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テレポーター  作者: SoLa
第1章 中条聖夜の帰国編
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第8話 運命的な出会い

 真っ白な世界の片隅で、違和感。


 何かが振動する物音。

 それに意識を惹かれ、ゆっくりと世界が薄れていく感覚。同時に、徐々に感覚を取り戻し始める五感。

 まどろみの中、音の正体が頭に過ぎる。


 ああ、そうか。

 重たい腕を動かす。直ぐにお目当ての物は見つかった。


「もう朝か」


 そう呟きながら、俺は携帯電話のアラーム機能をOFFにした。







「すげーじゃねーか、聖夜!!」


 朝。

 昨日は初っ端から約束を破棄されたにも拘わらず、将人・とおる・修平の3人は律儀に寮の共用スペースで待ってくれていた。


 それに気付き、近づいたところで開口一番将人がそんなことを叫ぶ。


 内心冷や汗をかきつつも修平を無言で睨んでみる。すると修平は、肩を上げて首を傾げるという反応を示して見せた。

 どうやら昨晩のこととは別件らしい。


「お前、詠唱使えなくても十分魔法使えるんじゃねーか!!」


「あぁ……」


 そっちね。

 心配して損したわ。


「それでも、驚いたのは確かだよ。直ぐにやられちゃったのは事実でも、最初の格闘術は凄かった」


 俺の気の無い返事に疑問を抱いたのか、とおるがそう言ってくる。 


「それに花園のお嬢さんが近接術を使えるということにも驚いたな」


「いつもはどんなスタイルなんだ?」


 修平の言葉に疑問を覚えて質問する。


「ぬいぐるみだよ」


 ああ、やっぱり。

 その答えに、俺は納得した。


非属性(ひぞくせい)無系統魔法(むけいとうまほう)。花園の御嬢さんは、特異な能力を保有しているようだからな」


 修平が、ちらりとこちらの反応を窺う。


「むしろその点についていえば、お前の方が詳しいんじゃないのか?」


「さぁてね」


 非属性無系統魔法。

 魔法には属性を付加できるという話は以前にしたことがあると思う。属性付与されない魔法は総称して無属性魔法というが、その無属性魔法についても2つの種類がある。「無属性」と「非属性」だ。属性が付与されていないという点では同じだが、その言葉の意味はまったく異なる。


「無属性」とは、前述の通り属性付与を行わないただの魔法。と、いうよりも魔力の塊と言った方が正しいか。初心者が作り出す魔法球や、属性を付加させずに用いる魔法のことだ。


 対して、「非属性」。これはどの属性にも当てはまらないが故に「無属性」にカテゴライズされるものの、通常の魔法では成し得ない現象を起こすことができる魔法の総称だ(魔法自体が通常には成し得ない現象を起こすものではあるが、ここで言うものは更に特別なもの)。どれだけ無属性魔法を極めようが、どんな属性を付加しようが、通常では成し得ない特殊な魔法。


 別名、と言うよりもこっちが正式名称だが、非属性無系統魔法ともいう。


 そして、非属性無系統の魔法は鍛えてできるようになるものではない。


 魔力が先天的に宿るものであるように、この非属性も先天的な才能に左右される。

 最初からその境地に立っている者でなければ、それは扱えない。舞のものもそうだし、俺の『転移魔法』もこちらに属している。


 誰も扱うことのできない、選ばれし者だけの領域。

 属性付加を行い、限りなく近い現象を発現できる魔法使いも当然いる。が、まったく同じ効力を及ぼすことは不可能。


 例えば、移動系の魔法に優れる風属性の身体強化を纏い、限りなく速く移動したとしても、それはあくまで速度が速いというだけで、根本的な事象から書き換え最初からそこに居たことにする転移魔法には到底成り得ない。


 唯一にして絶対の魔法。

 同じ効力を及ぼすためには、同じ非属性無系統魔法を持つ人間でなければならない。ただ、同じ無属性非系統を持つ人間など、そういるものでもない。そもそもこの領域にいる魔法使いすら、ほんの一握りだ。


