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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈上〉
126/432

第9話 それは、とある広間と病室での一幕。(後編)




「あぁあぁあぁ。リナリー・エヴァンス君。来てくれたのかね。遠路遥々ようこそ、エルトクリア城へ」


 重く、しゃがれた声が広間へと響き渡った。


 宰相ギルマン・ヴィンス・グランフォールド。

 魔法世界の国政をその手に担う権力者である。

 色白の肌に鉤鼻、薄く開いた灰の眼、灰の髪をオールバックにしている初老の男性だった。年期に応じて刻まれた皺の数々が、その者へ更なる貫録を与えている。鈍い赤土色のローブで身体をすっぽりと覆っているギルマンは、そのローブを床に擦らせながら、ゆっくりとリナリーの下へと歩を進めた。


 魔法聖騎士団が、一様に跪く。100名足らずとはいえ、寸分の狂い無く同じ動作で膝をつくそれは、その広間に心地の良い金属音を響かせた。

 その光景を見て、満足そうに頷くギルマン。しかし、その眼は直ぐに細められた。


 王族護衛集団『トランプ』。

 その面々は誰1人とて頭を垂れてはいなかった。

 しかし、その不快感を口で表すことはなく、ギルマンは広間中央に敷かれた絨毯の上を悠然と闊歩する。その先、『トランプ』の近くに立っていたリナリーへ軽く会釈をしたギルマンは、『トランプ』の控える立ち位置を素通りし、部屋の最奥に用意された豪華な椅子の隣で控えるようにして直立した。


 その直後だった。

 広間の外、廊下より激しく金属を打ち鳴らす音が響き渡る。

 そして。


「アイリス様の、御成りですっ!!」


 今度は『トランプ』とて例外ではない。宰相ギルマンをも含め、広間に居た者たちが一斉に跪く。

 ただ1人。


 リナリー・エヴァンスを除いて。


「大義である」


 自らに頭を垂れる者たちへ声をかけたのは、まだ幼い少女だった。

 美しい金髪に紫色の双眸。

 黒の正装に赤いマントを羽織っている。


 幼い少女は首を垂れる面々を見渡して、

 自らと同じ、赤き絨毯の上に立つリナリーを視界に捉えた。


「エヴァンス!!」


 年相応のあどけない笑みを浮かべながら、早足で駆け寄る。


「久しぶりね、女王陛下」


「うむ、うむっ。久しいな、久しいなっ」


 リナリーの前に立ったアイリスは、嬉しそうな声色でそう答える。

 女王への口調を注意しようとしたジャック・ブロウは、頭を上げた瞬間に後ろを通過しかけた女性に頭を叩かれた。


「ご苦労であったの、ダイヤ」


 ひっそりと、クィーン・ガルルガが口を開く。


 魔法服も。

 肌の色も。

 髪の色も。

 全身が真っ白の女性だった。


 気配を消して女王の後ろから『トランプ』の隊列へと移動してきたクリスティー・ダイヤは、抗議の視線を向けてくるジャック・ブロウを受け流し笑みを浮かべる。


「これも役目ですから」


 クリスティー・ダイヤは簡潔にそう答え、他の者と同様に跪いた。


「また面白い話を聞かせてくれるのか?」


 そんなやり取りには欠片の注意も向けず、アイリスは目を輝かせながらリナリーへと問う。


「それもいいのだけれど。今回は別件よ」


「そうか、残念だな。しかし、仕事ならば仕方あるまい。大義である」


 言葉通り本当に残念そうな表情で言うアイリスに、リナリーは苦笑しながら軽く一礼した。それを視界の端に捉えながらアイリスは歩き出す。5段ある緩やかな段差を上り終えたアイリスは、当然のように玉座へと腰を落ち着けた。


