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テレポーター  作者: SoLa
第1章 中条聖夜の帰国編
15/432

第13話 尋問と謝罪と和解と

「姫百合様の使者の方ですね。どうぞこちらに」


 建物に入り用件を伝えると、話は直ぐに通った。泰造氏が早々に話をつけておいてくれたようだ。

 余計な手間を掛けずに済むのはありがたい。


 魔法使いがこの表舞台に立ってから、同時に魔法犯罪もその姿を現した。

 今までは不可能だと思われていた犯罪。警察はそれらの犯罪に対抗する為、新たに魔法警察という部署を設立した。常人には成し得ないトリック。それが魔法の一言で片付けられていく。一般警察とは違い、構成員は皆魔法使い。それ故の絶対数の少なさがあるが、これにより大部分の魔法犯罪が露呈されるようになった。現場検証では、指紋と同じくらい重要な証拠として、魔力の残滓も取り上げられる。


 そして。

 絶対数が少ないが故に、魔法警察は力を持つ魔法使い(、、、、、、、、)との関係を密にする。これが良い事なのか悪い事なのかの言及は避ける。が、それが抑止力となっているのも事実。このような事情から、姫百合家や花園家といった特に有力な魔法使いの一族は、警察関係には顔が利く。今回の件について自由にできているのも、こういった理由によるものだ。


 出迎えてくれた男の後に従い、静寂に包まれた廊下を歩く。目的の場所には直ぐに到着した。


「この中です。ここには、学園侵入者の中でそのリーダー格と思われる人物のみを収容しております」


「ありがとうございます」


 さっさと頭目を縛り上げて情報を吐かせろということか。


「現段階で分かっているこの男の情報についてですが――」


「いえ、ひとまずそれは結構です」


 資料を取り出した警察官を、手で制する。現段階で警察が大捕り物に乗り出していない時点で、有益な情報は無いと考えて良いだろう。


「必要な情報はこちらで聞き出します。入りますよ」


「分かりました。では、どうぞ」


 警察官が自分のIDを入力し、その扉を開いた。







 部屋にいたのは3人。

 昨晩顔を合わせたリーダー格の男と、それを見張る2人の警察官。俺が入室すると、警察官2人は同時に敬礼し、リーダー格の男は顔を露骨にしかめた。


「すみませんが、この男と2人にしてもらえますか」


「は? あ、いや……しかし」


「姫百合からは、何も知らされていませんか? それとも、ここで当主に取り次ぎましょうか」


 当主の電話番号なんて知らないけど。


「い、いえ……」


 2人の警察官は、俺の言葉におろおろしながら退出した。……本当に、悪意ある奴に乗っ取られたらおしまいだな、この国の魔法警察は。俺が言うのもなんだけどさ。

 部屋に残るは俺とリーダー格の男の2人のみ。俺はテーブルを挟んだ対面の席に腰かけた。


「気分はどうだ?」


「最悪だな。よくもまぁのこのこと俺の前にやってきたものだ」


 男は不機嫌そうな声色を隠そうともせずにそう答える。


「そう言うな。こっちはお前に聞きたいことがあったんだ」


「お前に教えることなど、何もない」


「そうか。お前らのボスの居場所を教えてくれ」


「教えることなど何もない。そう言ったろ」


 男はそれだけ告げると、俺から目を逸らす様に顔を背けた。

 頑なだな。まあ、そりゃそうか。


「ふむ……。まいったね」


 顎を撫でながらそう呟く。その仕草に、男はピクリと目尻を上げた。


「お前が戦闘において、それなりに手練れだということは認める。だが、こういったことにまで首を突っ込んでくるのは感心しないな。何事にも適材適所という言葉がある。お前は姫百合可憐の護衛なんだろう? こんな所で油を売っていないで、とっとと居るべき場所に帰ったらどうだ」


