第13話 アギルメスタ01 ①
★
午前8時になりました。
ニュースをお伝えします。
本日より『七属性の守護者杯』アギルメスタ杯の本戦が始まります。予選を勝ち上がった選手は8名。『黄金色の旋律』所属のT・メイカー選手や、アメリカ合衆国の魔法戦闘部隊『断罪者』所属のアリサ・フェミルナー選手、王立エルトクリア魔法学習院から特例での参戦の天道まりか選手など、注目される選手が数多くおり、主催地であるホルンは例年以上の賑わいを見せている模様です。
大会主催者側の警備員の他、魔法聖騎士団からも相当数が混乱緩和のために派遣されています。
現場にリポーターが入っております。
シャルルさん。
はい、シャルルです!!
連日現場の模様をお伝えしてきたわけですが!!
やはり本戦ともなりますと! 一段と熱気が高まっております!!
本戦へと駒を進めた8名の選手!! 『断罪者』アリサ・フェミルナー選手や!! 『黄金色の旋律』T・メイカー選手など!! 以前より注目されていた選手はもちろん!! 『天属性』天道まりか選手!! 『ASAKUSAの剣士』浅草唯選手!! 言うまでもなくマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ様といった選手にも期待が高まります!!
先ほど午前8時を回ったところではございますが!! 既にエルトクリア大闘技場の8割は埋まっております!!
本戦第一試合は午前10時から!! 午前10時からです!!
現場のシャルルさん、ありがとうございました。
本日お出かけの方々、今現在も交通網は大変な混雑となっております。お時間に余裕を持っておでかけください。
それでは、次のニュースです。
☆
「それじゃあルーナ、よろしく頼むぞ」
魔力を込めて紋章を刻んだたぬきのぬいぐるみをルーナへと手渡す。
「わかった」
それを胸元に抱き込んだルーナが浅く頷いた。
「またあの転移魔法で会場入りするの?」
「ああ。白のローブに白の仮面のスタイルで闘技場周辺をうろついてちゃ大騒ぎになっちまうからな」
ただ騒がれるだけならいいが、魔法球や銃弾が飛んで来る可能性もある。
もっとも、今回は決戦フィールドに直接転移するわけではない。時間に余裕を持った上で、ルーナには選手控室へと向かってもらうつもりだ。前回“神の上書き作業術”を使用した時の距離と、この教会から大闘技場までの距離はさほど変わらないらしい。あの程度の魔力消費なら問題無いし、大会期間中はこれが移動方法の鉄板となるだろう。
正規手段で入ってこいと言われないことを願おう。……言われても無視するけど。
「今回はアレを使うわけだから迷子にはならないはずだけど、寝坊して遅刻しないようにしなさいよ」
「……流石にしませんよ」
師匠からの指摘にうんざりする。
知ってます? それ、フラグになり得るんですからね?
「応援してるからね、聖夜君」
「おう。気をつけてな」
「それでは。中条様、くれぐれも無茶をしてはなりませんからね」
「ありがとうございます。大丈夫です」
美月とシスター・マリアにそう返答し、ルーナを見る。
「すまないな」
「いい。クリアカードのチェックはわすれないで」
「了解」
訓練場から出ていく4人を見送り、ため息を吐いた。
「……さて」
……『属性共調』どうしようかなぁ。
★
魔法世界エルトクリアにお住いのみなさん、こんにちは!!
DJのマークです。いかがお過ごしかな?
時刻は午前8時半を回ったところ。
今日も良い天気になったねー。と言っても、夕方頃から急に傾くみたいだから注意してね。冬で雪になる箇所もあるみたいだから、防寒対策はしっかりしておくこと。
さーて、みなさん!!
話は変わりますよ。ついに本日となりましたー、アギルメスタ杯本戦!!
駒を進めた8名の猛者たち!! ちゃーんとチェックした?