「で。どうなっている」


 一番近くで頭を垂れるギルマンへと一瞥をくれ、アイリスが口を開く。


「これより、“旋律”へ打診をするところでございます」


「そうか。では、話せ」


「御意」


 宰相ギルマンが、ゆっくりとした動作で立ち上がった。


「皆の者も、楽にしてよいぞ」


 アイリスが思い出したかのような口ぶりで言う。それに応じて、跪く面々は直立不動の姿勢へと戻った。


「此度、貴殿に登城してもらったのは他でもない。既にクィーンより通達も出ておろうが、貴殿に受けてもらいたいクエストがある」


「その話ならば、それこそ既にお断りしたはずだわ」


「ふはは。そう言うでない」


 謙虚や遠慮と言った言葉が頭の辞書に無いのか、ギルマンからの言葉に躊躇いなく拒絶を示すリナリー。逆にそこに好感を持ったのか、アイリスが面白そうに笑った。


「昨今、ガルダーの様子がおかしい。杞憂ならばよいが、何かあるのならば民に危害が及ぶ前にケリを着けねばならん。ギルマン。現状、まだ被害は出ていないのだな」


「もちろんでございます」


 恭しく一礼するギルマン。

 その様子に、リナリーは眉を吊り上げた。


「被害はまだ出ていない?」


「その通りだ」


 アイリスに代わってギルマンが答える。その口調には、有無を言わせぬ威圧感があった。


「……そう」


 それに動じたわけではない。しかし、他の言葉を口にしようとしたリナリーだったが、気が変わったのか口を閉ざす。


「原因を突き止めて欲しい」


 アイリスは、リナリーをその双眸で見据えてそう口にした。


「ガルダーの存在は、我が国を存続させる上でなくてはならないものだ。しかし、その存在に混乱させられ、あまつさえ滅ぼされようものなら、それは本末転倒と言うものだ」


「言っていることは理解できるけど……」


 坐すアイリスから自らの後ろに控える面々へと視線を移し、リナリーは答える。


「それなら、自慢の戦力が貴方の配下にいるでしょう。世界最高戦力と称される実動部隊が」


「お前たち。エヴァンスからは、そう言われているが?」


 リナリーとアイリス。2人から視線を投げかけられた『トランプ』のうち、代表してクィーン・ガルルガが重苦しいため息とともに口を開いた。


「我々にも日々の業務というものがございます。それを押しましても、我々の存在意義はそもそも『王族守護』。決して『実動部隊』ではないことをご理解頂きたく存じます」


「このような回答というわけだ」


 回答を予想していたと言わんばかりの口調で、アイリスが肩をすくめた。


「他にも手練れはいるが、ガルダーに調査隊として出すとなるとな」


「場合によっては長期化する任務でございます。日々の職務を踏まえると、王城勤務の者から候補者を出すのは現実的とは申せません」


 アイリスの言葉を引き継ぐようにして、ギルマンが口にする。


「そこをうまくやり繰りするのが貴方の仕事じゃないの? ギルマン」


「やり繰りした結果、もっともよい駒として浮上したのが貴殿というわけだよ、“旋律”」


「“駒”、ねぇ」


 リナリーの双眸が細められた。


「ずいぶんと偉くなったじゃないギルマン。いつから貴方は私を“駒”として扱えるほどに勢力を伸ばしたわけ?」


 広間にいる全員がもれなく、室温が2~3度低下したかのような錯覚に襲われた。


「今のは失言ではないか? ギルマン」


「……、平にご容赦のほどを」


 アイリスに窘められ、ギルマンは一瞬だけ顔を歪めた後、軽く頭を下げる。


「貴殿の望む報酬を言い値で払おう」


「私が欲しいものはお金じゃない。平穏よ」


「用意しよう」


 リナリーからの抽象的な要望に即答するギルマン。


「寝てるの? 貴方」


 対して、凍てついた声色でリナリーは言う。


「貴方たちが関わってくる間は、手に入るはずがないでしょう」


「ふはは、まさにその通りだな」


