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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈上〉
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第12話 恩恵




 教会に戻った俺と師匠は、ちょうど人が途切れたタイミングを見計らって地下の闘技場へと戻った。


「本当に貰っちゃって良かったんですかね」


 新しいMC(ただし傷だらけ)である『虹色の唄』を取り出しながら師匠に問う。


「いいんじゃない? じじ様が良いって言ってたんだし」


 そして師匠はこんな感じである。

 億するんだろ億。いいのか本当に。


「これ作ったの、師匠とそのじじ様って人なんですか?」


「ええ。私の学生時代にね。じじ様は先生だったのよ」


 教師生徒の関係だったのか。道理で親しい感じもしたわけだ。

 ……いや、ちょっと待て。


「妖精樹が生えてるのって、ガルダーなんですよね?」


「そうよ」


「それも特別に危険な『S』ランクの所だったんですよね?」


「そうよ。そう言ってたじゃない」


 ……。

 この人、学生時代から危ない橋渡りまくってたのかよ。しかも、それを止めない教師があの温和そうなご老人とは。いや、師匠の暴走を監督するために行ったのか?

 よく分からん。まあいいか。


「よく学生の時からガルダーに行く許可なんてもらえましたね」


「私は特別だからね」


 この人が言うと嘘や冗談の類じゃなく本当だから余計に性質が悪い。


「とにかく。良かったじゃない。ようやく身の丈にあったMCを手に入れられたわね」


「ええ、それはまあ嬉しいんですけど……」


「何よ」


 俺の反応に、師匠が面倒臭そうな顔をする。

 そんな顔すんなよ。億だぞ億。こんな物を腕に巻いてたら、平常心で戦える気がしねーんだけど。


「身の丈に合っていないMCを使っている人って、結構いるってことですよね」


「はぁ? どうしてそうなるのよ」


「どうして、って。ガルダーの特別警戒地区『S』の地域で採取できる材料を使っても、俺の発現量や発現濃度の高低差に追いついていないんですよ? 『S』以外のところで採取できる材料でMCを作ったって、ここまでの性能は出せないんですよね?」


 俺の指摘に、師匠の面倒臭そうな表情は、何やら奇妙なモノでも見付けたかのような表情に変わった。


「発現量や発現濃度の話は、……まずは横に置いておくとして」


 置いておくのか。


「貴方、自分の魔力容量ってどのくらいあるか知ってる?」


「平均の魔法使い100人分くらいですよね」


「……その100人分って数字はどこから出てきたの?」


「はぁ? 師匠が俺に言ったんじゃないですか。『大人の魔法使い100人分くらいの魔力』って」


「そんなこと言ったかしら。まあいいわ。それ嘘だから」


「……はぁ?」


 嘘?


「貴方の魔力容量は、そうねぇ。100万……、まではいかないか。魔法使い10万人分くらいは余裕で超えてるわよ?」


「そうですか。それは凄いですね」


 師匠にしては珍しく意味の無い嘘を吐くもんだ。

 魔力容量が10万人分もあったら、戦闘で魔力が枯渇する、なんて事態に陥らなくて済みそうだな。羨ましい。まあ、そんなに魔力を持っている人間なんていないだろうけど。人間というより、そんな生物がいないだろう。いたとしても、もう化け物の類だ。


「何かリアクションが淡白すぎる気がするわ」


 ご不満のようだ。

 別に面白いボケでもなかったんだが。


「何かつっこみでも入れた方が良かったですか?」


 この人はテレビで漫才でも見ていたのだろうか。


「いや、そういうのは別にいらないし」


 どうやら違うらしい。


「……あ、あー。ああ、思い出したわ。言った言った、『100人分』って。よくそんな昔のことを憶えていたわねぇ」


 急に思い出したのか、師匠がそんなことを言いながら懐かしそうな顔をする。


「そりゃ忘れられませんよ」


 俺が師匠に拾われて間もない頃の話だ。

 まだ魔法がまったく使えなかった頃のこと。

 魔力のせいで体調を崩して、両親に捨てられて。

 そんな自らの持つ魔力について、師匠に尋ねたことがあったのだ。


『どうして自分の身体が言うことを聞いてくれないの?』


 確か、こんな質問だったと思う。

 そして、師匠はこう言ったのだ。


『貴方はね、普通よりもたくさんの魔力を持っているのよ。魔法が使えない今でも、大人の魔法使い100人分くらいの魔力が、絶えず身体の中を暴れ回ってる。まずは、それを抑えないとね』


 師匠からの返答は、今でもしっかりと憶えている。

 それほどまでに衝撃的だったのだ。

 子どもである自分が、大人の魔法使い100人分に相当するほどの魔力を暴走させていたことが。


 ……。

 あれ?