うーん……これはまた面白い面々が集まったもんだ。
それじゃあ、まずはアギルメスタ杯の流れについて軽くおさらいしておこうかな。在住の方はご存じだとは思うけど、観光で訪れてくれている人たちも聞いているだろうからね。
この魔法世界では、1ヶ月に一度、大規模な魔法大会が行われているんだよね。そしてその大会には『七属性の守護者』の名前が割り振られ、大会ごとによって種目の性質が変わるんだ。
今回の大会はアギルメスタ杯。
アギルメスタ様と言えば、問答無用、攻撃特化の『火』!!
そう!! ここで求められるのは力のみ!!
細かい戦略やら小細工やらは一切不要のガチンコ対決だー!!
と、いうわけで。予選は予想通り倒した者勝ちのサドンデスでしたー。
各100名のグループが4つ。それぞれ2名が勝ち上がり、本戦へと駒を進めたのは8名!!
Aグループから勝ち上がったのはー。
アリサ・フェミルナー選手と藤宮誠選手だね。
アリサ選手はアメリカ合衆国魔法戦闘部隊『断罪者』に所属している、それも隊長さん。藤宮選手は、どうやら日本のお偉いさん『五光』の従者。
立場的に言えば、かなり特殊な2名が勝ち上がったのがこのAグループだったようだね。
このラジオでも紹介した牙王選手が脱落した時は、発狂しそうだったね。手にしていたコーヒー零した事に気付いたの家に帰って服に付いた染みを見てからだから。まったく冗談じゃないよ。いくら賭けたと思ってんのさ。それにちょっとここ数日で髪の毛薄くなったような気がするんだよね。発毛関係の何か探してみようかな。あぁ、でもだめだ。今ちょっと手持ちがまずいんだった。こんなことなら素直にT・メイカーに賭けておけば……。
あ、ごめん。
話戻すね。
Bグループから勝ち上がったのはー。
そう。
今大会注目度ナンバーワンのT・メイカー選手、そして浅草唯選手だ。
メイカー選手は言わずもがな、世界最強の魔法使い率いる『黄金色の旋律』のメンバー。浅草選手は、なんと王立エルトクリア魔法学習院の院生だって言うんだから驚きだね。
あの予選は僕もしっかり見ていたけど、よくもまぁあの激戦の中を院生の子が潜り抜けてきたと思うよ。聞けば有名な剣術・ASAKUSAの使い手なんだって? あの年で凄いねぇ。この大会に参加しようっていうんだから只者じゃないとは思ってたけどさ。
ちなみに。
メイカー選手の謎魔法は、今現在も専門家たちがモニターに喰らいついて解析を進めているようです。どうなんだろうね。
ともかく、注目したい2名なのは間違いない。
時間も無いしどんどん行くよ。
Cグループから勝ち上がったのはー。
先ほど紹介した浅草選手と同じ、王立エルトクリア魔法学習院の院生である天道まりか選手と、『無所属』とされる龍選手だね。
いやぁ、みなさん見た? あの天属性の威力。すっさまじいなんてモンじゃないどこの世紀末だって言いたくなるほどだったね。これでまだ学生なわけだろう? これからどんな大魔法使いに成長すんだよ世の中不公平すぎるだろ……。と、愚痴りたくなるくらいの勢いだったね。その中で集中的に狙われながらもよく龍選手は予選を突破したよ……。
龍選手は龍選手で珍しい契約詠唱なんて技術を引っ張りだしてきてたしね。
Cグループから勝ち上がった2人は、本戦でも滅多にお目にかかれない何かを見せてくれるかもしれないよ。
そして最後がDグループだ。
このDグループもまさかの展開が待っていたね。
何せ勝ち上がった1人にガルガンテッラ様の末裔がいたってんだから驚きだよ。マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ選手ー、じゃない「様」です、様。
一部のメディアが本家に問い合わせをしたらしいんだけど、「勘当済みの愚か者がどこで何をしているかなど認知していない」という回答があったらしいです。はい。なのでこれ以上このチャンネルではこの件には触れませんので。
もうお一方はメイ・ドゥース=キー選手ですねー。
白のT・メイカー選手のスタイルに張り合ったのか、ちょうど対照的な黒をチョイスした仮面とローブを纏った謎の魔法使いだ。実力はまだ未知数……、というか予選で唯一何も手札を晒さなかったよね? 最後、マリーゴールド様の広範囲魔法を避けるために見せた浮遊魔法で、一定時間自分の身体を浮遊させるだけの魔力容量や発現量があるってのは分かったけど、それだけだ。
うーむ。
ここも本戦に期待、ってところかな?