「で? で? 花園舞さんの無系統はどんな名前でどんな能力なんだ?」


「そういうことは本人に聞け。他人がペラペラ喋っていいものじゃないだろう。この件に関して、俺はあいつが非属性無系統を持っているか否かも話すつもりはない」


「くぁーっ。やっぱそうだよなぁー」


 俺の返しを半ば予想していたのか、将人は悔しそうな声は漏らすもののそれ以上追及はしてこない。とおるも修平も、やっぱりねという顔をしただけだった。


 ……ぬいぐるみ見たんだろ。

 じゃあ、どんな能力かくらいは分かるはずだ。







「おっ!! 勇者様のご登校だ!!」


「は?」


 教室に入るなり、わらわらとクラスメイトたちに囲まれる。


「勇者ってなんだ?」


 遅れて教室に入ってきた3人に尋ねる。


「皆の話を聞けば分かるんじゃないか? 勇者様」


 欠伸をしながらぽんと俺の肩を叩き、自分の席へと移動する修平。


「さて、僕も巻き込まれないうちに避難するとするよ」


 爽やかな笑みを浮かべつつ、全てを丸投げするとおる。


「ははっ。頑張れよ~」


 アホな顔してアホなことを言いながら、スルーを決め込む将人。


「ちょっと、これいったい――」


「身体強化魔法を使いこなせるなんて凄いじゃないか!!」


「花園さんの魔法を受けきるなんてすごーい!!」


「あんな高レベルの近接戦を、同い年が演じられるなんて思わなかったよ!!」


「直ぐにやられちゃったのは残念だったけど、でも格好良かったよ!!」


「うおおっ!?」


 クラスメイト達の熱い視線にやられて仰け反る。


 昨日の試合は俺への魔法評価を予想以上に跳ね上げさせていたらしい。数々の称賛を受けていた中、スルーできないものが混じった。


「流石は花園舞さんに認められる男だけはあるね」


「へ?」


 思わず間の抜けた声を出す。


「あの花園さんにあれだけの啖呵を切らせるなんて、中条君って只者じゃないよねー」


「ちょっと待って。ど、どういう意味だ?」


 認められる? あれだけの啖呵?


 嫌な予感に駆られながらも、恐る恐る問うてみる。


「いや。君が保健室に運ばれた後、皆で君の魔法力について話してたら、花園さんが言ったんだ」


「……何て?」


「『私の認めた聖夜は、あんなもんじゃない』ってね」


 ま、舞ぃぃぃぃっ!?


 がばっと舞の席へと振り返る。昨日の質問攻めの時と同じく舞は我関せずを貫いており、こちらに向けているのは背中のみで振り返ろうともしていない。


 昨日と違うのはただ一点。

 うなじが、髪の色と同じくらい赤くなっていた。


「舞っ!!」


 舞の元へと駆け寄り強引に腕を取って立ち上がらせる。


「なっ、何よ急に、聖夜?」


「とぼけんのはやめろ!! いいから来い!!」


「え? だってもう直ぐ授業って、聖夜ぁぁぁ!?」


 昨日とは完全に逆の図式で舞を教室の外へと連れ出した。

 ……行先は屋上でいいか。







「……それで? 急に何の用よ。屋上まで呼び出して」


 重い鉄の扉を後ろ手に閉じたところで舞が口を開いた。


「あのなぁ」


 それにため息交じりで答える。


「俺があまりこの学園で目立ちたくないってことは教えただろう?」


「それは保健室で聞いた話でしょ。あの時はまだ知らなかったんだもん」


 あ、そうか。

 そういえばクラスメイトたちは、俺が保健室に運ばれた後って言っていた。つまり、俺と舞が保健室で会話する前だったというわけか。


 それは確かにどうしようもない。舞はこのことを知らなかったんだから。


「そっか。あー、すまん。俺が悪かった」


「ううん、私も悪かったわ。ごめんなさい」


 舞が頭を下げる。


「私としては貴方が姫百合可憐の護衛だって聞いて、敵対する相手への抑止力として雇われたのかと思ってたから……」


 なるほど。

 だから逆に力を誇示させなければ、と思ったというわけか。


「……それに、私情も混じっちゃってたし」


 たははと頭に手を当てながら、舞が恥ずかしそうに笑う。確かにめちゃくちゃ込めてはいたな。

 ……俺のためだったけどさ。


「貴方がどういうスタイルで姫百合可憐を護衛していくかについては理解したわ。ここまでしておいてなんだけど、私も協力する」


「……なんか、悪いな」


「いいえ? 私が好きですることだから。聖夜の足、引っ張りたくないしね」


 どの口が言うんだ? 強いくせに。


「貴方1人で危ない橋渡らせるわけにはいかないでしょ」


「あん?」


 その言葉に引っ掛かりを覚えた。


「気付かないとでも思ったわけ?」


 舞の眼光が俺をギロリと睨んでくる。


「貴方が抑止力として機能しない以上、本当に敵が存在するならば姫百合可憐をノーマークだと思い込んで襲ってくるわ。いえ、襲わせよう(、、、、、)としている(、、、、、)。貴方の目的は、姫百合可憐の護衛じゃない。……ううん、この表現は少し違うわね。それもあるんでしょうけど、本当の目的は別にあるって感じかしら」