 何か引っかかるな。


「貴方、あれを魔力容量の話(、、、、、、)として聞いていたのね。違うわよ。あの時言ったのは、発現量の話(、、、、、)


 ……は?


「私も病院で貴方を見た時には驚いたわよ。魔法の『ま』の字も知らないお子ちゃまが、魔法の鍛錬を積んだ魔法使いの100倍近い発現量を既に有しているんだもの。思わず胸がときめいちゃったわ」


「いや、ときめいたとかはどうでもいいんですけど」


 その年でときめいたはないだろう。年知らんけど。

 いや待て。そんなことはどうでもいい。


「つまり、あの時の話は発現量についてだった、と」


「だからそう言ってるじゃない」


「それじゃあ、俺の魔力容量については?」


「だからさっき言ったじゃない。10万人分くらいは余裕であるんじゃないの? 計測したことないから知らないけど。て言うか、貴方憶えてる? どのくらい魔力容量があるか調べてみようって言って、計測器壊しちゃったこと。あれは衝撃的で――」


「ストップストップはいそこまで!!」


 懐かしい思い出トークに花を咲かせだした師匠を慌てて止めた。


「10万人っていうのはボケ的な数字じゃなくて?」


「師匠にボケなんて良い根性してんじゃない聖夜。歯を喰いしばりなさい」


「そ、そんな脅されたって騙されませんよ!! 10万人分なんて嘘です!!」


「なんで嘘だって思うわけ? その根拠を説明してみなさいよ」


「根拠も何も無いでしょう……」


 不機嫌そうに腰へ手をあてる師匠にげんなりする。


「10万人分もの魔力があったら、戦闘中に魔力切れなんて起こらないはずです」


「貴方、魔力切れになったことあるの?」


「そりゃもちろん……」


 ……。

 過去の戦闘を思い返してみる。


 ……あれ?

 なくね?


 ……いや。

 “神の書き換え作業術(リライト)”を連用するとそれに近い現象が……、あれって座標演算で脳を酷使した影響だっけか。

 そうすると。


 ……え?

 嘘でしょ?


「ほ、ほらあれです。俺って呪文詠唱できないじゃないですか」


「で?」


 冷たい視線で師匠が俺を見据えている。


「大魔法を使っていないわけで。身体強化魔法とか全身強化魔法とかしか使っていないわけで」


「で?」


 凍てついた視線の温度が、更に下がった。


「ほ、他に使ったとしても、“不可視の弾丸インビジブル・バレット”とか無系統魔法なわけで」


「結論を言いなさい」


 絶対零度の視線である。


「つまり、……今日は日本で言うエイプリルフール的な?」


 この後。

 俺は師匠に本気で殴られた。


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


「わっ!? ど、どうされたのでございますか!? 中条様っ!?」


 シスター・マリアは、地下訓練場に戻ってくるなりそう叫んだ。


「いへ、へつに」


 ちょっと喋りにくい感じはするが、問題は無い。


「魔法使い100人分の魔力を込めたくらいで計測器は壊れない。そうしたら、魔法世界の上位ランカーなんてみんな計測器ぶっ壊せるわよ。妖精樹もそう。そのMCは、魔法使い発現濃度平均値の100倍程度の高低差で白旗を挙げるような性能じゃない。身体強化魔法はともかく、全身強化魔法はRankAに指定されている高等魔法。加えて常時発現し纏い続けなければならないそれは、通常の魔法一発分とは比べるまでもなく魔力を消費する。身体強化魔法や全身強化魔法をホイホイ発現している貴方が、戦闘で一度も魔力切れを起こしたことがない。そんな貴方の魔力容量が100人分程度であるはずがない。はい論破」