そんなわけで勝ち上がった8名の選手。
それが本戦ではレッドグループとブルーグループ、4人ずつに分かれて再びサドンデスってんだから盛り上がらないはずがないよね!!
レッドグループにはアリサ・フェミルナー選手、T・メイカー選手、龍選手、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ様で、ブルーグループには藤宮誠選手、浅草唯選手、天道まりか選手、そしてメイ・ドゥース=キー選手だ。
気になる本戦第一試合と第二試合は今日!!
場所はもちろんエルトクリア大闘技場だ!!
生憎とチケットは完売!!
この大会への注目度がどれほどのものかが分かるってものだね!!
そしてなんと。
実は今日、俺、ゲストで呼ばれてるんだ。
だから実況のマリオさんと解説のカルティさんの間に席設けてもらってるから。本戦チケットを勝ち取った幸運なるみなさん。大闘技場でお会いしましょう!!
予選は1日1グループを4日間。本戦を2日間。
そしてその後のお楽しみ、優勝者と『トランプ』によるスペシャルマッチで1日。
計7日間にわたって行われるアギルメスタ杯も後半戦。
そしてここからが本番だ!!
これからの熱いバトルに期待大!!
以上、DJマークがお送りしましたー!!
★
まもなく午前9時になろうか、という時刻。
『アリサ・フェミルナー、認証シマシタ』
「ありがとうございます。それでは、こちらにどうぞ」
選手専用の入場ゲートにて。
クリアカードを機械にかざしていたアリサを、警備員が誘導する。既に一度通ったことのある通路であるだけに案内など不要だったが、アリサは大人しく従った。
「あら? 今日は直接決戦フィールドじゃないのね」
直進すれば決戦フィールド、というところで曲がった警備員にアリサが尋ねる。
「予選や開会式の時は人数が人数でしたから。本日は選手控室にご案内させて頂きます。また、後ほど説明がございますが、本日は本戦第一試合開始前にそれぞれのお名前がコールされます。入場はそのタイミングで、という形になりますのでご了承ください」
「なるほど。了解したわ」
名前を呼ばれた選手から順番に入場していく。
いわゆる本戦の演出の1つ、ということだ。
アリサが頷いたのを確認し、警備員が目の前の扉を開けた。
「へぇ。オシャレね」
アリサが素直な感想を述べてから入室する。
選手控室は、それこそ大闘技場19階のスイートルームに勝るとも劣らぬ造りをしていた。
真っ赤な絨毯に革張りのソファー。煌びやかなミニシャンデリアにガラス造りのテーブル。壁にはエルトクリア王家、『始まりの魔法使い』メイジ、『七属性の守護者』それぞれの紋章が描かれており、選手が自らの身だしなみを整えるための姿見も何枚か張られている。中央には決戦フィールドや観客席などを映すモニターも設置されていた。
「こちらを」
警備員がベルをアリサへと手渡す。
「何かご入り用でしたら、お使いください。担当の者が参ります」
「ありがとう」
「それでは、失礼致します」
一礼して、警備員は退出した。
「お金かかってるわねー。流石は世界に誇るエルトクリア大闘技場といったところかし――らっ!?」
部屋を一通り見渡し、革張りのソファに腰かけようとして、アリサは飛び上がりそうになった。
そこには、既に先客がいた。
「ま、ま、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ……」
薄紫色でふわふわした髪の少女は、まるで置物のようにソファに腰かけていた。微動だにしていない上に気配すらも消していたため、警戒を解いていたアリサの感知に引っかからなかったのだ。
「……いるなら声をかけてよ。ビックリするじゃない」
胸元に手を当て、アリサは抗議した。
「……なんで?」
マリーゴールドは首だけを動かし、アリサの方へ視線を向ける。
「な、なんでって」
