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テレポーター  作者: SoLa
第3章 魔法文化祭編〈下〉
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第4話 いくつかの分岐点をここに記す。




 勘定はウィリアム・スペードが済ませてしまった為、近くを通りかかった鑑華に礼を言い教室の外へと出た。当の本人たちは言うだけ言ってさっさと出て行ってしまっている。

 こちらの気も知らずに。


「……冗談には聞こえなかったぞ」


 喧騒の中、呻くようにそう呟く。

 冗談に聞こえないことが逆に悪い冗談にしかならない。魔法を扱う職に就こうとする者なら、魔法世界の住人でなくとも一度は夢見る就職先だ。


 エルトクリア聖騎士団(ジャッジメント)

 以前、師匠と共に魔法世界へ不法侵入した際、追い回される羽目になった組織。忘れるはずもない。

 当然ながら構成員は全員が魔法使い。世界最高戦力と謳われる『トランプ』の指揮下にあるその一団は、魔法世界内の治安維持はもちろん、その存在は諸外国への牽制としての意味合いも強い。騎士団内での地位を上げていけば、魔法世界にある王城の守護や『トランプ』の一席を任されることもあると聞く。そのくらい凄い組織だ。


 分かりやすく例えるとすれば、就職希望先に『エルトクリア聖騎士団』と記入しようものなら、その場で担任に呼び出され優しく肩を叩かれながら「ここは『夢』を描くのではなく『目標』を書く場所なんだ」と諭されるレベルの組織なのだ。書いたことはないから知らないけど。……全然分かりやすくなかった。


 ともかくだ。

 まさかそんな職場をあんな曖昧な根拠で紹介されるとは思わなかった。流石は世界最高戦力を誇る『トランプ』の団員。所持する戦闘能力や権力と同じくらい頭もイカレているらしい。

 呪文詠唱ができないという欠点を知ってなお、自らの考えを押してくるとはな。

 魔法世界がそういったことに対して差別的な考えを持っていないことは知っていた。決して差別そのものがないわけじゃない。人種差別があるし、奴隷制度だってある。むしろ魔法世界は格差社会の上に成り立っていると言ってもいい。ただ、この国のように能力の欠落に対する差別は一切ない。必要なのは強さ。それだけ。


 ……。

 俺のような魔法使いからすれば、そういう世界の方が住みやすいのかもしれないな。


 ……、……。


「……何を考えた、今」


 頭を振って思考を中断する。馬鹿なことを。エルトクリア聖騎士団(ジャッジメント)に入団するだって? そんな馬鹿な話があるか。身体強化魔法だけでやっていける場所とは到底思えないし、何より……。


「見付けたぁ!!!!」


「あ?」


 ふと大声が耳を貫き、顔を上げる。

 そこには。


(まい)か」


 俺の幼馴染である花園舞(はなぞのまい)が立っていた。……メイド服姿で。


「……お前、恥ずかしくないのか? そんな恰好で出歩いて」


「うっ!?」


 俺からの指摘でようやく現状を悟ったのか、舞は自らの身体を隠すように抱きしめた。意味無いけどな、そんなことしても。

 胸元がはだけているようなタイプではないし、スカートもロングだ。肌の露出はほとんどない。それでも何と言うかこう……、うん。エロいな。燃えるような赤い髪にチョコンと乗っているカチューシャがこれまたいい感じだった。


「そ、そんなことはどうでもいいのよ!!」


 恥ずかしさを押しのけるようにして舞が叫ぶ。何だ、可愛いところもあるじゃないか。


「貴方、何で鑑華のクラスの出し物に参加してんのよ!! メイド成分補充したいならこっちに来なさいよ!!」


 ……。メイド成分って。


「何だよその成分は……」


「知らないわよ。貴方それ接種しないと死んじゃうんでしょ?」


「死なねぇよ!!」


 どうやら俺が不在にしている間に不名誉なプロフィールが作り上げられているらしい。


「ともかく!! 何でよりにもよって鑑華のクラスなのよ!! 売り上げ勝負してるの忘れたわけ!?」


「あー……」


 忘れていたわけでは、ない。

 鑑華とは確かに文化祭1日目の売り上げで勝負をしている。こちらが勝ったら鑑華に何でも言うことを聞かせられるというステキ賞品付きのだ。負けたら2日目を丸々拘束されることになるわけだが。……まあ、あんな可愛い子と文化祭を丸1日デートで堪能できるのだ。普通なら負けても泣いて喜びそうな権利を得られるのだが、今回はちょっとばかし事情が異なる。


