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新たな助け


 次の日、私は教室に入った時から違和感に気づいていた。人の目が違う、昨日までとは全く。

 こんなことは初めてじゃない。これは予兆、これから始める戦いへの。


 かかってくるのね、あの時と同じように。

 だけど、もう負けない。私は一人じゃない、愛里と一緒、そして早川君も……私は負け

ない。


「おはよう」


 私が席に座ってこれからの対策を練っていると、千春が声をかけてきた。


「あ、おはよう」


「私、昨日感動しちゃった。愛里ちゃんはすごいよ。人の気持ちがわかってる」


 千春が口にした言葉に私はもう照れるしかなかった。この全員が敵のような環境でも私を理解してくる人はいるんだ。


「ありがとう」


「私も、人の気持ちが分かるようになりたいな、気づいてあげられるように」


 千春の口調は最後になるにつれて悲しいものに変わっていった。

 

 千春も、悔やんでいるんだ……。


「もう十分わかってるよ。大丈夫」


 千春が気に病む必要はない。悪いのは私なんだから。


「ほんと?」


「うん」


 わかってくれる人はいる。もしかしたら話せばわかるのかもしれない。理解しあえるのかもしれない。

 だがそんな希望は次の休み時間に砕かれた。


「秋宮さん」


 私は背後から誰かに声をかけられた。いやな声だ、何かを企んでる。


「なに?」


 私が顔をそちらに向けると、良く知ったこと子が立っていた。前は愛沢さんとよく一緒にいた、そして私をいじめた人だ。

 つい表情がきつくなってしまう。


「なに? そんな怖い顔して、何か言いたいことでもあるの? 正義の味方さん?」


 こいつか、昨日の紙は。


「別に」


 私はそっけなく返した。そう返すのが精いっぱいだった。怒りがこみ上げてくる。今まで我慢していたもの、それがこみ上げてくる。


「あんた、どういうつもりなの?」


 そう言って、彼女はポケットから一枚の紙、いや写真をとり出した。


「それ、どこで!」


 深雪が写っている写真で早川君にもらったもの。たしか上着のポケットに入れておいたはず。

 私は急いで上着のポケットを探った。


 ない、どうして?


「落ちてたわよ?」


 違う、さっきの体育の時間に取ったんだ。


「わざわざ届けてくれんだ。ありがとね」


 私はありったけの皮肉をこめてそう言ってやった。


「あんた、転校して来てからこいつのことずっと探ってたわね。何考えてんの?」


「あなたには関係ない」


「こいつのこと可哀想とか思ってんの?」


「あんたの方こそ関係ないって」


 別の誰かが割り込んできた。それにつられて周りの女子が口々に悪口を言い始める。愛里への、深雪への。


「事故で死んだの、このつまんない人間は。そんなやつを嗅ぎまわってどうすんの?」


 そう言って彼女は甲高い声で笑った。

 違う、事故で死んでなんかいない。私は自分で死んだんだ。


「あ、もしかしてあれ?そいついじめられてたからそれが原因とか思ってんの?」


 別の方向から声が飛んでくる。容赦のない、悪意に満ちた声。愛里と深雪への。


「は? あんなのゲームじゃん」


「そうそう、暇つぶしだよね~」


「あの子も嫌がらなかったし」


 四方八方から声が飛んでくる。


 違う、違う違う! 言わなきゃ、声を出さなきゃ。


 なのに、どうして?声がでない


 私の体は心とは裏腹に動かなかった。


 このままじゃ前と同じじゃない。だめ、声が、息が、苦しい……押しつぶされる。


 逃げたい……。


「いいかげんにしなさいよ!」


「いいかげんにしろ!」


 突然二つの声がわりこんだ。

 まったく質の違う、高い声と低い声、剣と盾。そして嫌いな声と好きな声。

 その声でざわめきが収まり、皆が驚いた顔でその二人を見た。だが一番驚いているのはその二人だった。互いの顔を無言で見合っている。


 愛沢さんと早川君。


「何よ、二人して大声だして」


 彼女は強い口調でそう言った。だがその目には動揺が写っていた。

 二人は同時にこちらを見た。その目はぞっとするほどの冷たさを感じさせた。


「お前、人のもん取っといて勝手なことぬかすな」


 先に口を開いたのは早川君だった。その声は今まで聞いたことのないほど怒気を含んでいて、低かった。


「な、なによ。落ちてたって言ったでしょ」


「それでもそれはその子の。拾ったのならさっさと返したら?」


 それに引きかえ、愛沢さんの声はどこまでも冷たく、突き刺さる。


「そんなに言われなくてもこんな写真返すわよ」


 彼女は私を睨んで、机の上に写真をほうり置いた。


「つーか、なんで二人が口出ししてくんの?」


「そーよ、特に沙那。あなたあの子を一緒になっていじめてたじゃない」


 教室のあちこちから二人に対する反論が出てきた。


「別に理由なんてない。俺が止めたいから止めるだけだ」


「なにそれ。この子に気があるの?」


「ない」


 間髪いれずに返答した早川君に私は呆気にとられた。


 そんなに即答しなくても……いや、これは愛里のかわいさに翻弄されない早川君を讃えるべき?


