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テレポーター  作者: SoLa
第1章 中条聖夜の帰国編
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第12話 同盟

「……なるほど」


 目の前で泰造氏が重々しく頷く。


 ここは姫百合家・泰造氏の書斎。

 デスクに座すはこの部屋の主である姫百合泰造。そのデスクの前には可憐と咲夜が並んで立ち、その後ろに俺が立っているという構図だ。


 今はちょうど昨晩に起こった騒ぎの報告を終えたところだった。


「まずは中条君。礼を言わせてくれ。うちの娘たちを守ってくれて、本当にありがとう」


「いえ、仕事ですので。それに守り切れていません。姫百合可憐さんに危害が加わってしまったのは、私の過失です」


「……そ、そんなことはありません! あれは、私が中条さんを止めたからで――」


「そうだな……」


 俺の言葉を否定しようと言葉を紡いだ可憐に、泰造氏が同調する。


「可憐、お前のその行為は愚かなものだった。お前は自分の味方である中条君の動きを制限したばかりか、自ら敵の活路を作り出してしまったのだ。中条君に打破するだけの力がなければ、お前はそこで終わっていた」


「……はい」


 可憐が悔しそうに俯く。

 泰造氏の言い分は確かに正しいし、俺もそう思っている。だが、それが可憐の美徳であるのも確か。愚かなもので片付けてしまうのは、ちょっと可哀想だけどな。


「昨晩の侵入者たちは、1人残らず捕えて警察に管理を任せている。とはいえ、君に言われた通り公にはせず、文字通り管理してもらっているだけだが」


「ありがとうございます」


 泰造氏の言葉に頭を下げる。姫百合家の権力に感謝だな。


「一体、どうするつもりだね?」


「情報を吐かせます。まだ誘拐犯の首謀者を捕えてませんので」


 俺の言葉に、泰造氏は目を丸くした。


「そういったことについては警察が適任かと思うが」


「いいえ。それでは時間が掛かってしまうでしょう。大元を叩くためにも、結果は早く欲しい」


「君ならば直ぐにできると?」


「はい」


 断言する。


「……そうか。まあ、彼女の弟子である君だ。ひとまずは君に任せるとするよ」


「ありがとうございます」


 礼を言い、もう一度頭を下げる。


「……さて、それとこれからの護衛についてだが」


 その言葉に、咲夜の肩がびくりと震える。咲夜ほどではなかったが、可憐も僅かに体を震わせたのが分かった。


「申し訳ございません。泰造氏の依頼条件を守ることができませんでした」


「いや、仕方の無いことだ。聞いた話の状況下では、可憐の前での戦闘は避けられなかったようだからな」


「心遣い痛み入ります。しかし、もう私は護衛から外してもよろしいかと思われます。捕えている者から情報が引き出せ次第、今回の首謀者は直ぐにでも抑えますので」


 俺の言葉を聞いた可憐と咲夜が、驚いたように振り返る。今のどの言葉に反応したのかは知らないが、ひとまず無視しておく。


 理由はどうあれ護衛任務からは外してほしい、というのが俺の本音だ。初めから分かっていたことではあるが、どう考えてみても新米魔法使いがこなせる仕事ではない。今回は可憐も咲夜も誘拐未遂で終わったからいいが、次回も守り通せるかと聞かれて、俺は「守れます」とは断言できない。誘拐未遂とはいえ、可憐には実際に怪我も負わせてしまっている。


「学園のセキュリティの穴も見つけられたことですし。これ以上侵入を許すことはないでしょう?」


 とにかく、今は正論で畳みかけておくべき場面だろう。


「……うむ。そうだな。その件に関しては、この学園の理事長として恥ずかしい限りだ」


 良かった。護衛任務は終了というわけだ。


 昨日、体育館を出た後で、俺は不審なトラックを見つけていた。

 どうやら、侵入者たちはこれを使って学園内に潜り込んだらしい。手口は実に簡単。守衛に夜間清掃だと嘯き、堂々と正門から踏み込んだようだ。

 騙されたとて、守衛に非があるのも事実。学園内に入る業者は前もって学園側に通達されている。これからは、それ以外の知らされていない者は例えいかなる理由があろうと通してはならない、と守衛に言い渡された(というより、これは以前から取り決められていたことであり、正しくは再度徹底された形)。