「……まさか鑑華と1日デートする権利がまんざらでもないとか思い始めているんじゃないでしょうね」


 ……図星だった。


「……んなわけあるか」


「今の間はなに」


「うるせぇよ」


 確かに売り上げ勝負をしているのだから、自分のクラスに貢献しないのはおかしい。しかもそれだけではなく戦っている相手側の売り上げに一役買っているのだ。疑問に思うのも当然だろう。


 ただ、俺のクラスの出し物は『星の隠れ家』。鑑華のクラスと同じくメイド喫茶ではあるものの、こちらの趣向は少々異なる。教室の各所にお手製の機材を設置し、照明を薄暗くすることでプラネタリウムのような空間を作り出すことを売りにしている。

 今井修やウィリアム・スペードを連れて店に入るなら、そういうところは駄目だろう。目の前にいる魔法の政財界に精通している女と鉢合わせになるのを避けたかったというのもあるが、何より何が悲しくて野郎3人でそんなムードたっぷりの喫茶店に入らなければならんのだ。

 そんな話をするわけにもいかないが。


「まあ、あれだ。生徒会役員としての視察をだな」


「……海外留学してた時の友人を連れてたって情報が入ってるんだけど」


 情報はダダ漏れだった。


「生徒会の人は抜き打ちで視察とかするからね。危険な事をしていないかって。だからクラス間で協力して情報は直ぐに回ってくるのよ。生徒会の人が今どこにいるかって情報はね」


「……左様ですか」


 うんざりした。どうやら生徒会役員にはプライバシーが無いらしい。

 ……いや、ちょっと待て。つまりそれは。


「咲夜ちゃん連れて随分とお楽しみだったみたい、って情報も入ってきてるわよ」


 やはりきっちりとバレているようだ。これは生徒会の奴らにも伝わっていると考えた方がいいのかもしれないな。


「で、どういうことなのよ」


「いや、それはだなぁ。咲夜とはもともと一緒に回ろうって約束を……」


「そっちじゃなくて」


 人混みの目を気にしてか、舞は少しだけトーンを落とし、


「海外留学の知り合いって何なの。つまりそっちの話(、、、、、)ってことでいいのよね」


 こんなことを言ってきた。

 そうか……。こいつは2年の間、俺が師匠のところで活動していたのを知っているわけで。海外留学って言葉が出た時点で嘘だと気付いてしまうわけか。失敗した。いや、まさか舞の所までこんなにも早く情報が回るとは思っていなかった。生徒会という存在がこの学園でどれほど大きな存在なのか、きちんと認識し切れていなかったのかもしれない。


「何か厄介事に巻き込まれてるのなら、協力するけど」


「いや、そういう話じゃない」


 舞からの申し出に首を振る。


「向こうで会ったことがあるっていうのは本当だ。ここで会うとは思ってなかったけどな。そいつにも日本人の知り合いがいて、たまたまここで会ったんだ」


「どう解釈してみても嘘にしか聞こえないんだけど」


「本当なんだから仕方が無い。嘘ならもっとマシな嘘を吐くぞ、俺は」


 魔法世界で追い掛け回されたことがある男には今井修という日本人の知り合いがいて、たまたま生徒会主催のシークレットライブで来日したところで会ったわけだからな。ウィリアム・スペードが過去と今の俺を結び付けられなかったのが救いだ。あの時に顔バレしていたら詰んでいただろう。セーフセーフ。


「うむぅ……」


 舞が難しそうな顔をして考え込んだ。これを機にさっさと話題を変えることにする。


「それで、俺に何の用だ。まさかいちゃもんをつけるために来たんじゃないだろうな」


「そんなわけないでしょう。ああ、そうね。貴方にお客様が来てるのよ」


 今度は舞がうんざりしたような顔をした。

 つーか、お客様が来てるのかよ。ならそれを先に言え。


「俺にお客様? 珍しい事もあったもんだな」


 俺を訪ねてくる人なんて見当がつかないぞ。


「今は私たちのクラスにいるわ。貴方に会いたいって聞かなくてね。適当に追い返してちょうだい」


 そう言って舞が踵を返す。


「おい、相手は誰だよ。俺に会いたいっていったい……」


白岡(しらおか)の双子よ。『五光(ごこう)』のご令嬢だからって遠慮はいらないからね」


 舞は振り向くことなく淡々とそう告げた。







『青いメロンパン』という商品がある。

 それは青藍通り商店街の一角にある、とあるパン屋でしか取り扱っていない代物だ。そもそもなぜメロンパンが青くなったのかと言うと、青藍のご当地グルメの座を狙ったパン屋の店主が、青い着色料を大量にぶち込むことによって作り上げた一品だからである。

