ケモノ 【3】
「っはぁ…。ど…うして、こんな…こと…。あ…っ…。あなたの…目的はっ…なに!?」
「目的? …俺はあいつが苦しめば、それでいいんだ」
「こた…えに、なってない…っ!」
「黙れ」
俺は女の頬を叩き、縛り上げた腕をさらに強くひねった。
「いっ…やめて…」
女は床に這い蹲り、涙や何やらでぐしゃぐしゃになりながら懇願する。
「もう…やめてよ…。私が、何をしたっていうの」
「お前は何もしちゃいない。したのは…お前の兄貴だ」
この女は、あいつの実の妹。はたしてあの男がこの程度で苦しむかどうかは定かではないが、この際どうだっていい。
俺はまた、女の肌に手を這わせる。白い肌は柔らかく、手のひらに吸い付くようだ。
「い…や…。やめて! いやぁ…」
女は悲鳴を上げ、俺の足に縋りつく。
「お願い…もうこれ以上…」
「駄目だ」
「いやっ」
女が顔を上げた。絶望に歪んだその顔はとても美しいとは言い難く、しかしその濡れた瞳だけは反抗的に細められている。
「まだ、気が狂ってはいないようだな」
気が狂っていないことが、果たしていいことなのか。ここから先は狂っていたほうが楽かもしれない。
俺は女と同じように目を細め、手中に光る鋭利な刃物を握りなおした。
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…。
……。
「ふう…」
俺は浅く溜め息をつき、いまだに夏の暖かさを宿す太陽―いや、太陽の浮かぶ空を見つめた。太陽光とは逆に、凍えるように冷たい秋風が俺の髪を撫でる。
「次の獲物は…」
無意識に呟くと、自分の意思とは反対に口元が歪む。歪んだ口元とは逆に、冷めたように光を宿さない眼。
そして吹き抜ける風。まるで、俺の胸に開いた穴を吹き抜けていく。
「いいさ…。全部、殺してやる」
森田の関係者は、片っ端から殺してやる。
「憎め。俺を憎めよ。憎んで苦しめ。苦しめば、楽にしてやるから」
俺はポケットに手を突っ込み、中にあるものを確認する。生温かい液体に包まれた、冷たいそれ。耳にこびり付く悲鳴を思い出し俺はうっとりと眼を閉じた。
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「どちら様…!?」
「叫ぶなよ。じっとしてろ」
「それ…その…」
「大丈夫だ。あの世で娘が待っている。息子もすぐに逝くから」
「むす…っ! ……」
「…苦しまないように、一発で殺してやった。感謝しろ」
カチ、カチ、カチ。
時計の音は、休まずに聞こえ――。
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「うっ…」
吐き気がこみ上げ思わずその場にうずくまったが、ここしばらく何も口にしていないことに気づく。吐くものがなければ吐けない。
俺は諦めて立ち上がった。
じゃり。
足元の砂が音を立てる。
日はもうとっくに沈み、辺りを月明かりと儚げな街灯が照らしていた。
「まるで…ケモノだな…」
俺は、ケモノだ。
森田の母親を殺し、罪を『犯した』。森田の妹を『犯した』。
森田のことを考えると胸の奥が痛むように疼き、森田の妹である女のことを考えると下半身が疼く。
人を殺したくて仕方がない。犯したくて仕方がない。
こんなのが、人間のはずはない。
だから、俺はケモノなんだ。
だから、情というものをしらないんだ。
遅くなって申し訳ありません;;;
pcの調子が悪いので、更新の頻度が遅くなります…。