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テレポーター  作者: SoLa
第4章 スペードからの挑戦状編〈上〉
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第4話 属性同調と属性共調

「……こんなところで何してんスか? シスター・メリッサ」


 脱力してしまう。

 組み伏せ、フードを剥ぎ取ったその女性は、日本の青藍(せいらん)魔法学園の教会に巣食う不良シスターその人だった。本当に自由過ぎるなこの人は。

 そう思い、悪態の1つでも吐いてやろうと口を開き、


「メリッサ? どなた様のことでございましょう?」


 開いた口が塞がらなくなった。







 魔法世界エルトクリア。

 王家が住まう王城を中心とした、貴族の家々が建ち並ぶ白い山。そしてその周囲を囲う下々の民が暮らす市街地。その中心部を担うリスティル。

 広場の脇に建つ教会には、秘密があった。

 教壇の下の床には、隠し扉。そこからは、長い長い螺旋階段が地下へと続いている。

 そして。


「凄い既視感を覚えるんですけど」


 通された広間に立った俺はそう呟く他なかった。

 青藍魔法学園の教会下に増設されていた訓練場と、ほぼ同じ造りのように見える。

 ただ、あの時と違うのは……。


「それでは、改めて自己紹介しておきましょう」


 紫色の髪をした女性が口を開く。


(わたくし)の名前はマリア・サーシャ。日本の学園でシスターを務めるメリーの双子の姉でございます」


 俺の目の前にいる女性が、シスター・メリッサではないということ。


「えーと、中条聖夜です」


「もちろん存じ上げてございます。貴方様のお話はかねがね」


 とてものんびりとした口調でそんなことを言われる。

 それにしても、俺のお話ってなんでしょう。

 シスター・マリアの隣に立つ師匠に視線を向けてみるが、見事にスルーされてしまった。


「先ほどの手合わせで、おおよその実力は把握させて頂きました。素晴らしい戦闘能力をお持ちでございますのね」


「ど、どうも」


 シスターのくせに人を殺せるだけの技量を持つアンタの方が驚きだけどな。


「ですが、わたくしには無理だと思いますの」


 おっとりとした口調で、シスター・マリアは頬に手を添える。さっきの戦闘で見せられたあの機敏さは欠片も無い。


「アギルメスタ杯までに修得し、あろうことか実戦で使えるレベルまで引き上げるなんて。大会まで残り3日しかないのですのよ?」


「できるかできないかじゃないわ。やらせるのよ」


 シスター・マリアからの抗議の視線を物ともせず、師匠はそう口にする。


「中条様。失礼ですが、貴方様のクラスのほどは?」


「クラス? ……ああ、ClassBですが」


 一瞬、青藍でのクラスを答えそうになったが、ここで問われているのは当然それではないだろう。俺が持つ魔法使いとしての資格を答える。

 シスター・マリアの視線が、再び師匠へと向いた。


「リナリー。分かっておりますでしょう? あの魔法の難度は、RankSなのですよ?」


 その非難めいた口調に、師匠がぶすっとした顔を作る。

 具体的な話はまだされていないが、これから何をさせられるのかについてはおおよそ予想がついた。どうやら、今から俺は新しい魔法を教えてもらえるらしい。そしてその魔法のランクはエスである、と。

 ふむ。


 ……。

 エス?

 S!?


「はあ!?」


 思わず目を剥いた。


「師匠! 俺、RankAの『天蓋(てんがい)魔法』すら発現できないんですけど!!」


「できないことを自慢げに語らないでくれる?」


「事実を主張してるだけだよ!!」


 俺が次に受験する魔法使いの試験・ClassAは、その合格条件の1つに『天蓋魔法が発現できること』とある。

 天蓋魔法とは、頭上に魔法陣を発現させてそこから魔法球をバカバカ打ち出す魔法なのだが、これは膨大な魔力と精密な魔力コントロール、そしてその継続力の必要性から、難度がRankAに設定されている上級魔法だ。

 正直なところ、呪文詠唱ができない俺が無詠唱で発現するのはほぼ不可能であり、半ば諦めている魔法なのだ。

 それでRankA。


 それこそRankSなんてのは、数いる魔法使いの中でもほんの一握りしか発現できない、使用者単独で国家間の戦争の流れを変えられるレベルの魔法である。

 当然、俺なんかが手を出していい領域ではない。


「天蓋魔法が現代式に則った貴方のスタイルでできるとは思ってないわよ。無詠唱でも発現できる魔法ではあるものの、一度も発現したことがない奴がいきなりできるような魔法じゃないしね」