 何か特殊な素材を用いてたまたま青色になったわけではない。パンをよりおいしくする為に青くなったわけでもない。青くする為に青い着色料を使っているのだ。言うまでも無く身体には悪い。もう毒と言い換えてもいい。そんなまがい物がご当地グルメに選ばれるはずもなく、今現在でも売られているのは、単にネタ化した商品として定着したからだ。

 なぜ、そんな商品の説明をしたかというと。


「おらよ」


『関係者以外立ち入り禁止』というくっそ汚い手書きの張り紙を意図的に無視し、ノックの1つもせずに内部へと足を踏み入れた少年は、欠片ほどの笑みも浮かべずに持っていた袋を乱雑に祭壇の上へと置いた。

 青藍魔法学園に存在する教会。教会のくせに『関係者以外立ち入り禁止』というのはどうなんだろう、という疑問は当然のように少年の心の中にもあったが、それをわざわざ口にするほどこの少年は多弁ではない。


 豪徳寺大和(ごうとくじやまと)

 青藍魔法学園の誇る『番号持ち(ナンバー)』の1人で、その4番手を務める男である。


「おやまぁ、随分とお早いですこと。怪我が完治してからでもよかったのに」


 紙袋の中身を確認したシスター・メリッサは目を丸くしながらそう言った。


「馬鹿言え。こんなモン買いに行く為に外出許可が下りるはずねーだろ」


 青藍魔法学園は隔絶された空間にある。希少価値が極めて高い魔法使いの卵たちを育成する以上、むやみやたらと外出させないようにするためだ。外に出るには、学園から『外出許可証』を発行してもらわなければならない。「どうしても食べたいから」と頼み込めばもしかするともしかするかもしれないが、『青いメロンパン』は残念ながら大和が食べたいわけではない。


 頭を下げることを嫌った大和は、文化祭開始と同時に人の波に隠れて、こっそりと抜け出したのだった。管理が甘くなっているこの時期だからこその手法であると言える。だからこそ、先日のメリッサとの喧嘩で怪我を負った身体に鞭を打って出かけたのだ。


「私が許可してあげても良かったんだよ?」


「……そういや、お前も権限持ってたんだっけか」


「おいこらそれはどういう意味だ」


「そのまんまの意味だろうよ」


 一歩下がって目を逸らした大和は、不貞腐れたように言う。その際、若干だが表情が歪んだ。メリッサが眉を吊り上げる。


「無理しちゃってさ。治してあげるって言ってんのに」


「うるせぇよ」


 メリッサに敗北した大和は、負わされた怪我について「治してやろうか」という提案を一切の躊躇いも無く断っていた。そこはなけなしのプライドが許さなかったのだ。


「ま、買って来てくれたことにはお礼言っとくわ」


「それが最初だろ」


「おんやぁ。そもそも買いに行くことになった原因は何だったのかなぁ? ついでに祭壇の修繕費用請求しちゃおうかなぁ?」


 擦り寄ってくるメリッサを、大和は鬱陶しそうに払った。


「修繕費用ならゼロ円だろ」


「うむ。必要経費は私の魔力だけだから、身体で払ってもらおうかと」


「お前、もうシスター辞めろ」


 大和がヒビ1つ無い祭壇にメリッサを押し付ける。


「あんっ、乱暴なんだから」


「くたばれ」


 いつでもどうぞな視線を向けてくるメリッサにそう吐き捨て、大和は踵を返した。


「ちょいちょい。お茶でも入れてあげるから飲んでいきなって。茶菓子もあるしさ」


「んな毒物食えるか。死ぬぞ」


「ロックンロールって感じでしょ?」


「言葉の意味をはき違え過ぎだ」


 大和は振り返ること無く教会を後にした。


「うーん、今出ていくのはお勧めしないんだけどなぁ」


 1人きりになった教会で、メリッサがそう呟く。

 その理由さえ口にしていれば、大和は素直にメリッサの言う事を聞いていたかもしれない。







 聖夜が出て行った直後のことだ。『シロクロ喫茶』の出口専用の扉が外側から開かれていた。


「お、お客様っ。すみませんが順番にお並び頂いてまして――」


 一番近くにいたメイド服の少女がお引き取りを願うべく、入ってきた少年に声を掛ける。少年は黄黄の制服を着こんでいたが、生気の感じられないのっぺりとした表情をしていた。