「はは」


 その助言に、思わず笑ってしまった。男が不可解な目でこちらを見る。


「……面白い事言うな、あんた」


 少し、威圧する様に口を開いた。


「っ!?」


 ガタンと。

 大きな音を立てて男の座る椅子が揺れる。殴ったわけでも、蹴り上げたわけでもない。男が勝手に鳴らしただけだ。


 席を立つ。

 ゆっくりと男に近付き、口を開く。


「お前の言う通りだ。俺は、姫百合可憐の護衛。それは間違いない」


 ドスの効いた声で語りかける。

 無意識の行動か。俺が一歩近付く度に、男は一歩遠ざかろうと足を動かす。……もっとも、俺と違って男は椅子に手足を拘束されているため、ほとんど意味を成してはいない。


「それでも、お前は間違ってるよ」


 既に男は、俺の纏う雰囲気に呑まれている。俺が口にしている言葉も、どれだけ男の頭に入り込んでいるか分からない。


「護衛対象を守る上で、ベストな環境って何だと思う?」


 試しに問いかけてみた。返ってくるのは、言葉にならない悲鳴だけ。


「矛盾するようだが、敵がいないことなんだよ。護衛対象を最も安全に護衛するためには、護衛対象に害を成す相手が1人もいないことが望ましい」


 そこまで話して、足を止めた。


 椅子に拘束された男の目の前。見下すような視線で男を捉え、わざとらしく口角を歪める。「ひっ」という声が、聞こえた気がした。

 優しく男の頭髪を掴み、耳元で囁くように告げてやる。


「そして。俺は姫百合可憐を護衛するためなら、手段を選ばない」


「……っ」


 今度ははっきりと、唾を飲み込む音が聞こえた。


 ここまで追い込めば、後もう少し。……ダメ押しに、とっておき(、、、、、)を見せてやるか。既に捕まっているのだから情報が漏れることは無いし、そもそもこれを見せたところで何をやっているかなど分からないだろう。


「おい」


「……な、何だ?」


 気丈にも、俺の呼びかけに応えてくる。


「よーく見てろ」


 俺は掌をひらひらさせて、男の視線がこちらを向いたことを確認する。

 手刀を落とすかのような仕草で、ゆっくりと部屋に備え付けられていた机へ掌を下ろした。


 そう。

 ゆっくり、ゆっくりと。


 男の視線が、俺の掌を捉えて下がっていくのが分かるくらいに。


 徐々に、徐々に。

 下に、下に下がる。


 そして。

 今まさに掌が机に触れようとした瞬間。




 何の前触れも、予兆も無く。机が真っ二つに割れた。




「なっ!?」


 男は肩を震わせ、目を見開いた。もはや隠せなくなった体の震えが、ガタガタと椅子に流れて大きな音を鳴らしている。

 良い反応だ。そうでなくては。


「何をしたのか分からないだろう? 言っておくが、身体強化の類ではない」


 そう言いつつ、今度は掌を男の両腕を縛る魔法拘束具へと向けた。


「その魔法拘束具。知っているとは思うが、触れた人物から発せられる魔力を吸い出す優れものだ。発せられる魔力が大きければ大きいほどその吸収量は上がり、専門家からは魔法を使った破壊は見込めないとまで言われている」


