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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈上〉
130/432

第13話 グランダール49 ①




「本当に行かないの? 聖夜君」


 美月が自分のクリアカードをひらひらとさせながら言う。


「ああ」


 行かないんじゃない。行けないんだよ。

 つい先ほど知ったのだが、美月の持つクリアカードにダウンロードされていたアギルメスタ杯の観戦チケットは、なんと指定席1つではなく最大10人まで使用できるスイートルームだった。それもスイートが大会の通しで、である。

 何してんだよウィリアム・スペード。どんだけ大金叩いてんだ。


「じゃあ、行っちゃうよ?」


「いってくる」


「おう。まあ、楽しんで来いよ」


 そんなわけで。

 スイートルームを贅沢に使用できる美月にルーナが便乗し、2人仲良く教会を出発した。

 羨ましい。

 本当なら俺だって観戦したい。レベルの高い魔法戦を見てワイワイやりたいのだ。


 当事者でなければ。


「ほら。早く戻って始めるわよ」


「……うっす」


 師匠の催促に、投げやり気味な返事をする。

 あー、またあの地獄へ戻るのか。

 予選は1グループで1日消費する。大闘技場の決戦フィールドが破損した際に、修復するための時間が必要らしい。1日で修復できてしまうあたり、流石は魔法の国といった感じだが。


 俺はBグループ。猶予が1日延びたことは、果たして運が良かったのか。

 それは誰にも分からない……。

 美月とルーナの後ろ姿を少しだけ見つめたのち、俺は師匠と共に再び教会の地下へと舞い戻った。


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


 そして。


「は?」


 思わず聞き返した。

 しかし、師匠はそれを意図的に無視しているのか、シスター・マリアへと目を向ける。


「じゃあマリア、後はよろしく頼むわね」


「承りました」


「ちょ、ちょっと師匠、どこか行くんですか?」


 俺を余所に、勝手に引き継ぎをしている師匠へ問う。


「ええ。ちょっとね」


 深くは教えてくれないらしい。

 あ、そうだ。


「あー、師匠。聞こうと思ってたんですけど、俺は開会式が――」


「サボりなさい」


 言い切る前に最低なことを言われた。


「えーと、極力参加してくれって書いてあるんですけど」


 クリアカードが映し出すホログラムの文面を見せながら言う。


「よく読みなさい。『強制ではございませんが』ってあるでしょう」


 だったら何なんだよふざけんな。


「流石に心象が悪いと思うんですけど」


「そんなの、私たちにとってみれば今更じゃない」


「“たち”って言うなあんただけだよ酷いのは!!」


 目の前にいる女は、『トランプ』からの依頼をドタキャンするような人間だ(警備隊長さん談)。そりゃああんたは今更だろうよ。


「あのねぇ」


 しかし、師匠はため息交じりに言った。


「開会式に出て何のメリットがあるって言うのよ。ただでさえ、私のグループは名前が売れているのよ。貴方、パンダ願望でもあるわけ?」


 そんなんあるはずねーだろ。


「リスクとリターンを考えなさい。大会側に良い子ちゃんであることをアピールするのが、リスクに見合うと思う?」


 ……合わないと思う。


「やめておきなさい。どこでどんな恨みを買っているかも分からないし。式中にグサリとか嫌でしょう?」


「……嫌ですね」


 それは全力で回避しておきたいところだ。

 俺の反応に満足したのか、師匠は鼻を鳴らして踵を返した。そのまま特訓場の出口へと消えていく。


「それでは、始めましょうか」


「……分かりました」


 シスター・マリアへと向き直る。

 これから始まる地獄の特訓を想像して憂鬱になりながら、俺は『虹色の唄』へと魔力を這わせた。


 俺のアギルメスタ杯初日は、こうして始まった。







「うっひゃ~、すっごい人だね!!」


 ホルンの大通りに出たところで、美月はそう叫んだ。

 満員電車の車窓からの景色でも分かっていたことではあるが、叫ばずにはいられなかったのだ。一面が人、人、人である。そして、その人の群れはその全てが同じ方角へと足を向けている。