 何か引っかかる言い方だ。俺は師匠のように詠唱しなくても魔法が発現できるんじゃない。詠唱しないで発現できる魔法を使っているだけだ。


「指導してくれるってのはありがたいですが、流石に俺には荷が重過ぎますよ」


 ここは丁重に断っておこう。

 上級魔法は確かに魅力的だが、ハンデを抱えた俺ができるとは思えない。ましてや大会まで3日と迫った現状で手を出していいものじゃないだろう。


「まあまあ話は最後まで聞きなさいな」


 なのに食い下がってくる師匠。何なんだいったい。


「マリア」


「仕方がありませんね」


 師匠からの声掛けに、シスター・マリアが小さくため息を吐いた。


「中条様、少し離れてくださいますか?」


「は、はあ」


 言われた通りに後ろへ下がる。2,3歩下がった所で止まったら、「もう少しもう少し」と師匠に言われたので更に下がった。


「今から魔法をお見せ致します」


 そう言い、シスター・マリアが目を閉じる。


「『迅雷の型(イエロー・アルマ)』」


 青白い閃光が奔った。バチッという音が断続的に鳴り響く。

 これは……。


「雷属性の全身強化魔法ですね」


「その通りでございます」


 身体に電気を纏わせた状態で、シスター・マリアが頷いた。

 直接詠唱で全身強化ができるとは。シスター・メリッサといいこの人といい、魔法使いのシスターとやらは皆こんなにレベルが高いのだろうか。


「属性付加をさせた身体の強化魔法。そしてその効力を全身に及ばせる魔法のランクは『A』に認定されているわ」


「知っています」


 師匠の解説に答える。

 師匠の視線がシスター・マリアへと向いた。


「それでは、RankSの魔法へ移りましょう」


「へ?」


「『雷化(デルティオウス)』」


 突如、身体が吹き飛ばされる感覚。どうやらシスター・マリアを中心として、不可視の衝撃波が展開したらしい。師匠は片手で払ったようだが、不意を突かれた俺は後方へと吹き飛ばされた。身体強化魔法を発現し、体勢を整えてから着地する。


 凄まじい轟音が耳を襲う。

 耳を手で押さえながら視線を戻すと、そこには先ほどまでとは比にならないほどの電流を携えたシスターがいた。自らが発現している威力に耐えかねたのか、フードは吹き飛び、その長い髪の毛が好き放題の方角へと荒れ狂っている。

 しかし、それも長くは続かない。凄まじい音と閃光は徐々に徐々にその猛威を落ち着かせ、シスター・マリアの身体へと馴染んでいく。圧倒的なまでの魔力が収まったわけではない。シスター・マリアが発現させた魔法の脅威は、まったく消えていない。

 ……飼い馴らしたというのか。あれだけの魔法を。


「これが、RankSに登録されている超上級魔法。属性同調(ぞくせいどうちょう)でございます」


 シスター・マリアの口調は、魔法を発現する前のそれと変わりない。


「……属性同調? 身体強化魔法の強化版ということですか?」


「派生形ではあるけど、強化版とはちょっと違うわね。強化という言葉を使うなら、属性同調は属性付加の強化版よ。見てなさい」


 師匠が手を振る。

 眩い光の剣が発現された。

 そして。


「ちょっ!?」


 問答無用でシスター・マリアの脇腹を穿った。


 制止する暇はなかった。

 光の軌跡を残して剣が貫通する。シスター・マリアの身体に風穴が空いた。


「なっ、なんてこと、……を?」


 駆け寄ろうとしていた足が止まる。

 シスター・マリアは倒れなかった。

 それだけではない。

 平然とその場に立ち、微笑みすら浮かべている。


「これは……」


「言葉通りの意味。これは『同調』」


 師匠は言う。


「今のマリアに実体は無い。あらゆる物理攻撃をいなし、受け流す。再生しているわけじゃない。そもそも、マリアの身体は破壊されていないから」


 身体に空いた風穴が、見る見るうちに塞がっていく……。


「聖夜、構えなさい」


「え?」


 師匠が何かを言った。

 その直後。

 パチリ、と。

 目と鼻の先で、何かが弾ける音。


 ……。







 ……い。


「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 激痛で思考がいっぱいになる。慌てて起き上がろうとして再び激痛が走り、そのまま蹲った。


「寝てんじゃないわよ。猶予なんてほとんどないんだから」


 頭上から、声。

 涙目でそちらに目を向けると、師匠が呆れ返ったといった表情でこちらを見下ろしている。


「……な、何なんですか。いきなり」


 というか、身体中が痛いんだが。いったい何があった。


「なに? 貴方、何も憶えてないの?」


「憶えてないって、……何の話ですか」


 こっちはいきなり暴力を振るわれて何が何だか分からないんだよ。

 最悪の目覚めだ。

 ……?