「……本当の目的ってのは?」


 表情が固いものになっているであろうことを自覚しながら、舞に先を促した。


「襲ってくる敵の殲滅、でしょ?」


 おそらく、ポーカーフェイスは崩れた。俺の視線の揺らぎに、舞が反応したのが分かった。端整な眉を、ぴくりと吊り上げる。


「リナリーが貴方をわざわざこっちに送り込んできての仕事だっていうから、護衛なんて嘘だとは思ってたけど……。随分物騒な仕事引き受けてきたじゃない」


「……お前、探偵になるといいよ」


 素晴らしい推理力だ。


「誤魔化さないで」


 俺の渾身の軽口はぴしゃりと遮断された。……どうでもいいけど渾身の軽口って矛盾してるよね。


「相手は誰?」


「分からん」


「聖夜」


「本当に分からないんだ」


 舞のこれ以上隠し事は無しよという視線を、首を横に振ることで応える。


「そもそも頼まれたのは本当に護衛だ。いや、『だった』という表現が適切かな。その後、師匠から貰ったメールを見て、俺がそう判断しただけだ。確かにお前が言う通り、師匠は今回の件について相手を殲滅したがってる。それは間違いないだろう」


『見事完遂なさい』『一匹たりとも逃がしちゃダメ』『必要とあればヤってよし』。


 そもそも護衛任務の仕事に終わりはない。

 護衛とは対象者を守るための仕事であり、その仕事が終わるということは、クビにされるか、対象者が死ぬか、敵を倒すかの3つに絞られる。


 確実に1つめと2つめは無い。そうなると残るものは1つ。『敵を倒す』ということ。『見事完遂なさい』という文面だけで既にこれ以外の選択肢は無かったわけだが、その後ろ2つがこの考えを決定付けていた。


「うぅん……。リナリーでも分からない敵かぁ」


「いや、単に教えてないだけだろう。師匠はいつもそうだ」


 首を捻る舞に俺は呆れ顔でそう告げた。


「でも、本当に知らなかったら?」


「あり得ないな。あの師匠が知らないことなんて存在するのか?」


 あの大魔法使いであるリナリー・エヴァンスが?


 敵に後れを取る姿すら想像できない。


「でも……。ただの護衛任務くらいなら、聖夜を起用する必要ないんじゃない?」


 確かに。

 その点だけが気がかり。

 単に知り合いの頼みだから受けたという可能性も否定できない為、棚に上げていた疑問ではあるが……。


「まぁ、どんな敵だろうが関係ない。ようは潰せばいいってだけだ」


「そうね。頑張りましょう」


「いや、ちょっと待てちょっと待て」


 自然な流れで俺の意見に同意してきた舞を抑える。


「お前、本当に協力する気か?」


「何度も言わせないで。貴方1人に危ない橋は渡らせないわ」


「だから、そうと決まったわけじゃあ――」


「そうじゃないと決まったわけでもないわ」


 舞が俺の言葉に被せるようにそう返してくる。

 ……その通りだけどさ。


「俺1人でも、十分だと思うんだけど」


「成果を上げる為には万全を期しなさい。私だってあのコたち使わなくても、なかなかのものだったでしょ?」


「ああ、確かに。お前随分と腕を上げたな……って、そうだった」


「なに?」


 その話で今朝修平たちが言っていたことを思い出した。

 ぽんと手を叩く俺に、舞の表情が怪訝なものへと変わる。


「お前、実習で無系統の“操作”魔法を使ってるのか?」


「はぁ?」


 舞が「何言っちゃってんの」みたいな顔を作る。


「使うわけないでしょ。こんな学園の実習で」


「いや、そうだろうとは思うけど」


 ……こんな学園って。一応、ここ名門校だったよな?


