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テレポーター  作者: SoLa
第3章 魔法文化祭編〈下〉
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第17話 それは405号室で。




 一晩のうちに、何もかもが変わってしまったようだった。まあ、実際に色々と俺を取り巻く環境は変化してしまったわけだが。


 405号室。

 青藍魔法学園にある寮棟で、俺のために割り振られた部屋だ。

 自室にも拘わらず、俺はその扉をノックする。しかし、返事は無かった。もう一度ノックするが音沙汰無し。強めにノックしてみても結果は一緒だった。

 少し考えた後、ドアノブに手を掛けて勝手に扉を開く。


 いつもの俺の部屋とは思えない、太陽の香りがした。


 部屋に1つだけある窓は開け放たれていた。寒かった昨晩から一転し、陽気で暖かな風が部屋へと吹き込む。真っ白なカーテンがそれに乗ってそよそよと揺らいでいた。


 窓際。

 窓と直角になるよう設置されたベッド。

 ベッドの上に、彼女は腰掛けていた。

 ルーナ特製の魔法薬(ポーション)は、きちんと効力を発揮したようだ。パッと見たところ、特に外傷らしい外傷は見当たらなかった。アメリカの母譲りの金髪が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。顔は窓へと向けており、その表情を窺い知ることはできない。


 それでも。

 普段のあのハツラツとした彼女を見慣れているだけに、その姿は酷く寂しそうに見えた。


「……鑑華」


 どうしようかと一瞬戸惑ったものの、このまま何も言わずに退出するのもアレなので声を掛けてみる。たっぷりと間を置いた後、鑑華はゆっくりとこちらへ振り向いた。


「……え?」


「よお」


「……、あ、……せっ、聖夜く――!?」


 俺の名前を呼び終えるより先に、鑑華は布団の中へと潜り込んでしまった。


「お、おい……?」


 突然の奇行に理解が追い付かない。


「あぁ……、そうか。そういえばもう鑑華じゃないんだっけ?」


 そんなどうでもいいことが頭を掠めた。

 鑑華美月は偽名だった。こいつの名前は鏡花水月で――、いやちょっと待て。これも偽名だよな。じゃあ何て呼べば?


 そこまで考えたところで、それは後回しでいいかと思い直す。

 今は、それ以上に大切なことを伝えに来たのだ。


「鑑華……」


 もう一度、その名を呼ぶ。

 鑑華は、一向に布団から顔を出さない。ただ、それでもいいと思った。相手が俺を見ているかどうかは関係無い。

 大切なのは、こちら側の、誠意。


「ありがとう」


 あの時、ちゃんと伝えられなかった言葉を。

 俺の言葉に、目の前にある布団の山がピクリと震えた。

 声が届いていると分かっただけでも良しとするべきだろう。


「俺は、……ごめんな。お前の行動の意味を、何一つ見抜いてやれなかった。いつも面倒臭そうにあしらうだけで、お前の真意を、何1つ理解してやれなかった。それなのに」


 あの状況下で。

 あの発言をすれば。

 あの行動をとれば。

 どうなるかなんて一目瞭然だっただろうに。


「お前は自分の組織を裏切って、俺の味方をしてくれた」


 鑑華の判断基準がどこにあったのか、俺には分からない。

 学園でそれらしい行動を俺は取った覚えがない。


 それでも。

 悪くない、と言ってくれた。

 関係ない、と言ってくれた。


 あの時。

 俺は、鑑華からの忠告無く一獲千金から襲撃を受けたとしても、おそらくは無事に切り抜けることができただろう。多少の痛い思いをしたかしなかったか、その程度の違いだ。それほどの実力差が、あいつと俺の間にはある。

 けれど、俺が今言いたいのはそんなことじゃない。


 俺が何よりも嬉しかったのは。

 不意打ちを受け、血を吐き、喋ることも辛そうだったあの時に。


 それでも俺に、にげて、と言ってくれたこと。

 だからこそ。


「ありがとう」


 頭を下げる。

 深く。

 深く。


 見られてはいない。

 それでも。

 深く。

 深く。


 見られていないからこそ、照れくさい言葉も、言える。


「お前と友達になれて、本当に良かった」


 ガタリ、と。

 ベッドが揺れた。

 しかし、鑑華が布団から出てくる気配はない。


 ……。

 もう少し、時間を空けるべきだっただろうか。


 ルーナから連絡をもらい、真っ先に教会からやってきてしまった。扉の前で待っていたルーナには「わたしはとてもふきげんだぞ」的な視線を頂戴しつつも、寮棟からご退出願ったわけだが。今頃は、美麗さんに連れられて教会にいる師匠のもとへ辿り着いた頃だろう。

 タイミングを間違えたか。波乱の文化祭を終えた翌日、それも早朝。気持ちの整理もついていないだろう。礼を言いに来た身で相手の気分を損ねているようでは本末転倒というものだ。


 また改めて出直すべきか。

 いつまでも俺の部屋で寝かせてはおけないが、まだ病み上がりだ。もう少し時間を空けてから、もう一度来ることにしよう。


「急に悪かったな。変なこと言って」


 それだけ告げて、踵を返す。

 ひとまず教会に戻ろう。そう思い、扉に向かって歩き始めたところで。


「……聖夜、君」


 その呼び声に、振り返る。

 見れば、布団から鼻より上の部分だけ出してこちらの様子を窺う鑑華の姿があった。その代わり映えのしない顔を見て、こちらがほっとしてしまう。何だかんだで、色々と不安だったのかもしれない。