 それに気付いたとある少女は言う。


「ごめん。ちょっとだけ抜けるね」


「え? ちょ、ちょっと!?」







 教会の外で、「混ぜるな危険」どころか「近付けたら終了」の2人が遭遇した。


「ちっ」


 目を合わせるなり、大和が露骨に舌打ちする。それを受けて縁は曖昧な笑みを浮かべた。


「やあ大和。お散歩かい? クラスの出し物はいいのかな?」


「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねぇよ」


 表情に反した縁の爽やかな問いかけは、大和にとっては嫌悪の対象、そのものでしかない。早々に話を切り上げてその場を去ろうとする。


「教会は立ち入り禁止だろう? 何かあったのかい」


「てめぇには関係ねーよ」


 縁の両サイドには、白いシーツのようなもので覆われた何かがふわふわと浮いている。それに視線を向けつつも、大和は興味を持たなかったのかそのまま背を向けて歩き出した。


「これが何なのか、聞いてはくれないのかい?」


「無駄口を叩く趣味はねぇ」


 振り返らずに大和はそう答える。


「大和」


 いつものお茶らけた声ではない。いつもの、人の神経を逆撫でするような声ではない。久しく聞いてこなかった縁の真面目な声色に、大和の足が止まる。


「助けが欲しいんだ。協力してくれないか」


 縁のことを知っている人物なら良く見れば、彼が珍しく緊張で顔を強張らせているのが分かったかもしれない。縁のことを良く知っている人物が注意深く耳を傾けていれば、彼にしては珍しく少々声を震わせているのが分かったかもしれない。


「ははっ」


 それでも。


お前は1人で(、、、、、、)何でもできるんだろう(、、、、、、、、、、)俺の助けなんて(、、、、、、、)なくても(、、、、)1人で解決できる(、、、、、、、、)んだろう(、、、、)? くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ、クソ野郎が」


 大和は決して振り返ることなく。

 大和は助けを乞うその声を聞き流し。

 大和は人気の無い『約束の泉』へと足を向けた。







 拘束していた男子生徒2人もいなくなり、生徒会館はいつも通りの静けさを取り戻していた。

 まだ冬到来とまではいかないものの、寒いものは寒い。鈴音は破損した窓ガラスの後片付けをし、物置から予備の窓ガラスを取り出した。


 こんな物に予備など必要無いだろう、と考えていた鈴音だったが、本当に必要になる日が来て内心では結構驚いている。縁に『第六感』は備わっていなかったはず、などと大袈裟な推理を働かせながら、予備の窓ガラスを生徒会館会議室まで運んできたところで、ベル音。

 それは、会議室にある黒塗りでレトロな電話機から発せられていた。


 肌寒い風が吹き込んでくる窓と、手にした予備のガラス窓、そして鳴り響く電話へと順番に視線を向けた後、鈴音は予備のガラス窓を置いて受話器へと手を伸ばした。







 脳内に次から次へと流れ込んでくる他者の視界を眺めていた少女は、吹きさらしになっている身体をぷるりと震わせた。あらかじめ用意していたホットコーヒーは、寒くなった10月の気温へ早々と白旗を挙げており、もう湯気すら立っていない。


 少女は、無表情で青藍魔法文化祭に訪れた人々を見下ろしている。ただ、自らの視界ではなく、他者の視界から意中の人物を連れ出せたことが確認できると、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。







「やっぱり駄目だったよ」


 文化祭開始と同時に襲撃してきた紅赤と黄黄の生徒を浮遊魔法で浮かべながら、縁は携帯電話に向かってそう話す。

 電話越しからは怒声とまではいかないまでも、彼の諦めの良さを非難する言葉が放たれた。縁は電話越しの相手からは見えていないのを知っていながら、相槌と共に何度も頷く。

 そして。


「そうだね。分かってる。俺が全部悪い」


 そう言って、通話を切った。







 メイド服姿の少女は、他者からの視線を物ともせずに進む。人混みの中、少女の前を歩く黄黄の男子生徒は無遠慮な速度でどんどん先を行く。肩に物がぶつかろうが人の足を踏もうがおかまいなしだ。


