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友だちと買い物へ


 君は、なんのために生きてる? 

 君は、生きていることを楽しいと思う? 

 君は……。

 

 なんのためかなんて、わからない。楽しいかどうかもわからない。そんなこと訊かれたって困る。


 私は問題用紙とにらめっこをしていた。

 倫理の時間、先生はこのプリントを配って答えを書き込むように指示した。

 私の回答は上からハテナマークが並んでいる。


 そもそも、生きていることを楽しいと思っていたら、自殺なんてしない。それに、しいて言えば私は記憶を取り戻すために生きている。こんなこと書くわけにはいかない……。

 

 そして私は最後の問題で手を止めた。

 

 君は、あの世があると思いますか? あるとしたらどんな場所ですか?


 あの世か、これなら答えられる。私は見てきたんだから。

 

 私は自信満々で答えを書きこんだ。


「ねぇ、秋宮さん。答え書けた?」


 授業が終わり、隣の甲斐さんが疲れきった顔で訊いてきた。


「う~ん、ほとんどかけなかった」


「だよね~。正直あの世なんかわかんないよ」


 甲斐さんは少しのびてから、窓際の集団に駆け寄って行った。口の動きからして、私に言ったのと同じこと言っているらしい。

 


 もう転校して来て三日がたった。

 話しかけてくれる人はいるけれど、特定の友達はまだいない。愛里となっても私は深雪だから、それは仕方ない。


「愛里ちゃん」


 私がふと顔をあげると千春が私をのぞいていた。


「あっ、千春。なあに?」


 なぜか、というか当然、千春とはすぐに仲良くなった。自分の中では友達までもう一歩というところまで来ている。


「今日の放課後一緒に買い物しない?」


 唐突にそう誘ってきた千春を見ながら、そういえば買い物好きだったなぁとぼんやり思った。そしてその衝動はいつも突然だった。


「うん、いいよ!」


 私は笑顔で返事をする。深雪のことをきくチャンスでもあるしね。


「ありがとう。じゃあ、三時半に駅前ね」


 千春は嬉しそうに席に戻って行った。


 千春と買い物か~久しぶりだな。


 私は窓の外に広がる町を見た。思えば、買い物じたい久しぶりだった。


 



 私が駅前に行くと、すでに千春はいて、ベンチで座って待っていた。全体に黒が多い服を着ていて、余計大人っぽく見えた。


「ごめん、ちょっと遅れた」


「いいよ、急に誘ったんだもん。その服、すっごく可愛いね。よく似合ってるよ」


 千春は私の服を眺めそう感想をこぼした。

 実は、私が遅れた原因はこの服にある。部屋のクローゼットを開けるとそこにはたくさんの服が並んでいた。私はその中から愛里に文句を言われながらもやっとましなものを探し出し、急いで着てきたのだ。


「それで、今日は何を買うの?」


 ひとまず私たちはデパートに向かって歩き出した。


「誕生日プレゼント。友達にあげるんだけどよくわかんなくて」


 千春ははにかんだように笑った。


「へ~誕生日プレゼントかぁ、その子どんな子なの?」


「えっとね~よく本読んでて、すっごく優しくて……あんまり派手なのは嫌いかな?」


 私は千春の言葉をもとにその女の子を想像する。


「う~ん、本が好きならブックカバーとか……栞とか?」


「栞か~そういうのもいいね」


「千春は何をあげようと思ってたの?」


「……ブレスレットとか、なんか身につけられるものもいいな~って」


 千春は少し視線を落として、呟いた。


「ブレスレットかぁ、いいと思うよ? ……千春?」


「えっ、なんでそんな顔してるのよ。ショッピングよ? 楽しまなきゃ!」


 千春の曇っていた顔は一瞬でいつもの笑顔に戻った。


「うん、そうだね!」


 千春……どうかしたのかな。

 なんだか思いつめたような千春の顔に少し不安になった。


 


