表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレポーター  作者: SoLa
第1章 中条聖夜の帰国編
13/432

第11話 体育館での乱闘騒ぎ

魔法戦において使われた魔法の表現を一部修正しました(10月7日)

 それは突然だった。


「っ!?」


「え?」


「ん?」


 地に伏した男の内、1人の胸元から電子音。


 携帯電話の呼び出し音だ。

 このタイミング。おそらく可憐誘拐の件についての問い合わせだろう。


 息を飲んだまま動かない可憐と俺のアクション待ちの舞を尻目に、俺はその男から携帯電話を抜き取って二つ折りのそれを開いてみた。そこに表示された文字に違和感を覚える。


 舞たちの下へと戻り、無言で携帯電話の画面を見せた。


「……公衆、電話?」


 可憐が表示された文字を律儀に読み上げる。

 舞はそれを見て俺と同じ考えに至ったのだろう。にやりと笑って見せた。

 その反応を確認し、俺は躊躇いなく通話ボタンを押す。


「ちょっ……」


「黙ってて」


 俺の行動に驚いた声を上げる可憐を舞が制する。俺は2人を無視しつつ、携帯電話の音量を最大にして口を開いた。


「待たせたな」


「っ!?」


 普通に話し始める俺に対して、可憐がさらに驚愕の表情を作る。舞は無言で口の端を更に吊り上げた。


『随分と掛かってるみたいですが、どうなりました? 普通に通話できるということは、返り討ちに遭ったわけでもないみたいですが』


 携帯電話という媒体から発せられる声色。その為断定はできないが、おそらく30代から40代前半の男の声だ。


「ああ、学園の見回りの目を盗んで移動するのに時間が掛かってな。だが、ちゃんと目的は達成したよ。妹の名前を出した途端、大人しくなりやがった。声を聞かせようか?」


『ふふ……。お願いします』


 俺は可憐ではなく舞の方へと携帯電話を向けた。その意図を瞬時に理解した舞が、声を張り上げる。


「卑劣な真似を!! 貴方たち、こんなことをして、ただで済むと思っているのですかっ!!」


『ふはは。元気なお嬢様ですね』


 通話先の男から呑気な声が漏れる。電話越しの相手の声を聞き分けるなんて、知り合いでもない限り無理だよな。

 ちらりと俺を見てきた舞に先を促すよう頷いた。


「さ、咲夜は無事なのですか!? ちゃんとそこにいるんでしょうね!?」


『もちろんですよ、姫百合可憐。君が大人しく来てくれれば、危害を加えないと約束しましょう』


「くっ!!」


 迫真の演技だ。

 隣で事の成り行きを見守っている本物の可憐は、口1つ開かず俺たちの行動に固まっている。


 さて、聞きたい情報はもう聞けた。「まだ続ける?」という視線を向けてくる舞を手で制し、俺は再び携帯電話に口を近付けた。


「んじゃ、体育館に連れてくぞ」


『ええ、お願いします。見回りに見つかるなんて、恥ずかしいマネしないで下さいね?』


「もちろんだ」


 そう言って通話を切った。


「あ、あ、貴方たち……いったい何……を……」


 声を震わせながら、可憐が口を開く。

 しかし、俺や舞が弁明するよりも先に可憐は踵を返して走り出した。


「待てっ!! 行くな!!」


 俺の制止に、可憐が信じられないという表情をする。


「どうしてですっ!? 早く行かないと、咲夜が危ないのですっ!!」


「いいから落ち着け!!」


 直ぐに追いついた俺は可憐の腕を掴んで呼び止めた。

 しかし。


「ふざけないで下さいっ!!」


 可憐は俺の制止を振り払い、普段の彼女からは想像できぬほどの怒声を上げた。


「貴方には失望しました!! あの咲夜が心を開いた殿方でしたから、どれほどの器量をお持ちかと思えば!! 咲夜の心を踏みにじり、あまつさえこの私に助けに行くなと? 言語道断ですっ!!」