 確か『絶縁体(ぜつえんたい)』という名称だったはずだ。もう試験運用されていたんだな。開発されたのは最近だと師匠から聞いていたんだが。


「な、何をする気だ……っ」


「動くなよ? まだ(、、)、お前を狙うわけじゃない」


「よ、よせっ!!」


 更に後退し、俺との距離を取ろうとする男を足で押さえつけて手刀を振り下ろした。


 男の両腕を縛っていた拘束具が、綺麗に割れる。


「……ば、馬鹿な」


 男が、震える声でそう呟いた。自らの腕を震わせながら凝視している。今まで左右を繋いでいた拘束具は、その中央から2つに分かれて男の両腕にぶら下がっていた。


「……さて」


 現状を理解したであろうタイミングを見計らって、男に話し掛ける。


「次は、その脚でも切り落とすか?」


「ひっ!?」


 もはや隠そうともせず、男は情けない声を上げた。


「ボスのアジトを聞き出すだけなら、胴から上があれば十分だもんなぁ」


 そう言って、これ見よがしに腕を振り上げる。


「よせっ!! や、やめてくれっ!!」


 こうなれば、勝ちは決まったも同然だった。







 結局。

 あれからは借りてきた猫の様に大人しくなった男は、俺の質問に対して誠実に洗いざらいを答えてくれた。


 ボスの居場所さえ突き止められれば、こんな場所にもこの男にも用は無い。

 護衛するに当たり手段は選ばないと言ったものの、実際のところ、こいつらの息の根を根こそぎ止めようとは思ってはいない。

 そもそも、本当にその気ならば昨晩の内に皆殺しにしている。


 どうやら、昨晩の内に姫百合可憐・咲夜の誘拐が成立しなかった場合、ボス含めた残党は今までアジトにしていた場所から移動し、別のアジトで待機する手筈になっているようだ。


 用心深いんだか馬鹿なんだか。

 居場所がバレぬよう移動するのなら、移動先はコイツらに教えるべきではない。もっとも、今回情報を聞き出した相手が捕まった侵入者たちのまとめ役らしかったので、この男にだけ告げていたという線も否定できない。確かめる必要もないが。


 ……何にせよ、あと一仕事だ。


「待て! 待て!! まさかお前、1人で乗りこむつもりか!?」


「……なんだよ、お前には関係ないだろ」


 さて行くかと退出しようとしたところで呼び止められ、少し不機嫌そうな声色を混ぜて返してやる。


「やめておけ。姫百合可憐は、あの学園から外に出ることは無いのだろう? ならば、そのままの方がいい。絶対に安全だ。俺たちがとった手段が二度通じるほど甘いセキュリティでは無いだろう。1人でのこのこ行ったら殺されるぞ!!」


「……心配してくれるのか?」


 予想外の男のセリフに、驚きを隠しながらそう問う。


「気色の悪い言い方をするな!! ……忠告してやっているだけだ。ボスには、絶対に逆らわない方がいい」


「ほう?」


「ボスは、神の如き能力、非属性無系統をお持ちだ。お前が強いのは十分に知っているが、それでも……殺される」


 男が自分の言葉に怯え、ぶるっと体を震わせた。


「無系統、ね。それで? そのお前らのボスは、どんな能力を持ってるんだ?」


「転移魔法だ」


 ……は?

 思わず言葉を失った。


「転移魔法って、あの転移魔法か? 現代魔法では不可能って言われている、あの?」


「驚くのも無理はない。だが、魔法という言葉に不可能という文字を当てはめるのはナンセンスだろう。魔法とは、奇跡の力なんだからな」


「そりゃあ、そうだろうが……」


「現代の魔法学では解明できぬ、『非属性』に属する転移魔法だ。あの能力にかかれば、どれ程手練れの魔法使いであろうと、一瞬で無に帰することになるだろう」


 俺の驚愕を都合の良いように解釈したと思われる男は、そう口にした。







 警察官に敬礼されながら、建物を出る。


「転移魔法ねぇ」


 1人呟き、思わず吹き出す。

 あの男が嘘を言っているとは思っていない。あの表情・声色・態度から見て、ボスの能力に対して恐怖心を抱いているのは明白だった。


 だが、だからと言って男が話している内容が真実かと聞かれれば、Noだと思う。


 昨晩の戦闘。

 俺はあの場で隠すことなく転移魔法を連用した。そのいくつかは、身体強化魔法だけでは説明のつかない効力もあの男たちに与えていたはずだ。


 本当に自分たちのトップが転移魔法の使い手ならば、普通気付く。それなのに、周りの男たちも今日会ったリーダー格の男も、誰1人として転移魔法という単語は出てこなかった。俺の動きを「早い」と表現していた時点で、既にズレている。