 私たちはデパートの入るとまずアクセサリー売り場に行った。


「大人しい子なんだよね」


 私は可愛らしいブレスレットを見ながら千春に訊いた。


「そうだよ。やっぱり青かなぁ。イメージ的に」


「青かぁ……けど女の子なんだし、ちょっとぐらい可愛くてもいいんじゃない?」


 愛里の小物は見たかぎり、ピンクばっかりだった。


「ピンクとか? なんか、ひくざまが目に浮かんじゃうんだけど」


 千春は苦笑いを浮かべた。

 私はピンクの物を受け取って眉をひそめる女の子を想像して思わず笑ってしまった。


「それはまずいね」


「よねぇ……青の、可愛いめくらいがちょうどいいかも」


 千春はう~ん、とうなりながら、棚から一つのブレスレットを取った。

 それは青い石と淡いピンクのハート型の石が交互に並んでいるブレスレットだった。


「へ~可愛いじゃん。青色だし」


 私はブレスレットを見ながら、千春はセンスいいな~と感心していた。


「気に入ってくれるかなぁ」


「大丈夫だって、人から物をもらって嬉しくない人なんていないよ」


 私は自信を持って、と千春の肩を叩いた。


「そうだよね、決めた。これにする」


 千春はそう言うとレジに向かった。

 私は千春の後姿を見ながら、今自分は愛里なんだなぁと痛感していた。私はまだ千春の肩の感触が残っている右手を見る。

 この感触を知っている気がした。

 深雪だった時は人に触れようとなんてしなかったのに……。


「愛里ちゃん!」


 ふと気がつくと目の前に千春が立っていた。手には手提げ袋を持っている。


「他になんか見て回らない?」


「うん、いいよ。あっ、本屋見たいなぁ」


 そろそろ新しい本が欲しい。


「本屋? いいよ、私もちょうど本見たかったんだ」


 私たちは人ごみの中を本屋まで移動した。

 私は、人ごみが苦手だったからデパートには数えるくらいにしか行ってない。ここの本屋を見るのも初めてだ。


「おっきいね」


 さすがにここまでとは思わなかった。右を向いても左を向いても本、本、本!

 町の商店街の本屋くらいしか行かなかった私にはすっごく心が躍った。


「でしょ? でも多すぎて読みたい本がなかなか見つからないんだよね」


 呆れ半分の千春の言葉に私は笑って返す。


「けど、発掘みたいでおもしろいじゃん」


 私は棚を片っ端から見ていった。私の好きなジャンルはノンフィクションとミステリー、それだけでもかなりの数だった。


 うわ~、読みたい本がたくさ~ん。


 私はその中から『実証、死後の世界』と『千ばやいく何』という本を取り、レジに向かう。その途中で千春に合流した。


「愛里ちゃんはどんな本にしたの?」


 千春は興味深げに私が持っている本を見ていた。私はこれ、と千春に見せた。


「……死後の世界に千ばやいく何? 愛里ちゃんってこういうのが好きなの?」


 千春は見るからに意外そうな顔をしていた。


「ちょっとね、おもしろいかな~って」


 その時、私はかばんから財布を取り出そうとした手を止めた。


 まてよ? 今、私は愛里。ということは、これは愛里のお金だよね。

 私が使っちゃだめなんじゃ、てか怒られそう……。

 いや、けど、本も買いたい。

 よし、怒られたとて、相手は人形! 愛里にもこの本のすばらしさを教えてあげよう!


 ということで、私はそれらを買って家に返った。



 しかし現実はそんなに甘くない。



「なに? この本! ぜんっぜん可愛くないじゃない! しかも何? 千ばやいく何って、センスがないにも程があるじゃない!」


 愛里の本棚を見る限り、ファンタジーが好きなことは気付いていたけどここまで非難されるとは。


「女の子はね! あの挿絵に惹かれるものなのよ! それに死後の世界ってあんたねぇ、一度向こう行ってるんでしょ? ならわざわざ読む必要ないじゃない!」


 背丈十五センチのうさぎがキャンキャンと吼えた。愛里の声がもともと高いのかそれとも人形だからなのか耳が痛くて仕方がない。


「いや、けど人にはそれぞれ好みというのが……」


 私はおずおずと反論を始める。


「そりゃぁちょっとはあるでしょうよ! でもね、ちょっとは高校生らしくしなさい!」


「高校生らしいって……?」


 そんなこと言われてもね。


「早く記憶見つけなさいよ! 私の大事な高校生活をあげてるんだから!」


 そして愛里の説教はどんどんわき道にそれていった。


 その大演説の最後に、


「そうだ! 深雪、あんたに課題をあげる」


 と威勢よく言い放った。

 私はもう反論する気力もなく、目で続きを促す。


「彼氏を作りなさい!」


「……はい。えぇぇぇぇ!」


 私は愛里を掴みあげた。


「なんでそうなるのよ!」


「高校生にもなって彼氏の一人や二人いないなんて情けないじゃないの!」


 彼氏は一人でいいんじゃないの? なんて反論できるはずもなく。


「とにかく! その可愛さで男を捕まえてきなさい!」


 理不尽だ、すでに関連性が見えない。


「出来るわけないでしょ……」


「けど好きな人いるんでしょ」


 疑問形じゃない、断定だ。


「お婆さんから聞いたもん」


 とどめの一撃。


「うっ……い、いるけどそんなのどうでもいいじゃん!」


 私は顔に血が昇っていくのを感じた。


「も~う、初々しいんだから!」


 愛里は短い手で私の顔を叩いた。


 私はなんか馬鹿にされてるみたいで非常に腹が立った。


「彼氏なんか一生作るか~!」


 私は人形の山の中に愛里を投げ込んだ。


「きゃぁ!」


 私はそのままベッドにもぐりこんだ。私に恋愛は必要ない、いまさら恋愛なんて……。



 私はそう思いながら眠りに落ちた。


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