動き出すもの
翌日、教室の雰囲気は元に戻っていた。
まだ私を敵意のある目で見る人はいるけど実行に移す気はないらしい。
よほど二人の言葉が効いたのだろう。
ぽつぽつと愛沢さんは話しかけてくれるようになった。早川君も挨拶を返してくれるようになった。
そしてそのまま三日が過ぎ、その間私は千春にスカーフのことをなかなか聞き出せないでいた。
どうしてあそこに二人のスカーフがあるのか。
約束とはなんなのか。
だけど、楽しそうに笑っている千春にこの話を出すのは気が引けた。
この話をすれば嫌でも私を思い出すだろう。
千春の笑顔が曇るのは嫌だった。
「ねぇ愛里ちゃん」
いつものように千春は笑顔で話しかけてくる。
「明日さ、深雪ちゃんのお墓参りしない?」
顔と言葉の内容に少しギャップを感じて私はすぐに返事が出来なかった。
「……え?」
「実はさ、明日事故から一か月が経つの」
もうそんなに経つんだ。
「だからよかったらって」
「うん、行く」
私が答えると千春は嬉しそうな顔で、深雪ちゃんも喜ぶよ、と微笑んだ。
そして話題は別の物へと変わった。
「ふ~ん。ここ数日でけっこう進んだじゃない」
家に帰って近況を愛里に報告すると彼女は満足そうに胸をのけぞらせた。
あと少しのけぞると頭から転ぶだろう。
「それで明日は墓参りと」
「うん……」
「何よ。浮かない顔ね」
愛里はとてとてと歩いて、私の膝の上に乗った。
「記憶が戻ったら、帰らなくちゃいけないんだよね」
「当たり前じゃない。貴女は一度死んでるんだから」
死んでいる、その言葉がいまさら私の上に重くのしかかる。
「そう……だよね」
最初はすぐにでも帰りたかったのに、今は帰りたくないと思ってる。
他の人の心を知れば知るほど、もっと知りたくなる。
「ねぇ愛里。愛里はなんで私に体を貸してるの?」
私はふと疑問に思ってそう問いかけてみた。
膝の上のうさぎはぴしっと固まって、ゆっくり耳がたれた。
だが次の瞬間にはそれが勢いよく上に伸びた。
「あ、あのおばあさんに脅されたのよ! 協力しなきゃ地獄に落とすって!」
耳をぶんぶんふって愛里は答えた。
「あ~あのおばあさんならやりそう」
愛里の珍しい行動に私は目を丸くしながらうさぎを撫でた。
そんなに焦るような脅され方をしたのだろうか。
「もう! 急に変なこと訊かないでよ!」
「ごめんごめん」
私が耳の形を整えてあげると、気持ちよさそうにひげをそよがせた。
こういうとこリアルよね。
私は変に感心してしまって、気づけばけっこうな時間を愛里で遊んでしまっていた……。