第7話 グランダール51 ③
年末年始連続投稿第一弾!!
その後の行動は、もはや脊髄反射だった。
「『拒絶、焰、敵を拒め』『業火の壁』!!」
覚醒した直後の詠唱。
横たわる龍の身体の正面に、まさしく業火の壁と呼ぶに相応しい圧倒的な熱量を持ったそれが展開される。天から降り注ぐ弾幕を2発受け止めた時点で霧散してしまったものの、それだけの時間が稼げれば十分だった。自らの身体へと到達する僅かなタイムラグを利用し、龍は瞬く間に体勢を整え、その場から後退した。
「……ちっ」
どろり、と。
鼻から垂れた血を拭う。痛む顎に顔をしかめながら、龍はようやく現状を理解した。
「使っちまったのか……、俺。情けねぇな」
一連の流れ、その全てが反射的な行動によるもの。自ら意図して動いたわけではない。ただ、意識が覚醒した時には、天から降り注ぐ魔法球が眼前に迫っていたのだ。そうしなければ自分は死んでいたかもしれないと思うと、複雑な心境にならざるを得なかった。
龍はその原因を作り出した人物へと目を向ける。
そこに君臨するのは――――。
「信じらんねー。この俺がこんな青春真っ盛りな女の子に後れを取るとはよ……」
天道まりか。
王立エルトクリア魔法学習院に籍を置く、まだ学生の身である少女。
「ははっ。なぁに、お兄さん。そんなつまらない言い訳。魔法に年なんて関係無いでしょ」
黒のくせっ毛を人差し指で弄びながらまりかは言う。その間に3発ほどの天属性の魔法球がまりかへと直撃したが、天属性の全身強化魔法『天ノ羽衣』がその悉くを無力化した。
「じゃあ何なら関係あるってんだよ……」
「何なら、って。そんなの決まりきってるじゃん」
うんざりな心境を隠そうともせずに問うてくる龍へ、まりかは端的に答えを口にする。
「才能だよ」
その底冷えするような声色に、思わず龍はまりかの顔をまじまじと見つめてしまう。表情では笑っていながら、まりかはまったく笑っていなかった。
「はは……。まだ若けーのに、随分と冷えた考えしてるじゃねーか」
凍てついた視線を受け、龍は乾いた笑いを漏らす。
「ボクは、誰よりも近くでそれを見てきた」
降り注ぐ弾幕は、まりかに傷一つ負わせることはない。天属性の全身強化魔法『天ノ羽衣』は、まりかに衝撃すらも通さない。
「ボクは、その理不尽さを知っている」
魔法球の雨は次々と着弾し、爆発する。卒倒級の弾幕を紙一重で躱しながらも、龍の耳にはその底冷えするような声色が余すところなく届いてくる。
「たったひとつ……。たったひとつ、できないことがあるだけで……、その人は迫害を受けた」
「なるほど。魔法に関しちゃ差別主義が根強い日本ではありがちな話だ」
まりかの話は龍も理解できる範疇だった。だから、続きを口にしてしまう。
「で、お前と比べられたか」
その指摘に、まりかの表情が目に見えて歪む。龍は分かっていてその地雷を踏み抜いた。まりかの返答は無かった。無かったが、それが答えだった。
「そりゃあ、……さぞかしかわいそうな目にあっただろうな」
「……そうだよ」
まりかの表情からは、貼り付けたかのような笑みすら消えている。龍がその存在感に鳥肌を立てるよりも先に、まりかは天へと手を掲げた。
「『五天』」
唸りを上げて魔法球を吐き出し続ける天蓋魔法が、更にひとつ増える。
「特大の地雷だったか……」
龍が呻くように呟いた。しかし、後悔してももう遅い。既に足の踏み場を探すことすら難しいほどに降り注ぐ弾幕が、もう一段階激しさを増す。
「……本気で来なよ。お兄さん」
各所から響き渡る爆音のせいで、まりかの呟きはもはや誰の耳にも届かない。それでも、まりかは口にした。
「ここから先は、手を抜いてたら本当に死んじゃうよ」
激しさを増した弾幕の中で、まりかは唄うように紡ぐ。
「『天ノ羽衣』、『天門ノ二』、『開門』」
人間の生理現象のひとつ、瞬き。
その瞬き一回のうちに、まりかの姿が消えた。
