第5話 勧誘 in 星の隠れ家
☆
教室の扉を開ける。そこには、いつも授業を行っていたそれとはまったく異なった空間が作り出されていた。暗幕を用いて不要な光の一切を遮断し、ロウソクに見立てた薄暗い灯りに、企画の目玉であるプラネタリウムの光。
2年C組の『シロクロ喫茶』とはメイド喫茶というジャンルでは被っているものの、活発にメイドが動き回る向こうとは違い、こちらは随分と落ち着いた感じだ。
なかなか幻想的に仕上がっている。
将人め、やるな。
「こっちよ」
舞に連れられ、暗幕で閉ざされた窓際の席へと進む。それなりに厄介な相手が来たということで、場所は融通させたのかもしれない。案の定、その席は教室の隅にあった。
こちらがその席へと辿り着く前に、着席していた2人の少女が立ち上がる。
「お初にお目に掛かります。突然の訪問にも拘わらずお時間を割いて頂きまして、ありがとうございます」
双子の片割れがそう述べる。そして一礼。口を開かなかったもう片方も合わせるように頭を下げてきた。流れるような所作からも育ちの良さがよく分かる。ただ、本当に表から裏まで育ちの良さで溢れかえっているようなご令嬢なら、アポイントも無しに不躾な訪問はして来ないだろう。
一癖も二癖も無ければ、セレブというのは務まらないのかもしれないが。
頷いて返しておく。
「どうぞ、お座りください」
そう言ってやらなければ先に進まない。一番身分が下である俺が言うのもどうかと思ったが、お目当てなのは俺のようだし構わないだろう。
着席を促し、自分も座る。白岡のご令嬢2人と舞も倣って席へ着いた。
「舞、可憐は?」
「私と手分けして貴方を探してたの。今、メールを送っておいたわ」
そうか。可憐もメイド服姿で教室を飛び出したのか。何だか胸が熱くなるな。
いや、他意は無い。無いぞ。
そんなアホなことを考えている間に、俺たちの4人掛けテーブル席を囲うようにして防音の魔法が展開された。
「盗聴防止ですか? 学園の、それもこのような喫茶店で、どのようなお話を持ち出されるのでしょう」
「……なるほど。やはり只者ではないようね」
双子の片割れがそんなことを言う。演技ではなく本当に驚いているようだ。口を開かないもう片方も、言葉にはしてこないが目を見開いている。この程度の感知ならここの学園生でもそれなりの人数ができるだろう。いや、感知するまでの速度の話か?
まあ、どっちでもいい。この程度では大した情報にはならない。現に、舞も沈黙を決め込んでいる。
薄暗い空間の中で照らし出されるその顔は、素直に可愛いと言えるものだった。双子だけあって、2人ともよく似ている。……というか同じにしか見えない。泣きぼくろが右か左かくらいしか違いは無いだろう。髪型は2人ともショートカット。色ははっきりとしないが、灰色に見える。……舞の赤い髪と同じで一族遺伝か。まさか染めてはいないだろう。
「それで、何の用かしら。わざわざ花園の領分にまで足を踏み入れてまで勧誘?」
「相変わらず気が短いのね、舞さん。自己紹介くらいはさせてもらえないかしら」
双子の片割れからの返答に、舞は鼻を鳴らして応えた。交わし合う口調から、それなりの仲ではあるようだが。
「私、白岡の次女で白岡紗雪と申します。こちらは三女の美雪」
泣きぼくろを右に備えているのが紗雪、左に備えているのが美雪と覚えておこう。美雪さんの方は会ってから一度も口を開いていない。話すのが苦手なのか、対人恐怖症なのか、それとも俺を値踏みしているのか。中々に興味深い。
「中条聖夜です」
軽く頭を下げる。俺を名指しで来ているということは、程度はどうあれ俺のことは調べられているんだろう。詳しく話す必要は無い。
「では、本題に入らせて頂きます。本日お邪魔させて頂きましたのは、貴方を勧誘するためなのです」