「私と貴方、別に知り合いじゃないよね。なんで声をかけなきゃいけないの?」
「……そうかもしれないけど」
「じゃあ別に私、間違ってないよね」
「……間違ってないかもしれないわね。でも、ほら、挨拶くらいはあってもいいと思うのよ」
「……そうね。私、緊張してるの。そこまで気が回らなかったわ。ごめんなさい」
「え? あ、いや、謝ってもらわなくても良かったんだけど……」
思いの外素直に頭を下げられ、アリサが狼狽する。
「えーと、隣いい?」
「どうぞ」
マリーゴールドの許可を得たアリサが、隣に腰かける。
「アナタでも緊張するのね」
ガルガンテッラの末裔といえどもまだ少女。そのように認識を改めなければいけない、とアリサは思った。
「ええ。もちろんよ」
ただ。
「だって今日は念願の王子様に会えるんですもの」
「は?」
その認識は見当違いも甚だしいものだったと言わざるを得ない。
「王子様?」
「同じグループにいるんだから、貴方も王子様のことくらいは勉強しておいた方がいいわよ」
「はぁ」
「反応が薄いわね。まぁ、ライバルは少ないに越したことはないけど……」
まずその王子様が誰なのか説明しろよ、とアリサは思ったが面倒くさくなったのか口には出さなかった。
ちょうどそのタイミングで、扉が開かれる。
「こちらです」
「おおっ、なにこれすげーゴージャスじゃん。こんな部屋に泊まりてー」
能天気なコメントを口にしつつ、龍が入ってきた。渡されたベルを手に、2人のところへとやってくる。
「どーもどーも。今日はよろしく」
「……まさかこの人が王子様?」
「うふふ。まさか」
「あれ? なんかいきなり俺馬鹿にされてる?」
地味にショックを受けた龍が対面のソファへと腰を下ろした。
「王子様ってのは、昨日のレクリエーションであんたが言ってた奴か」
龍はベルを弄びながら言う。ひっくり返したりしているうちに、澄んだ音が鳴った。
即座に扉が開かれる。
「お待たせ致しました。ご用件をどうぞ」
「あ、ごめん。間違えて鳴っただけだから」
龍が慌ててベルをガラス造りのテーブルへと置く。
「かしこまりました。ご入り用の際は、どうぞご遠慮なくお申し付けください」
従業員は一礼して扉を閉めた。
「ミスった」
「報告してくれなくて結構よ」
アリサが鼻を鳴らして答える。
「で、話は戻るんだけどよ。あんたの言ってる王子様ってのはT・メイカーなのか?」
「そうよ」
龍の質問にマリーゴールドは即答した。
「あの人、仮面にローブの完全装備じゃない。どんな人なのか知ってるの?」
「私の命の恩人なの」
「へぇ……」
マリーゴールドが頬を染めながら口にした答えを聞き、龍は面白くなさそうな表情で背もたれに身を預けた。シャンデリア型のライトが輝く天井へと目を向ける。
「まあ、本戦で痛めつけてやりゃあ、その本性も分かるかね」
そう口にし、龍はゆっくりと視線を前へと戻した。
「んで。何の真似だ?」
龍へと覆いかぶさり、その首筋に手のひらを添えたマリーゴールドへ、龍が問う。
「……私の王子様には指一本触れさせないわ」
「おー、こえーこえー。目の輝き失ってんぞあんた」
余裕の態度を崩さぬまま龍は笑う。
「私は貴方を殺さないと思ってる?」
「さあ? あんたの心の内なんて知ったこっちゃねーよ」
マリーゴールドが更に顔を近づける。
「じゃあなんでそんなに余裕そうなのかしら」
吐息がかかる距離でされた質問に、龍は口角を歪めてから答えた。
「お前程度じゃ俺を殺せないって知ってるからさ」
手刀が龍を2つに分割するよりも先に、扉が開いた。
「こ、こちらです」
「ん」
入ってきたのは。
「あら、あの子って」
マリーゴールドと龍のやり取りを面白そうに眺めていたアリサが目を丸くする。
「ジャスト、9じ。メイカー、おまたせ」
『了解』
☆
クリアカードの通話を切る。
反対の手で、床に置かれていた仮面を手に取った。
