新しい私
ここに来る前と同じように私は落ちていた。
違うのは真っ黒から真っ白になったのと非常に嬉しくないが、連れがいること。
上を見上げるとおばあさんが頭から落ちているのが見えた。厚化粧が目に痛い。
よかった……私は頭からじゃなくて、また死んじゃうよ。
もう死ねねぇよ。
懐かしいお兄ちゃんの声で突っ込みが入った。
きゃ! 人の思考回路に入ってこないで!
私は忌々しい兄の顔を頭の中から追い出す。
そういえば私はあの日、お兄ちゃんと顔をあわせていないや……。
最後に一言ぐらい言いたかったな。
あっ、生き返るんだっけ?
「ほら! もうちょっとで出口よん」
おばあさんの叫び声に私は下を見る、依然真っ黒で何も見えない。
「出口ってどこに出るのよ!」
「すぐにわかるよ!」
「ちょっと!」
その時、目の前に景色が広がってきた。
車、木、ビル。それはどんどん近付いてくる。
「町?」
そして部屋……。
「きゃ!」
私は急に体が重くなった気がした。
部屋がどんどん近くなっていく。
ぶつかる~
私はぎゅっと目を瞑った。
………まだ?
体は痛みを受けるために構えたままだ。
「何を固まってるのん?」
おばあさんの声がした。
今度は上からではなく隣からだった。
私はゆっくり目を開けた。そして声を漏らす。
「うわ~」
私は部屋をぐるっと見渡した。クリーム色の壁紙、花柄のベッド。乙女色一色の部屋だ。
「ここがあなたの部屋だよん」
へ~ここが~。
まだよく事態が飲み込めていない私は不覚にもうなずいてしまった。
「え? 今私の部屋って……私の部屋はこんなんじゃない」
「あなたの部屋だよん」
「?」
「あなたの新しい部屋だよん。あなたは秋宮愛里、高校二年生、お父さんとお母さんとの三人暮らし」
「私と同い年か~」
「そう、あさってから四つ葉学院に転入」
「へ~四つ葉学院。メルヘンチックだね……それ私の学校じゃん!」
まずい。頭がはたらかない。不覚にものりつっこみとかしちゃった……。
「ついでにあなたはもう死んでいる、よん」
どっかで聞いたことのあるような台詞をお婆さんが口にする。
あっよくお兄ちゃんが見てたような……は?
「私は死んじゃってるの?」
「そう」
「死んだ私がのこのこ学校に行くのはどうかと思うんだけど」
「大丈夫よん」
お婆さんは私を姿見の前に移動させた。
「え?」
私はそれを見て、自分の目を疑った。
鏡に映っていたのは、私ではなく知らない女の子だったから。しかもかなり可愛い。
「どうだい? これなら問題ないのよん」
鏡の中に映るおばあさんは意地悪な笑みを浮かべていた。
「で、でも」
「愛里、どうかしたの?」
突然声とともに入ってきたのはカールがかかった茶髪の女性。
「わっ! か、勝手に入ってこないでよ!」
私は驚きのあまり声が裏返ってしまった。
「あっ……ごめんなさい。いつも言われてたわね」
どこの家もそうなのか、と私は妙に納得する。
そして横にいるおばあさんを思い出した。
やばっどうしよう……。
どう頑張ってもごまかせない。私の背中に嫌な汗が流れた。
私が助けを求めておばあさんを見ると、当の本人は慌てることもなく女の人を見ていた。
「それよりなんかぶつぶつ言ってたみたいだけど大丈夫?」
「だ、大丈夫! 心配しないで」
私の心臓は爆発寸前、冷や汗まででてきた。
「そう? ならいいけど……」
まだ釈然としない様子ではあったが、女の人は出て行った。奇跡的におばあさんには触れてこなかった。
足音が聞こえなくなると、
「は~びっくりしたぁ」
私はほっと胸をなでおろした。
「あの人が愛里の母親、つまりあんたの母親だよん」
「へ~、あの人目が悪いのかな、おば、お姉さんのこと全然見えてなかったし」
「さぁ、視力までは知らないけど私は普通の人間にはみえないんだよん」
お婆さんは得意げに胸をはる。
「見えないの?」
「そうだよん、いわば幽霊だからねん!」
お婆さんは私に向かってウインクをした。
「ゆ、幽霊?」
私はおばあさんのウインクとその言葉に思わず後じさる。
私の嫌いなものは一に幽霊二に幽霊三,四は人の恨みだ。ちなみに五は生魚……。
「おや、幽霊が嫌いなのん?」
お婆さんの問いかけに私は力強く首を縦にふった。
「けどあんたも幽霊だよん?」
「え?」
「こっちに戻ってきた時点であんたはとっくに幽霊なんだよん」
お婆さんはやや呆れ顔だ。
「う、うそ……」
私はがくっとその場に座り込んだ。
私が幽霊になっちゃうなんて……最悪。
「それと、自分の正体ばらしちゃだめよん。もしばらしたら、シュワシュワ、ポンッだからねん」
おばあさんは夢にでてきそうなほどの気味の悪い笑みを浮かべた。
シュワシュワポンって、私はどこぞの人魚なわけ?