「では、私はこれで。もう行きますので」


「ああ。今回の報酬についてだが……」


「そのお話は、首謀者を抑えてから改めてということで。まだこの件が解決したわけではありませんので」


 これで、敵の殲滅を最優先事項として行動できる。俺としてはそちらの方が都合がいい。


「分かった。よろしく頼むよ」


「な、中条さん……」


「中条せんぱいっ……」


「失礼します」


 可憐と咲夜の俺を呼ぶ声が聞こえたが、立ち止まる気にはなれなかった。

 一言告げて扉を潜る。固い木製の扉を後ろ手に素早く閉めた。本当ならどんな誹謗も中傷も甘んじて受け入れねばならない立場だったが、どうしてもそれを聞きたくなかった。


「…どれだけへたれなんだか」


 自分の弱さに呆れて泣きたくなる。


「お疲れ様でした、中条様。外までご案内致します」


 外で控えていた大橋メイドから声を掛けられる。


「はい、お願いします」


 その背中について、廊下を歩く。

 ……今の独り言、聞かれてないよな。







 屋敷を出るなり、俺はポケットから携帯電話を取り出した。何となく掛かってくる気がしたからだ。


 案の定。

 その瞬間に着信音が鳴り響く。画面には、『非通知』の文字。躊躇いなく通話ボタンを押した。


『ハロー』


「師匠、何処かで俺のこと監視してますよね?」


 相も変わらずタイミング良すぎだ。


『まさか。そんな筈ないわよ。だって今私ロスにいるし』


「……まあ、俺にはそれが本当か確かめる術は無いですけどね」


『ふふふ。そんな拗ねるんじゃないわよ。せっかく労いの電話を掛けてあげたのに』


「どうせなら仕送りの金額を上げてください」


『えぇー。だってそれ以上金額を上げちゃったら、外でも生活できちゃうじゃない』


「やっぱりそういう意図だったのか!!」


 思わず敬語も忘れて声を張り上げる。


 今まで送られてきた500円玉の謎は張本人によって解決された。

 ようは、全てが外界よりも低価格で抑えられる学園内生活の必要最低限の金額を俺に送ってきていたのだ。仕送りとして。住む場所から食べるものまで、外では500円で抑えられるような場所など無い。


 日本で師匠が持っている屋敷に行けば何かしらあるかもしれないが、無理だ。屋敷は師匠が不在時に何者かが足を踏み入れた場合、容赦なく牙を剥く。つまりは大量のトラップが仕掛けられているのだ。