 何より、本当に転移魔法が使えるなら学園侵入なんて余裕じゃねーか。最初からそれ使って侵入してそれ使って退散しろよ。


「……さて」


 このまま直接アジトに直行してもいいが、遠い。

 それに9割方嘘だとは思うが、相手が本当に転移魔法の使い手だった場合、不意を突かれて転移されようものなら捕まえることができなくなる。襲うなら、日が落ちた後。


 寝首を掻くか。

 ……これ、完全に悪役の手口だな。自分が正義の味方だとは思っちゃいないけどさ。


「……一度学園に戻って寝るか」


 欠伸をしながら、そうぼやく。なにせ昨日は事後処理に追われて、あまり寝ていない。そう考えた俺は、来た道を引き返す手間にうんざりとしながら、学園へと足を向けた。


 ……経費でタクシー代くらい落とさせてくれないかなぁ、師匠。







「……ん」


 耳元で鳴り響くけたたましい音に、目が覚める。


「もう、時間か」


 ぼやけた頭でそうぼやきながら携帯に手を伸ばして、異変に気付いた。窓から差し込む夕日が眩しい。


 目覚ましは夜に鳴るようセットしたはずだったのだが……。

 画面を開いて見て、納得した。


『花園 舞』


 通話ボタンを押す。


「もしもし……」


『ど、どうしたのよ貴方。声ガラガラじゃないっ』


 携帯越しに舞の驚きの声が響く。


「ああ、今まで寝てたんだ。心配するようなことじゃない」


『……ね、寝てたって。貴方、まさか本当に学校サボってた訳じゃないでしょうねぇ』


「んなわけあるか。ちゃんとやることはやったよ」


 潰しにかかるのはこれからだけどな。


『……ねぇ、聖夜。この後って、何か用事ある?』


「あん? ……別に無いけど」


 そう何度も口を滑らせてたまるか。


『ちっ』


「今、舌打ちしたよな!?」


 なんてお嬢様だ!!


『んんっ。そんなことよりも、聖夜。用事ないなら、少し付き合ってくれないかしら』


「……何の用だ?」


『19時に教会で。遅れちゃダメよ』


「は? この電話で話すんじゃ駄目なのか?」


『そうそう。可憐も来るから』


「へ?」


『じゃ、そういうことで』


「ちょっ、待っ――」


 電話は一方的に切られた。


「……」


 19時?

 教会?

 そこで起こるドラマは一体なに?


 それに。


「いつの間に下の名前で呼ぶ仲になったんだ……」


 確か舞が可憐を呼ぶ時はフルネームで呼び捨てだったはずだ。それが下の名前で呼んでおり、挙句待ち合わせ場所に来ることを受け入れているかのような口ぶり。


「……えぇぇぇぇ」


 ……正直、嫌な予感しかしないんですけど。







 日はとっぷりと暮れ、そろそろ夜の19時になろうかという時間。

 指定された教会へとたらたら歩く。舞だけじゃなく、可憐もその場にいるという事実が、俺の脚の重さに拍車を掛ける。


「……いったい、どんな顔して会えばいいんだろうな」


 どんな顔も何も、ひたすら謝り続けるしか方法はないわけだけれども。

 しかもその後は誘拐犯の残党狩りだ。どれだけ俺はテンションを落とせばいいのだろうか。


「……はぁ」


 思いがけず、重いため息が漏れた。


「なーに黄昏てるの? 若人よ!!」


「うぉっ!?」


 話し掛けられるとは思っていなかった。

 下を向きながらとぼとぼと歩いていた所に突然声を掛けられ、思わず後ろへと飛び退く。


「ちょ、ちょっと……。そんな後退しないでよ。流石に傷つくわ」


「え? あ、すまん」


 そう謝りながら、声の主に目を向ける。そして、驚いた。

 舞や可憐、咲夜といった知り合いを持ちながらも、目を見張る程の美人がそこに立っていた。


 髪は月明かりを反射する綺麗な銀髪。


 一族遺伝?

