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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈上〉
134/432

第17話 グランダール50 ①

「本当に私たちと一緒に行かないの?」


「はぁっ、はぁっ、……はい」


 師匠からの質問に答える。


「ぎりぎりまで、……足掻いておきたいので」


 玉のように滴る汗を拭い、払った。


 結論から言うと全然ダメだった。

 今日はグランダール50(ファイブゼロ)。つまりは俺が出場するBグループの予選の日だ。

 それでも……。


「中条様、失礼を承知で申し上げますが」


 師匠の傍に控えていたシスター・マリアが一歩進み出る。


「拝見した限り、今の中条様では『属性共調』は習得できません。もちろん、月日を重ねれば自ずと扱うことも可能になりましょうが、……現段階では無理です。不可能でございます」


 ……。

 ズバリと言い切られた。

 まあ、そうだよな。下手な同情を向けられるくらいなら、はっきりと告げられた方がマシだ。


「……聖夜君」


「ふーっ、……なんだ、美月」


 差し出されたタオルを受け取りながら、美月へと視線を向ける。


「今日が聖夜君の予選の日なんだよ」


「知ってるぞ」


「私、危険な大会だって何度も言ったよね」


「聞いたな」


「じゃあっ!! なんでそんなヘトヘトになるまで身体を酷使してるの!? アギルメスタ杯は命の保証がされた大会じゃないんだよ!?」


「……美月」


 詰め寄りながら叫ぶように言う美月。その表情から、どれほど俺のことを心配してくれているのかが痛いほどに伝わってくる。


「ありがとな」


 だからこそ、弱音は吐けない。

 吐いちゃいけない。


「でも、俺は大丈夫だ」


「っ」


 美月は言葉に詰まり、顔をしかめてから。


「……もう聖夜君なんて知らない。好きにすればいいよ」


 吐き捨てるようにそう言って、教会地下にある訓練場から出て行ってしまった。


「愛されてるわねぇ、聖夜」


「余計なお世話です、師匠」


 告白された立場であるだけに否定できる内容ではないのがきつい。

 そんな俺の心情を見透かしているのか、師匠はそれ以上の追及はせずにシスター・マリアへと目を向けた。


「先に行きます。それでは中条様、御武運を」


「ありがとうございます」


 会釈を返す。

 シスター・マリアは美月の後を追って駆け足で姿を消した。


「さて。じゃあ私たちも行きましょうか」


 師匠の言葉に、ルーナが無言で頷く。

 師匠の視線がこちらに向いた。


「聖夜」


「はい」


「制限を解除しましょう」


「は?」


「“神の書き換え作業術(リライト)”の使用制限を解除するわ。存分に戦ってらっしゃい」


 自分の心臓が不自然なほどに高鳴ったのを感じた。


「……な、なぜ? この大会、カメラ回ってるんですよね。魔法世界だけじゃなく、日本を含めた複数国で放送される大会って聞いていますが」


 携帯電話の電波すら届かないような世界なので、生中継ではないようだが。それでもノーカットの戦闘シーンが有料チャンネルなどで放送されるらしい。


「あぁ、なるほど。今の言い方じゃあちょっと誤解を招くわね」


 そう言って、師匠はとある物をこちらへと放ってきた。

 受け取ったそれは、白い無機質な仮面。


「貴方が『黄金色の旋律』のメンバーであるT・メイカーとしての間は制限解除。中条聖夜はアギルメスタ杯には参加していない。今回大会へと参戦したT・メイカーは、なんと幻とまで謳われた『転移魔法』の使い手である。その正体は白い仮面と白いローブに包まれ不明である。オーケー?」