 すんごく投げやりな感じで締めくくられた。

 とりあえず、10万人分はお茶目なジョークだとしてもだ。

 俺にそれなりの魔力容量がある、ってことは理解した。


「分かった?」


「分かりました!!」


 理解、させられた。


「さて、無駄話はここまででいいかしら」


 シスター・マリアへ目配せをしながら師匠が言う。


「続き、始めましょうか」







「暑くなったわね。午前中の過ごしやすさが嘘のようだと思わない?」


 モーゼの如く、クルリアの通りで通行人の波を掻き分けて闊歩していた牙王は、後ろからの声に足を止めた。

 振り向いた先に居たのは、アリサ・フェミルナーだった。


「……なぜ俺様に付きまとう? USAの暗殺部隊に首を狙われるような真似はしてねぇはずだが」


「せ、ん、と、う、部隊よ。ただちょっと不穏な空気を出してるヒトを見かけたから声を掛けただけ」


「ははは」


 アリサの答えに、牙王は低い声で笑った。同時に身体ごとアリサの方へと向き直る。


「何かおかしいかしら」


「いんや?」


 否定しつつも牙王の口角は吊り上ったままだ。


「嘘を隠すのが下手だ、と思ってな」


 その言葉に、アリサの眉がピクリと動く。


「そっちも大闘技場の掲示板を見て来たんだろう?」


「それは午前中に。今はギルド本部からの帰りなの」


「ギルド本部?」


「アギルメスタ杯、キャンセルできないかと思って」


 今度は牙王が眉をひそめる番だった。


「怖気づいたのか?」


「ふふっ、馬鹿言わないでちょうだい。標的と同じグループに入れなくてヤル気を失くしちゃっただけよ」


 肩を竦めながらアリサが言う。


「あァ……、暗殺部隊の人間が大会に何の用だとは思っていたが、……そういうことか」


「せ、ん、と、う、ぶ、た、い、よ」


 納得した、と言わんばかりに牙王が頷いた。

 少しだけ不機嫌なオーラを出しながらアリサが訂正する。


「やっている内容は変わらんだろうが」


「……そうね。試しにアナタを暗殺してみましょうかしら」


「それは試合まで取っておけ。掲示板に修正は無かった。つまり、キャンセルできなかったんだろう?」


 牙王の言葉にアリサは口を尖らせながら頷いた。


「発表後の棄権は禁止、……ではないけど、名誉のために止めておけっていわれちゃあね」


「それァそうだろうよ。面子を見て怖気づいたと思われてもしかたねぇからなァ」


 牙王が無精髭を撫でながら目を細める。


「ちゃんと出る、ってことでいいんだよなァ?」


「もちろん」


 ほぼ同時に、二人の瞳に好戦的な光が宿った。


「部下の借りは、その時にたっぷりと返してやるからよ」


「悪いけど、出るなら本戦まで進んで標的と接触するつもりだから。その願いは叶えられないわ」


 別れの挨拶は無かった。

 2人はそれだけ告げて、別々の方向へと歩き出す。







 一方的な展開になっていた。


「きゃっ!?」


 接近してきたシスター・マリアの足を払う。顔を目掛けて放たれた拳を、首を逸らして躱した俺は、そのまま掌底をシスター・マリアの腹へと叩き込んだ。


「ぐ、……ぷっ」


 火属性は、水属性に弱い。


 にも拘わらず。

 俺の火を纏った拳が、シスター・マリアの水属性の層を突抜けてダメージを与える。


 追撃のため、火属性を土属性へと切り替える。

 水属性は、土属性に弱い。

 その一瞬の隙を突かれ、シスター・マリアが俺の拘束から抜け出した。距離を空けられないよう、一気に詰める。その間にシスター・マリアが身体に纏っていた属性が雷属性へと変わっていた。