 目覚め?

 視線を動かすと、少し困った表情をしたシスター・マリアがいた。


「記憶までトんだのか……。勘弁してよ。RankSの不意打ちとはいえ、意識くらいは保っておいてくれなきゃ」


 その隣で師匠はため息を吐きながらそんなことを言う。

 とりあえず俺は今とても理不尽な要求をされている、ということだけはよく分かった。


「属性同調の威力は理解できたかしら? それとも、もう一度その身に喰らって確かめてみる?」


「……属性、同調? ……、……あ」


 引っかかった単語を口にしてみて、思い出した。

 そうか。俺は……。


「気絶したんですか。俺」


「申し訳ございません。まさか一切の抵抗もなされないとは思いもしませんで」


 シスター・マリアが本気の謝罪をしてきた。いや、抵抗する暇も与えてくれなかったじゃないですか。


「ま、思い出したのなら話は早いわ。これで分かったでしょう? 属性同調とは、その名の通り属性と同調し、身体を流動的なそれに変質させる。身体強化魔法の派生形の1つね」


 簡単に言ってくれるが、それはものすごいことなのではなかろうか。流石はRankSの魔法である、と言わざるを得ない。これが身体強化魔法の派生形の1つ、か。

 ……1つ?


「そして、それと双璧を成す難易度を誇る派生形がもう1つ」


 師匠の合図に、シスター・マリアが応えた。


「『迅雷の型(イエロー・アルマ)』」


 雷の属性が付加された全身強化魔法が、シスター・マリアの全身を包み込む。

 そして。


「『業火の型(レッド・アルマ)』」


 そこにオレンジ色の炎が加わった。


「は?」


 思わず顔を背けたくなるほどの閃光と熱気が発現される。

 青白い閃光と、オレンジの炎。

 この2つがシスター・マリアの全身を縦横無尽に駆け巡っていた。


「2つの属性を、……一度に?」


「そう」


 師匠が頷く。


「それは、できないはずじゃあ……」


「できないわよ。常人にはね(、、、、、)


 素っ気ない調子で師匠は言った。


属性共調(ぞくせいきょうちょう)。異なる2つの属性を同時に発現させ、調和させる技法。属性同調のように、身体の実体を失くすことはできないわ。2つの属性の拠り所となる基点が必要だからね。もっとも、その2つの属性によって生み出される威力は、属性同調にも引けをとらないものだけど」


 師匠からの説明を受けながら、属性共調を発現しているシスター・マリアを見る。

 雷の属性付加によって、この人の身体能力は飛躍的に向上しているはずだ。おまけに雷には相手の身体を痺れさせる付加能力もある。そして火の属性付加によってもたらされるものは、言うまでも無くその圧倒的なまでの攻撃力。火傷を負わせる付加能力もあるときた。

 その全部で4つの特性が、同時に扱えるということ。


「……す、すげぇ」


 そんな感想しか出てこなかった。

 シスター・マリアの身体では、異なる2つの属性が見事に発現され、調和されている。

 属性付加って、こんなこともできるのか。

 属性をうまく組み合わせれば、お互いの属性が抱える弱点をうまくカバーできるかもしれない。戦闘における選択肢も格段に増えるだろう。


「これから貴方に教える魔法は、貴方が得意とする身体強化魔法の派生形」


 シスター・マリアが魔法を解除したのを確認し、師匠が口を開いた。


「属性同調と属性共調。共にRankSの超上級魔法。これはもう努力すればどうにかなるレベルじゃない。限られた一握りの魔法使いだけが到達できる、身体強化魔法の極み」


 その言葉に、身体が震える。


「これを、3日で貴方の身体に叩き込む。できるできないじゃない、無理矢理叩き込む」


 ……。

 ……鳥肌が立った。


「え……、い、いやいやいや。確かに凄い魔法だし使えるようになりたいとは思いますよ? 思いますけど流石に3日は無理というか凄い魔法だからこそもっとじっくりと時間を掛けてですね」


