が良いとしか表現できない。
ここから先は序盤と同じだ。
接近戦。
ここで蹴りをつけられないと、ちょっと厳しいかもしれないな。
次回の更新予定日は、3月7日(土)です。