「苦情も文句も!! 後でいくらでも受け付ける!! だから今は落ち着け!! 咲夜を助けたいんだろ!!」


「っ!?」


 その言葉に可憐が一瞬怯む。

 その隙に両肩を掴み、至近距離で双眼を覗き込んだ。


「まずは、連絡だ。携帯にかけろ」


 極力、冷静にそう告げる。


「な、何をっ!! もし今の男が傍に居たらどうするのですっ!!」


「近くに咲夜がいるって言ってる奴が、公衆電話なんて使えるわけないだろ!! この学園で公衆電話があるのはどこだ!? 寮のフリースペースと教員室前だけじゃねーか!!」


 咲夜は魔法実習ドームで捕らわれていると話していたのなら、不可能。

 俺の言葉で、その考えに直ぐに至ったのだろう。


「っ!!」


 可憐は我に返ったかのように自らの携帯電話を取り出した。素早く操作し耳に当てる。


「音量は最大にしておいてくれ」


 一度は睨んでくるものの、無言で頷きボタンを押す。すると、可憐の携帯電話からコール音が鳴り響いた。


 ……頼む。平気なはずだと思いつつも、心の中で祈り込む。程なくしてコール音は途絶えた。

 代わりに。


『はぁーい。お姉さま、どうかされたんですか?』


 聞き間違いのない咲夜の声が響いた。


「よ、良かった」


「お、おい」


 がくりと可憐が膝を折り、その場にへたり込む。


『……よかったってどうかされたんですか? お姉さま』


「いいえ、なんでもないの。あのね」


「おい」


 すっかりと安堵した表情の可憐を小突く。


「いくつか咲夜に質問をする。俺の言うとおりの質問をしてくれ。まず最初。今日のお昼はどうだったかと聞け」


「……さ、咲夜。今日のお昼はどうでしたか?」


 いきなり何の話だという顔をしながらも、可憐は俺の言うとおりの質問を投げかける。


『楽しかったですよ! 中条せんぱいや花園せんぱいともお話しできて、嬉しかったです!』


 ……「中条せんぱい」「花園せんぱい」、ね。少なくとも声を偽造した別人相手ではなさそうだ。


「今はどこにいるか聞いてくれ」


「今はどこにいるのです?」


『え? お部屋ですけど』


「部屋番号は?」


「……あ、貴方の部屋番号って何番だったかしら」


『ど、どうされたんです? お姉さま。286ですけれど』


「間違いは?」


「ありません。本当です」


 俺の問いに、携帯電話の口元を抑えながら可憐が首を横に振る。


「今から行くと伝えて」


「い、今から少しだけお邪魔してもいいかしら?」


『構いませんよ。お待ちしてます』


「切ってくれ」


「では、直ぐに」


『はい』


 そう言って、可憐は携帯電話を切った。


「俺も行く」


「え? な、何を……。咲夜の部屋は女子棟にあるのですよ?」


「そうよ。貴方何考えてんの?」


 可憐に続き、舞までもが胡散臭そうな顔で俺を見る。


「中からは行かない。外から入る。身体強化を使えばベランダまでは直行だ」


「あ、なるほど」


 ぽん、と舞が手を鳴らす。しかし、可憐は納得いかなかったようだ。


「そ、そんなこと……」


「言っておく。咲夜が部屋に監禁され、無理矢理に話をさせられていた可能性はゼロじゃない」


「っ!?」


 俺の発言に可憐が言葉を失う。


「安心しろ。隠れて覗き見を続けるような真似はしない。あくまで咲夜の無事を確認するだけで、お前が窓から入る時も一歩後ろに退いていよう。問題ないと判断できれば、俺は直ぐにでも退散する」


「あ、あの……」


「これはお願いじゃない。俺はお前の『同級生』であり咲夜の『せんぱい』でもあるわけだが。それ以前に俺はお前たちの『護衛』。不安要素が残ったまま、ここで仕事を放棄する気はない」