 おそらく、今日本で最も安全な場所であり危険な場所だろう。


『そんな怒らないでよ。こうでもしないと、貴方逃げるでしょう?』


「今すぐにでも逃げ出したいですけどね!!」


 冗談じゃない。こんなの労働基準法とかに引っかかってるだろ。労働条件が劣悪過ぎだ。


『まぁまぁ、冗談は置いといて』


「冗談じゃ済まされないんですけど!?」


『今から、行くんでしょ?』


「っ、……はい」


 真面目さを帯びた声に、こちらとしても相槌を打つ他なくなる。


『きっちり情報を聞きだし、根絶やしにしなさい。これは師匠命令よ』


 ……。

 過激すぎる言葉。その意味するところは――。


「師匠」


『何かしら?』


 朗らかな声に戻っている。おそらく、これは聞いてもはぐらかされるだけだろう。


「今回の件、その黒幕について。何かご存じなんですか?」


『……さぁね』


 ……てっきり全否定されるかと思ってたんだが。すごく曖昧な返しだな。


『私が想像しているものと違う場合も有り得るから。余計な情報は持たない方がいいわ。必要だと感じたら、私の方から話す』


「……分かりました」


 こう言われては、もう聞き出すことは不可能だ。話術で師匠に勝てるはずもない。渋々携帯電話を切ろうとしたところで。


『あ、そういえば』


 なぜかワザとらしくそう言ってきた。


「……何です?」


『聖夜、泰造さんの2人娘にはもう会ったんでしょ? どう? 可愛かった? 惚れた?』


「あ、すみません。何か電波悪いみたいでノイズが、じゃ」


『え? あ、ちょっ――』


 とりあえず関係なさそうな用件だったので、強制的に切っておいた。


「……さて、行くかね」


 襲撃者たちが収容されている場所については既に聞いているが、無論行ったことは無い。転移魔法は使えない。


 ひとまず駅前に行って、タクシーでも拾うか。







 授業中だった教室の扉がゆっくりと開かれる。黒板に集中していた視線が、一斉にそちらへと向けられた。

 入って来たのは。


「ああ、姫百合可憐さん。都合はお家の方から聞いていますよ。どうぞ、席に着いてください」


「……はい」


 一礼して、可憐が無言の教室内を歩く。可憐の席は一番後ろの窓側から2つめ。教室を縦に横切るように歩いていると、舞の席とすれ違う。


 一瞬、自分に目が向けられているのかと可憐は舞へと目を移した。

 が、勘違いだったのか、舞は遅れてきた可憐に何の興味も抱いてはいないようで、素知らぬ顔で窓の外を眺めている。頬杖を突きながらその瞳が捉えているものとは何なのか、可憐には分からない。