しかし、龍は動じない。背後から感じた気配を正確に察知した龍は、紙一重でその一撃を躱す。
「速ぇな!! まだスピード上がんのかよ!!」
「減らず口叩く暇があったら詠唱しなよ」
会話の最中にまりかの姿が消える。すぐに後ろを振り返る龍だったが、そこにまりかの姿は無かった。
「お兄さん、本当に死んじゃうよ?」
その声は、上から。
「――――っ!?」
天属性を纏った踵落としが、龍の目と鼻の先を走り抜けた。
「ぐああああああっ!?」
接触は無かった。
あくまで、両者間の物理的な接触は。
まりかの踵落としが地面を穿ち、エルトクリア大闘技場の決戦フィールドは昨日に引き続き本日も派手にカチ割れた。その衝撃波と共に襲いくるショットガンの如き石つぶて。出し惜しみして、全身強化魔法ではなく身体強化魔法を発現していたのが運の尽きだった、と今更ながらに後悔してももう遅い。龍の身体のあちらこちらが石つぶてによって切り裂かれた。
爆心地のほぼ中央にいたこともあり、派手に吹き飛ばされた龍の身体が地面へと叩き付けられる。
「かっ……っ!! はっっ!?」
口から漏れ出た分の酸素が、痛みのせいで呼吸ができずに補えない。それでも、身体は反射で動き降り注ぐ弾幕を転がりながら回避する。
しかし。
「ぐっ!?」
その動きが突如止まる。飛来したまりかの足が、龍の腹部を踏みつけたからだ。本気で踏み抜いていたら、体内の臓物が根こそぎ口からこぼれ出る程度の威力は出せたかもしれないが、まりかはあくまで龍の動きを制止するだけに留めた。
「……ここで俺を殺さなかったことを、……後悔するかもしれないぜ」
あくまで動きを制止するだけに留めた、と言ってもそこはやはり天属性。その衝撃で吐血した龍は、それでも強がりとも取れるセリフを口にした。
「別に殺すのが目的の大会じゃないし。でも、その自信はどこからくるの?」
仰向けに倒れた龍を足で踏みつけ、文字通り見下ろしながらまりかは問う。
「……ここでお兄さんが死なないって、決まったわけでもないのに」
「『火の球』!!」
総数25の攻撃特化・火属性の魔法球がまりかに殺到した。そしてその悉くが『天ノ羽衣』によって無力化され、消えていく。
まりかは微動だにしなかった。
龍を踏みつける足は、少しも浮き上がりはしなかった。
倒れる龍のすぐ近くに天属性の魔法球が着弾し、衝撃波が2人を襲った。それによって浮き上がりかけた龍の身体は、まりかの足に食い込むだけで結局浮かび上がりはしなかった。
「使わなかったね。契約詠唱」
「使ったろ」
「キミにはがっかりした。減らず口より呪文を唱えるべきだったのに。出し惜しみしたから、キミはここで負けて消える」
まりかの手が振り上げられる。
「……いや」
その手の行く末を見つめながら、龍は笑う。
「俺の勝ちだ」
「……なんだって?」
その一瞬の硬直が仇になった。
『決まったーっ!! ここで最後の1人が脱落ーっ!! アギルメスタ杯予選Cグループ!! 勝ち残ったのは“天属性の使い手”天道まりかと“無所属”龍だーっ!!!!』
「なっ!?」
そのアナウンスに素で驚きの声を上げるまりか。そのリアクションを見てニヤニヤしながら龍は言う。
「さーて。天のお姫様。分かったらさっさと物騒な天蓋魔法とその全身強化魔法を解いてくれ。ついでに俺の腹の上に乗せてる足もどけろ。最高のアングルなんだがスカートじゃないのが頂けな」
「ヘンタイ!!」
「ぶぼっ!?」
龍の腹から退けられた足は、そのまま龍の顔面へと着地した。
「おぅぐぅぅぅぅ……」
「ふんっ」
転がりながら悶絶する龍に、まりかは鼻を鳴らしてそっぽを向く。龍の顔がトマト的な潰れ方をしなかったあたり、まりかにも一応の自制心はあったらしい。
予選Cグループの出場者たちを恐怖のどん底に陥れてその悉くを無力化した天蓋魔法も、その姿を消していく。決戦フィールドを覆っていた威圧的な空気も消え、降り止んだ弾幕の後に残るは晴天が覗く瓦礫の山。その光景に、呆けていた治療班は慌てて我を取り戻し救出活動を再開する。