 土属性は、雷属性に弱い。

 だが、俺はそのまま突っ込む。拳を握りしめた。


 後ろ足で素早く後退しながらも、シスター・マリアが眉を吊り上げた。

 俺が属性優劣を気にしない力任せの戦いをし始めたことに、違和感でも抱いたのかもしれない。

 ただ、それは間違いだ。


「せいっ!!」


 拳を放った瞬間に、属性を入れ替える。

 土属性から風属性に。

 雷属性は、風属性に弱い。


「っ!!」


 息を呑む音が聞こえる。しかし、シスター・マリアの動揺は一瞬だった。

 俺の拳がシスター・マリアを捉える刹那の間。

 シスター・マリアが属性を変更した。

 雷属性から火属性に。

 風属性は、火属性に弱い。

 風属性を纏った俺の拳は止められない。そのままシスター・マリアの腹へと吸い込まれていく。


 そして。

 俺の拳がシスター・マリアの腹へと届く瞬間に。

 俺の纏っていた風属性が、水属性へと変わった。

 その変化が確認できた時にはもう遅い。いかに属性の変更スピードが速いシスター・マリアとはいえ、このタイミングで変更はできないだろう。


 俺の考えに間違いはなく。

 俺の拳は水属性を纏った状態で、火属性を身に纏ったシスター・マリアへと突き刺さった。







 中華系の民族衣装を身に纏った青年は、アギルメスタ杯の開催予定地であるホルンへと足を運んでいた。


「おーおー、うじゃうじゃうじゃうじゃ。観光客がいっぱいだ」


 駅から大闘技場までを繋ぐ大通りは人だらけだった。

 視線を下へ向けても足元が見えない。立ち止まることもできずに人に流されている状態だ。


「ヤバそうな奴らもちょこちょこいるなぁ」


 そういった観光客の中、ところどころにいる手練れたち。おそらくは自分と同じ出場者だろう、と適当に当たりをつけた青年は、自分にとって脅威となりそうな人間を見付けると頭の中でチェックを入れていく。


「お、今の奴はなかなかだな。ぜひ予選で当たっておきたいもんだ」


 大通りは、左右に魔法道具店や雑貨店、飲食店などが建ち並び、中央にもさまざまな種類の出店が人々を呼び込んでいる。アギルメスタ杯開催を前日に控えている今日は、どこを見ても人、人、人、という有り様だった。

 それでも。


「うひょー、近くで見るとやっぱりでっけーなぁー」


 大闘技場だけは、決して見失わないだろう。


 収容人数は約15万人。

 中央の決戦フィールド、そのアリーナの直径は約400m。

 まさに世界最大規模の大闘技場である。


 闘技場の外壁には『アギルメスタ杯』の垂れ幕がいくつも掛けられ、魔法と現代技術の融合によって誕生した空中に投影できるモニターが大闘技場の外壁を沿うようにしていくつも並び、そこでは歴代の『七属性の守護者杯』での名バトルシーンをダイジェストで放映している。