 可憐が席に着くと授業は再開された。隣の席は当然の様に空席だった。

 それもそのはず。

 可憐は先ほどまでその机の主と一緒にいたし、彼が今いない理由も彼自身から聞いている。今頃は襲撃者が捕えられている場所で情報収集でもしているのだろう。


 彼のことを思い出し、無意識の内に窓の外へと目を向ける。


 そこで、可憐はふと気付いた。

 多分。

 舞も自分と同じ人物を追いかけ、窓の外を眺めていたのではないかと。







 結局。

 可憐にしては珍しく、内容がまったく頭に入らないまま授業は終了した。チャイムと共に学内の喧騒が高まる。


 昼休みだ。


 可憐のクラスも例外ではなく。

 早速お弁当を広げている者。

 学食へと向かう者。

 今日はどうするかと友達と相談する者。


 様々な声や音が入り乱れる。


「聖夜の奴、何かあったんかね」


 その声に、可憐ははっと顔をそちらに向けた。そこでは将人・とおる・修平が、授業道具を片付けながら会話をしているところだった。


「言葉通りの意味だったんだろ? そういう日もあるって」


 修平が将人の心配そうな声色を払う。


「けど、それならもう少しまともな言い訳考えそうなものじゃない? 『今日は学校サボるから、先生によろしく言っといて』って言い訳、初めて聞いたよ」


「いや、それもう言い訳じゃないからな。まあ、伝える身にはなって欲しいっていうのは事実だけど」


 とおるの言葉に修平が笑いながら答える。


「確かに。あのまま文字通り伝えてたらまず怒られたのは僕らだっただろうね」


「何で?」


 将人が首を傾げる。


「そりゃそうだろ。そんな伝言受け取ってくる余裕があったら、引っ張ってでも連れてこいって言われてたね」


「ああ、そりゃそっか」


 ははは、と将人が笑う。


「さてと、お喋りが過ぎたね。そろそろ学食にいくかい?」


「そうしよう」


「腹減ったー。今日は何食うかねー」


 ガタガタと音を立てて3人も立ち上がる。その光景を可憐はぼーっと見つめていたが、急に視界が遮られて視線を上げた。

 そこには。


「姫百合可憐、ちょっと付き合いなさいよ」


 舞が、立っていた。







「……何か御用ですか?」


 連れて来られた先は、屋上。

 咲夜には今日お昼は一緒に食べられないという内容で、メールを既に送信済みだ。可憐は後ろ手に屋上の扉を閉めると、呼び出した張本人に話しかけた。


「聖夜ってさ」


 振り向かず、可憐には背を向けたまま。

 舞は空を見上げながらぽつりと呟いた。


「あいつには、魔法使いの師匠がいてね。今はその人、アメリカにいるの」


「……はぁ」


 最初に聖夜の名前が出た時には、どきりとしたが。その後に続いた言葉で、可憐は曖昧な相槌を打ちながら首を傾げた。


「あいつは呪文詠唱ができないから、この国の評価システムじゃあ魔法使いの資格は取れない。だから2年前からアメリカに飛んでたの。で、つい先日取ったみたい」


「え? 魔法使いのライセンスを?」


 可憐は目を真ん丸にした。舞は呆れ顔で振り返った。


「そりゃそうでしょ。仮にも貴方の護衛役を任されたのよ? 資格が無ければ、そんなことできるはずないわ。気付かなかったの?」


「……そ、そうですよね」


 気恥ずかしそうに可憐が視線を落とす。舞はそれに構わず再度口を開いた。


「あいつが日本に戻ってきた理由は、ただ1つ。貴方の護衛の為よ」


「はい……」


 言っている意味は分かるが意図は分からない。この話の終着点が何処なのか、可憐は計りかねていた。


「言ってる意味、分からない?」


 舞は大げさにため息を1つ吐く。


「貴方、護衛嫌いだそうね」


「……そうですけど」


 謎な質問をされたと思ったら、急に矛先を変えられた。可憐は何の話だと思いつつも頷いた。


「私も嫌いよ。黙って前やら後ろやらをうろうろされると目障りだからね。けど、相手による」


 その言葉に、可憐の頭には一瞬聖夜の顔が過った。

 舞は可憐の言葉を待たずに続ける。


「聖夜は、貴方の護衛の為に日本に戻ってきた。けど、昨晩の戦闘で大方の目途は立ち、事態は終息に向かっている。これが何を意味するか分かる?」


 何が言いたいのかに思い至った可憐が、がばっと顔を上げる。


「聖夜、帰っちゃうわよ。アメリカに。転校から一週間と経たずね」


「っ」


「貴方にとって、聖夜はどうだった? いつも貴方に付き従う護衛連中と同じ? それとも2日程度顔合わせたくらいじゃ、違いなんて分からなかったかしら?」


 自分の鼓動が不自然に波打ったのを、可憐は自覚した。







「貴方にとって、聖夜はどうだった? いつも貴方に付き従う護衛連中と同じ? それとも2日程度顔合わせたくらいじゃ、違いなんて分からなかったかしら?」


 その言葉に、昨日の出来事がフラッシュバックする。


『勇気あるな、お前』


 止めたのは、私。

 追撃を掛けようと構えた彼を、私は無意識の内に止めてしまった。

 もうこれ以上魔法で相手を追い詰める必要などないと、勝手に思い込んで。


 結果として、捕まった。


 目も当てられないほど愚かな行為だったと思う。見捨てられても文句の1つも言えない、自業自得な行動だった。

 それでも。

 彼は怒るどころか、褒めてくれた。


 勝手に捕まっておきながら、自分を見捨てて逃げてくれ等と低劣な言葉しか紡げぬ私に。

 勇気がある、と。


『苦情も文句も!! 後でいくらでも受け付ける!! だから今は落ち着け!! 咲夜を助けたいんだろ!!』


 裏切られた、と思った。

 咲夜のことしか口には出さなかったけれど、私もそう。


 同年代で、初めて対等に話しかけてくれる男の子。まだ、咲夜から貰った情報しか持ってなかったから。これから少しずつ仲良くしていければいいな、と思っていた矢先に。


 護衛というあの言葉。


 見当違いな考えだとは今でも思ってないけれど、場違いな発言だったとは思う。咲夜が誘拐されているかもしれない状況で、こんな会話はするべきではなかった。

 それでも。

 パニックに陥っていた自分を、一喝して諭してくれた。あのまま冷静さを欠いた状態で単身体育館に飛び込んでいたら、それこそ相手の思う壺だっただろう。


『だから俺の魔法を使う。信じてくれるか?』


 その言葉を思い出した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。

 護衛の人間なんて、皆同じ。危険な場所でもないのに「お下がりください」の一言。必要無いほどピリピリさせた空気を纏いながら、私の周りを警戒している。

 あんな危険な場面、初めての体験だったけれど。


 もし。

 違う護衛が付いていたのなら。

 あの場面で「信じてくれるか」なんて言葉、絶対出なかっただろう。


『赦されるのなら、友達になりたいとも思ってる』


 申し訳無さそうな顔で告げる、あの言葉。


 嘘は、許さないつもりだった。

 彼の返答に、全神経を傾けて聞いた。

 あの眼は、嘘を吐いている人のものではなかった。


 あの「友達になりたい」という言葉。

 その言葉を、私も、咲夜も。

 どれだけ待ち詫びたのだろうか。


 高校に上がっても友人など1人もできず、私を見る目は好奇な色でいっぱい。話しかけられるときは、下手に出られいつも敬語。「流石は名家のお嬢様」なんて賞賛、欲しくは無かった。