 因縁つけられても放置してやろうと少女が考えていると、前方が何やら騒がしくなってきた。何が起こったのだろうと聴き耳を立ててみるが、直ぐに無駄なことだったと気付く。

 どうやら、どこかの男子生徒が大きな荷物を両サイドに浮かせて運搬しているらしい。何を運んでいるかは知らないが、どうせ予想外の盛況ぶりで捌けてしまった食材の買い足しとかその程度であろう。少女はそうあたりを付け、当該の男子生徒の姿を見ぬまま、一緒に移動しているらしい野次馬に押し潰されないように注意しながらすれ違った。







 生徒会館会議室にて。

 鈴音は下唇を噛み締めながら携帯電話を下ろした。


「後悔することになっても知りませんわよ」


 そんな展開になる前に介入する気は満々だが、もしものこともある。鈴音は本人同士の説得は後回しにして、外堀から埋めるべく改めて携帯電話の画面を開いた。







 結局、大和は『約束の泉』に辿り着く前に、早々に引き返して教会前の広場まで戻って来た。


「寒いなおい。10月の気温にしては寒すぎる」


 文化祭開催中は静かなところで昼寝でもしようと考えていたわけだが、この気候の中、外で、それも泉の隣で寝転がろうものなら、速攻で風邪を引くだろう。そもそも全然気持ち良くない。そう考えた彼は、いっそのこと寮棟に引き籠ってしまえと結論付けたわけだ。

 中央に設置された噴水を迂回しながら、大和は下りの階段へと足を掛ける。


「……あん?」


 そこで彼は、階段から外れ茂みの中へと入っていく1組の男女を目撃した。思春期の子供ならイロイロと想像を働かせるワンシーンなわけだが、大和の着眼点は少々異なる。


 メイド服の少女の前を先行して歩いていた黄黄魔法学園の男子生徒。その学園生が放つ不可解なオーラ。

 人間、生きていれば誰であっても魔力は消費する。それは魔法使いに限らず、魔法の使えない人間であっても例外ではない。着ている制服が本物かどうかの見分けは大和にできない。ただ、大和の着眼点はそこでもない。


 男子生徒が放つ魔力に不可解な点を感じた。

 魔法を使っているわけでもないのに、随時活性化しているかのような魔力。そして、まるで他の誰かの魔力も同居しているかのような、混ざり物のような感覚。

 装甲魔法という、身体に纏うタイプの魔法を得意とする大和だからこそ、確かに感じた違和感。


 大和の足は、既に寮棟へは向いていなかった。







「せ、聖夜。君にお客さんなんだけどさ」


 2年A組の出し物『星の隠れ家』の前に到着するなり、入り口で張っていたらしい元クラスメイト・楠木(くすのき)とおるが戸惑いを隠せぬ表情で寄ってくる。本来ならこれは企画リーダーである本城将人(ほんじょうまさと)の仕事なのだろうが、生憎と文化祭実行委員の仕事で留守にしているようだ。


「『五光』のご令嬢が俺に用事だって?」


「うん。どうやらオーダーの時に聖夜を注文してきたらしくて」


 ここはどんな店なんだ。せめてメイドを注文しろと言いたい。

 ……しても出さないが。出しちゃまずいサービスだろう。


「今はどうしてる」


「えっと、とりあえず普通に飲み物を注文してお待ち頂いているよ」


 とおるは、おっかなびっくりといった様子でそう語る。女性が苦手だという性格に加え、相手はこの国で五指に入るほどの名家のご令嬢だ。この反応は当然なのかもしれない。万が一にでも粗相があれば一大事だ。

 まあ、その『五光』のご令嬢なら隣にもいるんだけどな。


「……何よ」


「いや、別に」


 ジト目を向けてくる舞をやり過ごす。


「で、要求は」


「だから聖夜、君なんだって」


 俺に直に会って話したいってことか。面倒な話題を振られなければいいが。


「私も同席するわ」


「……そうだな。頼む」


 舞の申し出には、素直に頷いておく。同じ地位の人間がいてくれると助かるし、何より舞に知られてまずいような事柄を向こうが掴んでいるとも思えない。


 と言うか、そもそも何をしに来たのかも知らないわけだしな。ひとまず話だけ聞いてみるか。

 そう考えた俺は、順番待ちしている奴らの視線を意図的に無視しながら教室の扉へと手を掛けた。

 去年は色々と私事でばたばたしてましたが、今年は今のところ大丈夫そうです。なので更新速度もきっと大丈……、ぶ。

 ……、……なはずです。

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