「あんたたちはいつまでもそこにいればいいわ。最低な人間に。話すことなんてない」


 愛沢さんはそう言い捨てると私に近づいて腕を掴み無理やり立たせた。


「え?」


「あんたも、なんで黙ってるの? 悔しかったら言い返しなよ」


 私は愛沢さんにそう言われ、唾を飲み込んだ。


 言い返す? 私が? 


 そうだ。言い返さないと……私は、そうしたはずよ。


「……うるさい」


 私は声を振り絞る。届け、私の声。この思い。


「は?」


「深雪が死んだのはあなたたちのせいよ! ゲーム? あれが? これも?」


「そうよ。ていうか、あの子事故死でしょ」


「そんなのわからない。誰にもわかりはしない!」


 そう叫ぶとふいにめまいに襲われた。


 まずい、久しぶりに大声だしたから酸素が……。


「そう、誰にもわかりはしないわ。あの子の心も」


 愛沢さんはそう捨て吐くと私の腕を掴んだまま歩きだした。


「え? あの、え?」


 そしてその前を早川君が行く。


 あの、もしもし?


 ドアを開け、騒然とする教室を抜けて、ただ引かれるままに歩いた。事態が把握できていない私を気にすることもなく、愛沢さんは階段を上っていく。


 私をいじめてたのに。なんで私を助けるの?


 階段を上った先、そこは屋上だ。

 そして私はそこで、新たな苦悩と闘っていた。

 果てしない沈黙、二人ともここに来てから一言も話さない。そんな二人に囲まれている私はなんともいえぬ重圧をその身に受けていた。

 

 あぁ、空気が重い。


「……あ、あの。ありがとう。助けてくれて」


 やっとの思いで口にしたお礼の言葉はすぐさま次の言葉であっさり切り捨てられた。


「別に」


 二人の息の揃った返答。とりつく島もない。


「俺は、もう同じ過ちを犯したくなかったんだ」


「過ちね」


 早川君の言葉に愛沢さんが自嘲気味につぶやいた。


「償いを、したかったんだ。あの時止められなかったから」


「償いきれないこともあるわ。私のように」


 抽象的で、独り言のような内容だけど、言いたいことは伝わった。


「だけど、後悔してる。償おうとしてるんでしょ?」


 どうしてだろう。今は愛沢さんと普通に話せる。


 助けてくれたから? それとも……。


 愛沢さんが顔を私の方に向けた。自然と目が合う。


 大丈夫、怖くない。たぶん、私の気持ちが変わったんだ。


「後悔したって、なんにもならないじゃない。後悔しても、深雪は戻ってこない。私の罪は一生消えない」


 罪……どうしてだろう。

 前はあんなに愛沢さんが憎かったのに、罪悪感に苦しめばいいって思ってたのに、今はそう思えない。


「罪は、私にもあるよ……」


 それは、自分にも罪があることに気がついたから。


 こんなにも人を苦しめた罪。人を信じられなかった罪。

 私は被害者じゃない、加害者だ。


「一度ぐらい、生き返ってくれないかな」


 早川君が苦笑交じりにそう言った。

 

 ここにいるよ。私は生き返ったの。

 伝えたい、でも……シュワシュワ、ポンって消えちゃうんだよね。


「生き返っても、また別れなくてはいけなくなるんなら。生き返ってほしくはないわ」


 うん、そうだ。私は戻らなくてはいけない。記憶が戻ったら、戻るんだ。あそこに。


「ねぇ、あの子の家に行ってみようか」


 愛沢さんがふと思いついたようにそう言った。


「え?」


 私は顔をあげて愛沢さんの顔を見た。愛沢さんの顔は本気だ。


「いいかもな。俺もいく」


「わ、わたしも」


 私は早川君につられてそう返事をしていた。そして言った後にその意味を理解した。



 え? 家? 私の家~?



「じゃぁ放課後。校門前で」


 そう愛沢さんが締めくくってこの場はお開きとなり、私たちは仲良く先生のお説教を受けた。


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