 ……。

 俺の断言に可憐が押し黙る。少しの間だが、沈黙が続いた。


「中条さん」


「何だ」


 沈黙を破ったのは、可憐。呼びかけに瞬時に応える。


「1つだけ、聞かせて下さい」


「答えられることならな」


 可憐は一度目を逸らして直ぐに戻した。


「貴方にとって、咲夜は何なんですか?」


 たった2日。それだけの短い期間を過ごしただけの俺に、どんな答えを求めようと言うのだろうか。


「護衛対象だ」


 きっぱりと言い放つ。


 可憐の端整な顔が少しだけ、皮肉気に歪んだ。


「……ただ」


 本当であれば言ってはならない言葉を紡ぐ。


「赦されるのなら、本当の友達になりたいとも思ってる」


「っ」


 その言葉に、可憐は敏感に反応した。


 至近距離で、見つめ合う。可憐の大きな瞳には吸い込まれそうな力を感じた。俺が今放った言葉の真意を、直接探られているかのような錯覚に陥る。


「……こちらです」


 それだけ言って可憐が踵を返す。無言で歩き出した。


「今のも演技なの? だとしたら、貴方本当に救えないわよ」


 舞が可憐には聞こえないように囁く。


「……俺としては、演技でいられた方が良かったんだけどな」


 今はあまり顔を見られたくない。舞にはそれだけ告げて可憐に続いた。


「不器用な奴」


 クスリと笑うように呟かれたその一言は、聞かなかったことにした。







「お、お姉さま。何でそんなところから?」


「い、いろいろとあってね……」


 窓からの突然の来訪に、咲夜の驚きの声が聞こえる。


「……問題は無かったようだな。舞、どうだ?」


「おかしな魔力の波動は見えないわ。操られてるといった心配も無さそう」


「そうか」


 舞の言葉に頷く。もうここに居る必要は無いだろう。


「舞、1つ頼まれ事をしてくれないか」


「用件によるわね」


 俺の言葉にジト目で睨んでくる。おそらく、俺がこの後可憐が呼び出された場所に1人で向かうことに勘付いているのだろう。


「一度学生寮の中まで跳ぶ。お前は俺の制圧が終わるまで、咲夜の部屋前で張っていてくれないか」


 まだ残党がうろうろしていて、学生寮に侵入してくる可能性もゼロではないからな。


「……そうやって、私を安全圏に入れておくってわけね」


 やはり、裏までしっかりと読まれていた。


「1人で平気なの? 相手は仮にも学園の障壁を突破してくる連中よ」


「仮に本命が体育館の方に潜んでいるのだとしても、あの襲撃者たち一同のレベルはお粗末なものだった。そう強いというほどのことでもないだろう。むしろ厄介な奴がいるとしたら、それはさっきの電話の相手くらいだろうな」


「敬語使ってる割には高圧的な感じだったものね」


「ああ」


「はーっ。しょうがないわねー」


 舞が大げさにため息を吐く。


「今回だけは貴方の口車に乗ってあげるわよ」


「助かる」


「何言ってんの。助けてくれるのは貴方の方でしょうが」


 額を小突かれる。


「早く跳んで頂戴」


「ああ」


 転移魔法を発現した。







 昨日の学園探索で確認していたことだが。


 ここの体育館は学生証による認証式ではなく、普通の南京錠が使われている。魔法実習ドームとは別に建っていることから、こちらは体育の授業で使用するような一般的な建物。

 普通の学校が取っているような施錠で問題無いと思ったのだろう。


「その考え方が、今回の侵入者籠城に付け込まれたわけだ」


 体育館、その扉の前に立つ。

 南京錠は見事に破壊されていた。気配を探ってみれば中には複数人いることが分かる。

 何人いたって関係ないけどな。


 ……さて、行くか。


「遅ぇなぁ、あいつら……」


 ……お?