 リナリーからの返答に、アイリスは本当に面白そうに笑った。


「しかしエヴァンス。平穏の先に、お前は何を望む。退屈とは一番の拷問だぞ」


「“何も望まないことを”。……少し、私は疲れたのかもしれないわね」


 アイリスからの真っ直ぐに向けられる視線に耐えかねたのか、リナリーは自ら視線を外す。それをアイリスは少しだけ寂しそうな表情で見つめた。


「……なるほど」


 ゆっくりと目を閉じ、アイリスは頷いた。


「お前が言いたいことは良く理解した」


「陛下」


 口を挟んできたギルマンを、目を閉じたまま手で制すアイリス。

 数秒の空白。

 その後、ゆっくりと目を開けたアイリスは、もう一度リナリーへと焦点を合わせた。


「それで。お前が登城した目的は? まさか我々の出した登城命令を馬鹿正直に受けてきたわけではあるまい」


「もちろん」


 不敬罪でしょっ引かれそうな発言を堂々とするリナリー。それすらもおかしそうに受け止めながら、アイリスが目で先を促す。


「私のグループを、下らない政略に巻き込まないでちょうだい。次は、こちらも容赦しない」


「……なんだと?」


 リナリーからの宣告に、アイリスが眉を吊り上げた。


「私はお前の『黄金色の旋律』にちょっかいを出すよう指示した覚えはないが」


 口にしながら、視線がギルマンへと移る。ギルマンも片眉を吊り上げただけで視線を『トランプ』へと移した。

 クィーン・ガルルガは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

 クランベリー・ハートは顔を一瞬で青褪めさせた。


「ふむ」


 玉座に深く腰掛けた少女は、それだけで理解したらしい。


「キング・クラウン。後で私室へ来い」


「御意」


 白い髭を生やした壮齢の男性は、幼い少女の言葉に深く頭を下げた。


「他には何かあるか」


「いえ、特には」


「そうか。ご苦労であったな」


 アイリスからの言葉に軽く一礼したリナリーは、音も無く踵を返した。部屋を横断する絨毯を挟んで2列で整列する『トランプ』を素通りし、広間を後にしようとする。


「あぁ、そうそう」


 その背中へ。

 いかにも今思い出した、といった風情でアイリスが口を開いた。


「此度のクエストの件だがな。まだ確証は取れていないが……。ずいぶんときな臭い組織が絡んでいるのではないか、と噂されている。そう、例えば……」


 歩むペースを変えずに出口へと向かうリナリーへ、アイリスは坐したまま告げた。


「お前が行方を追っている、『ユグドラシル』のような組織が、な」


 リナリーの歩が止まる。だが、振り返りはしない。アイリスは気分を害した様子も無く、こう続けた。


「しばらくは魔法聖騎士団や『トランプ』間でやり繰りさせよう。気が変わったら、いつでも連絡をくれ」


 結局。

 リナリーは振り返らず、玉座の間を後にした。







「えーと、『黄金色の旋律』と申しますと……」


 聞き覚えのありすぎるグループ名を聞いて冷や汗をかきつつ、美月は問う。


「ご存じありませんか。魔法世界に限らず名の通ったグループなのですが」


「……しってる。リナリー・エヴァンスは、ゆうめい」


 唯からの質問にはルーナが答えた。


「そう。その悪魔たちよ。ボクは絶対に許さない……」


「目が据わってる目が据わってる」


 段々と表情に影が降りてきたまりかに、美月が思わず止めに入った。そして助けを求めるようにして、ルーナへと視線を送る。


「『こがねいろのせんりつ』は、てきがおおい」


「初耳なんですけども!!」


 視線を外しながら呟くルーナに、美月が全力でつっこんだ。


「彼らに対する評価は両極端である、とするのが正解でしょう。一部では英雄扱いされているグループですから。もっとも、だからこそ、敵視する面子も多く存在するわけですが」