 ……。

 なるほど。

 いや、待て。


「……俺がアギルメスタ杯に参加することは、既に『トランプ』へ知られているはずです」


 なにせこの偽名クリアカードを発行したのは、『トランプ』の一角であるウィリアム・スペードだ。


「T・メイカー(イコール)中条聖夜の図式はバレてしまっているでしょう」


「そうね。だから?」


 ……だから? じゃねーよ。


「駄目じゃないですか」


「なんで? この大会で使わなくたって、向こうは既に知ってるわよ。中条聖夜は『転移魔法』を使えるってね」


「……そんな割り切っちゃっていいんですかね」


「どの口がほざいてるのかしら。そもそもその原因を作ったのは誰?」


 はい俺っすねすんません。


「文化祭の一件で、向こうはほぼ正確に貴方の能力を掴んでいる。が、まだ正確ではない」


「……それで?」


「貴方が、この大会で『貴方の無系統が転移魔法である』ということを確定させてきなさい」


「……すみません、師匠。どうしても俺の中では、師匠の言っている内容が繋がらないんですけど」


 魔法世界エルトクリアにおける、最強の王族護衛集団『トランプ』。

 やつらは中条聖夜が転移魔法の使い手であることに気付いている。

 しかし、ほぼ正確に気付いてはいるものの、まだ確定した情報には至っていない。

 だからこそ、俺はアギルメスタ杯においてT・メイカーに扮して、世間一般にはT・メイカーは転移魔法の使い手であること、『トランプ』には中条聖夜が転移魔法の使い手であることを知らしめる必要がある。


 ……うん、駄目だ。

 最後の一文が前の文と繋がらない。


「今はまだそれでいいわ」


 師匠は、俺が理解できていないことについて苦言を呈さなかった。


「じきに分かる時が来る。それが分かるまで……、貴方は私に従いなさい」


「……、……分かりました」


 釈然としないものの、頷く。

 声色こそ優しいものだったが、有無を言わさぬ何かがその言葉にはあった。


「よろしい」


 師匠は満足そうに頷くと、俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


「……流石にこの年になってそれは恥ずかしいです、師匠」


「あらそう?」


 にっこり笑って小首を傾げるのはやめてくれ。


「せーや」


 袖を引かれ、視線を落とす。


「なんだ、ルーナ」


「だいじょうぶ。せーやは、さいきょうだから」


「おう、任せとけ。この予選に『属性共調』が間に合うかどうかは絶望的だが、それでも負けたりはしねーよ」


「……うん」


 俺が師匠にやられたように、ルーナの頭をぐりぐりと撫でまわしてやる。ほんの少しだけだがはにかんでくれた。


「遅刻はアウトだからね。欠場は許さないわよ」


「分かってますって。まだ時間には十分余裕があるんですから」


 まだ朝の7時だ。予選開始は10時。

 今いる教会があるリスティルから、エルトクリア大闘技場があるホルンまでは電車で15分ほど。道中が混雑していることを考えても、1時間前に出れば余裕で間に合うだろう。


「貴方が想像している以上に混雑しているからね。1時間半前には出るのよ」


 ……どうやら見込みが甘かったらしい。


「分かりました。8時半には出るようにしますよ」


「……心配ね。ルーナ、念のためにアレ持っておきなさい」


「ん。ぬいぐるみ?」


「そうね。それが一番違和感無いわね」


「待ってください、師匠」


 勝手に話を進めている師匠を止める。


「流石にアレを試合前に使うのはちょっと……」


「貴方が遅れなければいいだけでしょ。それじゃあ行くわよ、ルーナ」


「いってくる」


 そんなやり取りをしている間に、ルーナは目的の物を鞄から引っ張り出してきてしまっていた。

 つぶらな瞳がチャーミングな白のうさぎちゃんだ。


 ……仕方が無い。

 まあ、俺が遅れなければいいだけだ。


「おう、楽しんでこい。あぁ……、楽しませるのは俺か」


 訓練場から出て行く2人の後ろ姿を見送る。

 師匠、ルーナ、美月、シスター・マリアの4人は、せっかくのスイートルームだからと少し早めに会場入りしてその施設を堪能するつもりらしい。

 羨ましいことだ。


「うっし!!」


 頬を叩き、気合を入れ直す。


 例えRankSの『属性共調』習得が限りなく不可能であったとしても。

 もうその不可能へ挑戦する権利を得てしまっているのだ。

 なら。


「ぎりぎりまで足掻くとしますか!!」







『ご来場の皆さま!! 朝早くからありがとうございます!! 実況のマリオです!! 大会開始は10時から!! 10時からでございます!! それまで今しばらくお待ち願います!!』


