さよならセカイ
ジャンルはシリアスです。
定期的に更新できるとおもいます。
ネオンきらめく町、特に高いビルからの眺めは最高だった。毎日人は忙しく動き回って、希望と絶望を繰り返し、感情に振り回されて生きている。誰もが生きる意味を探しながら……。
「きれいだな~」
私は思わずつぶやいた。
私はつい先ほどからずっとこの景色を見ていた。真下は道路で多くの車が行き交っていて、車のテールランプが尾を引いている。
私は自嘲の笑みを浮かべた。
それが今から死のうとしてる人の言葉?
私は重いため息をつく。
今まさに死のうとしている私は神崎深雪、高校二年生。
日々の生活に疲れ、今週何度目かの自殺を図っている。
「……結局私は最後まで独りだったなぁ」
私の声は秋の寒空に消えた。誰にも届かない声。
「だれか悲しんでくれるかな……だれか泣いてくれるかな……」
私は役立たずで間抜けだったけど……。
私は一息ついてから柵に手をかけた。
柵はそこら辺によくある金網で、運動神経のない私でも簡単に乗り越えられる。
「よっ」
私は掛け声とともによじ登った。
掛け声でもかけないと決意が薄れてしまいそうだった。そしてストンと向こう側に着地する。
一メートル向こうはもうあの世への入り口だ。
……私が死んだらあの人はどんな顔をするかな。やっぱり驚く? そして、泣いてくれるかな、後悔して、くれないかな……。もしかしたら、笑う? 目障りな奴が一人消えて嬉しいかな……?
そう思うと涙が溢れてきた。
これまで何度涙を流しただろう……。
どうして私はこんなに苦しまなくちゃいけなかったんだろう。
胸の奥に、黒い炎が灯る。暗闇に導く小さな光。
あの人は、あの人は苦しまなくちゃいけない。罪悪感にさいなまれればいいんだ。
私と同じ苦しみを味わえばいいんだ……。
ずっと苦しめられてきた人の顔が浮かんで、私は頭を強くふる。もう、関係ない。
そして代わりに、友達の顔を思い浮かべた。
できれば、千春には泣いて欲しいな。
私のたった一人の親友だったから……。
私はゆっくりふちまで歩いた。下から風が吹き上げてくる。なんだかこのまま飛べそうな気がした。
十六年間。あんまりいい思いではないけど、楽しかったころもあった。笑ってた頃が……。
私はまっすぐ、前を見る。ぼんやりと薄暗い空間。
最後に、家族の顔がよぎる。思わず唇を噛みしめた。
……お母さん、お父さん、今まで育ててくれてありがとう。
ごめんね。おばあちゃんと向こうで待ってるから。いつでも側にいるから……。
私はゆっくり一歩を踏み出した。怖くないと言ったら嘘になる。けど怖さより、安心の方が大きかった。
体がフワリと半分宙に浮いた状態になった。
そして視界が真っ暗変わる。
私は頭の片隅で落ちてるんだろうなと思った。
……あっ、遺書書くの忘れた。
“このトロで間抜けが!”
あははっ、ほんとに私は間抜けだ……普通遺書くらい書くよね。もう遅いけど。
突然視界が明るくなり私に突っ込んでくる車が見えた。
あっ、これで死ねるんだ……千春、最後まで仲直りできなかったね。
そして私の目には鮮やかな空が映った。雲がゆっくり流れている。
あぁ。私がいなくても、世界はちゃんと回ってるんだな……。
私はそっと、目を閉じた。
――――――あれ? え~と。私は……どうなったんでしょうか?
私は目を開けた。真っ先に目に飛び込んできたのは青い空だった。
「ここは……?」
私は体を起こし周りを見た。
私が目覚めた所は花畑でも、閻魔大王様の前でもなく、普通の道路の上だった。
私は続いて自分の体を見る。
手もあるし足もある。それに透けてもいない……。
死んでないの?
私は飛び降りたままあの道路に倒れていたのかな。
しかし、それにしては道路に血がまったくついてなかった。
道路のまわりには何も建っていない草原が広がっている……といえば聞こえがいいけど、どちらかといえば堤防なんかの草むらに近い。
私はどこに飛んできたの?