「どうしてそんなことを?」


「今日将人たちが言っててさ。お前がぬいぐるみで戦ってるって」


「将人って誰よ」


「……え、クラスメイトだけど。俺とか、……お前の」


 まさかクラスメイトの名前が通じないとは。恐ろしいまでの無関心ぶりだな。


「ああ、そういうことね」


 舞が「納得いきました」とばかりにため息を吐く。


「この学園であのコたちを動かすときは、こっちよ」


 掌を俺の前に差し出してくる。バチッと弾ける音がした。


「なるほど。雷属性の魔法ね」


「ええ。軽く戦わせるくらいなら、操作系を得意とするこの属性魔法だけで十分よ」


 属性付加をクラスメイトに匂わせず、雷属性の操作魔法を操るか。どうやらこの2年の間に舞の腕は相当上がっているらしい。


「姫百合可憐にはバレてたみたいだけどね」


「無系統がか?」


「まさか、属性付加の方よ」


 ですよね。使ってないならバレるはずもない。


「『恐ろしい程に静かな属性付加魔法。感服致しました』ってさ。失礼しちゃうわ!」


 ……それ、褒めてるだけじゃないのか?

 その疑問は心の奥底に幽閉した。プリプリ怒っている舞に油は注ぎたくない。


「……おっと。そろそろ時間か」


 ふと時計を見て気付く。始業まであと5分を切っていた。


「じゃあ、行きましょうか」


「ああ」


 舞の言葉に頷いて、俺は出入り口の扉に手を掛けた。







 ……。


 かちゃかちゃと、食器がぶつかり合う音だけが鳴り響く。

 その音がするのは当然。ここは学食だ。


 今は昼休みであり、学食では顔も名も知らない生徒たちが皆思い思いのメニューをチョイスし食べている。

 しかし、考えてほしい。こんな学園の昼休みの学食で、食器がぶつかり合う音だけ(、、)が響くって何かおかしくないだろうか?


 ……。


 沈黙に耐え切れず、無言で目線を上げてみる。

 そうしたら、丁度向かいの席に座っていた咲夜も目線を上げたところだったようで、ばっちりと目があった。お互いに、頬を引きつらせながらも笑いあう。


 ……。


 顔ごと振り返るような真似はしない。

 ちらりと目線を横にずらしてみれば、明らかに不満ですという顔の舞が、上品にパスタを口に運んでいる。視線を斜め前に向ければ、咲夜の姉こと姫百合可憐が上品にお蕎麦を啜っていた。こちらは不機嫌さは一切表しておらず(というよりも、舞の言うお互いに(、、、、)嫌い合っているというのは嘘だと思われる)、育ちのいいお嬢様をまさに実写化したかのような佇まいを見せていた。


 4人席を確保し、それぞれが自分の食事を前に昼食をとる。

 学食で行うべき最低限はこなしているものの、会話の1つも無いっておかしいだろう。


 事実、俺たちの周辺に席を構えている生徒は(おろ)かこの学食にいる全ての学生たちが俺たちの中の険悪な雰囲気に呑まれ(ヤバいオーラを出してるのは舞のみだが)、誰も一言たりとも口を利かない。

 自分のものを食べ終わると、そそくさと食器を下げ退散。鼻歌交じりに学食へやってきた生徒たちは、例外なく「ひっ」という声と共にUターン。多分、あの様子じゃ今日は購買で済ませるだろう。


 この局地的絶対零度悪寒具合絶賛保障中のどこぞの冷戦のような状況は、俺たち4人が学食に来た時から一向に変わらない。


 まずはどうしてこんな状況になったのかを説明しておこうと思う。







「聖夜ぁー、メシいこうぜー」


 昼休み。

 教師が教室を出て行ったのとほぼ同時に将人が俺のところへ来た。後ろには、とおると修平も一緒だ。昨日も一緒に食べたことだし、今日もそうだろうと思うのは当たり前だ。


 ただ、残念ながらそれは当たり前にはならなかった。


「行くわよ聖夜」


 同じく昼食を俺と食べるつもりだった舞が寄ってくる。


「お?」


「……ふむ」


「へえ」


 将人・とおる・修平が三者三様の反応を示した。


「どうしたのよ、早く行くわよ」


「あ、ああ」


 俺がぎこちなく頷くと、舞は満足したのか俺を待つことなく教室の外へと向かう。


「どうしたんだよ、聖夜」


「花園さんが昼食に誰かを誘うなんて珍しいね」


 将人ととおるが声を潜めつつもそう話してくる。


「あ、悪い。説明は面倒臭いから省略で。修平、お前両替できる?」


「両替? 何を何にだ?」


「500円玉を100円玉に」


「……できると思うが」


 修平が自分の財布を取り出し、小銭をじゃらつかせる。


「頼む」


「ん」


 何だという顔をしながらも俺が差し出した500円玉を受け取った修平は、100円玉を5枚取り出して俺に差し出してくる。俺はそのうちの2枚だけを受け取り、3枚を修平の財布へと流し込んだ。