予想通り、双子はそれ以上の追及をしてこなかった。
ただ、予想に反していたのは紗雪さんの口から続いた言葉だ。
「勧誘?」
いったい何の勧誘だ。
★
道無き道を進む。
黄黄の男子生徒に先導されて茂みの中を歩くメイド服の少女は、徐々にその眉間へと皺を寄せ始めた。
葉が、枝が、歩くにつれてメイド服へと纏わりついていく。鬱陶しい草木は、奥に進むにつれてその険しさが増していた。目の前の男子生徒がどうかは知らないが、少女にとってこのメイド服は汚してはならない戦闘服だ。それに欠片ほどの配慮すらしない男子生徒相手に、いい加減に堪忍袋の緒が切れそうになったメイド服の少女だったが、幸か不幸かそれが切れる前に目的地らしき場所へと辿り着いた。
やや開けた草むら。
そこには。
「んだよ、お前も来たのか」
黒髪の男子生徒が1人、退屈そうに木へともたれ掛かっていた。紅赤の制服を身に纏った彼が欠伸を噛み殺しているのを見て、メイド服の少女は眉を吊り上げる。
「こんな所で何してんの? 仕事すれば?」
「そりゃ自分に言え。何の為に同じ学園にいるんだよ」
「今日は私の学園の文化祭なの! 私には私の役割があるって知ってるでしょ!?」
怒鳴るメイド服の少女相手に、紅赤の男子生徒はうんざり具合を知らしめるべく耳を手で塞ぐジェスチャーをした。
「それに貴方もよ!!」
メイド服の少女は、ぐるんと首を回して黄黄の男子生徒を睨み付ける。
「急に教室まで来て何なわけ!? 私の立場を考えてって何度言ったら分かってくれるの!?」
「てめぇの立場なんざ知ったことじゃねーわけだが」
「知ったことじゃないってどういうことよ!!」
喚くメイド服の少女を余所に、もたれ掛かっていた身体を起こしながら紅赤の男子生徒は言う。
「中条聖夜を連れ出すって算段はどうなった、奇縁」
「使いは無力化されました」
奇縁と呼ばれた男子生徒は、抑揚の無いのっぺりとした声で答えた。
「あ?」
「ですから、無力化されたのです」
片眉を吊り上げた紅赤の男子生徒相手に、奇縁は再度声色を変えずに答える。
「無力化されないよう、人混みの中に誘い込むって言わなかったか」
「それをした上で、です」
「馬鹿にしてんのか、お前」
紅赤の男子生徒の声に、剣呑な色が混じった。
「身体強化魔法には注意しろっつったよな」
「あの動きは身体強化魔法では説明がつきません」
「じゃあ何だってんだ」
「不明です」
「……は」
紅赤の男子生徒が硬直する。だが、それは一瞬だった。
「ははははははっ!! はははっはは!! ……はは、は。……は、……ふざけてんのかてめぇぇぇぇ!!!!」
咆哮。
「無力化された挙句にやられた手段も分からねぇだと!? どんだけ無能だてめぇはァァァァ!!!!」
紅赤の男子生徒を中心として魔力が吹き荒れる。一触即発な雰囲気を断ち切るかのように、2人の間にメイド服の少女が割り込んだ。
「てめぇは何の真似だ」
「面倒事を増やしたくはないでしょ、千金。頭冷やして。奇縁もどうしたのよ。貴方らしくないわね。何を焦ってるの?」
千金と呼ばれた紅赤の男子生徒は、舌打ちして乱暴に腰を下ろした。頭を打ち付けるようにして木へもたれ掛かる。
奇縁の表情は変わらない。相変わらず能面のようなのっぺりとした表情で口を開く。
「呵成さんから連絡が」
「何よ。作戦中止とかそういうオチ?」
「その逆だ」
千金が口を挟んだ。
「4人じゃなくなるかもって話なんだよ」
メイド服の少女とは目を合わせることなく、千金はそっぽを向いたまま言葉を続ける。
「必衰が放たれる可能性が出てきた、というお話です」
「……何ですって?」
千金の言葉を引き継ぐようにして告げられた奇縁の言葉に、メイド服の少女の顔から表情が消える。
