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テレポーター  作者: SoLa
第3章 魔法文化祭編〈下〉
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第14話 狂気




 闇夜に溶け込んだ黒き一撃を、俺は“神の書き換え作業術(リライト)”で回避した。

 いや。


 “神の書き換え作業術(リライト)”でしか、回避できなかった。


「……誰だ、お前」


 問う。

 口に出してみて、初めて俺の声が震えていることに気が付いた。


 内心で驚く。

 声が震えていることもそう。


 ただ、それ以上に。

 通常の倍以上の(、、、、、、、)距離を転移し(、、、、、、)間合いを大きく(、、、、、、、)広げた自らの(、、、、、、)行動に(、、、)俺は何よりも(、、、、、、)驚きを(、、、)隠せなかった(、、、、、、、)


 嫌な汗が頬を伝う。

 呻く褐色の男の脇に、1人の女が立っていた。黒髪を腰あたりまで伸ばし、身体にぴったりと張り付くような、真っ黒な魔法服に身を包んだ女だ。

 女の、大きなクマがある目がこちらを射抜く。


「っ」


 ざわり、と。

 全身の毛穴が逆立つ感覚。


 無意識のうちに震えだしていた自らの肩を抑えつける。

 女はそんな俺に興味を失くしたのか、何を発するわけでもなく視線を自らの真下へと移した。気怠そうな表情で口を開く。


「なぁーに簡単にヤられちゃってるの? 馬鹿じゃない?」


 心底、軽蔑するかのような声色だった。


「……、がう、ぐつつつつ、っ!? 必衰ぃっ!!」


 痛みを必死に押し殺そうとする声で、褐色の男が口にする。


 ヒッスイ。

 必衰。

 またお仲間ということか。


「……誰だ、お前」


 もう一度、問う。

 女は気怠そうな視線をゆっくりと俺へと戻した。


「んー? うふふふふー」


 間延びするような声で。

 おかしくてたまらないといった表情をして。


「そうねぇー」


 女は、真っ赤な舌をチロリと出してこう言った。


「謎の秘密結社・ユグドラシルの幹部、コードネームは盛者必衰(じょうしゃひっすい)蟒蛇(うわばみ)(すずめ)ちゃんでぇーす!! ありゃ、本名言ったら意味無いんだっけか? あははははははは!! 間違えちゃったー!!」


 狂気。


 この女は。

 自分とは。

 根本的に。

 何かが。

 違う。

 違うんだと。

 そう。

 そう一瞬で。

 そう悟ってしまうほどの。


 禍々しいオーラ。

 吐き気がするほどの、濃密などす黒い魔力。


「貴方が噂の中条聖夜なわけ?」


 女が聞いてくる。

 俺のことを知っている。


 つまり。

 こんな人間が。

 本当に。

 人間かどうかも分からないような生物が。


 俺を、

 狙っているのか?


「……そうだ」


 肯定する。

 ここで吐く嘘に、意味など無い。

 名前が知られている時点で、向こう側が掴んでいるのはそれだけじゃないと考えるべきだ。おそらく、俺の素性についてもそれなりに調べられているはず。

 そうでなくとも、女は蹲る褐色の男と繋がりがあるように見える。

 つまり情報があろうがなかろうが、遅かれ早かれ俺の素性は突き止められるということ。


 ならば。

 今、俺がここで取るべき手段は――――。


「……っ」


 自らの腕に伸ばした手が、空を切る。

 そうか。MCは破壊されて無いんだった。


 いや待て。

 この女は、自らの魔力を抑制した状態で勝てる相手か?


 そうじゃねぇ。

 そうじゃねぇだろう。


 短く息を吐く。

 黒い魔法服を纏った女は微動だにしない。こちらを値踏みするかのような視線で、俺の身体をゆっくりと見渡している。

 後退しそうになる足を、何とか踏み止まらせる。逃げるわけにはいかない。


 俺や会長、蔵屋敷先輩が一堂に会したチャンスを最初から襲撃しなかったのは。

 通話先で片桐が必死に戦っていた理由とは。


 一獲千金。

 合縁奇縁。

 鏡花水月。


 あいつは、逃げなかった。

 瀕死の傷を負っても、俺を庇ってくれた。


 そうだ。

 たとえ次の瞬間に絶命してしまおうとも。


 ここで。

 この女を止めることができれば。


 鑑華は、救えるかもしれない!!


