文化委員?
私の誕生日をすぎた頃から、徐々に寒さが厳しくなって、私は愛里でいることになんの違和感もなくなっていた。
もしかしたら、自分は愛里だったのかもしれない。人形の愛里がいなかったら本気でそう思っていた。死んだ人間が生き返る世界なら、それもありなのかもしれない。
この世は全てでたらめで、神崎深雪は、もうすぐ消えてしまう……。
「秋宮、秋宮…あ、き、み、や」
「は……はい!」
私は驚いて顔をあげる。
そこは教室で、目の前には担任の先生。そして私を見る女子たちの冷たい目。どうやらまた寝ていたらしい。最近どれだけ寝ても眠くて仕方がない。
「お前、文化委員だからな。早川と討論会の準備にあたれよ」
担任は呆れた顔で黒板の文字を指差した。
黒板には『討論会、現代社会の生と死。自殺は罪かどうか』と書いてあった。
「は、はい」
なんとか返事をしたが、頭の中は自殺という文字に埋め尽くされていた。
な、なんでこれを討論するの? 去年は幸せについてだったのに!
「当日の準備とかが主だからそんな難しくないぞ。そんな顔をするな」
先生は私の表情から勘違いしたのか優しく励ましてくれた。
「はい、頑張ります」
完全に私の負けだ。寝たのがいけなかった。しかもあの早川君とだよ……。
あぁ、こっち睨んでるよ~
あれ? ちょっとまてよ。たしか文化委員って私の役じゃなかった?
私は今日一日、自殺と討論と早川君が頭の中をくるくる回り、授業を受けるどころか寝ることさえ出来なかった。
そして、しおしおになって帰ってきた私にラブリーうさちゃんこと愛里は容赦ない言葉を浴びせてきたのだった。
「何よ! そんなことでうじうじしてるわけ? いい? これはチャンスよ! 深雪の記憶と早川君、両方手に入れるチャンスじゃない! いっちゃいなさい深雪! 自分の可愛さに自信を持って~!」
可愛いって……自分で言う? というか、私早川君が好きだって愛里に言ってないのに何で知ってるの?
「愛里。私にそんなことが出来ると思う?」
私はベッドに倒れこむ。
あぁ、このまま引きこもってしまいたい。学校なんか行きたくないよ~
だって、だって、あの早川君と文化委員だよ? あの時も私のことすっごく睨んでたよ。はぁ、私そんな嫌われるようなことしたかな~
私は愛里の罵声を半分聞き流しながら心の中で頭を抱えた。
そもそも私、早川君と文化委員をしてたの?
そして私はいつの間にか寝てしまった。
翌日、私は早朝から内心頭を抱えていた。何とか登校したのは良いものの、私の目の前には早川君。 私が席についてすぐ、早川君が近づいてきて、それからずっと私を見ている。
睨んでいる。見下ろしている。
視線をそらしたくても怖くてできない。
なんで? 私なんかした? やっぱ、私の墓のとこにいたのがまずかったのかなぁ。
いや、けど……ううん、思えば深雪の時も早川君はいつも私のことを睨んでた。
やっぱり、私のこと嫌いだったんだぁ。あぁぁぁ、本当に引きこもりたい、登校拒否したいよ~!
「秋宮」
「は、はい!」
突然呼ばれ、思わず声が裏返ってしまう。
「今日、昼休み文化委員の会議があるからこいよ」
早川君はたったそれだけ言うと自分の席に戻って行った。私は空気の抜けた風船のように机に突っ伏した。
もしかしてあれだけを言うためにずっと私を睨んでたの? きっと蛇に睨まれた蛙の気持ちってあんな感じだろうな。
私はまだ遠い昼休みを思ってため息をついた。
早く来て欲しい時は遅くて、早く来て欲しくない時にかぎって速いのはなぜだろう。
私は教室の時計を睨む。
おかしい、さっきまでは三時間目だったはず、一体どんな魔法がかかったのか。丸一時間分の記憶がない。しかしそんなことに気を取られている時間は無い。
早く会議にいかなくちゃ!