 魔力の影響?

 まさか染めてはいないだろう。


 流れるようなウェーブが掛かっており、腰あたりまで伸ばしている。バランスの取れた健康的な女性ライン(それでも出るところはしっかりと出ている)、そして綺麗な青色の目をしていた。


 話し掛けてきた女子生徒は、口元に優雅な笑みを浮かべながら俺の様子を伺っている。


「こんな時間にこちら側へ何の御用かしら?」


「……こちら側?」


 その微妙な言い回しに思わず聞き返す。


「だって、こっちには教会と生徒会館しか無いわよ? まさか、迷ってるわけじゃないわよね?」


「まさか。それを言うなら君もだろ? 女の子1人、こっちから戻ってくるなんて、何してたんだ?」


「えっ!?」


 ……へ?

 俺の問いかけに、目の前の女子生徒が目を真ん丸にして驚いている。俺、そんなおかしな質問したか?


「お、おい。大丈夫か?」


 驚愕したまま固まる女子生徒に、恐る恐る声を掛けてみる。


「……へ、平気よ。私の頑張りが、まだまだだって痛感しただけだから」


 女子生徒が苦笑いしながらそう答える。

 ……微妙に話が食い違っている気がするのは気のせいだろうか。


「まあ、折角だしお互いの詮索は無しにしましょう。そっちの方が面白そうだしね」


「はい?」


 面白そう?

 何の話だ?


「じゃあ、門限にはちゃーんと戻るのよー」


「あ、おい」


 女子生徒はそれだけ告げて俺の横をすり抜け、駆け足で階段を下って行った。女子生徒が付けていたのだろう。僅かな香水のような香りと、俺だけが取り残される。


「……何だったんだ? 今の」


 そう呟きながら、ふと時計を見て気付いた。


「あ、時間……」







 重い扉を開き、中へと踏み入れる。


 呼び出した張本人・舞は既にそこにいて。

 同じく来ると伝えられていた可憐も、その隣に立っていた。


「来たわね」


 俺の姿を捉え舞が口を開く。流石はお嬢様と言ったところか。ステンドガラスから差し込む月明かりと、神聖な空間である教会に、2人の姿はとても映えて見えた。


「お待ちしておりました。中条さん」


 隣に立つ可憐が口を開く。


「遅れてすまない」


「別にいいわ。急に約束させたのはこっちだし」


 俺の謝罪に舞がそう答える。


「……それで、俺をここに呼び出したのは――」


 そう言いかけたところで、可憐がゆっくりと足を動かした。スタスタと中央の通路を通り、俺の元へと歩み寄ってくる。


 ……やっぱり、その話か。

 何となく予想は付いていたし、早めにケリを付けておかねばならないものでもあった。


 可憐が俺の前で立ち止まる。向こうが口を開く前に、頭を下げた。


「ごめん」


「え?」


「お前たちの信頼を、裏切ってごめん。護衛だということを隠して、ごめん。……本当に、ごめん」


「……」


 深く、頭を下げる。

 応えは返ってこない。いや、そもそもそんなものを期待する権利すら、今の俺は持ち合わせてはいない。本当なら、もっと早く謝るべきだったのに。


 教会内は静まり返っている。誰も、物音を立てない。可憐からの返事も返ってこない。


 それでも。

 向こうが何かをするまでは、絶対にこの頭は上げてはいけないと思った。


「……中条さん」


 しばらくして可憐が口を開く。


「顔を上げてください」


 ……。


「人と話をする時は、ちゃんとその人の目を見て。最低限の礼儀ですよ?」


 ……。

 そう言われてしまうと、下げたままにするわけにはいかない。ゆっくりと頭と共に目線も上げていく。可憐とばっちり目が合った。


 笑っていた。


「最初に、謝って頂けて嬉しかったです。私は、貴方を許します」


「……え?」


 何を言われたのか分からなかった。


「護衛というお話を最初に聞いた時には、確かに許せませんでした。同年代の子から特別扱いをされず、普通に会話して貰えるなんて初めての経験でしたから。この縁は、絶対に大切にしようと思っていたのです」