 ……。

 少しだけ間が空いた。

 鑑華は、何かを言おうとしては目を瞑り、何かを言おうとしては目を瞑りを繰り返しているようだった。

 俺はと言えば、急に呼び止められたため顔だけ振り返っている状態だったが、改めて鑑華の方へと向き直る。


 待っておこうと思った。

 言いたいことがあるならば。

 急かすようなことはせずに、こいつのペースに合わせてやろうと思った。


 穏やかな風が、部屋へと入り込んでくる。

 そういえば、カーテンも窓も開けるなってルーナには言ってたんだけどな。まあ、病人がいる部屋でそれは不健康か。 


「……ほんとう?」


「え?」


 そんなことを考えているうちに、鑑華は注意しないと聞こえないほどのか細い声で呟いた。


「……私と友達になれて良かった、って。……ほんとう?」


「あ、あぁ。もちろん」


 いきなり何を聞いてきたかと思えば。

 それはもちろん、俺の本心だ。

 むしろ、今まで冷たく当たってきたくせに掌を返したかのように優しくなった俺を許して欲しいと思う。

 ただ、今告げるべき言葉はそんなものじゃないことくらい、俺でも分かる。


「学園でのお前の態度は、俺の周辺を調べるための振りだったんだろうが……。それでも、俺はお前とこうして友達になれて良かったと思っている。そして、……できれば、これからもそうあって欲しいと思う」


 俺の言葉に、鑑華の目が見開かれた。

 滅茶苦茶恥ずかしいセリフではあったが、質問をされた以上、これはどうしても答えておきたかった。

 伝えておかないと、鑑華がいつの間にか俺の前から消えていなくなってしまいそうな。

 今までは感じていなかったが、そんな予感が俺の中にあったのかもしれない。


「でっ」


 鑑華が言葉に詰まる。

 で、って何だ?


「でもっ、私っ、これからねら、狙われるかもしれないしっ!! そ、それにっ!! そのっ、……聖夜君の近くにいたら、……えと、迷惑に、なると……」


 それでも無理矢理捻り出したのか、俺が何かを言う前に一気に捲し立てるように言う鑑華。しかし、徐々に尻すぼみになっていくセリフ。最後の方は、本当にただごにょごにょ言っているだけに聞こえた。


「はぁー……」


 ひとまず、こいつが何を心配しているかは理解した。同時に、俺の予感が寸分の違い無く当たっていたことを理解する。

 良かった。ここで引き留めておかなければ、鑑華美月という少女はここから自然消滅してしまっていたのだろう。

 なおもぶつぶつ呟いている鑑華を見て、やや大袈裟にため息を吐き出す。それでこちらに目を向けた鑑華に歩み寄り、手を伸ばした。


「気にすんな」


 ぐしゃりと。

 やや強引にだが頭を撫でてやる。


 最初は驚いたようで「うひゃあ!?」という奇声を上げて震えていたものの、少しずつ落ち着きを取り戻したのか、顔を赤らめながらも気持ち良さそうに目を細めてくれた。

 本当、いつもの姦しい鑑華を見慣れているだけに、調子が狂う。


「気にすんな」


 だからこそ、こちらの気恥しさを悟られぬように、もう一度言う。

 今度は、より明確に。


「お前は俺を守ってくれた。だから今度は俺の番だ。安心しろ。どこの誰が出てこようが、お前のことは必ず俺が守ってやる」


「……せ、聖夜君」


「だから、心配すんな」


 最後にポンと頭を叩き、手を離す。

 うん。滅茶苦茶臭いセリフを吐いた気がする。ついでに泥まで吐けそうだ。


「ま、まあ、男が女の子に守ってもらっちまった時点で、安心しろとか大それたこと言えた立場じゃないんだけどな。ははは!!」


「うぅん……、そんなそんなことないよ」


 鑑華は、静かに首を横に振った。


「そんなこと、ない」


「……そ、そうか」


 照れ隠しで漏らした軽口を潤んだ瞳で否定され、完全に泥沼に嵌っていたことを悟る。

 駄目です師匠。助けてください。布団からちょっとだけ顔を覗かせてくる女の子って破壊力抜群です。ごめんホント俺耐性無いからそういうのやめてマジおちちゃうおちちゃう。


「……聖夜君」


 悶え死にそうになっていたが、名前を呼ばれたことで何とか立て直す。口元は布団で隠したまま、ほんのりと頬を染めて鑑華は続ける。


「私、一緒にいていいのかな。聖夜君と、これからも一緒にいていいのかな」


「もちろん。……て言うか、何度も言わせないでくれ。流石に恥ずかしい」


 多分。

 俺は一生、主人公にはなれない。

 この悶えそうな空気には耐えられそうにない。それはこれから先もずっと変わらないだろう。


「聖夜君」


「何だ?」


「あのね?」


 もう一度俺の名を呼ぶ鑑華を見る。


「私ね。……振りなんかじゃなくて、本当に貴方のこと好きになっちゃったみたい」

第3章 魔法文化祭編〈下〉・完

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