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家族 【3】

 俺は今日、無断で学校を休んで家にいた。後で問いただされるだろうがどうでもいい。体が酷く重い。

 昨日―あの後俺は、夜中になるまで特に目立ったことはしなかった。完全に母さんとは縁を切り、俺は一人になった。母さん(あの女)と繋がっているのもは、この俺の体に流れる血と父さんの楠木の姓だけだ。尤もあの女は再婚する気らしいから、楠木の姓は捨てるのだろう。俺達を捨てたときのように、ゴミのように。

「っ…」

 家にいたら駄目だ。ここにいたら、もう憎みたくも無い人まで憎んでしまう。無意識に傷つけてしまう…。

 そう思って俺は、家を出た。


 それなりに活気のあるあたりにくると、俺は途端に後悔した。自分が学校をサボっていることを忘れていた。補導されるかもしれない。

「もう、帰るか…」

 なんとなく帰りたくは無かった。かと言って、学校に行く気にはやはりなれなかった。


 そのとき俺の脳裏に浮かんだのは、たくさんの子供たちと、優しく微笑む女性ひと。そう、『しらゆり園』。アカネさんは、学生ではないらしいからいるのかもしれない。ここからあまり遠くもないし、ためしに行ってみよう。


                              +++++


「あっ。昨日のお兄さん。こんにちは」

「どうも、こんにちは」

 案の定、アカネさんはいた。俺は微笑むと軽く会釈をする。子供たちは小学校や幼稚園に上がる前の子達が、元気に遊んでいる。

「あれ?お兄さん、学生さんじゃなかったんですか?昨日はたしか制服…」

 学校に行くわけではなかったので、今日はジーパンにTシャツというラフな格好をしていた。

「えっと…振休なんです。振り替え休業」

「なるほど!!そうだったんですか」

 アカネさんはポンと手を叩くと、優しく笑った。その笑顔が、罪悪感となって微かに俺の胸を締め付ける。


「あっ。すみません。私はこれで…」

「何か用事があるんですか?」

「ええ。ちょっと用事があるのでこれから出かけるのだけど…」

 アカネさんはそう言って、近寄ってきた男の子の頭を困ったように撫でる。

「本当は、今日はこの子達と遊ぶ約束をしていたの」

「ねーえ。きょおは遊ばないの?」

「ごめんね。また今度、遊ぼうね」

 男の子は悲しそうに俯く。

「…俺、この子達と遊んでましょうか?特にすることもなくて暇だし」

「本当ですか!!ありがとうございます。よかったね」

 俺は腕捲りをして、男の子のほうへいく。男の子は不思議そうに顔を傾げたが、警戒はされていないみたいだ。

「よーし。今日は兄ちゃんが遊んでやるからな。名前はなんていうの?」

「ん、しゅん!!」

「おっ。カッコイイ名前だな。俺は拓哉。た・く・やだよ」

「たくあ?」

 俺のそんな姿をアカネさんは見、笑った。

「じゃあ、お願いしますね。夕方までには戻ります」

「はい!!任せてください」

「ふふ。任せました。俊、お兄ちゃんにいっぱい遊んでもらってねー」

「うんっ」


 俺はアカネさんを見送ると、俊の小さな体を楽々と担いだ。

「よーし。ほら、肩車」

「わあ!!すっごくたかーい!!」

「そうだろ?落っこちるなよ」

 俊はキャッキャッとはしゃいで、俺の髪をぎゅっと掴む。

「痛たたた…ってん?」

 気が付くと俺は、好奇心旺盛な子供たちに囲まれていた。

「おにいちゃん、だぁれ?」

「俺は…」

「このひとは、たくあ兄ちゃんだよ」

 俊が俺にしがみついたまま、自慢げに言う。

「たくあおにいちゃん。だっこ!!」

「ぼくも!!」

 子供達の中で、俺は『たくあ』と覚えられているらしい。本当は『たくや』なのだけど…別にいいか。

「わかった。わかった。順番な」


 俺はその(あと)、子供たちを順番に肩車をしたり、抱き上げてぐるぐると回してやったりした。子供達は、普段こんなにアクティブに遊んでもらってないのか、俺の想像以上に喜んでくれた。…のだけれど。

「ま…待った。げほっ…ちょ、休憩…」

「えー。もう終わりなのー?」

 はりきりすぎたのか、それとも運動不足だからか、あっというまにスタミナ切れになってしまった。…不覚。それにしても…

「おにいちゃん、はやくー」

「だから…待ってってば…」

「はやくはやく!!」

 どうしてこんなに子供は元気というか、タフというか。疲れているようには全然見えない。

「も…無理。限界…」

 俺は走るのをやめ、草の上に寝転ぶ―もとい倒れこんだ。

 こんなに元気な子達と毎日遊んでいるアカネさん達は、凄い。


「遊ぼ!!」

「兄ちゃんちょっと疲れ…ぐはっ。俊、腹の上に乗っかるな!!」

「わあ。おもしろそう!!」

「面白くな…わっ。だから乗るなって!!」

 あっという間に俺は、子供達に上に乗られてしまった。痛くはないが、少し重い。

「ほらほらどけろ。いうこと聞かないやつは…こうだぞ!!」

「きゃああ!!くすぐったい!!」

「ははは!!」

 俺の上からどけ―もとい転げ落ちた子供達は、俺の真似をして草の上に寝っころがる。よく、一緒に遊びに出かけたときに瑠佳ともこうして寝っ転がったっけ。そうして瑠佳は、決まってこう言う。

『ありがとう』


「…お前らは、今、幸せか?楽しいか?」

「しあわせ?」

 首を傾げる俊の頭を、俺は優しく撫でる。

「まだ、分からないか」

「?でもね、たくあ兄ちゃんと遊ぶのは楽しい」

「そう…」

 あともう少し大きくなったら、自分達がここで生活している意味を知るだろう。ここで自分達を育ててくれている人たちが、母親という存在や、父親という存在とは違うものだと。共に過ごしている仲間が、兄弟という存在ではないと気づくだろう。自分には『家族』という存在が欠けていると気づくだろう。

 そのときに、この子達は今と同じように笑えるだろうか。無邪気なまま、笑顔で人を幸せにできるような子になれるだろうか。

 お互いに助け合い、手を取り合って、笑顔で生きていけるだろうか。

「お前達なら、きっと大丈夫…」

 俺は独り言のように呟く。

 きっと、自分を捨てた両親のことを憎むだろう。それでも俺のようには腐らないで欲しい。たとえ何があってもまっすぐに進んで欲しい。


「たくあ兄ちゃん?」

 不思議そうに俺を覗き込む俊。俺は笑って、その小さな頭をガシガシと撫でる。

「俊…」

「なぁに?」

「よしっ!!もう一遊びしてくるか!!」

 俺が伸びをしてそう言うと、俊は目をパチクリさせ…

「うんっ」

 最高の笑顔で頷いた。


 何があっても、その笑顔を忘れるな――



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