「ちょっと待ってちょっと待って。必衰? 嘘でしょう? 組織から4人も作戦に組み込んでおいてそれは無いでしょう!!」
「事実です」
メイド服の少女が発した否定の言葉を、奇縁は躊躇い無く切り捨てた。
「どうしてよ!! おかしいでしょう!!」
「……すみません。おそらく、……私の責任です」
奇縁のその言葉を聞いて、メイド服の少女はそのなされた決定の意図を悟る。
奇縁だけではない、奇縁と千金。
2人の粗相を知り、彼らの主が不安と不満を抱いたのだ。
「昨日、呵成さんから連絡がありました。今日中に事を片付けなければ、主は必衰を投入する心づもりだ、と」
メイド服の少女は思わず奇声を上げたくなった。目の前にいる2人をぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、ぎりぎりのところで思い留まる。
奇縁の表情は変わらない。そして声色も変わらぬまま続きを紡ぐ。
「私たちは必要最低限の犠牲以外出すつもりはありませんが、あの者が出てくるとなると話は大きく変わってしまう」
「俺は別に誰が犠牲になろうがどぉでもいいけどな……」
心底無関心であることを証明するかのような表情で、千金はそう口にした。
「俺はあの女が気に食わねぇ。正規メンバーでも無ぇくせしてコード・ネームを貰いやがって。面白くも何とも無ぇんだよ。横から獲物掻っ攫われてたまるか」
「……個人的な怨恨はどうとでもしてください。ただ、私たちの抱いている懸念はご理解頂けますね?」
その質問に、メイド服の少女は硬い表情のまま頷いた。
「残念ながら、青藍魔法文化祭の時間いっぱいを使ってまで標的を見定めることはできなくなりました。あの者から介入されないようにする為には、急ぎ――」
「何だぁ? こんな暗ぇところでコソコソ密談か?」
突然の第三者からの声に、メイド服の少女と奇縁が勢いよくそちらへと顔を向ける。
そこには。
「紅赤、黄黄に、……そこのコスプレ女は青藍か? おいおい、各校揃い踏みじゃねぇか。で、文化祭が何だって? くだらねぇ悪巧みしてんなら、ちょっと俺にも聞かせてみろよ」
茶色の長髪を揺らす、とある長身の男子生徒。
「まさか、……人払いの結界をどうやって――」
「何だ何だ何なんですかねぇ、はははっ」
人形のように、と言うより事実人形を使って淡々と口にする奇縁とは対象的に、興奮の度合いを抑えきれないといった風情の千金は、ゆっくりと木から背を離してから。
嗤った。
「こりゃあ口封じっつー何の捻りも無ぇオキマリ展開に突入しちゃうんですかねぇ!!」
青藍魔法学園序列4位。“青藍の4番手”豪徳寺大和。
そして。
紅赤魔法学園序列1位。“紅赤の1番手”山田太郎こと一獲千金。
前触れなどは何も無い。
青藍魔法文化祭が執り行われている場所から少し離れた森の中で。
2人は容赦無くぶつかり合う。
☆
「いい度胸じゃない。人様の土地で引き抜き工作なんて。これは花園に対する挑発行為と受け取っていいのよね」
「うふふ。そんな盛らないでよ舞さん。こちらは争うつもりなどないのだから」
舞の身体から発せられる僅かな怒気に、不敵な笑みで応えながら紗雪さんは言う。そして視線を俺の方へと向けた。
「現状に満足していらっしゃる?」
「なっ――」
身を乗り出し文句を言おうとする舞を手で制する。
「特に不満に思うところはありませんね」
そう。これは勧誘。勧誘なのだ。ならば、俺がその気で無いことを知らせればそれで終わりだ。
ただ、この女子生徒が口にする内容は一味違った。
「それだけの能力を飼い殺しているのに、ですか?」
……。
「『それだけの能力』? 『飼い殺し』? 意味が分かりかねますが」
「……聖夜、その問答は無駄よ」
「何?」
唸るようにそう口にする舞へと目を向ける。が、その意味するところは紗雪さんが答えてくれた。