「な、なるほど」


 全ての人間に良い顔ができるわけではない。

 唯からの説明を受けて、「それならば仕方が無いか」と美月が納得しかけたところで、


「まあ、それだけではなく。純粋にそのトップである“旋律”が身勝手すぎて大嫌いという輩も多いわけですが」


「えええええええええ……」


 結局、うまく納得できずにがっくりした。


「どうしたのハナちゃん。え、もしかしてファンだったとか?」


「っ、失礼致しました。そうとは露知らず――」


「あー、いやいや。別にファンとかではないからダイジョウブ」


 顔色を変えて問うてくるまりかと唯に、気にすることはないと手を振って答える美月。

 無論、まさか「実は自分、そのグループの一員、それも新米でして。へへっ」とかこの流れで自己紹介ができるはずもない。


「えーと……、それで天道さんもおししょんんっ、そのリナリーに何かされた、と」


「……てんどー?」


 美月の口にした単語に、ルーナが呟くようにして反応する。しかし、幸いにして(、、、、、)誰の耳にも届かなかった。ルーナの目と鼻の先で勝手に会話は進んでいく。


「天道さんなんて、そんな堅苦しい呼び方しなくてもいいのに~」


「いえいえそんな……」


「まりか、って呼んで欲しいなぁ」


「でもですね……」


「ボクはハナちゃんって呼んでるのにぃ~」


「えーと」


「まりか様」


 主のイケイケモードを唯が咎める。


「相手にも相手の都合があるのです。ご自分のお気楽な性格で物事全てを当てはめぬようご注意を」


「ぶーぅ。分かったよう」


 口をタコにしてしぶしぶと引き下がるまりか。

 それを見て、美月は内心でほっと溜息を吐いた。


 普段の美月の性格なら、相手からの打診が無くとも仲が良くなれば平気で名前を呼ぶだろう。ただ残念なことに、美月の目の前にいるのは、美月の所属するグループを目の敵とし「ぶっ飛ばしてやる」と息巻いている少女なのだ。うかつに距離を縮めるわけにはいかなかった。


「まりか様、そろそろ……」


「えー、もう少しいいじゃーん」


 少しだけ微妙な空気になったのを察してか、唯がまりかに退室を促す。それに不満たらたらで答えるまりか。しかし、次の唯の言葉でまりかの態度が一変した。


「流石にアルメス講師の講義を欠席するわけには……」


「むっ。もうそんな時間?」


 まりかが壁掛け時計へと視線を向ける。同時にため息を吐いた。


「本当だ。そろそろ行かないとね」


 名残惜しそうに美月へと笑みを浮かべるまりか。


「……ああ、学習院ね」


「そういうことです」


 まりかが最初に宣言していた「学校サボりました」を今日一日だと思い込んでいた美月は、若干遅れながらもそれが勘違いだったのだと気が付いた。美月が口にした正解に唯が相槌を打つ。


「それじゃあそろそろお暇しますか。遅刻したらバケツ持って廊下だからね」


「え。そんな古典的な罰則あるの?」


「ないよー」


 ねーのかよ、と美月は心の中だけでつっこんだ。代わりにジト目を向ける。


「あはは、ごめんごめん。でもお説教と反省文くらいはあるだろうから、ボクたちは戻るね。急ご、唯」


「はい。それでは、失礼致します」


 まりかは軽く手を振って、唯は礼儀正しく一礼して。2人はその場を後にしようとする。


「あのっ」


 その2人を。

 美月ではなく、ルーナが呼び止めた。


「……ありがとう」


 その言葉に、2人は目を丸くする。そして2人で顔を合わせて微笑み合った。


「困った時はお互い様。まぁ、どうしてもお礼がしたいって言うんだったら、しっかり応援してよね、なーんて。あははは」


「お大事に。せっかくのご旅行です。有意義に過ごせるようお祈り致します」


 まりかと唯はそう言って病室を後にした。







 目を覚ました時には、もう日が暮れそうな時間帯だった。

 赤く染まった天井が視界に入る。


「ん……」


 ぼんやりとした思考に喝を入れ、気怠い身体に力を入れる。木の軋む音を立てながら、ゆっくりと上半身を起こす。


「ベッド……?」


 木造りのベッドだった。掛布団をどけてベッドから降りる。窓からは赤みが差した日が差し込んできていた。

 周囲を見渡してみる。

 お世辞にも広いとは言えぬこじんまりとした部屋だった。今まで横になっていたベッドで部屋の半分近くは埋まっている。後はベッドと同じ木造りの机と椅子、そして本棚しかない。実に殺風景な部屋である。