「ああああああああああああああああああああっ!!!!」


 咆哮。

 自らを鼓舞し、地面を蹴る。

 一瞬で距離を詰め、拳を放った。


「うぅーん。何か思ってたのと違うなぁ」


 俺の拳を軽々と躱した女は言う。


「何て言うかさぁー。全然そそられないんだけど」


「舐めんなっ!!」


 蹴りの予備動作をしつつ、“神の書き換え作業術(リライト)”を発現する。

 振り被る動作を見せることで、相手に次は蹴りを放つと教えてやる。

 その上で、その動作をキャンセルし手刀を薙ぐ。


 本来ならば、絶対にあり得ない角度から。

 本来ならば、絶対にあり得ない姿勢から。

 本来ならば、絶対にあり得ないタイミングから。


 女の腕を切断するコースを、俺の手刀が捉える。


「おんもしろいねぇ、それ」


 女の腕は、切断されなかった。


「まるで時間が跳んだみたいな動き」


 否。


「転移魔法?」


 避けられた。


「がっ!?」


 視界がブレる。

 痛覚が荒れ狂うように仕事を始めたところで、俺はようやく脇腹を蹴り飛ばされ地面に転がったことを悟った。


「ぐあっ、あ!?」


 視界がにじむ。相当な威力の蹴りを喰らったらしい。


「信じられない、って顔ね」


 追撃は仕掛けて来ない。

 ケラケラと嗤いながら女は言う。


「自分の能力が最強だと思ってた? 回避不能の神の御業だと? あはは、馬鹿言わないでよねぇー。それが魔法である以上、事象を改変するには魔力が必要。なら、その魔力のたわみを感じ取ることができれば、避けることだって可能なわけ」


 鈴の音が、鳴る。


「あー?」


 緩慢な動きで、女は音の発信源に目をやった。


「ちっ、勝手に逃げ出しやがって。アタシゃあんたのお目付け役だってのに。勝手に逃げ出されちゃ困るんだっての呵成(かせい)ちゃんよぉー」


「っ、ま、待て!!」


「はいはい。貴方は後で遊んであげるっての」


 そう言いながら、女は突如として原形を失った。


「なっ!?」


 痛みすら忘れ、絶句する。

 消えた!?

 あいつも転移魔法を!?


 いや、……違う?

 違う、違うぞ。

 あれは転移魔法じゃない。

 消えたというより、あれは……。


「く、くそっ!?」


 頭を振り強引に思考を切り替える。

 そんな馬鹿なことを考えている余裕はない。


 あいつはやばい。

 何としても、あいつがルーナや鑑華のところへ辿り着く前に止めなければ!!







「っ、はぁっ、はぁっ!!」


 片足を不能にされた一気呵成(いっきかせい)は、倒れ込むようにして転移先の地面へとへたり込んだ。


「ぐぅっ、く、くそぉ、……あの、餓鬼っ」


 蟒蛇雀が来なければ殺されていた。

 それを認めざるを得ないほどの圧倒的実力差。

 実力の一端を垣間見ただけで敵わないと悟らされた現実。

 理解不能の能力によって自らの足を使用不能にされた屈辱。

 その全てが、呵成の持つ高いプライドをズタズタに切り裂いていた。


「くそっくそっくそおおおおおおおおおおおおっ!!」


 痛みに脂汗が滲む。

 呵成は高度な治療魔法が使えない。

 回復系魔法は水属性がほぼ独占しているのが現代の魔法であり、呵成に水属性のセンスは無かった。応急処置として何かをしようにも、身体の内側から破壊されている現状ではどうすることもできない。


「はぁ、はぁっ、……はぁっ」


 そこでようやく周りを見渡すだけの余裕が生まれた。

 ここはまだ青藍魔法学園の敷地内。無論、意図してこの場所を選んだわけではない。咄嗟に移動先へ指定されたのがここだったというだけだ。


 その機敏性の無さという欠点から一気に追い込まれた呵成の持つ無系統魔法だが、聖夜のそれよりも優れている点はもちろんある。

 それは『(ゲート)』を開く先にある障害物を、開く段階で自動的に検知し避けてくれる点だ。

 聖夜の『神の書き換え作業術(リライト)』では指定した転移先に障害物がある場合、問答無用でそれを押しのけて転移することになる。リナリーが『書き換え』と命名した際、聖夜が納得してそれを自らの技名として受け入れたのは、まさにそのためだ。

 だからこそ、転移先には細心の注意を払う必要がある。物があれば破壊してしまうし、最悪それが人であった場合、死なせてしまう可能性もあるからだ。

 対して、呵成の扱う『(ゲート)』にそのような心配はいらない。転移先へ『(ゲート)』を発現させるプロセスに、障害物を検知したら自動で避けるよう組み込めるからだ(もちろん、組み込まずに強引に『(ゲート)』を開くこともできる)。