「あ?」


 こちらが手を掛ける前に、扉は勝手に開かれた。中から出て来た1人の男によって。

 思わず見つめ合う。


「て、てめぇいったびぶべっ!?」


「出迎えご苦労。通してもらうぞ」


 こっそり侵入しようかとも思ったが、もうダメだな。

 いきなり怒声を上げかけた男の顔面を殴り飛ばし、中へ。


 身体強化を纏った拳で殴ったため、男は面白い程に吹っ飛び、出入り口から離れたところで転がっていた。


「お、おい!! お前どうしたんだ?」


「しっかりしろ!!」


 中で待機していた男のうち数人が、いきなり吹き飛ばされてきた男の下へと駆け寄る。皆の視線は、完全に伸びている男へと向かっていた。

 ……その中で。


「お前がやったのか、こいつを」


 1人だけが、たった今体育館へと足を踏み入れた俺に意識を向けていた。


「ああ。いきなり目の前に現れるもんで、ついな」


「ついじゃねぇだろ!!」


「ふざけてんのか!?」


 俺の答えに視線を向けた男たちから口々に怒声が上がる。


「お前ら、落ち着け。話が聞けねぇだろ」


「俺に聞きたいことでもあるのか?」


 騒いでいた男たちが収まるのを見計らって質問してみる。


 何が聞きたいかなんて分かってるけどな。


「ああ。俺たちはここで、とある人間を待ってるんだが」


「待ち人は来ないぞ」


 向こうのセリフをぶった切り、簡潔に告げてやる。


「そして……」


 MCを起動する。

 特有の機械音が耳に届いたところで、再度口を開いた。


「お前らも、ここで終わる」


「なめん――が……」


 群がる集団の内、一番最初に吠えた男の顎を打ち抜く。男の怒声は急激に弱々しくなり、そのまま言い切ることなく崩れ落ちた。


「なっ!?」


「お前っ!? いつの間に!?」


「やめとけ」


 両サイドで驚愕する男たちに話しかける。


「何が起こっているかなんて、お前ら程度の実力では分からないだろうよ」


「はぁっ!!」


「ふっ!!」


 俺の一言に血が昇ったのか。男たちは魔法を使うことも無く殴りかかってきた。


「よ……っと」


 当然、身体強化を纏っている俺の方が動きも威力も早い。相手の拳が届く前に鳩尾を蹴り飛ばし、2人とも戦闘不能にしておく。


「魔法使いに対し魔法無しの素手で殴りかかるなんざ、どれだけ素人だ」


「喰らえぇっ!!」


 放たれた魔法球を身体強化を纏った拳で打ち砕く。


「なっ!?」


「戦闘中に気を抜いたら、その時点で負けだ」


「がはっ!?」


 男の懐に転移して腹に一撃をくれてやる。何の抵抗もなく倒れた。

 ……さて。


「その餓鬼を殺せ!!」


 最初に俺に目を付けた男が、周りの仲間に命令する。

 どうやらあの男がここでのリーダーらしい。初めにあの男を無力化し、周りの奴らに降参を促す手もあるがそれは無しだ。


 師匠が俺に下した命令は、殲滅だ。


「精々楽しませてくれ」


 ざっと30人くらいか。望むところだ。


「お?」


 同じく身体強化を纏った男が殴りかかってきた。顔面を狙うその拳を右腕でいなす。そのまま無防備な顎に足を振り上げて打ち抜いておいた。


「切り刻まれろ!!」


「あん?」


 目の前の男が気を失い、仰向けに倒れたところで。

 正面から風の付加が掛かった魔法が数発放たれた。詠唱無しで属性を付加させたのか。

 やるな。


 俺は魔法を発現しようと詠唱の構えに入っていた男のうち1人を選び出し、俺の目の前に転移させる。


「へ? うぎゃああああああっ!?」


 何かがおかしいと気付き、顔を上げた時にはもう遅い。男は何の抵抗も無く風の刃によって切り刻まれた。


「き、貴様ぁぁ!! ぐはっ!?」


「なに怒ってるんだ。お前の魔法がやったんだろうが」