「姫百合可憐さんを脅威から守った騎士様。貴方、その脅威を魔法警察に預けたようですね。その時点でもう、内々での解決は不可能」
答え合わせをするかのように平然と口にする。
「『五光』。今、この国でもっとも力の有る5つの一族に与えられる栄誉。私たちもね、舞さんたちと同格なのですよ。隠し通せるわけが無いでしょう」
紗雪さんの視線が俺の後ろへと注がれる。
「遅れて申し訳ございません」
姫百合可憐。俺のクラスメイトで、咲夜の姉、黒髪の美少女とも呼べるこの少女もまた、『五光』の一角。
可憐は俺の後ろに控えるようにして立っていた。防音の魔法が張られているここの一角を見ても表情1つ変えることはない。
「ほぉら」
紗雪さんは何が可笑しかったのか、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「可憐さんに席を譲らない。貴方もまた、その程度の実力と地位があるということ」
★
派手な破壊音と共に、青藍魔法学園が所有する森の一角が突如として爆発した。
「千金。貴方ここがどこだか分かっておりますの?」
「無駄口叩いてる暇があったら防音と魔力遮断の結界も上乗せしとけ!!」
のっぺりとした声でのお咎めに、千金はそう叫び返す。
「この身体でそこまでの魔法は――」
そこで、黄黄の男子生徒の言葉は途絶えた。目を向けてみれば、黄黄の男子生徒は何らかの魔法の攻撃を受けたらしくその場で卒倒している。
舌打ち1つ。千金は地面を蹴った。
爆炎を片腕で振り払った大和は、既にその場から消えている。おそらく、少しでも文化祭に危害が加わらないようにする為の措置。森の奥へ奥へと移動しているに違いない。
そう当たりを付けた千金は、すれ違い際に突っ立ったままだった水月へ怒鳴る。
「水月!! てめぇも追うんだよ!! 取り逃がしたらどうするつもりだ!? さっさと増えろ!!」
「ちっ、面倒臭いわねぇ!!」
水月と呼ばれる少女の身体が、ブレた。
音も無く。
少しもその場から動いていないのも拘わらず。
そのブレは一瞬で消えるようなものではなく、一気にブレ幅が広がり、分かれた少女はそれぞれ別の方角へと走り出す。
分裂。
分裂。
分かれた少女の身体は森を駆けながら更にブレ、8人まで同じ姿を増やした。増えた分だけ小さくなった少女は、既に手のひらサイズになっている。
「奇縁はどうすんのよ!?」
「人形は転がしとけ!!」
「そっちじゃなくて!!」
「本体の到着待っても意味無ぇだろう!! 戦闘力は紙切れだぞ!!」
水月の問いにそう答えた千金は、一瞬にして森の奥へと消えた。
「あぁもう面倒臭い!!」
水月もまた、姿を晦ました大和の行方を追い、文字通り四方八方へと散らばっていく。
☆
「中条さんには、クラスメイトとして接して頂くようお願いしてあります。学園内で無用な権力を振りかざすのは、姫百合の本意ではありません」
「そういうことにしておきましょうか」
可憐からの物言いに大して耳を傾けることなく、紗雪さんは手を振る。後ろに立つ可憐から、少しだけむっとした気配を感じ取った。ただ、ここで直ぐに言葉や手が出てこない辺りは流石だ。
「それで、勧誘とは? 俺は他の学園への転校は考えていませんが」
「あら、そうお取りになる? 貴方が望むのならばそこから始めてもいいのだけれど」
俺の質問に対して、紗雪さんは一瞬だけきょとんとした。
「私たち白岡家は、貴方を正式な護衛役として雇いたい。そういう意味での勧誘です」
「っ、貴方!!」
舞が大きな音を立てて立ち上がった。その様子を見て紗雪さんはクスクスと笑う。
「舞さんがそういった反応を取られるだろうとは思っておりましたが、まさか中条聖夜さんがここまで動揺なさらないとは思いませんでした」