「うるさい」


 文字通り一蹴される。


「今回、わざわざ魔法世界まで足を運んだ理由は1つだけ。貴方に高レベルの実戦経験を積ませること。魔法大会は良い機会だったってことね。貴方にはそこで優勝を目指してもらう」


「もちろん参加するからには全力を尽くしますが、だからといって」


「言ったはずよ。優勝が目的なの。今の貴方の実力でできるとでも思ってんの?」


 ……。


「大会には、貴方の想像を遥かに上回る強者がぞくぞくと参戦してくるわ。それこそ、RankAの魔法を軽々と使ってくる奴らがね。呪文詠唱ができない、ただの身体強化魔法しか使えない貴方がそこで勝ち抜けると思う?」


 ……。

 それは、……無理だろうな。

 こっちで命を懸けて魔法を使ってる奴らが参戦するんだもんな。強いのは当たり前だ。


「優勝の褒美は受け取らなくていいから。とにかく優勝して戻ってらっしゃい」


「賞金はいらない、と? 結構な額だったと記憶してますが」


「違うわ」


 師匠は首を横に振った。


「トランプと戦う必要は無いって言ってるの。デメリットの方が多いしね。どのみち、RankSの魔法を習得しようがしまいが、付け焼刃程度じゃ勝てはしないわ。不可能なことを無理矢理やらせるほど、私は鬼畜じゃないし」


「……どの口が」


「何か言ったかしら聖夜ぁ?」


 口が滑った!?


「え!? えーとそうだ!! ぞ、属性同調と属性共調の両方を一気にやるんですか?」


「……そんなことできるわけないでしょ。片方に絞るわよ」


「そ、そうですか」


 まだ何か言いたそうにしていたが、とりあえずはうまく話を逸らせて良かった。


「えーと、それでどっちを」


「それを今から貴方に決めてもらう」


 それは、どっちがいいかを意見していいということだろうか。


「それじゃあ……」


「ストップストップ。別に貴方の意見を聞きたいわけじゃない」


 へ?

 俺を見る師匠の笑みに、影が宿った。


「どちらとの相性が良いのか。聞くのは貴方の身体に、よ。言ったでしょう? この3日間で、貴方には地獄を見てもらうって」


 あ、終わったこれ。死んだわ間違いなく。

 俺はそう直感した。







 魔法世界の中心地、その頂点にそびえ立つ王城。

 その土地には、王城の他に三本の塔が立っている。

 うち1つ、『ベニアカの塔』と呼ばれる塔の一室に、魔法聖騎士団(ジャッジメント)の1人が訪れた。


「入れ」


 ノックの音に、部屋の、そしてこの塔の主が応える。


「失礼致します」


 団員が扉を開けて一礼した。

 塔の主は鷹揚な態度でそれを迎え入れる。


 金髪碧眼。

 髪を後ろで結い上げた妙齢の女性は、艶やかな真紅のドレスを身に纏い、大きめのソファにしな垂れかかるような姿勢で腰掛けていた。


「ガルルガ様。シャル様より入電です」


「なんじゃと? ここに直接繋げばよかろう」


「シャル様の話では、繋がらないとのことでしたが」


「……あぁ」


 団員の言葉に、ガルルガと呼ばれた女性は何かを思い出したかのように立ち上がった。その動作に応じるようにして豊かな胸が揺れたが、常日頃から鬼のような指導を賜っている団員は鋼の精神で視線を明後日の方へと向ける。

 ガルルガは手にしたクリアカードを弄びながらソファへと座り直した。

 そして。


「繋げ」


「承知致しました」


 団員がガルルガのもとへと歩み寄り、自らのクリアカードを取り出す。

 左目にモノクルをはめた男性が、すぐさまホログラムとして映し出された。


『ガルルガ様』


「許せ。スペードの奴がうるそうてかなわんのじゃ」


 クリアカードを自らの胸元へしまいながらガルルガがしかめっ面で答える。通信相手であるシャル=ロック・クローバーは、やれやれとため息を吐いた。


『お察しは致しますが……』


「結構」


 シャルが続きを口にする前に、ガルルガは強引にその話を打ち切った。


「それでどうなっておるのじゃ。ハートへ一向に連絡がつかん」


『少々難航しておりまして』


 今度はシャルが顔をしかめる。


「わらわは“旋律”をここへ連れてこいと申したはずじゃが」


『存じております』


「して、状況は」


『“旋律(メロディア)”リナリー・エヴァンス、以下、“白影(ホワイトアウト)”中条聖夜、“元ユグドラシル「鏡花水月(キョウカスイゲツ)」”鑑華美月、他「黄金色の旋律」の構成員と思われる少女1名が逃走中です』