予選では時間ギリギリだったからな。本戦は余裕の会場入りでいいだろう。流石に1時間前だと誰も来ていないかもしれないが。
「さて」
準備をして行きますか。
☆
「ふざけんな!! あんたにゃ俺とこいつがこれからセッ〇スでもおっぱじめるように見えたってのか!? あぁん!?」
「ですから、公序良俗に反するような行いは避けて頂きたいというお話で」
「……なんで私が王子様以外の男と交わらなければならないの? 貴方の目は節穴なの? その脳は既に腐敗しているの?」
「えーと、ですから……」
「……どういう状況だ。これは」
警備員1人に対し、こちらに背を向けた男女カップルが詰め寄っている。
白仮面に白のローブ。T・メイカースタイルで跳んできたものの、いきなりの展開についていけない。
「ちょっとしたいざこざでマリーゴールド選手が龍選手に襲い掛かったの。ちょうど覆いかぶさったところで警備員に見つかっちゃったってわけ」
「なるほど」
俺の呟きを拾って答えを返してくれた女性へと目を向ける。
金髪碧眼の美女だ。大人びた雰囲気だが、ショートカットの髪型がそれにギャップを与え愛らしさを出している。ただ、自分で髪を切るタイプなのか、若干不揃えだ。
仮面越しでも視線は感じたのか、女性は恥ずかしそうに自らの髪を撫でた。
「ま、魔法世界は初めて来たから……、床屋を見つけることができなくて」
「そうか」
そんな言い訳は別にいらなかった。そもそも髪を切りたかったらここへ入国する前に切っておけという話だ。
それよりも、この黒に赤のラインが入ったローブには見覚えがある。
「……『断罪者』アリサ・フェミルナーか」
「『黄金色の旋律』T・メイカーね。今日は胸を貸してもらうつもりで挑むから。どうぞよろしく」
……アメリカ合衆国が誇る魔法戦闘部隊、それも隊長が何をおっしゃるのやら。
その挑戦的な眼光からは、明らかに胸を貸すだけでは済まない未来しか視えてこない。
視線を逸らそうとしたところで、ローブを引っ張られた。
「それじゃあ、わたしはもどる」
「ああ、すまなかったな」
「いい」
「そういえば、アナタまた急に現れたわね。『黄金色の旋律』に召喚魔法の使い手がいるって噂は聞いたことがあるけど、その子なのかしら」
「そんな噂も、『黄金色の旋律』に召喚魔法の使い手がいるという事実も初めて聞いたな」
アリサ・フェミルナーからの試すような問いを軽くあしらう。
無表情でありながら、それとなく期待していそうな表情のルーナの視線に負けて、その金髪をローブの上から撫でてやった。
「あ、ああ!?」
直後に、悲鳴。
そして。
「……何の真似だ?」
突き出された手刀を掴み、その本人へと問う。それはローブで顔を隠したルーナの目と鼻の先で制止していた。
一瞬でも俺の反応が遅れていたら……。
臨戦態勢になっていたルーナを、反対の腕で俺の背中へと押しやる。
「だ、だって、そ、そいつっ、あ、あな、あなたのっ。でも、だって、だ、だから」
俺に腕を掴まれたままのそいつは、意味不明な言葉の羅列を口にするだけだ。
自分の攻撃を防がれたことで、相当動揺しているらしい。
確かに、今のはルーナを平気で殺そうとするやり方だった。
薄紫色のふわふわとした髪、色白の肌、端正な顔立ち。美月に勝るとも劣らない美少女のはずだが、瞳に光が無いせいで正直気味が悪い。
……記憶の中の少女と随分雰囲気が違うな。だが、こいつがマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラで間違いないだろう。
「また会ったな。一年ぶりか」
「やっ、やっぱり!! あの時の!!」
確認のための問いだったが、どうやら向こうも俺を憶えていたようだ。仮面にローブ姿の俺が分かるとか、透視能力でも持ってるんじゃないだろうな。
そんな俺の不安を他所に、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラの瞳が一気に光を取り戻す。頬が紅潮し、表情が歓喜に包まれる。エフェクトでもかかってんのかと言いたくなるほど、彼女の雰囲気がキラキラと輝きだした。