 ただ。


「……俺って教会の下で特訓してたんじゃなかったっけか」


 魔法世界に着くなり『トランプ』に襲われ、魔法聖騎士団からも追われ、教会に入るなりシスターにも襲われ、そのまま地下へと連行され、そして無理難題を突き付けられて強制的に地獄の特訓モード突入だったはずだ。

 ……。

 お、俺の魔法世界での待遇っていったい……。


「お目覚めでございますか」


 軋んだ音を立てて扉が開かれた。

 悪夢から揺り起こされるかのようにして、そちらへ視線を向ける。


「……シスター・マリア」


「ずいぶんと疲れが溜まっておられたのですね。こちらへお運びして正解でした」


「す、すみません」


 小休止とは言えない時間を熟睡していたのであろうことは、時計を見なくとも分かった。一分一秒を争う特訓に巻き込んだシスター・マリアを放置し、張本人である俺がアホみたいに居眠りしていたとは。礼儀知らずにも程がある。


「構いません。根を詰めれば習得できる魔法ではございませんし、どのみち、日が完全に落ちるまでは降りられませんから」


「……あー」


 シスター・マリアの視線につられて、俺も外の景色を眺める。そこには、木々と建物の隙間からゆっくりと沈んでいく太陽が見えた。

 教会の地下へ降りるためには、祭壇を動かす必要がある。つまり、参拝者がいなくならなければ下へは戻れないということだ。


「シスターの仕事はよろしいのですか?」


「ええ。こちらに常駐しているシスターは、1人ではございませんから」


 そりゃそうか。

 自分の都合で教会を勝手に出入り禁止にできてしまうあの教会が異端なのだろう。

 ただ。


「そうなると……」


 まいったな。

 することがないんだが。

 どうしよう。


「ふふふ。でしたら、今のうちに必要な物を買い揃えてはいかがでしょう」


「必要な物?」


 俺の思考を読んだかのように告げられたその言葉に、俺は首を捻った。

 シスター・マリアは微笑みながら自分の顔を指差す。


「お面、です。大会に偽名で参加なされるのなら、顔を隠すことは必須でございましょう?」


 考えてみればそれは当然のことで。

 わざわざクリアカードまで偽造して名前を偽っておきながら、素顔を晒していたんじゃあすぐに身元はばれてしまう。ローブのフードを被ったところで、それが試合終了まで脱げないはずもない。特に遠距離魔法ではなく、身体強化魔法で動き回る俺のような戦闘スタイルなら尚更だ。

 そんな仮装のような真似事で参加してもいいのか、と聞いてみたら、シスター・マリアからは「大会中はお祭り騒ぎでございますから」と呆気なく許可を頂いた。


 愛用している黒の魔法服に黒のローブ。そしてローブに付いたフードを深く被ってから、俺は教会の裏口から外へと歩き出した。







 外は昨日とは一変して賑やかだった。

 いや、昨日もそれなりに活気づいていたのだが、これは毛色が違う。何というか、観光客っぽい人が多い。日暮れ時にも拘わらず、通りは人でごった返していた。

 なぜ、と思ったが、すれ違う人たちの会話を耳にして理由はすぐに判明した。


「……大会目当て、か」


 皆、2日前に迫ったアギルメスタ杯の話でもちきりだった。知らない名前が次々と挙げられているが、おそらくは出場者なのだろう。それも優勝候補の。ただ、名前を憶えても人相が分からなければ意味はない。すれ違う人とぶつからないように注意しながら歩いて行く。