『まだ7時半だから、あと2時間半あるけどね~』


『時間はまだたっぷりありますから!! 有り過ぎて絶対に座席着いてから暇になりますから!! だから大闘技場内は前の方に続いてゆっくりと進んでください!!』


『階段から転げ落ちて病院に搬送されたせいでチケット無駄にしたとか笑い話にしかならないからね~』







「美月、待ちなさい」


 エルトクリア大闘技場正面口。

 入場列を回避しようと警備員を探していた美月へ、リナリーが待ったをかけた。


「……何ですか」


「いつまでもヘソを曲げてるんじゃないわよ」


「別に曲げてなんかっ」


「こっちよ」


 美月の言い分には耳を貸さず、リナリーはルーナを引きつれて正面口から外れたルートを歩き始める。


「ちょ、ちょっと」


「鑑華様、こちらへ」


 シスター・マリアもそれに続き、美月を促した。


「えーと。私、スイートチケットがあるので入場列が短い入り口を探さなくても大丈夫ですよ?」


「それはもちろん存じてございます」


 シスター服のせいで異様な注目を集めているシスター・マリアは、当然とばかりに頷く。


「ですが、リナリーが困るのです」


「え? 同伴者ってことで一緒に中へ入れますけど」


「入った後でございますよ」


 純白のローブに身を包み、その美貌を深く被ったフードで隠しながら歩くリナリーへ視線を向け、シスター・マリアは続けた。


「スイートルームへ向かうには、大混雑の大闘技場内を歩かねばなりません。特にエレベーターなどの狭い密室は危ないのです。正直、電車からホルンの大通り、そしてこの大闘技場の敷地内を移動するだけでもリスクはございますが……」


「まあ、そうでしょうね」


 同じくリナリーへと視線を向けた美月が相槌を打つ。


「鑑華様。エルトクリア大闘技場には、ある特定の人物しか使用できない秘密の入り口があるのはご存じでございますか?」


「……秘密の入り口?」


「お待ち願います」


 シスター・マリアへと向けた視線を、美月は再び前方へと戻した。

 そこは大混雑の大闘技場敷地内にて、不自然なほどに人気の無い場所だった。

 リナリーとルーナ、そしてとある扉を背にする魔法聖騎士団(ジャッジメント)が3人いる。


「こちらは一般の入場口ではございません。まずは身分証明書のご提示をお願い致します」


 ルーナが動こうとしたのをリナリーが手で制する。そして、その手でそのまま懐へと手を伸ばした。

 魔法聖騎士団(ジャッジメント)の1人が僅かに構えを取ったが、リナリーはここで荒事を起こそうとしているわけではない。懐から取り出されたクリアカードを目にした魔法聖騎士団(ジャッジメント)たちが、目に見えて狼狽した。


「っ、まさか……、いえ、失礼致しました。……恐れながら、本日、20階の使用許可を得ておられますでしょうか」


「用があるのは20階じゃないわ。19階よ」


 リナリーに視線で促され、美月が一歩を踏み出す。リナリーと同様にクリアカードを掲げて見せた。当然、券面に表示されているのはアギルメスタ杯スイートルームの観戦チケットだ。


「こちらのエレベーターを使わせてもらいたいのよ。大丈夫、20階にはいかないわ」


「しかし……」


『構わぬ。通してやれ』


 その声は、魔法聖騎士団(ジャッジメント)が背にしている扉の上に設置されたカメラから聞こえた。突然の声に魔法聖騎士団(ジャッジメント)の面々は一様に硬直する。


「覗き見とは趣味が悪いわね」


『ほざけ。解除させた。入って来るが良い』


 その言葉通り、扉から小さな電子音が鳴り響いた。リナリーがその扉を躊躇いなく押し開く。その後を、ルーナ、美月、そしてシスター・マリアの順で続いた。

 中は10mほどの廊下になっていた。

 両サイドの壁際には、20名近い魔法聖騎士団(ジャッジメント)が直立不動で控えている。


「……ここは何の入り口なんですか?」


 その間を歩くという居心地の悪さに、美月は小声で後ろからついてくるシスター・マリアへと問いかけた。


「エルトクリア王国の王族や貴族、それに準ずる権力者、また、他国からの特別な招待客といった方々が使用される専用の入り口でございます。大闘技場には、一般の入場口からは絶対に辿り着けない階がございます。先ほどリナリーが口にした20階がそれでございます」