思わず彼女に呑まれそうになるが、ここで向こうのペースに乗るわけにはいかない。
「こいつは俺の大切な仲間だ」
ルーナを後ろで庇いながら言う。
その言葉に、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラが硬直した。
「今、お前は何をしようとした? こいつに手を出すことがどういうことなのか分かっているんだろうな」
ドスの効いた声で告げ、力の抜けた腕を離した。
これでまだ向かってくるようなら、試合前だろうが関係ない。こいつはここで潰す。
「あ、あ、あ、あ、……あ、あ」
紅潮していた頬は一転して青ざめていた。俺が掴んでいた腕を見つめ、小刻みに震えている。
……あれ。
ちょっと脅しが効き過ぎたか?
「ちょっと君たちいい加減に――」
「ご、ごごごごっ、ごめんなさい!?」
ようやく事態を把握したであろう警備員が詰め寄ってきたが、それを上回る音量でマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラが謝罪を口にし頭を下げた。
え。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい私ったらなんてことごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
え、え、ええええぇぇぇぇ……。
「おー、これが噂に聞くヤンデレって文化か。実在したんだなー」
壊れたラジカセのように謝罪し続けるマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラの向こう側で、龍が馬鹿らしいことで感心している。
詰め寄ろうとしていた警備員はドン引きして一歩引いていた。
「ワォ。やるわねアナタ。彼女を言葉責めで屈服させるなんて」
「人聞きの悪いことを――」
言わないでくれ、と。
アリサ・フェミルナーへ言い返すよりも先に、目の前の少女からぬるりと両腕が伸びてきた。思わず不意を突かれ、ローブを掴まれる。
すぐさま払いのけようとしたが、それが必要のないことだと気付いた。
いや、気付かされた。
「わ、私、そ、そんなつもりじゃっ……。本当にごめんなさい。あぁ、どうしてこんな、せっかくお会いできたのに、私っ、本当にそんなつもりじゃなかったんです!! 私はただ、あの、その」
「えーと。とりあえず分かったから」
「だから!! 私は貴方に危害を加えるつもりなんてなくて!! それに!! 貴方の敵でもないの!! 私は貴方の味方よ!! ううん!! 味方になりたいの!! 私は貴方に一生ついていきたい!! いかせてください!! だから私は」
「えーと。とりあえずその手を離してくれないか。話はそれか」
「やっぱり許してもらえないんだ!? そ、そうね。そうですよね。こ、こんないきなり現れて、い、いきなり貴方の仲間を殺そうとして、そ、そんな、そんな女許すわけないですよね。私、許してもらえないならいらない子だ……。いらない子なんだ。うん。じゃあ、死ぬ!! 今すぐ死ぬ!! そしたら許してもらえますか!? ま、待ってて。すぐに死ぬから!!」
「お前一回落ち着けよ!?」
本当に舌を噛み切ろうとするマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラの口に、慌てて手を突っ込んでやめさせる。
「……わたし、みんなのとこにもどる」
ルーナの白けた言葉を聞き流しながら、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラを宥めるのに10分ほどの時間を要した。
次回の公開予定日は、2月7日(土)です。