「ま、頑張るんだよん」
お婆さんは手を振り、スッと消えた。
「え?」
私が見上げた時にはもうお婆さんの姿はなかった。
う、うそ……記憶がないと言われ、こっちに戻されたあげく放置?
しかも流し流され秋宮愛里になってるし~
なんでこうなったのよ!
私はどうしようと天井を見上げる、たすけて~神様~。
「愛里~ご飯よ~」
幽霊が神頼みをしようと思った時、さっきの女の人の声が聞こえた。
「ご飯かぁ」
そういえばあの人はお母さんなんだ。
「は~い」
私は返事をすると部屋をでた。
とにかく、私は秋宮愛里、こうなったらとっとと記憶を見つけてあの世にもどってやる!
私は決心して階段を下りた。
あっ……無意識に下りちゃった。
「愛里何ぼ~としてるの? 早くおいで」
どうやら一階で正解だったらしい。
「は~い」
私は返事をして椅子に座った。
テーブルに並べられた料理はどれもおいしそうだった。
「いっただったきま~す」
もくもくとはしを動かす。
「おいし~」
神崎深雪からは考えられないほどの明るさで言った。
さすがは秋宮愛里になっただけはある。私ってけっこう演技力ある~。
私の正面では私の母親が笑みを浮かべながらご飯を食べている。
「どうかしたの?」
「別に? 愛里がめずらしく上機嫌だから」
私はうっとジャガイモをつまらせた。
「そっそう?」
うわー墓穴ほった……。
「そんなにあの高校に行きたかったの?」
「う、うん」
あの高校って四つ葉学院のことだよね。
「そう……友達は、大切にしなくちゃね」
何のこと言ってるのか全くわかんない。
私は急いでご飯を食べて、二階に駆け上がった。
これ以上一緒にいたらボロが出る!
自分の部屋のドアを開けると、勉強机の椅子に座った。
私は椅子を回転させながらこれからどうするかを考えた。
とにかく、明後日は学校だからそれまでにこの家に馴染まなくっちゃ……。
そういえばまだ父親は帰ってなかったっけ? 帰りが遅いのかなぁ。
ひとまず、愛里がどんな人かってのを知らないと駄目だよね。
私は机の抽斗を開け手がかりがないか捜してみた。
日記とかないかなぁ……。
ごそごそとお世辞にもきれいとはいえない抽斗をあさる。ちょっと泥棒になった気分だ。
「愛里は、整頓が苦手みたい」
私は次の抽斗にかかった。
何これ……アルバム?
私は表紙をめくった。
……愛里誕生、十一月三日。
私は写真と共に貼られているメモに目を通す。愛がどこまでも続くようにという願いを込めて愛里と命名と書いてあった。
そんな由来が……。
ちなみに私は冬に、しかもその朝雪がたくさん降ってたから深雪。
なんとも単純な由来……。
私は愛里が少しうらやましくなった。
そして何よりも可愛い、赤ちゃんは皆可愛いけどやっぱ可愛い。
私はぱらぱらとめくっていく。
一歳、二歳……どれも可愛い。入学式に遠足、遊園地もある。卒業式に……誕生日パーティー。
どれにも幸せそうに笑った愛里がいる。
いいな……。
私は心の中でため息をついた。
私の写真はあんまりない、バカ兄のはあっても……。
私はアルバムから目を離し、窓の外をみた。
それは、両親が共働きになってどこへも連れて行ってくれなかったのも関係があるのかもしれない。だけど、子ごも心に寂しかったのを覚えている。
愛里は、幸せだったんだろうな。
両親に愛されて、友達も沢山いて、私よりもずっと……。
そう思ったとたんジワリ、涙が浮かんできた。
そういえば……お母さん達、今どうしてるんだろう?
いつか、見に行ってみよう……。