誕生日
この日はまた一段と寒かった。道にある木々は全ての葉を落とし、木枯らしがそれを巻き上げていた。
秋がだんだん過ぎていき、私はいつも布団の中から抜けだせず、愛里に叩きだされて学校へ行った。
く~……眠い。愛里だって同い年なんだからこの気持ちわかるでしょ?
私はフワァとあくびをする。
教室はにぎやかで、置いてけぼりをくらわされたような気がする。愛沢さんも相変わらず孤立していて、千春はよく話しかけてくれた。彼氏なんて出来ないし、作りたくもない。
でも、そろそろ行動を起こさないとね。いつまでたっても帰れない。
愛里として潜伏してからもう二週間がたち、これといった収穫のないまま時間だけがすぎていた。
クラスの人たちと少しずつ話すようにもなって、思い出したことがあった。
昔の、明るかったころの自分。
まだ私は小学生で、友達がたくさんいて、毎日、日が暮れるまで遊んでいた。
いじめられていたころの私とは正反対の自分。
だから、愛里になっても違和感がなかったんだ。今の愛里は、昔の深雪だった。
どうして自分の殻に閉じこもるようになったんだっけ……?
そう思った瞬間、頭がちくりと痛んだ。頭の奥の方が思い出すことを拒絶しているように。
私はそれきり考えることを止めた。
思い出してはいけない。思い出しては、いけないんだ。
うだうだと考えた挙句、私はもう一度自分の墓に行くことにした。
“自分の”といえる辺りに深雪がすでに死んでいることを実感した。
不思議なほど、私はそれを受け止めている。
私はそんなことを思いながら花を片手に墓地への道を歩いた。
あれ?
私は墓地に入って数歩の所で足を止めた。
私の墓の前に誰かいる。かかんで、そう、拝んでる。それにあれはうちの制服のような……。
私は気になってそっと近づく。その時、かがんでいた人影が立ち上がった。
彼は、まっすぐ私を見る。
「……お前、ここで何してる?」
早川君だった。
鋭い目、鋭い口調。無愛想な顔がいつもより怖い。間違いなく私を睨んでいる。
私の無防備な心臓は不意打ちを受けてばくばくとうるさい。
なんでいるの? なんで? なんで?
ちょっと、私見られてる……いやだよ~
「お、お墓参り」
私はやっと声を振り絞って返事をする。
顔が火照るのを必死で隠す。
「あっそ。それと、神崎のこと嗅ぎまわんのは止めろ」
早川君は有無を言わさぬ声で言い捨てると、私の隣を早足で通り抜けて行った。
早川君が通り過ぎると私は全身で息を吐いた。緊張がゆっくり解けていく。
私はとぼとぼと墓の前まで歩いた。墓には真新しい花が生けてあった。
早川君、お墓参りしてくれたんだ……なんか嬉しいな。
自然と頬が緩む。笑いたいのを我慢して花を供え、合掌をする。目を瞑ったまま、私は早川君の言葉を思い出した。
神崎のことを嗅ぎ回るな、か。そんなこと言われたって私は見つけなきゃ帰れないんだよ……。
私はそっと目を開けて墓石を見つめた。
そしてさっきの胸の高鳴りを含む正直な反応を思い返す。
はぁ……死んでも、まだ早川君のこと好きなんだ。
愛里に何の反論もできない証拠がこの心臓だ。
「ほんとに……どうしよっかな」
「あれ? 愛里ちゃん?」
私は飛び上がらんばかりに驚いた。ここは墓地だ。幽霊が出てもおかしくない。
私は心臓をなだめてから、ゆっくり振り向く。
「ち、千春?」
千春も驚いた顔をして私を見ている。
「こんなところでどうしたの? お墓参り?」
「う、うん。おばあちゃんのお墓参りと……神崎さんのも」
私は視線を墓に戻す。
「深雪の?」
「うん、偶然見つけたから……」
「愛里ちゃんって深雪と知り合いだったの?」
思わぬ関係を指摘されて心臓が暴れだした。
今日の心臓は実に忙しい。
同一人物だと気付かれたらどうしよう!
「えっと、その……メル友?」
とっさに思い浮かんだものをそのまま口に出す。
「へ~そうだったんだ。もうちょっと早く言ってくれればよかったのに」
な、なんとかなった~。
嘘をついた罪悪感が少しあるが、私はほっと胸を撫で下ろした。
「あのね、こないだの買い物で買ったプレゼントね。深雪のなんだ」
千春は墓の前まで近づき、かばんから袋を出した。
私はしばし絶句する。
あれは私にだったの!?
「今日深雪の誕生日だったんだ」
千春はふと遠い目をした。
そして今日は私の誕生日だったの!?
「……そ、そうなんだ」
私はさすがに動揺を隠しきれない。家では両親ともに忙しく、誕生日を祝う習慣が薄かったため、無頓着だったのだ。
千春は袋をあけ、ブレスレットを取り出す。
「深雪、お誕生日おめでとう。このブレスレット、愛里ちゃんと一緒に選んだんだよ……」
千春は墓石の前にそっとブレスレットを置いて合掌した。
ありがとう、千春……勝手に死んでごめんね。
「約束、守ってるよ。これからもずっと守るから」
約束? 私と、千春の?
「見ててね」
千春はそっとそう言い残すとゆっくり立ち上がって私の方に振り返った。
「愛里ちゃん、帰ろっか」
「う、うん」
帰り道、千春は私のことを話してくれた。
小学校の時のけんかの話や、よく遊びにいった場所の話。受験勉強に、修学旅行……。
どれも懐かしく、楽しい思い出ばかりで、悲しい過去も泣き言も言わなかった。
私は、こうやって思い出になっていくのかな……あの記憶も、みんなから消えればいいのに。そうすれば、わたしは楽しい思い出だけに生きられる。
そうなれば、いいのに……。