「逃走?」


 報告にガルルガは眉を吊り上げた。


「あやつにも罪悪感とやらが存在したのか? これはけっさくじゃな」


 くっくっ、と笑いを漏らしながら言う。


「まあ、大方ユグドラシルを連れておるからじゃろうな」


『でありましょうな』


「小僧は転移能力を有していると聞くが」


『その能力を存分に発揮されたようで』


「なるほど。では、完全に撒かれたということじゃな」


 ガルルガは深くため息を吐きながら手を彷徨わせる。そして、手探りで引き寄せたキセルをゆったりとした動作で口に運んだ。


「それがギルドへの通達に繋がるというわけか?」


『良くご存じで』


「謀るでない」


 煙を吐きながらガルルガはシャルを睨み付けた。


「通達はすぐに取り下げよ。民の血税をこのような児戯に充てるなど言語道断じゃ。万が一、陛下に知られてみよ。折檻ものじゃぞ」


『それでは“旋律(メロディア)”の行方を追うのが難しくなりますが』


「その件は、引き続きハートに一任する」


『しかし』


「くどい」


 シャルの申し出をガルルガが両断する。


「陛下の手をこれ以上煩わせるでない。あれは今がもっとも不安定な時期なのじゃからな」


 シャルが押し黙った。

 それを横目で見据えつつ、ガルルガはじっくりと肺に煙をため込む。


「聞けば、中条とやらはアギルメスタ杯に参戦するそうな。ならば詳細はその時にでも聞けよう」


『……承知致しました』


 クランベリー・ハートからリナリー・エヴァンスと軽く戦闘になったことを聞かされていたシャルからしてみれば、このような状況下で『黄金色の旋律』の構成員である聖夜が大会に参加してくる姿は想像できない。ただ、これ以上話をややこしくする必要は無いと判断し、シャルは頭を下げるだけに留めた。


「スペードの気まぐれがこのような形で役立つとはの」


 キセルを手で弄びながらガルルガは言う。


『ところでウィルは……』


「知らぬよ」


 質問にガルルガが鼻を鳴らした。


「キングへ具申するまでもなかろうて。今頃ジャックが払っておるところじゃろう。枠はとうに決まっておる」


『それでは』


「『トランプ』からはエースが出る。これは決定事項じゃ」


『左様ですか』


 質問でありつつも単なる答え合わせとしての意味合いが強かったのか、表情を変えることなくシャルは頷いた。


「それにしても。なかなかに興味深いカードじゃとは思わんか?」


『何の話でしょう』


「とぼけるな。小僧とエースの話じゃよ」


『まだ大会は予選すら行われておりません。決戦カードの断言は、いささか性急すぎるのではと愚考しますが』


「体裁はよい。そなたも気にならぬか? かの賢者が定めた『目録』の1人。それも報告が本当ならば、その中でも更に特殊な奇跡の魔法の使い手じゃ。それこそ、脚本家(ブックメイカー)と並び称されるほどのな」


『その報告では、蟒蛇(うわばみ)(すずめ)によって破られた、ともありましたが』


「……あの狂犬も、折を見て処分せねばならんの」


 深く息を吐きながらガルルガは言う。


「よりにもよって(くだん)の組織の傘下に入ったか。首を殺ぐ大義名分ができたと言えば聞こえはいいかの。どうじゃクローバー。そなた、討伐してみるか」


『陛下の命とあれば、すぐにでも』


「うむ」


 形式的な答えではあったが、一応の満足を得たガルルガが軽く頷いた。


「ともあれじゃ。2枚が心躍るカードであることに違いは無い。神の領域に足を踏み入れし魔法使いと、古の魔法を携えた人外の魔法使い。強いのはどちらかの」


 音も無くガルルガは笑う。

 その問いには答えることなく。

 シャルのホログラムは一礼して、団員の手にするクリアカードの上から消えた。

次回更新予定日は、6月10日(火)です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 双子の姉が属性共調も同調も使えるなら、妹の不良シスターも扱えると考えられるから、そりゃ蟒蛇の襲撃をネットサーフィンしてて気づかなかった。は師匠に殴られるわな……
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