拍手喝采が2人を包み込んだ。上半身を起こした龍が、手を振り愛想笑いを浮かべながら周囲を見渡す。
「……無茶苦茶じゃねーかよ。どうすんだ天のお姫様。明日も予選はあるんだぜ?」
「知らないね。高い入場料ぼったくって興行活動してるんだから。そのくらいの苦労はすべきじゃないの?」
「……ま、そりゃ言えてるか」
垂れる血を拭いながらからからと龍は笑う。
「ん」
「お? なんじゃこりゃ」
目の前に差し出されたそれを見て、龍は目を丸くした。
「ハンカチだよ」
「馬鹿にすんな。ハンカチくらい見たことあるぜ」
「見るだけじゃなくて持ち歩きなさいよ……、って、そういう問題じゃないでしょうが」
「ははは、知ってる。けど悪いな。そりゃ受け取れない」
袖で豪快に血を拭いきった後、龍がゆっくりと立ち上がる。まりかはため息を吐きながらハンカチをしまった。
「人の親切は素直に受けるものだよ」
「あんたのことは嫌いじゃない。ただ、……悪いな」
「ふーん」
『もっとも、俺は日本人のことは大嫌いなんだけどさ』
戦闘中に聞いた言葉を思い出し、まりかはもう一度ため息を吐いた。
「国籍の壁ってのはどこでも分厚いもんだね」
龍の気さくな態度を見ていると、こうした壁を作るような人間には見えなくなってしまうのだ。まりかはそういう少女だった。
「……悪いな」
「気にしてないよ」
それは拒絶の言葉。長くは語らないそれが、両者間の壁を浮き彫りにした。
それでも。
歯切れが悪く、本当にばつが悪そうに顔を逸らす龍を見て、まりかは嫌悪感を抱かなかった。だから代わりに出たのはこんな感想だった。
「最後のはやられたよ。あの勝利宣言が無ければ仕留められていたのに」
「ははは、内心では必死だったんだぜ。正直、もう駄目かと思ったのは事実だ」
龍を組み伏せ、あと一手まで迫ったまりか。実際にあの手が振り下ろされていたら、勝敗は決していたかもしれない。それほどまでに、紙一重のタイミングだった。
「良くタイミングが計れたね」
「馬鹿言え。単なる延命措置だったんだよ。視界の端で、あと1人がしんどそうに膝をついたのは見てたけどな」
「……呆れた。あの状況下でよくもまあ他に目を配れたね」
「逃げ切るためなら何でもやる男だぜ、俺は」
「……どうしよう。全然格好良くないんだけど」
「ぐっさぁぁ!! 女の子に言われたくないベスト10に入るセリフを頂戴したぁぁぁぁ」
「本当に日本語堪能だよね……。だから契約詠唱も使えるんだろうけどさ」
そんな軽口を叩きあっているうちに、瓦礫の山となった決戦フィールドをなんとか乗り越えて実況解説の2人組がやってきた。
『さあさあ!! ようやく辿り着いたところで始めましょうかヒーローインタビューを!!』
『予想通りの2人組が残ったというか、特に後半からはこの2人以外活躍する機会が無かったよね。Cグループは』
『そう言えば後半くらいから他の出場者の名前を叫んだ覚えがありませんね!! その他98名のみなさま申し訳ございませんでした!! 本当にご苦労様です!!』
マリオの少しも気持ちが篭っていない謝罪に、観客席から笑いと拍手が起こる。
『さて!! それじゃあどちらからいきましょうかね、カルティさん!!』
『そうだねぇ。あの天道選手の猛攻を紙一重で掻い潜り、珍しい契約詠唱を見せてくれた龍選手』
カルティが口にした『契約詠唱』という単語にざわめく観客。
龍は内心で舌打ちした。意識を取り戻した直後だったし逃げ切るので必死だったわけだが、それでも実況解説からその単語が出てこなかったので、もしやバレずに済んだのかと考えていたのだ。それでも、この解説者の目はごまかせなかったらしい。
実況のマリオから向けられるマイクを前に、どう応えようかと頭を働かせ始めたところで、
『と、いきたいところだけど。やっぱり最初はCグループで一番存在感の大きかった天道選手だよね~』