 その為、呵成はこの能力を使う際に、綿密な座標計算をする必要が無い。咄嗟の判断で逃亡に利用した今も、彼は聖夜ほどのリスクは負っていない。


 但し。

 考え無しで使用した以上、望まぬ場所へと移動してしまうことは当然あり得る。


「……え?」


 呵成の視線の少し先には、青藍魔法学園の正門があった。

 その横には24時間体制で監視を続ける守衛室がある。

 そこまではいい。

 無系統魔法・(ゲート)を使用する呵成からすれば、出口から出る必要はまるで無いわけだが、差し当たり困るようなことではない。


 問題なのはここから先。

 開け放たれた守衛室から漏れ出る人工の光。その光が照らす光景。

 この学園を、呵成のような侵入者から守る為に監視を続けていたはずの守衛2人が、うつ伏せになって転がっていた。

 呵成たちは何もしていない。学園の侵入に正門を使う必要は無かったし、守衛の見回りのスケジュールもあらかじめ念入りに調べ上げていた呵成たちからすれば、彼らは何の脅威にもならず放置して構わない存在だった。


 そこで、ここが呵成の望まぬ場所であったという話に戻る。

 彼にとって何より問題だったのは。


 伏す守衛の近くに立っていた1人の女性だった。


「……っ」


 いつからそこに立っていたのか。

 その場で自分を見ている人間がいることにすら気付けなかった自分に、呵成は驚きを隠せなかった。

 応急処置もできずに、ふと目にした守衛たちの光景に目を奪われていたが故か。

 それでもその存在をまったく察知できないほど、呵成は自分自身が耄碌(もうろく)しているとは思いたくなかった。


「はぁー。勘弁してよね」


 ようやく自分に意識が向けられたことを悟って、女性がため息1つに口を開く。


「よりによってここに転移する? 学園警備の真ん前よここ。おまけに大声で怒鳴り散らすし子どもか。余計な手間掛けさせないでよねー。まあ、教員の宿舎とかに行かなかっただけまだマシか」


「――――っ」


 そこで呵成は知る。

 守衛は視線の先にいる女性が、自分に気付かれること無く無力化したのだと。

 会ったことは無い。

 それでも。

 呵成は根拠無く確信していた。


 月光に映える美しい金髪。

 澄んだスカイブルーの双眼。


 威圧感は無い。

 膨大な魔力があるようにも見えないし感じられない。

 触れたら折れてしまいそうな、それほどの儚さ。


 それでも。

 月光を反射する、白を基調としたローブに身を包んだその女性は。


 世界最強と謳われ、神に最も近い能力を持つとされる大魔法使い。

 リナリー・エヴァンス。  


「ま、まさか、……お前は」


 肩肘を突き、驚愕の色を隠そうともせずに口を開く呵成を見て、リナリーは少しだけその眼を細めた。


「……なるほど。なるほど、ね。これが貴方の見解というわけなのね」


 その言葉の意味を呵成は正確に理解できなかった。

 それでもリナリーは1人、したり顔で頷いている。


「面白いモノを見せて貰ったわ。けど残念。その手法では『書き換え(リライト)』の領域には辿り着けない」


「……何の、話を、している?」


 目の前の女性が何を言っているのか、呵成には理解できない。


「扉を2つ作り、それを1つであると仮定する事で応用したのね。でもね。その成果の終着点は、ただの『転移(テレポート)』なのよ。『書き換え(リライト)』の本質は、もっと別のところにある」


「何の、話を……」


 リナリーが口にしている内容が、呵成には理解できない。


「一歩先に踏み出したことは認める。それだけの(、、、、、)魔法を(、、、)人工的に(、、、、)造り出した(、、、、、)貴方たちの(、、、、、)技術は(、、、)素晴らしいわ(、、、、、、)。それでも、それはあくまで『上書き(オーバーライト)』の延長線上に過ぎないのよ」


「何の話をしている」


 呵成には分からない。


「もっとも、それは仕方の無いことでもある。私だって、この目であの子の能力を見るまでは理解できなかったもの」


「だから!! 何の話をしているのかと聞い――」


「ごめんなさいね」


 とんっ、と。

 軽い音が聞こえた。


 呵成の体内から(、、、、、、、)

 より具体的に(、、、、、、)言うならば(、、、、、)彼が今(、、、)生きている(、、、、、)証明となる(、、、、、)鼓動を刻む(、、、、、)器官から(、、、、)


「……、……、は?」


 心の臓に、異物が混ざり込んだような感覚。

 不規則となるリズム。

 打つたびに伝う激痛。


「がっ!? あっ!? ご、ごぷっ!?」


 本人の意図せずして、呵成の口からは大量の血液が噴き出した。

 それを手で押さえる暇も無く、呵成の身体は闇夜に沈む。


「ごめんなさいね」


 既に事切れている呵成の亡骸に向かって、リナリーはもう一度謝罪した。


「仮に繋がらなくとも。『上書き(オーバーライト)』の延長線上にいる貴方を生かしておくことはできないの。それは決して造り出してはいけない領域」


 この場でその言葉の真意を知るのは、もちろん彼女ただ1人。

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[良い点] ほんと怖い能力、、、痛ぶるのも一発で殺すのも出来る、初見じゃかわせない可能性大、主人公ってより最強の悪役に多そな能力w
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