「舞、座れ。あと可憐も」
「あ、いえ、その、私は」
「いいから」
ちょうど良いタイミングだったので、今更な気もするが席を立ち可憐に座らせる。怒りに震える舞も半ばむりやり席に着かせた。
席に座る舞と可憐の間に立つ。
そして、言った。
「ただの学園生に持ちかけるお話ではありませんね。『五光』の一角である白岡は、それほど人材難なのですか?」
「うふふ。透けて見える挑発ですのね。わざとかしら」
紗雪さんは、自らの灰の髪を撫でながら笑う。
「ただの学園生が複数人の魔法使いを退けられるはずがないでしょう」
「舞と可憐の助力があってこそ、ですよ。私1人ではとても」
「私たちは舞さんたちと同格。そう申し上げたはずでしょう? 情報は全て入っております。首謀者を無力化したのは貴方。学園内での戦闘もほぼ貴方だったそうですね」
……。
どうやら本当に筒抜けらしい。
「そこまで情報が入っているのなら、ご存じのはずでしょう。私は“出来損ないの魔法使い”です」
そこまでと言ったが、実際には一番最初に目にする情報だろう。
「ええ、もちろん存じておりますが。それが何か?」
こっちとしては殺し文句だったはずなのに、だからどうした的な返答をされた。
「詠唱ができる魔法使いを何人も退けている時点で、その程度はマイナスになりません。大切なのは実力です」
……今日は欠陥品持ち上げDayなのか?
魔法世界基準のウィリアム・スペードがこう評価するならまだ納得できるが、日本の常識に入り浸っているはずのご令嬢からこう言われるとは思わなかった。
「……貴方が良くても世間はそうは見ないでしょう。せっかくの栄誉が地に堕ちますよ」
「あら、私たちの心配をしてくださるの? お優しいのね」
どうやら逆にポイントを上げてしまったようだ。
舞、頼む。ちゃんと反省してるからテーブルの下で俺のふとももを抓るのはやめてくれ。
「うふふ……」
痛みに一瞬だけしかめた俺の顔を見て、紗雪さんが微笑む。それとほぼ同時に、教室の扉が勢いよく開かれた。
「す、すみませんっ! 美月ちゃ――、鑑華さんがお邪魔してませんかっ!?」
C組のメイドであろう子が言う。一斉に視線が俺へと集中した。
……なぜ真っ先に容疑が掛けられる。心外だ。
「お忙しい中、お時間を頂戴して申し訳ありません」
場の空気を読んでか、紗雪さんがそんなことを言い出す。
「用事がおありでしたら、そちらを優先させてくださいな。この件に関しては、即断即決もできないでしょう。また改めてお邪魔させて頂きます」
「……そうですか。では、失礼します」
別に鑑華について何かを知っているわけではない。ただ、丁度良い機会だ。お暇させてもらうことにしよう。
「舞、可憐。あとは頼むな」
「……分かったわ」
「承りました」
2人にそう声を掛け、白岡の双子に軽く頭を下げておく。舞と可憐には悪いが、あとは任せよう。俺にそういった意志が無いことは2人も知っているだろうし、うまく丸め込んでくれるだろう。
紗雪さんは手をふりふりと、美雪さんは無言でお辞儀をしてきたのを尻目に、俺は2年A組の教室を後にした。
★
「んーっ!! 慣れない口調で喋るモンじゃないわねーっ」
聖夜が姿を消すなり、紗雪は伸びをしながらそう言った。舞が呆れ果てたように頬杖をつく。
「本当……、公式の場でもないのに、アンタから『舞さん』なんて呼ばれるものだから鳥肌が立っちゃったわよ」
「あはは、でもほら、あれだったでしょ? 深窓の令嬢、みたいな感じ?」
「まさか」
舞が鼻で嗤う。
「時折素が漏れてたじゃない。話し方もぎこちなかったし」
「嘘っ」
紗雪が慌てた様子で可憐へと目を向ける。可憐は苦笑いで返答を濁した。
「うーあー、第一印象を大切にってお姉ちゃんから言われてたのにー」