『ですよねー!!』
「俺からじゃないんかい!!」
マイクが龍からまりかへとスライドする様を見て、龍が吼えた。そんな龍や爆笑が巻き起こる観客席へは目もくれず、マリオは嬉々としてマイクをまりかへと向ける。
『Cグループ一番の存在感を見せつけてくれた天道選手!! まずは一言お願いできますか!?』
『え? えーと』
急に矛先を向けられて目を泳がせるまりか。しかし、すぐに調子を取り戻すと満面の笑みで高らかにこう言い放った。
『ハナちゃん見てるぅ~!? 見事に本戦出場決定だぜぃ!! いぇ~い!!』
★
まさかの不意打ちで自らの偽名を叫ばれた美月は、スイートルームで派手にオレンジジュースをぶちまけた。
★
ここはエルトクリア高速鉄道のメルティ駅とホルン駅の中間にある高架下。
「高速鉄道側から、修繕についてはほぼ完了したとの報告が。乱闘騒ぎを起こした馬鹿共の情報は入ってません。目撃者を募ってはいますが、望み薄ですな。“瘴気”についてもサンプルは入手できましたが、解析は難航しております。なにせ、何を探せという話ですから」
「まあ、そんなもんだろうな」
ギリーからの途中報告を聞いたスペードが相槌を打つ。周囲を見渡せば、昨日のような瓦礫の山は綺麗さっぱりと片付けられ、高速鉄道を支える柱も見事に修繕されていた。
ここにいるのはノア警備隊隊長のギリーと『トランプ』のスペードだけ。他の魔法聖騎士団たちは既にこの場にはいない。
「綺麗に片付いたもんだ」
「ウチの者が頑張ってくれましたから」
ギリーも少しだけ自慢そうに言う。
「にしても、あれだけ暴れた痕跡がありながら目撃情報が無いってのが痛いな」
「アギルメスタ杯Bグループ予選の開始間近でしたからな。近辺の住民、そのほとんどは大闘技場へ出向いていたそうで」
「そりゃそうか」
頬を掻きながらスペードが同意した。
そこで。
「で、だ。犯人は現場に戻ってくるってのはよく聞く話だが……。あんたが犯人ってことでいいのか?」
その言葉を、スペードは相手側へ視線を送ることなく発する。硬直したギリーだったが、柱の陰から姿を見せたその人物に眉を吊り上げた。
「……“旋律”か」
「こんにちは。精が出るわね」
盗み聞きしていたことなどおくびにも出さず、自然な歩調でリナリーが2人のもとへと歩いてくる。
「もっとも、犯人扱いされるのは心外だけれど」
「俺もそうだと思いたいね」
リナリーからの鋭い視線を、スペードは肩を竦めることでやり過ごす。
「それで、ここにはどういったご用件で?」
リナリーとスペードの微妙に入りにくい会話の途切れ目を狙って、ギリーが口を挟んだ。
「様子を見に。不審な何かの話は小耳に挟んでるし」
「……情報統制しているのだがな、一応」
相変わらずのリナリーの情報収集っぷりに、ギリーは頭を抱えたくなりながらもそう返す。
「ふーん。それで女王陛下からの指示でここへ?」
「なんでそこであの子が出てくるわけ?」
「私としては、なぜお前が女王陛下を『あの子』呼ばわりしているのかを問い質したいのだが」
スペードからの質問に、リナリーが問い返した。そこへ唸るようにしてギリーが言葉を重ねる。その言葉を聞いて、スペードは面白そうに鼻を鳴らした。
「そういうところが、疑惑を深めているってわけだ」
「何のよ」
「JOKER」
その単語がスペードの口から発せられた瞬間、刻が止まった。
最初に動き出したのはリナリー。口元に笑みを浮かべながら、彼女は言う。
「そういう勘違い、私は好きよ。その綻びが積み重なり、最後の最後で詰めを誤るから」
「ひっでぇな。俺たちとあんたは仲間だろう?」
「敵じゃないだけよ。無論、今は、ね」
自分を睨みつけてくるギリーを目で流しながら、リナリーは踵を返した。
振り返らずにこう告げる。
「ギルマンには気を付けるのね。あの子が泣くところは、できれば私も見たくないから」
「はいよ。肝に銘じておくさ」
