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第三章 森田慎司 【1】

「っつ…・森田の情報をっ…今すぐ教えてください!!」

「拓哉君!?君は病院のはずじゃ…」

「そんなことはどうでもいいんです!!今分かっていることだけでいいんで、教えてください!!」

 俺は一気にそう言い切って、肩で大きく深呼吸をする。額を汗の玉が伝った。警察所(ここ)までまで全力疾走してきたのだ。俺が今着ているのはいつもの普段着や制服では無く、真っ白な、病院で病人がベッドで寝るときに着ているような服だ。尤も、俺は今病院から走ってきたのだが。

「君が知りたがるのも分かる。でも、こればっかりは…。無理して傷が開いたんだって?」

「俺の身体のことは、大丈夫です。だから…!!」

「…森田のことについては、警察も総力を挙げて調査している。拓哉君、君が今すべきことは、落ち着くことだ」

 落ち着いてなんかいられるかよ。と心の中で警官に悪態をつく。

 俺はあの後病院へ運ばれ、傷と疲労で三日間眠り続けたらしい。瑠佳が死んでからまともに寝てもいなかったから。

「あれから随分時間が経った!!流石の能無しの警察だって、少しぐらい情報を掴んでいるんだろう!!」

「私のことを能無しと罵倒するのはかまわない。ただ、寝る間も惜しんで調査してくれている他のみんなの事を、能無しというのはやめて欲しい」

 とりあえず落ち着いてくれ。と警官は俺を椅子に座らせ、自分も脇に座る。そういえばこの警官は、いつも俺の相手をする。俺に電話をしたのも、説明をしたのも、俺が暴れて首に飛びついたのもこの警官だった。


「…取り乱して、すいません」

 俺が俯いてそう謝ると、警官はにこやかに笑った。

「大丈夫だよ。落ち着いたかい?」

「はい。…すいません。俺、最近おかしいんです。自分で自分のコントロールができないっていうか…。気付いたら、自分でも訳の分からない行動をしていて…。その度に、周りに迷惑をかけてしまって。もう、どうしたらいいのか…」

 俺は自分で自分の顔を覆う。たまに感情が暴走することがあった。自分で制御できない…というより、自分はもしかしたら制御しようともしていないのだろうか。

「俺…変、ですか?病院行ったほうがいいんですか…?」

「君は変なんかじゃないよ。ただ、かけがえの無い人を失って、心が傷ついただけ。そうだろう?」

 警官の顔を見ずに、コクコクと頷く。それ以上に、何を話したらいいのか分からなかった。

「きっと、君の傷はそう簡単には癒えない。心の傷も、君が瑠佳ちゃんの影を追って付けた傷も」

「…はい」

 俺はそっと、胸の傷に触れる。ちくりと痛んだ。子供たちと遊んでいたときには全く痛まなかったのに。

 それはきっと、森田が俺の傷を抉るような真似をしたから。身体的にも、精神的にも。屈辱。痛み。敗北感。憎悪。俺は森田に対して手も足も出なかった。飄々とした態度に戸惑うだけで、何もできなかった。悔しい…。


「俺、森田に会いました」

「なに?」

「なぜ警察は、森田(あれ)を釈放したんですか?彼が瑠佳を殺したことは間違いないんでしょう?」

「それは…」

 警官はうろたえ、視線を落とした。

「仕方が無かったんだ。いくら調べても、『森田慎司』は三ヶ月前に間違いなく死んでいる。家族も認知済みだ。身分証から、森田本人だというのも分かる」

「でも…っ」

「事実上『死んだ』とされている者を、署に留めておくには限界がある。納得はいかないが、それだけだ。分かるね?」

 俺は奥歯を噛み締めた。でも、俺は間違いなくあいつと会っている。

「あいつ…俺達の全てを知っていました。両親がいないことも、その詳細も、誕生日まで…」

「以前、森田にあったことは?家族ぐるみの付き合いをしていたとか…」

 俺は黙って首を振る。それを見て警官はため息をついた。


「…本当に何か分かっていることはないんですか?」

 警官はきまり悪そうに目を泳がせる。

「俺…」

「分かった。君には知る権利がある。私が交渉してこよう」

 警官が立ち上がり、おそらくこの事件の代表だろう男に声を掛けた。俺はちらとそちらを見ると、そのまま膝に頭を埋める。俺は、あの人を利用する。そう思うと、罪悪感がこみあげてきた。そしてそんな自分に嫌悪感がつのる。

「拓哉君、許可が降りた。別室で…拓哉君?」

「あ…。すみません」

 大丈夫か。と聞いてくる警官に返事を返し、立ち上がる。

「ここを行った先に、情報が保管されている部屋があるんだが…」

「はい」

 警官の声が、どこか遠くに聞こえた。


                              +++++


「あの…えっと」

 名前が分からないため、なんと呼んでいいのか。警官さん、と呼ぶのは失礼な気がする。

「ん?ああ。名前は初めて会ったときに伝えておいたはずなんだが…。君は混乱していたし無理も無い。私は桐嶋。こう見えても刑事なんだよ」

「刑事…」

「まあ警官でも刑事でも、そんなにたいした違いは無いんだけどね」

 先程から、思考を読まれている気がする。刑事だっていうから、洞察力が高いんだろうか。

「刑事さんには、見えなかったかい?」

 そう言って警官―桐嶋さんが苦笑する。俺は椅子に座ったまま、居心地が悪くて首を傾げた。俺が今いるのは、刑事ドラマなんかでよく見る、取調べ室のようなところだった。本当の取調室がどんなだかは知らないが。


「…と、これが、森田の情報だ」

 桐嶋さんが立ち並ぶ本棚から、比較的薄いファイルを取り出した。閉じられている紙の量もそんなに多くはない。

 めくると、そこには森田の顔写真がでかでかと印刷されていた。きっと、免許証か何かの写真なのだろう。俺が会ったときよりも幾分か若く見えた。相変わらず肌が青白かったが、口元にはあの薄気味悪い笑みはなく、無表情だった。

「拓哉君、会ったのは本当にコイツかい?」

「ええ。一度会ったら忘れませんよ」

「そうか」

 森田の顔写真をもう一度まじまじと見ると、下に書かれている文章へと移る。

「『森田慎司。未婚。数年前に一度結婚しているが、すぐに離縁。実家に父、母、妹』か…」

 一言一句、声に出して読んでいると、その下に興味深いことが記されていた。

「『故人。当時28歳。5月18日、某橋の上からの飛び降り自殺と見られる。雨で増水した川の水で溺れ、水死。下流まで流されたところを、釣りに来ていた中学生数名に発見される。』」

 その下に、手書きで『楠木瑠佳(当時7歳)を刺し殺したとして現在調査中。』

「桐嶋さん…」

 俺が振り返ると、桐嶋さんの手の中から何かがゴト、と音を立てて落ちた。





お盆休みでぼーっとしていたらこんなに・・・ごめんなさい

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