「……そうですか」


 セキュリティの高さに納得しつつも、絶対に自分が来るべきところではないと自覚している美月としては、もはや苦笑いすらできなかった。

 そうしている間に廊下を抜け、小部屋へと出る。

 一般の正面口とは違って吹き抜けではない天井からは、豪華なシャンデリアが吊るされていた。高級そうな絵画がいくつも壁へと掛けられ、足元には真紅の絨毯が敷かれている。


 その小部屋では、赤いドレスを身に纏った妙齢の女性が待ち構えていた。


「……クィーン・ガルルガ」


 ルーナがその姿を確認し、呆然とそう呟く。


「クィーン? クィーンって、まさか……」


「……王族護衛『トランプ』の、序列二位でございますね」


 シスター・マリアがそう口にした直後、美月が慌てて構えを取った。

 その姿を見て、ガルルガが口角を吊り上げる。


「そう急くな、鏡花水月(きょうかすいげつ)。『黄金色の旋律』の庇護下にある今、そなたをどうこうしようとは考えておらんよ。もっとも、庇護下にある間は……、じゃがな」


「……」


「警戒を緩めぬのは良いことじゃ。せいぜい寝首を掻かれんよう用心しておくがよい」


 ガルルガの背後の壁が、左右に分かれて開かれた。

 奥から姿を現した女性が優雅に一礼する。


「おはようございます、カガミ・ハナ様とそのお連れの皆さま。エルトクリア大闘技場スイートルーム、『19-H』へご案内させて頂きます」


 アル・ミレージュは、優雅に微笑んだ。







 午前8時になりました。

 ニュースをお伝えします。

 昨日開会しました『七属性の守護者杯』、予選二日目を迎えます本日も、交通網は大変な混雑となっております。特に本日は昨日よりも人の入りが多く、ホルンは駅から大闘技場までの大通りが一時的に封鎖されるなど、現場ではかなりの混乱となっている模様です。

 現場にリポーターが入っております。

 シャルルさん。


 はいっ!! シャルルです!!

 本日行われます予選Bグループでは!! かねてより噂されていた『黄金色の旋律』の一員が出場するとのことで!! チケットを持たない方々も少しでも近くで観戦しようと!!

 ご覧ください!!

 大闘技場の外壁に沿うようにして設置されているスクリーン付近で!! それはもう大変な賑わいを見せています!!

 昨日行われました予選Aグループでは!! 優勝の最有力候補として挙げられておりました牙王選手が脱落し!! 今大会は波乱の幕開けを迎えたわけですが!! 本日もまた実力不明のT・メイカー選手が出場してくるなど!! 既に一部の専門家からは!! 『今大会ほど予測困難なものは無かった』と評価されており!! 目の離せない試合となることは間違いありません!!

 昨日も!! 牙王選手推しだった一部の観客が暴徒化しそうになったところを魔法聖騎士団(ジャッジメント)が取り押さえるといった!! 過激な光景も目撃されており!! 祭典に付きものとも言えるトラブルをどう回避していくかも!! 重要視されてくるでしょう!!