スペードの返答に満足したのか、それ以上は何も言わずにリナリーは立ち去った。
「……あの女は女王陛下を何と心得るか。不届き者めが」
「まあまあ、そう声を荒げるな。ギリー」
悪態を吐くギリーに、スペードは苦笑いで応対する。
「しかし」
「いいのさ。あれで。あの女と女王陛下の関係は、あれくらいが丁度良い」
スペードは柔らかな笑みを浮かべながら続ける。
「……その言葉が聞けただけで、俺はあんたのことを味方だと思ってるよ。“旋律”」
★
「お疲れ様でした」
「こんなの、疲れたうちにも入らないよ」
エルトクリア魔法学習院の学生寮、まりかの部屋にて。
従者である唯からの言葉に、まりかはそう答えた。
「どいつもこいつも……。二言目にはT・メイカー、T・メイカー。うっさいっつーの」
「それほどまでに衝撃的だったのでしょう。まりか様の魔法は良くも悪くも圧倒的ですから」
自分のベッドへとやや乱暴に腰かける主をしり目に、唯はお茶の準備を始める。
「ふんっ、似てるのなんて当たり前だよ。ボクの一族へのあてつけ? そもそもあれは――」
「まりか様」
主の言葉を、鋭い口調で従者が制した。
「ごめん。ちょっと熱くなった」
「いえ。……愚かだったのは私の方です。まりか様に指摘されるまで気付くことができないとは……」
「それこそしょうがないよ。あれはそういう方向性で突き詰められた技術だからね。だからこそ、天には届かなかったわけだけど」
「浅知恵で天の力を得ようとするなど、身の程を弁えろという話です」
幾分か強い口調で唯は言う。背中越しで表情は窺えなかったものの、その雰囲気だけでどのような心境でそれを口にしたのかは一目瞭然で、そのことがまりかは嬉しかった。
「それにしても……」
用意したお茶をトレーに乗せて運びながら、唯は続ける。
「それをT・メイカーが使った、というのが意外でした」
「だから不意を突かれたんじゃないの?」
「……否定はしません」
唯は仏頂面で答え、小さな丸テーブルへとティーカップを並べた。緩慢な仕草でベッドからずり落ちたまりかは、四つん這いで丸テーブルへとやってくる。
「行儀が悪いですよ、まりか様」
「いいじゃないの~。ここ、ボクの部屋だしさ」
「そういう問題ではありません。まったく、天道家当主たる貴方がそんなことでどうするのです」
「天道の名前を継いだだけだも~ん」
間延びしたその回答に、唯の頬がひくついた。
「……その割には、アギルメスタ杯参加手続きの際、ギルド職員に天道家の権力をちらつかせていたようですが」
「き、聞いてたの!?」
唯からの指摘に、まりかが勢いよく顔を上げる。その反応に唯はため息を吐いた。
「まさか。貴方が勝手に手続した後に、私もしたでしょう。その時の職員の態度を見れば察しはつきます」
「くっ……。あの職員には態度に出さないようきっちり脅しておくべきだったか」
「馬鹿なことを仰らないでください。国際問題になりますよ、そんなことをしたら。それに、学習院が禁止している大会への参加許可が下りた時点で、通常とは異なる手段を用いたことは明らかでしょう」
「これはホリウミーの葉で淹れてくれたお茶かな? い~い香りだねぇ」
「……惚れ惚れするほどの、露骨な話題逸らしですね」
「ありがと、唯。けどごめんね。ボク、これでも百合属性は無いからさ」
「私もありませんですけれども何か!?」
「あっはっはー、ん、あちっ!?」
「ほら、まだ熱いんですから気を付けないと……」
「わ、わはってるっへ!!」
火傷した舌を出しながら強がるまりかに、唯はもう一度ため息を吐く。
「……で、話を戻しますが」
「んー? はんのはなひだっけ?」
舌をチロチロさせながら聞いてくるまりかに、唯は「行儀が悪い」とは注意しなかった。
「T・メイカーの話です。これは『黄金色の旋律』と『トランプ』が繋がっているということなのでは?」
「否定はしないよ。クィーン・ガルルガとリナリー・エヴァンスはそれなりに親交があるみたいだし」
