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家族 【4】

                              +++++


「お帰りなさい」

 俺は立ち上がって、微笑んだ。

「すいません。勝手に上がり込んじゃって」

「かまいませんよ。あれ、みんな寝ちゃったんですね」

「はい。はしゃいでたから、遊び疲れたんだと思います」

「ふふふ。お兄さんも、疲れたんじゃないですか?」

「ここの子供達は、みんな元気ですからね。流石に疲れます」

 アカネさんはお疲れ様です。と笑うと、はっとしたように俺の顔を見た。

「どうかしましたか?」

「いえ…そういえば私、お兄さんの名前も聞いてなかったような…」

 俺達は顔を見合わせると、お互いに吹き出した。そして、子供達が寝ていることを思い出してしーっと声を落とす。


「今更ですけど、私の名前は…」

「アカネさん、ですよね?」

 アカネさんは首を傾げると、不思議そうな顔をした。俺は慌てて付け足す。

「この間、子供達が『アカネちゃん』って呼んでたので」

「ああ、なるほど」

 納得したように頷くと、ポンと手を叩く。俺はそっと胸をなでおろした。…なんで緊張したのかわからないけど。

「改めまして…。宮野茜といいます」

「えーっと…」

 これからは宮野さんと呼んだほうがいいのか、茜さんと呼んだほうがいいのか、戸惑う。それを察したように、茜さんは苦笑した。

「茜でいいですよ」

「俺は楠木拓哉です」

「じゃあ、私は楠木さんと呼ばせてもらいますね」

「あっ拓哉でいいです。堅苦しいですし」

 茜さんのほうが年上だと思うし。と付け足すが、茜さんは首を振った。

「いいえ。楠木さんって呼ばせてもらいます。どうしても嫌ならいですけど…」

「嫌ってわけじゃないですけど…」

「んー。でもやっぱり、楠木さんよりもお兄さんのほうが呼びやすいかもです」

 茜さんはそういって、悪戯が成功した子供のような顔をする。

「改めてよろしくです。楠木さん」

「い、いや…こちらこそです。茜さん」

 俺達はそう言って、なんだかむず痒い気持ちになって笑った。


「ふふ…やっと笑った」

「え?俺笑ってませんでした?」

 茜さんや、子供達の前では結構笑っていた記憶がある。

「あ、いや、笑ってはいたんですけど…なんとなく、影があるような気がして。それが今のは、高校生らしい、無邪気っていうか、子供っぽいっていうか…」

「子供っぽいですか」

「あ!!ごめんなさい。…怒っちゃいました?」

 そう言って顔の前で手を合わせる茜さん。年上なのに、なんだか頼りないっていうか。

「ははは。別に怒ってませんよ。子供っぽいなんて言われたことなかったので」

「そうなんですか?」

「はい。むしろ大人びてるっていうか、無駄に大人っぽすぎるって言われることばっかりですね」

 昔から、何もかも完璧でどこにも穴がない、『大人すぎる、どこか悟った子』だった俺。『子供っぽい』なんて一度も言われたことは無かった。

「そうですか?私は二回会っただけで、結構子供っぽいとこ発見しちゃったりしたんですけど」

「どんなところですか?」

「それは…秘密です」

 き、気になる。

「な、なんで秘密なんですか?」

「なんで秘密かなんて、秘密だから秘密なんですよ」

「茜さんのほうが、子供っぽいと思います…」

「ふふふ」

 二回会っただけだけど、なんだか読めない人だ。…天然?


「う…ん…」

「あ、起きちゃったかな」

 茜さんが屈むと、俊が布団から這い出してきた。

「ん…あかねちゃん?帰ってきたの?」

 俊は手を伸ばして、無邪気に茜さんにだっこを求めた。茜さんは優しく抱き上げ、髪を撫でる。

「楠木さん…拓哉お兄ちゃんと、何してあそんだの?」

「たくあ兄ちゃんの、肩車が高かったの…」

「そっか。怖くなかった?」

「こわくなんか…ふぁ・・」

 茜さんがそっと尋ねると、俊は大きな欠伸をした。

「まだ、寝てもいいよ?」

「ううん…たくあ兄ちゃん…」

「どうした?」

「いっしょに遊んでくれて…ありがとう」

 眠そうな目をこすりながら、笑顔の俊が言った。そのまま、俊は茜さんの腕の中でもう一度深い眠りについた。


「また寝ちゃいましたね」

「子供は、遊びと寝るのが仕事ですから」

 他の子を起こさないように気をつけながら、茜さんは優しい手つきで俊を布団に戻す。

「ありがとう、だって…」

「男の人が少ないから、ああいう風に肩車とかで遊んでもらえることってないんです。嬉しかったんでしょうね。歳の離れたお兄ちゃんができたみたいで」

「そうだと、嬉しいです…。こんどはまた、休日にでもきますね」

 休日なら、他にも子供がいっぱいいるだろう。俺にできることといえば、その子達と遊んであげることぐらいだろうから。

「あれ、もう帰っちゃうんですか?夕ご飯ぐらい、ご馳走しようとおもったのに」

「気にしないでください。それに、他にもたくさん子供たちが帰ってきて大変でしょう?」

「そうですか…。ちょっぴり残念です」

本当ならご馳走になりたいが、迷惑になるわけにはいかない。

「また、すぐにきます。子供達によろしく」

「はい、また。さようなら」

「さようなら」

 そう言って、しらゆり園を後にする。手を振った俺に、手を振り返してくれた茜さんは、やっぱり笑顔だった。

 空は、輝くような夕焼けに染まっていた。

                              +++++


「…」

 俺は首の後ろで手を組み、家へと向かう道を歩く。それなりに広い道なのだが、辺りには人の姿は見えない。体に軽い疲労感はあったが、それもまた心地いい。どうせ暇なんだ。来週も行ってみよう。