 エルトクリア大闘技場である。


「いらっしゃいいらっしゃい!! 闘技場の中は高いよ~!! 先につまみ物は買って行きなって!!」


「アギルメスタ杯のクッキーにステッカー!! お土産はいかがかな~!?」


「熱中症予防にウチの特製ドリンク買ってけ!!」


 露店からの売り文句が雑踏に更なる活気をもたらす。

 はぐれないようにルーナと手を繋いだ美月は、人の流れに逆らわず、むしろその流れに便乗するかのような動きで大競技場へと進んで行く。


「んぷ」


「おっとごめんなお嬢ちゃん!!」


「……いい」


 大人の腰、下手をするとお尻あたりまでしかない身長のルーナは、早くも人に酔いかけていた。


「大丈夫~!?」


「へいき。けど、はやくつきたい」


「はいはい!! 分かってますよ~!!」


 人混みは変わらないものの、ようやくエルトクリア大闘技場の敷地内に足を踏み入れた美月とルーナは、揃って安堵の息を吐いた。


「着いた~」


「あのひとだかりは、よせんボードをみてる。さけて」


「了解了解っと」


 エルトクリア大闘技場の周囲は、大闘技場の外壁を沿うようにして円状に広場となっている。そこでは飲食関係の露店が立ち並んでおり、人々はそこで好き勝手に騒いでいた。

 見上げれば、外壁の上からは『アギルメスタ杯』の垂れ幕がいくつも掛けられており、大画面のモニターからはバトルシーンのダイジェストが放映されている。


「何か買ってくー!?」


「いい。スイートなら、こしつでちゅうもんできるはず。おかねはわたしがだしてもいい」


 いい加減人混みにうんざりしているルーナは首を横に振った。それに苦笑した美月は、そのままルーナの手を引いて正面口を目指す。

 しかし。


「ええー!? 入場が順番待ちー!?」


 正面口に辿り着いたものの、そこで警備員に止められてしまった。

 見れば正面の大きな入口にはいくつものポールが立てられ、人々は外壁に沿うようにして列になっている。


「入り口は全部で20箇所ございます。ご自身の座席に近い入り口を目指されるのがよろしいかと。よろしければ座席番号をお教え願えますか?」


「座席って言うか、部屋なんだけど」


 そう言いながら美月がクリアカードを見せる。

 警備員の顔色が一変した。


「しっ!? 失礼致しましたっ!! こ、こちらへどうぞ!!」


 いきなり謝罪と共に頭を下げた警備員は、これまで以上にヘコヘコしながら美月とルーナを誘導し始める。


「え、なにこれどういうこと?」


「……スイートなんだから、ならばなくていいのはあたりまえ」


 ルーナは繋いでいない手で口元を押さえながらそう答えた。その顔色は、既に青くなりかけていた。







 午前8時になりました。

 ニュースをお伝えします。

 今月も『七属性の守護者杯』の日がやって参りました。主催地であるホルンは例年通りの賑わいを見せており、既に各箇所でお祭り騒ぎとなっている模様です。

 大会主催者側の警備員の他、魔法聖騎士団からも相当数が混乱緩和のために派遣されています。

 現場にリポーターが入っております。

 シャルルさん。


 はい、シャルルです!!

 皆さん、ご覧ください!!

 こちらはアギルメスタ杯会場である、エルトクリア大闘技場正面口でございます!!

 人!! 人!! 人でございます!!

 こうして取材スペースを確保するためだけに警備員の方の並々ならぬ努力が必要だったほどで!!

 我々のような人間のために設けられた撮影スペースすらも侵食せんとする人の群れです!!

 大闘技場の周囲は、外壁に沿うようにして露店が出店しておりまして!! 入場前に腹ごしらえ!! そんな人たちで溢れかえっております!! また!! モニターでは歴代の名バトルシーンがダイジェストで放映されており!! それもまた人々の賑わいに勢いを与えているようです!!

 大闘技場の入り口は全部で20箇所あるのですが!! その全てが人で埋まり!! 現在は外壁を沿うようにして入場列が作られている状態です!!