文化委員の集まりを初め、ほとんどの会議はこの会議室でやる。広くも狭くも無い教室には長机と椅子が整列している。
私が会議室に入った時にはすでに早川君はいて、その他にも二人そこにいた。きっと同じ文化委員なんだろうけど、交友関係が非常に狭かった私にはそれが誰なのか分からなかった。
「あっ、愛里ちゃんだよね~。転校生の、噂は聞いてるよ。私は隣のクラスの菅友美、よろしくね!」
トーンの高い声で話しかけてきたのはショートカットのいかにもパワフルな女の子だった。
「別に自己紹介なんかいらないんじゃないんですか?」
その隣にいる男の子が面倒くさそうに口を開いた。
「自己紹介は大切よ? 社交的にいかなきゃ」
男の子は面倒だと書いてある顔でこちらを見ている。
「篠部裕」
非常に簡潔な自己紹介だ。
「よ、よろしく」
私は直感で篠部君と話すことは無いだろうなと思った。
「では、みんな集まったので、文化委員会議を始めまーす」
菅さんの一言で始まった会議は、私と菅さんの話し合いと化した……。
彼女によると、今年は学年全体で討論会をしたいらしい。去年は班ごとだったからかなり大規模なものとなる。それにあたっての参加の仕方なのだが。
「やっぱり討論なんだからみんなに意見を言って欲しいよね」
菅さんは先ほどから頬杖をついて黒板を睨んでいる。
「そうだよね……けどそんなに時間ないよ?」
「それが問題なのよ」
私は菅さんの横顔を見ながら記憶を掘り出していた。菅さん、隣のクラスだから話した事は無い。けどなんとなく知っている気がした。たぶん時々私のクラスに来てたのだろう。
「一人一人マイクを持ってもらう?」
「だめ、みんなが口々に自分の意見を言ったんじゃ収集がつかなくなる」
私の案は即刻菅さんが却下した。
「じゃぁどうする?」
「どうしよう」
半分心ここにあらずの会話が途絶えた。
教室に痛い沈黙が流れる。私はちらりと銅像となっている二人を見た。二人とも無表情で怖い。
「事前に全員の意見を紙に書いてもらう。それを討論会で読めばいい。途中で意見のある奴は前のマイクで言ってもらえ」
淡々とした口調で沈黙を切り裂いた救世主は早川君だった。
「ナイスアイディーア!」
菅さんがキラキラした目で早川君を見た。
「帰ってもいいか?」
と、冷たい目で言った早川君はすでに立ち上がっている。
「ど、どうぞ」
早川君の迫力勝ち。早川君は颯爽と教室から出て行った。あの意見も自分が帰りたいから考えたんだ。ある意味すごい。
さすが、文武両道で名高い早川君。
いくら生き返ったとはいえ凡人の私には理解できない次元を生きている。
「けど、真面目にやってくれるみたいで安心したな~」
「……なんで?」
菅さんの方に顔を向けると彼女は苦笑いを浮かべていた。
「神崎さんがいなくなったでしょ? だから職務放棄するかなぁって思ってたの」
私がいなくなったから? なんでそんなことで放棄しなくちゃいけない? あの早川君が……?
私の顔に疑問符が出ていたのか、菅さんはクスッと笑うと少し声を落としてこう言った。
「役員選出の時、文化委員だけきまらなくてね。まぁ、彼が立候補したんだけど、その時に条件を出したのよ」
条件?
「もう一人の文化委員を神崎深雪にする。それを条件にしたの」
「な、なんで?」
なんで私を?????
「さぁ、彼女のことが好きだったのか」
ないない。
「なんとなくなのか」
あ、それもありそう。
「争いをさけたのか」
争い?
「彼女大人しいから仕事を押し付けられると思ったのか」
それだよ。絶対ありえる。私は人身御供だ。
「まぁ、彼はそのことについて何も言わないし、噂に尾ひれがついて彼女大変だったみたい」
菅さんは記録を読み上げるように話した。私は役員選出の裏話にも驚いたけど他クラスの菅さんがそれを知っていることにも驚いた。た しか役員選出の時って、私休んでたんじゃ……。
早川君、それを利用したんだ。策略家、天晴れ……と、いうことは、私がいじめられた原因の中にこれ入ってるんじゃ!
女の嫉妬の怖さは身にしみて知っている。
「けど実は今回の議題をだしたの彼なのよ」
「え? この議題早川君が出したの?」
てっきり先生かと……。
「彼がじきじきに掛け合ったらしいよ。あっ、もう昼休みが終わっちゃう。今日はもうこれで終わりね!」
これにて第一回文化委員会議終了。
今日の収穫、大漁。
「で? 深雪、なんか作戦考えてるの?」
その日の夜、ベッドにもぐりこむなり愛里がそう聞いてきた。
「作戦ってなによ、作戦って……」
「早川凍太を彼氏にする作戦よ」
うつらうつらしながらそんなものもあったなぁと頭の隅で思った。
「もっと恋に力を注ぎなさいよ! 女の子はね、恋に生きるのよ!」
「私女の子じゃないし」
「あほか~! そんな言い訳が通用すると思ってるの? ……わかった、そこまでいうなら仕方ない」
えっ? 何も言ってませんけど?
「この私が直々に早川君に告白してあげる」
「はっ?」
私は枕元のぬいぐるみをつかんで目の前にぶら下げた。
「暴力反対―!」
「なんでそうなるの? 愛里ぬいぐるみじゃない……怪しすぎるよ」
「そんなことない! いい? まず私が彼の前に落ちる。よれよれの可愛い私を見て彼は絶対私を拾う。そしてその時彼に深雪からのメッセージを伝えるの! いいアイディアでしょ? ねぇ、深雪?」
果たして私は愛里の言葉を最後まで聞くことが出来たのだろうか……。