「あ、すみません」

「…」

 前から歩いてくる男と肩がぶつかって、俺は反射的に謝る。しかし男は何も発しない。男は立ち止まると、訝しげに俺を見た。俺はそれを無視して先に進もうとするがそれを男が遮る。俺が右に行けば右に、左に行けば左に。

「あの、何ですか?」

 俺も次第に苛立ち男にそう問いかける。男はちら、と俺の顔を覗き込むと、グッと顔を近づける。白いというより青白いに近い顔色と、蛇のように鋭く細い目。

「くくく…」

 そして、笑った。俺の肌が粟立つ。

「あの…」

「くくく…お兄ちゃん…?」

 思考が停止した。こいつ、今なんて…?

「お兄ちゃん、逃げて…。そう言ってたよ。くくく。瑠佳ちゃんだっけ…。本当にお兄ちゃんが大好きなんだね」

「っ…!!」

「殺す気はなかったんだよ…。ついておいで、って言っても、ついてこなかったんだ。お兄ちゃんがどうなってもいいの?って聞いたら、飛び掛ってきたから、ね?」

「き…さま…」

 俺は気づけば男―瑠佳を殺した犯人、森田に襲い掛かっていた。森田は抵抗もせず、されるがまま地面に押し倒された。


「お前…俺たちの何を知ってんだ?」

「楠木拓哉。高校三年、11月16日生まれの17歳。小学生の頃に父が他界。その後、母に捨てられ、いままで幼い妹、楠木瑠佳と二人で過ごしてきた。妹が森田慎司―おっと、僕か。に殺された後は天涯孤独となり…」

 森田が、まるで国語の教科書でも読み上げるようにすらすらと述べる。俺の背中を冷や汗が伝った。この男、俺たちの何もかもを知っている。

「ちなみに楠木瑠佳は、小学一年、8月20日生まれの7歳。両親の顔も曖昧にしか覚えておらず、歳の離れた兄と二人で暮らしてきた。もっとも、7歳の誕生日に殺され、帰らぬ人に…」

「やめろ」

「あれ、怒っちゃった?ちょっとお喋りが過ぎちゃったかな」

「やめろって…言ってんだろうが…」

 再び俺の心を、憎しみが支配する。この男が、瑠佳を殺したんだ。コロシタンダ―。この男が、憎い。ニクイ、ニクイ、ニクイニクイニクイニクイ―。

「ヴ…ァァァアアアアアア!!!」

 今、何も凶器になるような物は持っていない。なら、この拳でやるしかない。殺ルシカ――。

「まいったな。ほら怒らないでよ。お兄…」

「死ね。死ネェエエエエエエエ!!」

「まったく。面倒な」

 森田は俺の拳をいとも簡単に片手で受け止めると、起き上がって俺の前に立った。

 俺は狂ったように暴れ、『死ね』『殺す』と叫びながら、森田に飛び掛る。森田はそれを蛇のように細い目で睨み…。


「うっ…ごほっ」

 一瞬の間の後、勝負を制したのは森田だった。俺は、何がなんだか分からないまま地面に倒されていた。森田が強く俺の胸を踏みつける。

「…っ!!」

「やっぱりか…。まだ、傷口が塞がってないんだろう?」

「いっ…」

 抉るように、何度も、何度も。俺の傷を踏みつける。俺の着ていたTシャツには、いつの間にか血が染みてきていた。


「ぐっ…お前を…殺して…」

「君が僕を?どうして?」

「お前は…瑠佳を…」

 俺が苦し紛れに言うと、森田は更に勢いよく俺の傷を踏みつけた。鋭い痛みが胸だけでなく、全身を駆け抜ける。

「殺した…?くくく。そうか…僕は、君の妹を殺したんだな…」

「死ね…」

「くくく…。はははははは!!!」

 森田は高笑いをすると、俺の胸から足をどけた。俺はすかさず立ち上がる。血がボタボタと地面に落ちた。

「楠木…いい、いいよ!!君は、僕の想像以上だ…。でも、まだ足りない。もっと、もっと憎め。もっと醜く、もっと壊れるといい…」

「森…田…」

「まだ、足りない…。君が僕の理想になるまでには、もっと『生け贄』が必要だね。…次に会うときまで、考えてくるよ」

 じゅるり、と森田が舌なめずりをした。

「楠木。また君に会えるときを、楽しみにしているよ…。くくく」

「ま…て…」



 俺は、去っていく森田の後ろ姿を見送ることしかできなかった。森田の高笑いが、まだ耳の奥にこびり付いている気がした。


 そして俺は気を失い、緩やかに闇に呑まれていった…。




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