へなへなとテーブルに突っ伏した。隣に座る美雪から無言で肩を叩かれている。
「で。どこまでが本当なの?」
「ん? 全部」
舞からの質問に、紗雪は即答した。
「何のためにわざわざ花園と姫百合に書面出してまでやって来たと思ってるの? 伊達や酔狂でポンポン押すほど、うちの判子は安くないよ?」
「あいつ、まだ学生なんだけど」
「Class『B』持ちの、でしょ? 学歴なんてもう必要ないじゃない。血統書やら何やらを大切に抱え込んでる二階堂や岩舟じゃないんだからさ」
やれやれといったジェスチャーをしながら紗雪は言う。
「むしろ、書面出して内容知ってたくせに何であんなキレれんのさ。舞っち聞かされてなかった?」
「聞いてたわよ。ただ……」
「……あー、なるほど」
口ごもった舞を見て、紗雪はにんまりと笑った。
「何よ」
「そっかそっかー」
「言いたいことがあるなら早く言いなさい」
「愛しの聖夜クンのご機嫌を損ねたくなかったんだー」
「……死にたいらしいわね?」
舞が口角をヒクつかせる。
「私が勧誘するのを黙認したってことになるもんねー? それであんな芝居をねー? あたかも今知りましたみたいな芝居をねー?」
「炭素にするわよ」
「まあ、真面目な話、さ」
本当に怒気を纏い始めた舞を宥めながら紗雪は真面目な表情を作った。
「コクった? もし本当に舞っちが彼とその先を求めるって言うなら、辞退するよ。今ならまだ間に合うし」
「こ、こくっ!? な、なんで私がそんなことっ!?」
「んー。こういう態度だから別にいいかって思っちゃうんだけどねー」
顔を真っ赤にしながら必死に言葉を捻り出そうとする舞から視線を外し、紗雪は可憐へと向き直る。
「レンレン……、じゃなく姫百合家は?」
「既に打診はしています」
「おっと手が早い」
紗雪は両手を上げてオーバーリアクションをしてみせた。隣に座る美雪も目を見開いている。
「ん? でも彼、そんな感じには見えなかったけど」
「中条さんにはまだ話がいっていないのかもしれません」
「え? 何それどういうこと? どこに話を」
「はいはい、サービスタイムは終了」
可憐の言葉に喰い付いた紗雪を、まだ少し頬が赤いままの舞が手を鳴らすことで押し留める。
「それ以上は自分で調べなさいな。私たちと同格の名家でしょう」
「うぐっ……。……、……ん? いやいやいや、舞っちだけ有利じゃん。幼馴染なんでしょ?」
紗雪はジト目を舞へと向けた。
「まあ、勝負っていうのは時に非情なものよね」
先ほどのお返しとばかりに舞は嫌味テイストたっぷりにそう言う。
「む、ムカツクーっ!!」
スカートのポケットから取り出したハンカチで悔しさを表現しようとする紗雪。その思惑にいち早く気付いた美雪が、目にも留まらぬ速さでそのハンカチを奪い取った。
防音の魔法によって、ご令嬢の会話は周囲に聞こえていない。
ただ、しっかりと見えてはいるのである。
「流石ね」
舞の称賛を受け、少しだけ頬を赤らめた美雪はこくりと頷いた。
「冗談が通じないわねぇ~」
紗雪がやれやれといったジェスチャーをする。突っ込みどころ満載の一部始終を見て、可憐が苦笑した。
「まっ、舞っちがその程度の心づもりなら、こっちも本気のカードを切ろうかな」
「……な、何よ。その本気のカードって」
「んー? 気になるー?」
「本当に消し炭になりたいらしいわね」
頬をヒクつかせる舞に、紗雪がいたずらっぽく笑う。
「彼、呪文詠唱ができないでしょう?」
「……だから何?」
舞の声のトーンが1つ下がった。
それは。
この話題に関して冗談は受け付けない。
そういう意思表示。
それを知っている紗雪は、躊躇うことなくその話題を選んだ意図を口にする。
「なら、契約詠唱ならできるんじゃないかな~、ってさ。魔法世界とやり取りしてると、そういった巻物も手に入るわけよ」