 怒り狂う男の首を薙ぎ、意識を刈り取る。


「おらぁぁぁぁ!!」


「数がいれば良いってものでもないぞ」


 今度は3人同時だった。

 全員が身体強化を纏い、俺の元へと突っ込んでくる。俺は俺の真上に座標を固定して転移魔法を発動させた。


「ぶぼっ!?」


「ふげっ!?」


「だぶっ!?」


 突如標的を失った3人は、仲間同士で無残に打ち合った。


「ほいっと」


「ぶっ!?」


 着地がてら1人の男の頭上に足を乗せ、そのまま地面へと振り下ろす。踏み抜かれた男はそのままぴくぴくと痙攣して動かなくなった。

 その間にも、同士討ちで蹲る残りの2人を蹴り上げて戦闘不能にしておく。


「ん?」


 体の動きが、突如鈍った。


「……これは」


「掛かったな!! 俺の拘束魔法はすげぇだろ!!」


 瞬間、足元に魔法陣が展開される。どうやらトラップに引っかかったらしい。


「今だ!! やっちまえ!!」


 今度は5人がかりで襲ってきた。


「……いい加減、集団で襲う非効率さに気付け」


 転移魔法を発現する。

 今度は俺だけじゃない。この拘束魔法を発動したと思われる男を、代わりに俺がいた位置へと跳ばしておいた。


「ひゃははは!! ぼこぼこにしてやれ――――って、よせ!?」


 大笑いしていた男が、俺を襲おうとしていた集団が自分に向かってきていることを悟り悲鳴を上げる。大きな音を立てて、計6人のアホどもはまとめて潰し合った。


「な、何なんだこいつ!!」


「とんでもなく、早ぇ!!」


 俺の動きに畏怖した2人との距離を詰め、蹴り飛ばして無力化する。

 ……残りは、15ちょっとか。俺の動きを早いと感じているようじゃ、俺には勝てねーよ。


「どけいっ!! 俺がいく!!」


 たむろしていた中でも、特に大柄な男が仲間を押しのけて俺の前に立つ。


「餓鬼、お前……なかなかに近接術に優れているな」


「どうも」


「だが、ここまでだ。俺は1発や2発顎に貰った程度じゃあ倒せやしねーよ!!」


「そうか」


 少し、スタイルを変えることにした。

 纏っていた身体強化魔法に属性を付加する。


 付加するのは。


「さぁ、掛かってこい!! 捻りつぶして――かはっ!?」


 男のセリフを聞き終わる前に、攻撃特化・火属性の身体強化を纏った俺の拳が、男の腹を捉える。口しか動かしていなかった大柄の男は、そのまま後方へと吹っ飛び体育館の壁に打ち付けられて地面に伏した。


「言いたいことがあるなら魔法で語れよ。これは餓鬼の喧嘩じゃないんだぜ」


「やっ!? やめびぶべっ!?」


 もはや打ち抜く必要もない。恐怖に慄く男との距離を詰め、火の力を纏った掌を撫でるように男の顔へと添えるだけで、その男は地面へと叩きつけられた。


 やばい、これはやり過ぎたか。足元でぴくぴくと痙攣しながら衝撃と火傷の痛みに呻く男を尻目に、そう思った。

 大柄の男には良い具合だったんだが、他の奴らには効き目が強すぎる。いくら師匠の命令が殲滅だからといって、本当に命まで取ろうとは考えていない。


 身体強化魔法はそのままに、付加していた火属性だけを消し去る。

 気を取り直して、俺から一番遠くにいる男へと目を向けた。


「お前、足元気を付けた方が良いな」


「へ?」


 1人の男を指差しながらそう忠告する。その時にはもう、男の姿は俺の視界から消えていた。


「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 頭上から、男の悲鳴が聞こえる。転移魔法により、突如体育館の天井付近に跳ばされた男からすれば、急に足元から地面が消えたような錯覚に陥っただろう。そのまま男は成す術なく地面へと叩きつけられて動かなくなった。