「これ、昼飯代ってことでよろしく。じゃあな」


 借りは返せるなら早いうちに返しておいた方がいい。


「あ、おい」


「聖夜てめー裏切んのかよ!!」


「将人、その発言空しいだけだからやめた方がいいと思うよ」


 3人の言葉を背で聞きながら、俺は遅れて教室の外へと飛び出した。




 ここまではいい。

 問題なのは、その後だった。




「あ」


「あ」


「あら?」


「あっ」


 運命的な出会いを果たした。

 間違いない。これは運命だった。


 破滅の。


 学食へ向かう為に校内を歩いていた俺たちは、丁度待ち合わせをしていたところだったのか、姫百合可憐と咲夜に出くわした。


 おそらく、この場にいたのが姫百合可憐だけならば、そう問題は無かったと思う。俺と姫百合可憐はあの時答えを教えて貰って以来それっきりだし、舞は姫百合可憐を良く思っていないようだから進んで会話するはずもない。だから、会釈するなり軽く頭下げるなり手を振るなり「よう」とか軽く挨拶をするなり。なりなりうるさいが、つまりはそういうことをすれば済むはずだったのだ。


 唯一、イレギュラーだったのは。


「本当にまた会えましたね、中条せんぱいっ!」


 俺と昨日のうちに出会っていた、咲夜がいたこと。


「あら、間違いないとは思っておりましたが……。やはり咲夜が言っていたのは中条様だったのですね」


 姫百合可憐が優雅な笑みを向けつつ口を開く。


「咲夜にも言ったことだが……。様付けはやめてくれ。柄じゃないんだ」


「ふふふ。では、中条さん、と」


「そうしてくれ」


「私のことも、妹と混乱してしまいますから可憐と」


「分かった。可憐で」


「はい」


 初日に醜態を晒して以来だな、可憐と会話するのは。

 というよりも、あまり進んで関係を築いて行こうとも思ってなかったわけだが。そんなことを考えていたところで、横から発せられる殺気に気付いた。


「……聖夜」


「……は、はい」


 嫌な予感しかしない。


「いったいどういうことよ!!」


 案の定、舞が吠えた。


「ど、どういうことって」


「どうして姫百合可憐はおろか、妹とまで仲良くなってんのよ!!」


「え、え? べ、別に仲が良いとかじゃ……」


「下の名前で呼んでるじゃない!!」


「いや、それはそう呼んでくれって言われたからであってだな」


 なにこの不倫がバレた言い訳みたいな感じ……。

 超至近距離で舞がギャーギャー言ってくる。この上ない騒音を受けつつも、俺の鼓膜はその一言を敏感に察知した。


「ええ……? わ、私とお友達になってくださったのではなかったのですか……?」


 今にも飛び掛かってきそうな舞を宥めながら、確かに俺は聞いた。

 ちらりと声の発信源を見てみれば、可憐のすぐ横で目をちょっと潤ませながら咲夜がこちらの(というより俺の)様子を窺っている。


 負けた。

 素直にそう思った。


「ああ、仲良いな俺ら」


 だから条件反射で断言してしまったのも別に罪ではないと思う。


「聖夜ぁーっ!!」


 舞がキレるのは、半ば予想できていたことで。

 可憐との仲が悪いと知っていた以上、遅かれ早かれこういった事態に陥るであろうことは昨晩咲夜と話した時点で予測済みだ。


 ただ、早過ぎた。心の準備ができてない。

 とりあえず俺はボコボコにされ、根掘り葉掘り真実を聞かれた後今後の対応について舞と話し合う必要があるんだろうなぁ、とか現実逃避していたところで。


 第2の爆弾が投下された。


 この裏切り者とばかりに詰め寄ってくる舞と、それを宥めようと必死な俺。

 俺の断言にほっと安堵の息を吐きつつも、この事態をどう収拾すべきか分からずオロオロしている咲夜。そんな中、可憐が予測不可能信じられない発言をしてきた。


「咲夜の昨晩のお礼もございますし、よろしければお昼ご一緒しませんか? もちろん、花園さんも」


「え?」


「へ?」


「わっ、それ素敵ですっ」


 俺・舞・咲夜の順。


 何それ。

 うちのクラスツートップによるお食事会じゃないですか。


 舞と可憐がテーブル挟んで共にお食事?

 そこでは何が起こるの?


「お、俺の出る幕はなさそうかな」


「呼ばれてんのは貴方でしょ」


 ですよね。

 かくして、学食は日ごろの活気を失うのであった。

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