舌の出し入れをしながらまりかは続ける。
「ただ……、技術が流れたのは『トランプ』からじゃない、とボクは思ってる」
唯が目を丸くした。
「なぜです?」
「被検体になった一族が秘密主義者だから。もちろん、当代のエースもね。そう考えると『トランプ』から漏れるのは辻褄が合わない。リナリー・エヴァンスとはいえ、力押しでどうにかなる類の話じゃないし」
「それは、……そうですね」
反論しようとした唯だったが、その言葉は吐き出されることなく飲み込まれた。反論が無いことを確認したまりかは、手にしたティーカップをゆらゆらと揺らす。
「ただねぇ、そうなると困った方向に話が進むわけだ」
「困ったこと、とは?」
ティーカップに揺らめく自分の表情を見つめながら、まりかが顔をしかめる。
「なら、何者が『黄金色の旋律』にその技術を流したのか。ボクの知っている限りでは、『トランプ』を除いてしまうと残る組織は1つだけになる」
「まさか」
「……果たして『黄金色の旋律』は『ユグドラシル』と繋がりがあるのか。現状、否定できる情報がボクの手元には無い」
「リナリー・エヴァンスの黒い噂も事実だと?」
唯からの質問に、まりかは頷く。
「否定はしないよ。する気も無い」
そして、小さくため息を吐いた。
「あの男もちょろっと怪しい言動をするし、どうしたものかなぁ」
「あの男? 何の話です?」
「ボクと一緒に本戦出場が決まった奴」
その言葉に、唯が「あぁ、あの……」と呟く。
「その男が何か?」
「あの男、ボクにこう言ったんだ。『あんたは強い。決勝トーナメントにだって勝ち上がれるだろう。どうせ手合わせするなら、もうちょっと良い舞台が整えられてからにしようぜ』って」
「逃げの一手にしか聞こえないセリフですね」
唯のその有無も言わさぬ両断っぷりに、まりかはガクッと肩を落とした。
「唯ぃ、ちゃんと聞いてた?」
「はい?」
「『あんたは強い。決勝トーナメントにだって勝ち上がれるだろう』って言ったんだよ。違和感あるでしょ」
「まりか様が強いのは当然のことですから。違和感も何も……、あ」
「そういうこと」
まりかはつまらなそうにティーカップをソーサーへと戻す。
「試合形式は告知されてないのに、何で本戦がトーナメント戦だって知ってるのかって話。こっちのミスリードを誘うためにわざと言ったんなら天晴だけど」
もう一度ティーカップを手に取ったまりかだったが、残念そうな表情をしてすぐに戻した。
「あの男は大会の関係者だと?」
「そうだとするなら、相当な上役だろうね。情報統制のためにほとんどの人が知らされてないらしいし。知ってた? 実況解説のマリオさんやカルティさんだって、形式知るのは公式発表されてからなんだよ」
「実況解説のお二方については正直どうでもいいです。じゃあなぜあの男は出場を?」
「さあてね。まだ情報が少なすぎるよ。これであの男が『トランプ』関係の人間なら、また面白い展開になりそうだけど」
「追及すればよかったのでは? なぜしなかったのです?」
「しらばっくれたらおしまいじゃん。前回のアギルメスタ杯本戦の試合形式はトーナメントだったから、『去年と勘違いした』って言われたらそこまでだし」
再度ティーカップに手を伸ばしかけたまりかだったが、立ち上る湯気を見てその手を引っ込める。
「ともあれ、少しずつピースは揃ってきてる。アメリカ合衆国の魔法戦闘部隊『断罪者』に、『五光』の従者。『黄金色の旋律』に『トランプ』、そして『七属性の守護者杯委員会』に『ユグドラシル』」
にやり、とまりかは笑う。
「いやぁ、きな臭くなってきたねぇ。大会に参加したの正解だったでしょ?」
「いえ、今でも大反対ですが何か?」
空気の読めない唯の発言に、まりかは口を尖らせた。
【今後の投稿予定】
1月1日 おとしだまss
1月2日 本編第8話
1月3日 本編第9話
みなさま、良いお年を!!