 それなのに、俺はその縁を躊躇いなく否定してたというわけだ。

 最低だな。最低のクソ野郎だよ……。


「だから、許せなかった。いえ、この言い方には少し語弊がありますね。正確に言うならば……」


 少し、その先を発言するのに戸惑う素振りを見せる。

 けれど、その先何が言いたいのかは直ぐに分かってしまった。俺の表情から、悟られたことに気付いたのだろう。可憐は苦笑して、気を取り直したかのように続けた。


「悲しかった、のでしょう。あの時は咲夜のことを危惧するように言いましたが、私もでした。貴方へ向けたはずの信頼は、何も無かったかのように跳ね除けられショックだったのです」


「……すまん。あれは、俺の言い方が」


「いいえ」


 俺の弁明に可憐は静かに首を振る。


「違いますよ、中条さん。あの場での、貴方の発言と行動は正しかった。咲夜が誘拐されていたかもしれないという状況で、私はこの件に関して感情的になるべきでは無かった。優先順位をはき違えていたのですから。中条さんが止めてくれなければ、私は単身で体育館に飛び込み、敵の思う壺になっていたでしょう」


 ……それは否定できない。


「だから、いいのです。契約に関する話もお父様から聞きました。この件に関して口止めをしていたのはお父様であり、貴方ではどうすることもできなかった。そうでしょう?」


「……俺は。……俺は、お前たちを騙していたことについて、人のせいにするつもりはないが」


「ええ、そうでしょうね。だからこそ咲夜も貴方に心を開いたのでしょう」


 訳知り顔で可憐が頷く。


「もし……。貴方が護衛秘匿の件に関して、契約のみを理由に弁明されるようでしたら、私は許さなかったかもしれません。例えそうであったとしても、私と咲夜にとってはそれ程重要なことだったからです」


 無言で頷いて、先を促す。


「けれど、貴方は最初に謝ってくれました。誠実に。だから許します。咲夜、貴方に避けられて悲しそうな顔をしてましたよ? これからも、良き縁を築いて頂ければと思います」


 ……屋敷で報告していた時の話か。確かに、逃げるように泰造氏の書斎を飛び出したからな。


「……分かった」


「ふふ。約束ですよ? 嘘を吐いた件に関しては貴方を許しましたが……。あの子の友達に相応しい方であるかどうかは、姉としてきちんとチェックさせて頂きますから」


「……あ、ああ」


 咲夜とのやり取りには十分注意しておくことにしよう。


「その不自然な間はなに」


「ちょっと舞は黙っててくれるか」


 ジト目の舞をしっしっと手で払う。


「もちろん、私のことも今後ともよろしくお願いしますね」


「ああ、もちろん」


 可憐と握手を交わす。


「ふふっ。とりあえず、これでこの件に関しては解決ってことでいいかしら」


 うんうんと頷きながら、舞がそう口にする。


「はい」


「ああ」


 お互いに、頷き合う。


「さて、じゃあ本題に入りましょうか」


「これが本題じゃねーのかよ!?」


 舞の問題発言に思わず声を張り上げる。


「これもあるけど、メインはこれからよ」


 マジか。これが前菜だっていうのか? 可憐を見てみると、確かにこちらも思いの外真面目な顔をしている。


 俺、他にも何か悪い事してたっけ?

 しかしその疑問は、次の可憐の一言で綺麗に一掃された。


「今回襲撃してきた方々の、リーダーとの一戦。私たちも参戦させて頂きたいのです」


 ……はい?

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