 欲しかったのは。

 私たちがいつだって欲しかったのは――――。


 もし、もう一度。

 彼と1からやり直せるのなら。







「……彼は、中条さんは、……違いました」


 絞り出すような声色で可憐が答える。舞は、その返答に目を細めた。


「そう」


 素っ気の無い返事。

 可憐は顔を上げ、正面から舞と向き合った。


「私はずっと待ってた。あいつが日本に戻ってくるのをね。こんなに早く、またいなくなるなんて絶対にイヤ。どんな手段を使ってでも、聖夜はここに残らせるわ」


 少しだけ、頬を染めながら断言する。

 そんな舞を見て、可憐もここで自分の意志をはっきりさせておかなければならないと感じた。


「……私は、まだ中条さんについて良く知りません。それでも、彼には惹かれるものがあります。彼は私や咲夜のことを護衛対象だと言いましたが、私たちに普通(、、)に接してくださいました。悪い人だとは思えません。彼がどのような人物なのか、見極めたい。そして、もしできるのなら……」


 意を決して、可憐は口を開いた。


「私も、友達が欲しい。対等に付き合ってくださる、友達が」


「決まりね」


 可憐の宣言に、舞が笑う。


「私と手を組みましょう。これ以上、聖夜の好き勝手にはさせないわ」


「はい、よろしくお願いします。花園さん」


 差し出されたその手を可憐が握る。


「舞」


「え?」


「こ、これからは、舞って呼んで頂戴」


 少し視線を泳がせながら、舞がそう言う。可憐はその仕草に思わずクスリとしそうになったが、ぎりぎりで堪えることに成功した。


「では、私も。可憐と」


「ええ、よろしくね。可憐」


「よろしくお願いします。舞さん」


 挨拶を終え手を離す。舞は、自身の燃える様に赤い髪の毛をそわそわ弄りながら、一言。


「そ、それから……。悪かったわね。今まで、冷たく当たってて」


 先ほど断言していた時よりも、さらに真っ赤になっている。

 この一言には、可憐も思わず目を丸くした。


「……え?」


「そ、その……」


 舞はもごもごと口を動かしながら。


「ひ、ひがみ? と、言うか……八つ当たり? な、なんかそんなので、貴方には強く……というか、失礼な態度で当たっちゃってたからさ……」


「……」


「だ、だから……ごめん」


 がばっと、舞が頭を下げる。可憐は、自身の心の中が何か温かいもので満ち足りていくのを感じた。


 もしかすると、これが――――。


「舞さん、顔を上げてください」


 可憐の言葉に、舞が恐る恐る顔を上げる。可憐はにっこりとほほ笑んだ。


「平気です。気にしてません。だから、これから仲良くしてくださいね」


「……ええ、もちろん!」


 人気の無い昼休みの屋上。

 2人で笑い合った。







「ふーっ」


 額に滲む汗を拭う。

 身体強化によって脚力を上げて移動していた為、時間はそれほど掛かっていない。しかしまぁ……。疲れるものは疲れるわけで。


 俺は1つ舌打ちしてから自分の財布を取り出し開いて見た。中身は、最後に見た時と一切変わっていない。

 残金、500円。


「……タクシー代の初乗り運賃にもなってやしねーよ」


 吐き捨てる様にそう呟く。何がタクシーでも拾うかだ。アホか俺は。


 今回の件が片付いたら俺も日本に口座を1つ作ろう。師匠の息が掛かっていない口座が無ければ、絶対に死んでしまう。前々から作ろう作ろうと思いつつ、面倒臭いから後に後に伸ばしていたが、もう無理。無理だ。今回の件で良く分かった。普通に死んじゃうよ。泰造氏からの報酬は、全額そっちに振り込んでもらおう。絶対にそれが良い。そうしよう。


 そんな場違いなことを考えながら、俺は目の前の扉をゆっくりと開いた。

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