 開催が明日であるにも拘わらず、大闘技場の周囲はもはやお祭り騒ぎだった。

 年齢の違う若者と老人が優勝者を予想し合って取っ組み合いをし、それを賭け試合にして周囲の見物人が無責任に煽り立てる。

 国籍も肌の色も話す言語すら違う男たちが、肩を組み陽気な歌を口ずさみながら酒を酌み交わす。

 バトルシーンダイジェストに黄色い歓声が上がる。

 露店から漂う香ばしい香りが、また1人2人と客を引き寄せる。

 チケット1枚を法外な金額で売り払おうといくつかの言語で叫び続けていた男が、魔法聖騎士団から全速力で逃走する。

 4つの予選グループ、その出場者一覧が掲示されたボードを前に、マニアたちが大会主催者側の厚意で配置されている通訳を介して激論を交わす。


「よう兄ちゃん。予選Bグループのチケット無いなら買わないか? 1枚5000Eだ」


「たけーよ馬鹿。そんな金あるなら良い娼館行ってとびきりの女抱くわ」


 そう言って目の前の男を押しのけ、青年はようやく大闘技場正門の前に立つ発表ボードの前へとやってきた。


「んんー、結構な人数がいやがるな。1グループ100人かよ」


 発表ボードの前へとやってきた、と言っても最前列を確保できたわけではない。頭を左右に振りながら、視線をボード上に走らせる。


「……んーと、お? 『T・メイカー』はBグループね。そいつ殺さなきゃなんないから、俺もそこのグループだよな? な? な?」


 独り言のようにぶつぶつ言いながら自らの名前を探す青年。

 しかし。


「俺、Bにいねーじゃねーか!!」


 吠えた。


「どうしてくれんだよマジで俺の殺意が留まることを知らねぇ!!」


 騒いでいる間に人の波に押された青年は、瞬く間にボード正面から吐き出されてしまう。


「あ、おいおい。俺、まだ自分の出場グループ確認してねーのに。……はぁぁぁぁぁ」


 大きなため息を吐く。そんな青年の肩を叩く人物がいた。


「……何か用か。悪いが今ちょっと機嫌が悪いんだが」


「貴方、出場者なんですか? クリアカードでサイトにアクセスすれば、ボードを見なくても確認できますよ?」


「え? あ、情報どうも」


「いえいえ」


 黒のタキシードにシルクハット、手にしたステッキで小粋なビートを刻む男は、にこやかに雑踏の中へと姿を消した。


「なんだあいつ、……できるな」


 取り残された青年はそう呟きながらクリアカードを取り出す。

 そして。


「Cかよ。あーもう何して過ごそっかなぁぁぁぁ、……はぁぁぁぁぁぁ」


 がっくりと肩を落とした。







「……ん、うぅ」


「起きたのね。良かったわ」


 介抱していた師匠が立ち上がる。どうやらシスター・マリアが目を覚ましたらしい。


「すみません。結構本気で入れちゃいました」


 ぼんやりと焦点を漂わせているシスター・マリアへ謝罪する。もともと発現量・発現濃度に差がある俺とシスター・マリアだ。その時点で優勢に立っている俺の拳が、更にシスター・マリアの弱点属性を纏って攻撃してしまえば、どうなるかなんて目に見えている。

 むしろ良く耐えてくれた、とほっとしてしまったくらいだ。


「負けてしまったのですね。私は」


 ゆっくりと上半身を起こしながら、シスター・マリアは言う。


「見事な『属性変更(カラー・チェンジ)』でした。私もその技法に自信がございましたが、まさかスピードで負けてしまうとは……」


「そうね」


「あー、いや、それは……」


 淡白にシスター・マリアの言葉を肯定してしまう師匠に、何とも言えない気分になる。

 俺の技量が一気に向上した理由はひとつしかない。新MC『虹色の唄』によるものだ。


 このMCにスイッチは無い。

 これをくれたご老人が言っていたことが本当なら、このMCの中身は妖精樹の種と根っこしかないのだ。スイッチなど付けても意味がない。


 このMCは、身に付けている使用者の魔力を感じ取り、それに合わせて起動(活動?)するようだ。魔法を使用していない間は沈黙し、魔法を使用する際には活性化した使用者の魔力を感じ取り、同じように活性化する。


 通常のMCを起動した時のような、機械音が鳴らない。

 代わりに俺にだけ聞こえる雑音(ノイズ)が鳴る。これは師匠に聞いても答えてくれる気配が無いし、どうしようもない。雑音(ノイズ)と言ってもストレスに感じるほどの音量ではないので、今のところはやむを得ずに放置している。


 しかし、それ以上にこのMCによって受けられる恩恵が素晴らしい。

 俺の体内を流れる魔力の流れ、その全てを余すところなく調節してくれる。妖精樹自体が放出している魔力が潤滑油のような役割を果たしているのか、俺の魔力の流れがとてもスムーズだ。魔法の発現、属性の変更、これが想像以上にスラスラとできてしまう。

 発現量の上限を今まで以上に考えなくていいのも大きい。

 流石に本気で解放まではしていないが、それでも今まで感じていた“つっかえ”のようなものをほとんど感じさせない。今までのMCは、師匠の言う通り俺の放出量・魔力濃度に性能が追い付いていなかったということだろう。


「そのMCのおかげ、というのももちろんあるわ。けど、貴方が成長しているのもまた事実よ」


 俺の言わんとすることが伝わったのか、師匠が言う。


「それに……」


 師匠がそこまで口にしてから目を細めた。

 俺の身体の隅々まで目を走らせる。居心地の悪さを感じ始めたあたりで、ようやく師匠が続きを口にする。


「……辿り着いたわね」


「まさか……、っ!?」


 師匠のその言葉に反応したシスター・マリアが突然立ち上がろうとしてバランスを崩し、師匠へともたれ掛った。


「も、申し訳――」


「聖夜。基本五大属性を順に発現してごらんなさい」


 シスター・マリアの謝罪を押しのけるようにして、師匠が指示を出す。


「分かりました」


 火属性から順番に、風、雷、土、水、と発現していく。

 この『虹色の唄』のおかげで、変更にストレスをまったく感じない。発現はすぐに終わってしまった。観察のための発現なら、もう少しゆっくりすべきだったかもしれない。失敗した。


「……もう一度やります?」


 何も口にしない師匠とシスター・マリアに聞いてみる。


「いいえ」


 師匠は首を横に振った。

 そして。


「おめでとう。火と風がクリアね。共に80パーセントを越えたわ。貴方は『属性共調』ルートね」

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