 現場のシャルルさん、ありがとうございました。

 本日お出かけの方々、今現在も交通網は大変な混雑となっております。お時間に余裕を持っておでかけください。

 それでは、次のニュースです。







「おー、良い天気だなぁ」


 教会の外に出て、大きく伸びをする。

 快晴だった。絶好の試合日和である。


『グランダール50 本日の季節:初夏 本日の天候:晴れ 気温、湿度などは《こちらから》』


 俺のクリアカードの天候情報も、見事な晴れマークを表示していた。


「若干、筋肉痛のせいでぎこちない感じもあるけど、……何とかなるだろ」


 その対価として得られたものがそう多くないところが悲しいところだ。

 結局、『属性共調』は習得できなかったしな。RankSの魔法をたかだか数日で身に付けようなんてのが無理な話だったということか。

 残念だし、悔しい思いもあるが、こればかりはもう仕方が無い。

 予選はさくっと終わらせて訓練場に戻るとしよう。シスター・マリアとの組手で腕は戻ったし、それなりに自信にもなった。

 新しいMCもあるしな。


「んじゃ、行くとしますか」


 8時半。

 これならのんびり歩いても十分に間に合うだ――、


「待ちやがれクソ野郎がァァァァ!!!!」


 ……。

 アギルメスタ杯開催期間中だからか、それともまだ朝早いからかは知らないが、リスティル中央広場には人気がない。

 だから、その大きな声は嫌なほど俺の耳へと届いた。

 ついで段々と大きく聞こえてくる足音。

 明らかにこちらへと迫ってきている。

 嫌な予感を抱きつつも、そちらへ目を向けて。


「っ」


 絶句した。


 ボロボロに破れた黒い布きれに身を包んだ、長身のナニカ。

 人であるとは思うが断言はできない、と思わされてしまうほどの違和感が、そのナニカにはあった。


 意表を突かれた俺の思考と身体が、僅かにだが硬直する。


「そこのあんた!! 突っ立ってんじゃねぇ!! 逃げろ!!」


「――っ!?」


 黒いナニカ。

 それを追っていると思われる青年からの、叫ぶような警告。

 身体は、反射で動いた。


「お」


 警告を飛ばした青年から呆けた声が聞こえる。


 回避ではなく迎撃。

 身体強化魔法を発現させた俺の身体は、素早くナニカの懐へと潜り込み、その無防備な胴体へと肘打ちを見舞う。


「ゴッ!?」


 呻き声と共に「く」の字に折れ曲がったその身体を、足を払って地面へと叩き付けた。

 ……これでこのナニカが善良な一般市民とかだったら俺やばいかもな。


 無いか。

 凄い血の匂いがする。こりゃ何人か殺ってるかもしれないな。


「馬鹿野郎!! 息の根止めるまで気ィ抜くんじゃねぇ!!」


「うっ!?」


 青年からの警告が無ければ、俺の頭は吹っ飛んでいたかもしれない。

 拘束から強引に抜け出したナニカの拳が、俺の頬を薄く切り裂いた。

 当たってはいない。しかし、スレスレを通り抜けたはずのその拳で傷を負う。

 それほどの拳圧。


 視線が交差する。

 赤い。

 どこまでも深く取り込まれてしまいそうな、血に飢えた赤い双眸だった。


 死臭のする口が開く。

 その口内からは、直視できないほどのオレンジ色の閃光が――、


「あっぶねぇぇぇぇっ!?」


 間一髪。

 俺の前髪を軽く焦がした火球が、青空へと吸い込まれていく。


「せやぁっ!!」


 ようやく追いついた青年の蹴りがナニカを襲った。

 しかし、既に俺の拘束から解放されているナニカは、そちらへと見向きもせずに跳躍によってそれを回避する。

 そして。


「降りてこない!? 飛んでる!?」


 大きく弧を描くようにしてナニカが宙を飛ぶ。そしてギルドの建物の屋根へと着地した。

 嘘だろ。ビル10階分くらいある高さだぞ。


 身体強化魔法を発現しているようには見えなかった。魔力は纏っていなかったはずだ。

 純粋な身体能力だけで?

 そんなことできるはずがない。


「おら!! ぼーっとしてんじゃねぇ!! 追うぞ!!」


「ぐえっ!? ちょ、ちょっと待て!!」


 首根っこを掴まれた状態で跳躍される。

 青年も身体強化魔法を発現していたらしく、一回の跳躍で先ほどまでナニカがいたギルドの屋根へと辿り着いた。


「見付けた!! あっちか!! 逃がさねーぞ化け物がァァァァ!!!!」


 ナニカは建物の屋根へ次から次へと飛び移りながら逃走している。

 青年もそれを追って屋根を蹴った。


 ……俺のローブを掴んだまま。


「お、おい馬鹿!! 手を離せよ!! 何で俺もついていかなきゃいけねーんだよ!! 逃げろって言ってただろ!!」


「そりゃお前が戦えないと思ったからだ!! 大丈夫!! お前は十分に戦力になる!! 安心してついてこい!!」


「馬鹿にしてんのかあんた!!」


 ……こ、こいつ、見たことあるぞ。

 前にここでクルリアまでの行き方を聞いてきた奴じゃねーか!!

次回更新予定日は、10月11日(土)です。

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[良い点] T・メイカーでいつもクスッとくる 盛り上がってきて面白い
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