 特に多いのがやはり正面口!!

 正面口は抜けると広間がございまして!! 中には『始まりの魔法使い』メイジ様を始めとして!! 『七人の弟子』であるアギルメスタ様!! ウェスペルピナー様!! グランダール様!! ガングラーダ様!! ウリウム様!! ライオネルタ様!! ガルガンテッラ様の石像がございます!!

 それを目当てに指定席の場所に拘わらず敢えて正面口に回る人も多く!! 大変な!! 大変な賑わいとなっております!!

 このあと、私も大闘技場内へと向かいます!!

 またその様子をお届けできればと思います!!


 現場のシャルルさん、ありがとうございました。

 本日お出かけの方々、今現在も交通網は大変な混雑となっております。お時間に余裕を持っておでかけください。

 それでは、次のニュースです。







 順番待ちをしている人々をしり目に正面口を潜った美月とルーナは、案内してくれた警備員に別れを告げて大闘技場内の広間へと足を踏み入れた。

 広間は20階分が吹き抜けとなっており、見上げれば各階の通路も人でごった返しているのが分かる。窓の無い石造りの間ではあるが、灯りは魔法で補っており、美月が想像していたよりはずっと明るかった。

 そして、その中央にあるのは、8人の石像。


「これが『始まりの魔法使い』と『七人の弟子』の石像なんだね」


「そう」


 長い順番待ちを経て入場した人々は、石像の前で手を合わせたり頭を下げたりする者もいれば、携帯電話を片手に写真撮影している者もいる。


「みつきもよっていく?」


「……いんや。人が多いからいいや。早くスイートに行って冷たい飲み物でも飲もう」


「ん」


 短く頷くルーナに美月が手を差し出した。ルーナもすぐに手を伸ばす。

 人の波をするすると抜けながら、2人はスイートルームを目指す。







 開会式は9時から。

 予選Aグループ開始は10時から。

 まもなく8時半を回るところであっても、交通網は未だ大混雑となっていた。


 しかし、それはエルトクリア大闘技場方面に向かう交通網に限られる。

 リナリー・エヴァンスは空いた電車に揺られながら、懐から自らの携帯電話を取り出した。


「……ったく。外界に連絡するためには一度外に出ないといけない、ってのが面倒臭いのよねぇ」







 エルトクリア大闘技場のスイートルームは、19階にある。最上階である20階は、王族や貴族、それに準ずる権力者、他国からの特別な招待客といった者たち専用であり、一般の人間は立ち入ることすらできない。

 一般客が利用する階段やエレベーターには、そもそも最上階である20階は表示されておらず、行く手段も無い。最上階に上がるためには専用の入り口から入り、専用の通路を通り、専用のエレベーターを使う必要があるのだ。


 階段は嫌だ、というルーナの希望に応えた美月たちは、乗り込んだエレベーターで最上階となっている『19F』をタッチした。ギョッとする周囲の視線を無視し、美月はルーナを自らの背中に隠すようにしてエレベーターの隅を陣取る。

 一階上がる毎にエレベーターが停止し、人が吐き出される。それを何度も何度も繰り返し、エレベーターはようやく最後の階まで辿り着いた。

 エレベーターに残っていたのは、美月とルーナ2人だけだった。


「誰もスイートの人いなかったね」


「あたりまえ」


 19階に足を踏み入れながら会話する。


「ふつうのしていせきでもプレミアつく。スイートクラスのねだんは、ほんとうにたかい」


 ようやく、自分のペースで歩けない人混みが無くなった。

 他の階をしっかりと見ていない美月は、ここのグレードがどれほどなのか、比較することはできない。それでも、この19階が他とは全体に違うのだと断言はできる。


 19階の床は一面に絨毯が敷かれていた。防音加工でもされているのか、ざわめきがまったくない。灯りも魔法を使ってはいるのだろうが、それもシャンデリア型のライトだ。

 廊下はエルトクリア大闘技場の形に倣い緩やかな弧を描いている。一定間隔毎にラウンジのような場所があり、高級そうな革張りのソファやガラス製のテーブルが備え付けられていた。従業員が控えているカウンターには、様々な大きさや色のワインボトルが並べられている。