「ぎゃっ!?」


「ぐは!?」


「げぼっ!?」


「ぴぎぃっ!?」


 不可思議な現象に目を奪われているバカどもを、殴り飛ばし蹴り上げ押しつぶすことで無効化する。

 俺へと魔法球を同時に放った3人は、魔法球の直線上に術者本人を転移させ自分の魔法で自分を仕留めて貰った。


「あと10人ね、あ、9か」


 手短な男を蹴り上げ、そう呟く。


「はぁっ――うおわっ!?」


 殴りかかってきた男の拳をガードする。そのまま一本背負いで投げ飛ばしてやった。


「おとといきやがれー」


 壁へと打ち付けられ意識を失う男に、そう告げてやる。

 もう聞こえてないか。


「ほっ」


「ぐひゃっ!?」


「はっ」


「ずべっ!?」


「とう」


「ごぼっ!?」


 続けざまに3人ノックアウトする。

 そこで、俺の周囲にはもう誰もいないことに気が付いた。


 目を向けた先。

 体育館の最奥。

 檀上になっているところに、リーダー格の男を中心として5人の男が構えている。


「やるな」


 リーダー格の男が口を歪ませる。


「姫百合家の当主は、良いボディーガードを雇っていたようだ」


「何の話だ。俺はただの学園生だぞ」


「動くな」


 称賛を払いながら足を進めようとしたところで、制止された。


「俺の隣に立つ5人は既に魔法式を組んでいる。俺の合図1つで、それは直ぐにでもお前を捉えるだろう。この距離だ。お前が俺を捉えるよりも、こちらの攻撃の方が早い」


 転移魔法を使えば俺の方が早い。


「誤魔化す必要は無い。お前のような輩がただの学園生であるはずがないだろう。護衛役としてこれほど優秀な者が学園に潜んでいたとは、こちらにとって誤算だった。今日は退くとするよ。俺たちはここの裏口から外へ出る。お前がその間そこから動かなければ、魔法は発現させないと約束しよう」


 そう言いつつ、リーダー格の男は後ろにゆっくりと後退した。


「まぁ待てよ」


 それを呼び止める。


「なんだね?」


 男の問いかけと同時に、横に控えていた男の内1人を俺の手元へと転移させ、そのまま頭を掴み地面へと叩き込んだ。


 凄まじい音が響く。

 殺してはいない。頭蓋骨にヒビくらいは入ったかもしれないが。


 その光景を見て、リーダー格の男は目を見開き素早く自身の左右へと目を奔らせた。5人控えていたはずの仲間が、1人足りない。

 それを確認した男が、再度俺の方へと目を向ける。


「分かっただろ?」


 にやりと顔を歪めながら口を開く。


「その条件じゃ、俺が見逃す理由にはならないな」


「くっ!?」


 素早く身を翻そうとした男を見て、即座に転移魔法を発現させる。壇上に跳んだ頃には、既に俺に背を向けて駆け出しているところだった。


「なるほど、裏口ってそこね」


 壇上の横。

 赤い垂れ幕の影になっている部分に短い階段。

 下は舞台袖となっており、そこに出入りするための扉も付いていた。


 目で見てしまえば、頭の中でイメージできる。

 座標が固定される。


 男たちが手を掛けるより先に、俺は扉の前へと転移していた。


「なっ!?」


「急に逃げるなよ。つれないな」


「お前っ!? いったいっ!?」


「その質問は聞き飽きた」


 リーダー格に一撃をくれてやる。狭い階段を駆け下りていた男たちは、前方から飛んできたリーダー格の体から逃げ切ることは出来ず、そのまま潰され階段を転がる。


「終わりだな」


 4人の男たちは、何かを言いたそうに口を開く。もちろん別に見逃すつもりなど欠片も無い俺は、容赦なく顔を踏み潰して意識を刈り取った。

 はい、これで終わり。


 伏す5人を避けながら壇上へと上がる。見渡してみると、見るも無残な男たちがごろごろと転がっていた。

 全員、殺してはいないはずだ。どこかしら骨が折れたりはしているだろうが、こういった仕事に手を出した以上、当然のリスクだと思って貰いたい。


 携帯電話を開いて見れば、もうそろそろ日付が変わろうかという頃合いだった。


 舞台袖に視線を向ける。そこにはここでのリーダーであろうと思われる男が、手下どもの下に埋まり気絶していた。


「つまらない奴だったな」


 吐き捨てるように、そう呟く。

 戦えば、たぶんそれなりに強い奴だったと思う。それなのに最初から逃げの姿勢とは。面白くもなんともない。拍子抜けし過ぎだ。面倒臭いという言葉すら出す暇が無かった。


 公衆電話から電話してきた男含む残りの連中は、もう少しまともな奴らだといいんだが……。


「お、……おっと」


 足元がふらついた。座標演算処理を連続して行っていたせいか。少し転移魔法を乱用しすぎたようだ。

 調子に乗り過ぎたか。


 俺は手に持っていた携帯電話を操作して、耳元に当てた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