 教会やギルドのある広場を抜けると、露店も多く見受けられた。これが今日からなのかいつも開かれているのかは分からない。昨日はそんなところまで見ている余裕が無かった。

 食べ物だったり小物だったり。色々な露店が立ち並んでいる。その中で、目的の露店もすぐに見つかった。


「いらっしゃい」


 露店の前で立ち止まった俺を、店番していた男が目敏く発見する。その露店には様々なデザインのお面が吊るされていた。逆に言うと、お面以外は置いていない。そんな露店がやっていけるのだから、大会期間中はお祭り騒ぎで仮装も当たり前、というのは真実なのだろう。

 ……ワールドカップのサポーターみたいなものか。


 そう納得した俺は、遠慮なく露店へと近付いて物色してみる。ただ顔を覆うためだけのお面から、目だけを隠すもの、ふさふさの毛が生えているものまで様々だ。

 ひとまず、俺の顔がばれないようにっていうのが目的だから、余計な装飾はいらない。中途半端に隠れるやつも論外。普通に顔を隠すタイプのものでいいだろう。


 そんな感じで色々と見ていると、店番の男からお面を差し出された。


「兄ちゃんは魔法使いかい? 黒のローブで合わせるならこれなんかどうだ」


 受け取ったお面は真っ黒で、右目から下まで細く白い線が一本入っただけのシンプルなものだった。

 被ってみる。

 思いの外、しっくりきた。視界が狭まり動きにくいかと思ったが、想像していたほどではない。もともとお面を被って荒事に出る機会もあったわけだし、慣れていると言えば慣れているわけだが。

 久しぶりで不安があったのも事実だ。


「良い感じじゃねーか。夜道では会いたくねーな」


 微妙な褒め言葉を頂いた。

 そりゃ全身黒ずくめの魔法使いと夜道で対峙はしたくないだろう。

 試合の時は『黄金色の旋律』として出場するわけだから、師匠と同じ白いローブを着ることになる。どうしようかと一瞬悩んだが、別にカラーリングに意識を割く必要は無い。白と黒ならおかしな感じにもならないだろう。白のラインもちょこっと入ってるし。


 あれ、そういやクランベリー・ハートに襲われた時、手荷物全部、電車に置いたままだったんだよな。あの中にローブとか全部入ってるんだが……。

 ……、まあ、いいか。一応、今着ている魔法服とローブはあるんだし。


 あとは、MCをどうするか、か。

 そんなことを考えながら、店番の男に買う意思を告げる。

 差し出された専用の読み取り機に、カードの裏面を表にしてタッチした。電子音の後、引き去り金額が表示される。


「まいどあり」


 店番の男に別れを告げてその場を去る。

 お面は安かった。

 4(エール)。つまり400円ほどだ。もう少し高いものだと思っていただけに拍子抜けだった。まあ、仮装用の安物ならこの程度だろうか。この値段通りなら耐久性に期待はできない。顔に攻撃を貰わないように注意しておこう。


 来た道を引き返して広場に出る。

 先ほどとは違った妙にざわついた空気に気付いた。


「おい、何かあったのか?」


 近くにいた男を小突いて聞いてみる。


「いてっ、何だお前って黒いな!?」


 ほっとけ。


「いや、ちょっとギルドの中が騒がしいみたいでよ。外まで怒声が響いているんだと」


「怒声?」


 それだけで広場全体がこんなおかしな空気になるのか?


「聞いた話じゃ、さっき牙王が入っていったみたいでな。厄介事にならなきゃいいんだが……」


「……ガオウ?」


 人名、だよな?


「あんた、そんな仮装までして知らないなんてことはないよな? アギルメスタ杯の優勝候補だぜ」


「もちろん知ってるさ。いや、何でこのタイミングでギルドに用があるのかな、と」


「確かにそうなんだ。だからみんな気にしちまってよ。それでこんな状態になってるってわけだ」


 自分で言ったこのタイミングとやらはまったくもって意味不明なわけだが、とりあえず頷いておく。


 どうするか。

 ここから教会へ辿り着くには広場を横断する必要がある。現在、移動している人間はほぼゼロ。男の言う通りみんな様子を窺っているんだろう。

 面倒事はごめんだ。ならば、このまま待つか。その他大勢と同じ動きをしていれば、変な注目は集めないはずだ。


 視線を巡らせてみれば、確かに俺のように仮装している人間はちらほらいる。うわぁ、虹色のローブとかどこの孔雀だよ。ともかく、2日前からこれなら当日も大丈夫だろう。安心した。