「……そんな、非現実的なことあるわけないじゃん」
私はぼそっとこぼす。
死んで頭おかしくなったのかなぁ……。
私は立ち上がった。ちゃんと歩ける。
「どっちに進めば……」
私は何か目印になるようなものがないか探した。
見渡すかぎり道路、草むら。私は少し目線を落とした。
「ん?」
私は道路に矢印が書かれていることに気がついた。
――せ、き、しょ
「関所?」
私は矢印の側に書いてあった小さな文字を読んだ。
日本語以外の文字も書かれている。
結構観光に力を入れてるんだ、と妙に感心する。
そして私は矢印の方向、関所に向かって歩き始めた。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いた。
しかし不思議なことに私の体はどれだけ歩いても疲れなかった。
そしてもう一つ不思議なのが、かなり時間がたっているはずなのに太陽の位置がかわらないことだった。
不思議な現象のことを考えながら私は歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、あるある歩いた。
「あっ」
やっとなんか見えた。あれが、関所かな?
私のなかで関所と言えば手形をみせたり、お金をはらったりする昔の関所か、高速道路の料金所しかなかった。
しかし徐々に形がはっきりしてくるそれは、表現しづらく、あえて言うのなら競馬のメインゲートの屋根つき。
「うわぁ。並んでる」
関所の前にはアリの行列と見間違えるほどの長蛇の列ができていた。
……あの人たちはどこから来たんだろう。
私がふと横を見るといつの間にか草むらの向こうに道が見えていた。
……人がたくさん歩いてる。
反対側にも道が現れていて、こちらは先ほどのまではいかないがポツリポツリ人が歩いていた。
……なんでこの道はこんなに人がいないのかなぁ。
私はついでに後ろを振り返った。
「あれ?」
よくみると、かなり遠くに人影が二つ。
なんだ、一応人は歩いてるんだ
しかしかなりの人種がいる。どんな有名な場所なんだろう。
私はそう思いながら長蛇の列に加わった。
近くで見ると、人種は様々でもほとんどが老人だった。
老人たちは和気あいあいとおしゃべりを満喫している。
「いや~。息子たちが看取ってくれましてな~。ちょっと感動しましたよ」
「いいですなぁ。わしは一人じゃった」
「私は病院でねぇ」
和やかな雰囲気ではあるが、聞こえてくる会話はどれも死に際のことだ。
え、何? 私本当に死んだの?
私はそのことに少し驚いたが、じんわりと達成感が生まれた。
そっか、やっと終わったんだ。ここはきっとあの世ね。
冷静な目で周りを見てみると、同じぐらいの子もいた。
私は苦しみから解放されたんだ。
一人喜びに震えていると肩を叩かれた。
あの世に知り合いはいない。誰だろうと思って振り返っても、後ろに人はいない。
あれ?
「ここだよん」
私が目線をさげると少し下におばあさんの顔があった。
おばあさんはめいいっぱいに顔をあげている。
あれ……? 今だよんって言わなかった?
「さあ、私について来るんだよん」
え~と……口癖?
「はっ……はい?」
私がどこに? と聞くよりも早くお婆さんが私の手を掴んで歩き出した。
「え?」
あっもしかして保護してくれるの?
「いっ、いたい!」
「弱い子じゃん」
お婆さんは掴まれた腕の痛さに顔をしかめる私を見てそう言った。
弱い子なのは……わかってるよ。
それにじゃんってなに? それ若者言葉だし、もう少し年相応の喋り方があるんじゃ……。
私はおばあさんに引っ張られながら人ごみを掻き分けて進んだ。
私が連れてこられたのは、メインゲートの側にある小さな家だった。
「あの~」
「さっさと入っちゃてくれない?」
おばあさんは私の背中を押した。ずいぶんと強引なおばあさんだ。
「あの。おばあさんは……?」
「何を言ってるんだよん、私はぴちぴちの八十六歳よ!」
私は思わず噴き出した。
いやいや。八十六はずいぶんおばあちゃんよ?