「うん、……こりゃスイートだね。間違いない」


 美月はそんな感想しか口にできなかった。


「みつきのこしつは、……こっち」


 そんな美月を引っ張り、ルーナが歩き出す。


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ」


 2人とすれ違うたびに、制服姿の従業員が動きを止めて一礼する。カウンターにいる従業員も、わざわざ外に出てきてから一礼していた。

 警備員ではなく、従業員。待遇の差がこれだけでも十分に分かるというものだ。


「『19-H』、『19-H』。あったあった、ここだここ」


 美月がプレートを指差す。ルーナも頷いた。


「あれー、でも木製の扉だねぇ。これじゃあ防音なんてできないと思うんだけど」


 そう言いながら美月がノブを回す。すると、中にはライトのみで何も無い空間が1つ。


「あぁ、二重扉ってことね」


「うちがわも、もくせい。おとがきこえないのは、まほうのおかげ」


「魔法使ってるのに二重扉ってところに驚くべきなわけね」


 そんな軽口を交わしながら、美月はもう1つの扉も開いた。


 瞬間。

 身体の芯までをも揺さぶるような、歓声。


 ルーナに至っては、しかめっ面をして両耳を手でふさいでいた。


「うっひゃぁぁぁぁ。こりゃすんごいねぇ」


 スイートルームの中も、期待を裏切らぬ煌びやかな造りをしていた。


 大闘技場の中心部、決戦フィールド側の壁を切り抜いたパノラマ。座って観戦ができるよう、高級なソファがそれに沿って横に3つ並べられている。その後ろには、部屋中央にあるテーブルを囲えるように『コ』の字型のソファが別に用意されていた。床も当然のように絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリア型の魔法のライトが吊るされている。部屋の側面にはテレビとラジオまで完備されていた。

 そして。


「いらっしゃいませ」


「うわっ!? ……びっくりした」


 専用のお付き1名。


「エルトクリア大闘技場スイートルームをご利用頂きまして、ありがとうございます。大会を通しでお世話させて頂きます、アル・ミレージュと申します」


「あ、これはどうもご丁寧に」


 つられて頭を下げる美月。アルから、綺麗なベルを手渡された。


「ご用件があれば、いつでもご利用くださいませ。私は、通常扉の外で待機させて頂きます。ご要望であれば、お部屋内にてお世話をさせて頂きますが」


「それは、いらない」


「畏まりました」


 ルーナの答えに、アルが一礼する。


「お飲物をお持ちいたします。こちらからお選びください」


 差し出されたメニューには20品近くの名前が並べられていた。


「え、えーと、おいくら?」


「こちらはウェルカムドリンクでございます」


 つまり、タダということだ。


「これ」


 ルーナは迷わずにオレンジジュースと書かれた文字を指した。


「えーと、じゃあ私もそれで……」


「畏まりました。それでは、少々お待ちください」


 アルはもう一度一礼すると、音も無く扉を開けて姿を消す。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 それを見届けた美月が大きなため息を吐いた。


「みつき、きんちょうしすぎ」


「だってー、初めてのことばっかりなんだもーん」


 そう言いながら『コ』の字型のソファへと突っ伏す。


「もうそろそろ、かいかいしき」


「そうだねー」


 美月はスイートルームに備え付けの時計へ目を走らせてから呟いた。


「そういえば、聖夜君って開会式にはちゃんと出るのかな?」







 魔法世界エルトクリア。

 グランダール49。

 午前9時。


 エルトクリア大闘技場の収容率は、約7割といったところ。

 今現在も交通網は大混雑で、ホルン駅から大闘技場までを繋ぐ大通りも、大闘技場を目指す人で溢れかえっている。

 ただ、それも毎月繰り返されている光景だった。

 だからこそ、七属性の守護者杯委員会も動じることはない。

 時計の長針が天を突くのと同時に、大闘技場のスポットライトをとある一点へと集中させる。


 アギルメスタ杯は。

 定刻に開会した。

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