 まあ、そうでもなければこんな黒ずくめの服装、速攻通報されたって文句は――、


「出てきたぞっ」


 それはひっそりと、伝言ゲームのように俺の下まで伝わってきた。

 広場にいた人間みんなが、ギクシャクと動き出す。どうやら様子を窺っていたことは本人に知られたくないらしい。……当たり前か。

 つられて俺も歩き出した。ギルドの前を横切らないよう、中央にある石造を軸に迂回するルートを取る。正面からかち合いたくはない。

 石像を盾にして、こっそりとギルドの方へと視線を向ける。


 あくまで自然に。

 軽く視界を流す程度に。

 着流し姿の男を視界の端に捉えた。


 何をしているわけでもない。ただ歩いているだけにも拘わらず、存在感が凄い。

 こいつか。優勝候補。


「――っと」


「お?」


 正面から歩いてきた人とぶつかりそうになり、右に避ける。そしたらぶつかりそうになった人物も避けようとしたのか、同じ方へ身体を向けてきた。


「え」


「むっ?」


 なので、反対側へと向きを変えたら、正面の男も同じように避けてくる。無駄なやり取りを更に2回繰り返し、互い埒が明かないと思ったのか後ろへ一歩下がった。


「やるな」


「そっちこそ」


 何がやるのか知らないがそう答えた。

 中華系の民族衣装を身に纏った青年だった。年は俺より少し年上、20歳くらいだろう。癖の無い長い髪を後ろで結んで垂らしている。整った顔立ちに朗らかな笑みを浮かべる、第一印象で好感の持てるタイプの青年だった。


「イカしたお面だな兄ちゃん。それどこで売ってんの?」


「そこらの露店で売ってるよ。5Eもしない」


 日本語で話し掛けられたので日本語で返す。


「まじかよ。魔法世界へ来た記念に、妹にでも買って帰ろうかね」


「妹がいるのか」


「おう。ぼいんぼいんのな」


 そこまでは聞いてねぇ。てか、ぼいんぼいんて。


「日本語うまいな、あんた」


「そりゃお互い様だろう?」


「確かに」


 そうか。こっちはお面を被ってるんだから日本人かどうかなんて分かりっこないよな。


「いやぁ~、良い感じの殺気だねぇ。ゾクゾクするぜ」


 朗らかな笑みを浮かべたまま、ガオウとやらの方へ視線を向けて青年は言う。

 駄目だ。こっちのルートもハズレだった。

 こいつも出場者か。


「あんたもアギルメスタ杯に?」


 聞いてみる。


「ああ。そっちは?」


 やっぱりそうか。


「観戦」


 とりあえず誤魔化しておく。偽名で出場するわけだし、無用な詮索はされたくない。それに、明らかに好戦的なこいつへ餌を与えてやる必要もないだろう。


「そうか。あんたの身のこなしは中々だぜ。出場すりゃあ結構良い線いけると思うんだが」


「そりゃどうも。だけど、あまり荒事は好きじゃなくてね」


 無難な返しをしておく。青年は「そりゃ残念」と肩を竦めた。


「じゃあ、俺は行くよ」


「ああ、ちょい待ちちょい待ち」


 すり抜けようとしたら肩を掴まれる。


「クルリアってどう行くか知らない?」


「クルリア?」


 ルーナが魔法世界で良く利用している街の名だ。ただ、生憎と知識があるだけで地図として頭に入っているわけではない。


「悪い。分からん。俺も昨日来たばかりなんだ」


「そうか。すまなかったな」


 青年が肩から手を離す。

 俺と青年は、今度こそ別れて歩き出した。

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 よろしくお願いします。

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