「あらん? 含み笑い? いやねん……私もよくやったわ」
大丈夫、これが八十六歳のおばあさんだと思わなければいいだけ。
「そこに座っちゃって」
「あっ、はい」
私はお婆さんに言われたとおりに側にあった椅子に座った。
そして部屋を見渡した。部屋のつくりは西洋っぽい。家具も必要最低限のものしかなく、近代の産物、テレビや冷蔵庫はなかった。
「あんた名前はなんちゅーのん?」
お婆さんは戸棚からティーカップをだした。
「私は神崎深雪です」
「ふ~ん深雪ちゃんっていうのん」
「はい……あの、それでここはあの世なんですよね」
「そうよん。自殺したでしょ」
お婆さんはお茶を淹れる手を止めて言った。
ちなみにお茶は紅茶のようだ。
「まあ。もう少し厳密に言えば、あの世とこの世の境目よん」
「境目……」
「そう、ここを通れば死者の世界よん」
おばあさんは茶目っ気たっぷりに言いながら私にティーカップを渡した。厚化粧が無駄に光る。
私はそれを受け取って一口飲んだ。なかなかよい香りがしている。
「うっにがっ」
だが私はあまりの苦さにむせた。紅茶を飲むことは少ないが、こんなに苦かっただろうか。
「あらん? ちょっと苦かったみたいね」
お婆さんは角砂糖を数個カップに入れてくれた。私はスプーンでくるくると混ぜる。
「あの、それで私はなぜここに?」
私はおそるおそる聞いた。きっとこのおばあさんは管理人だろう。
「それがねぇ……あなた記憶をなくしちゃってるのよん」
おばあさんは頬に手を添え、困ったポーズ。
「はい?」
今この人何て言った?
「時々いんのよね、記憶なくして死ぬやつが」
「……え? 記憶ならありますけど?」
神崎深雪、十七歳 好きな食べ物りんご。
「そういう記憶じゃないのよん」
お婆さんは私の思ったことが分かったらしく、指を振る。
「どういうことですか?」
「死ぬ前の記憶がすっぽりないのよん」
死ぬ前の記憶ならある。
いつものように学校で散々やられて、ビルの屋上にのぼって……。
「記憶は……ありますよ?」
「ないのよん」
「あります」
「ないのよん」
「ある!」
私はあまりのもどかしさに声を荒げた。
こんなに大きな声をだしたのは久しぶりかも……。死ぬと人は変わるのだろうか。
「死ぬ前の一週間分の記憶がないのよん」
お婆さんはため息をついた。
「……死ぬ一週間前?」
死ぬ一週間前? 普通そんなに覚えてないんじゃ……。
それに覚えていたっていつもと何の変わりもないだろうし
「ここでは、記憶のないものは送り返すんだよん」
「送り返す。え? もしかして、もとの場所にですか?」
「他にどこがあるのよん」
私はうろたえた。
せっかく死んで解放されたのになんでまた戻んないといけないのよ。
「そんな……なんで? ほんの少し記憶がないだけじゃん!」
「このままいくと、あなたは怨霊になっちゃうのよん。それは未然に防ぐのが決まりなんだよん」
お婆さんは怨霊の部分を強調した。
「私が怨霊なんかになるわけない! だから私をあんなとこに帰さないで!」
「あなたは彼女達を恨んでるのよん」
お婆さんはきっぱりと言った。
さすがに私は返す言葉がなかった。
……確かに私はあいつらを憎んでいた、でももうどうでもいいのに
「でも!」
私は持っていたティーカップを乱暴に机に置いた。
「もう遅いのよん。あなたはそれを飲み干してちゃたのよん」
「……はい?」
私は聞き返した。すっごく嫌な予感がする。
「そのティーカップの液体はあっちに戻るための薬だよん」
「うそ!」
私はあまりの衝撃に立ち上がった。
「ほんと、あなたは今からあっちに戻るのよん。秋宮愛里という女の子になって、そんで記憶を取り戻してくるのよん」
「えっ、ちょっとまって、もっとわかりやすく!」
「タイムアウト」
私がお婆さんに駆け寄ろうとしたとたん、体が軽くなった。下からふわりと生暖かい風を感じる。
「え?」
私が驚いて下を見ると床にはぽっかりと穴が開いていた。しかも穴の中心に渦突き。
私は当然ながら重力に従って落下する。
何よこの非現実的なものは! 私はファンタジー大っ嫌いなのに~。
そもそもなんで死んだのに生き返んなきゃいけないの!
これが、完全な現実からの逃亡の行きつくはてだった……。