あなたが浮気をしたからです
離婚おめでとうございます。奥様――いえ、もう伯爵家とは縁を切られたので、子爵令嬢とお呼びすべきでしょうか?
離婚訴訟が始まる前にお屋敷を出られたので、もうここにはお戻りにならないものと思っておりました。
裏切り者?
ええと……仰る意味がわからないのですが、私は伯爵家のメイドです。ご令嬢に忠誠を誓った覚えはございません。
そもそも誰に仕えていようと、裁判での偽証は許されません。自分が見聞きしたことを嘘偽りなく証言しなければ罪に問われます。
雇用主に命じられたとしても、私にはとてもできません。
味方だと信じていたのに、ですか。
困りましたね。
たしかに私は奥様の専属メイドとして、誠心誠意お仕えいたしました。
でもそれは貴女様だったからではございません。
誰であろうと伯爵家の奥様であれば同じようにお仕えしたでしょう。それが私の仕事ですから。
私は己の職務をまっとうしたに過ぎません。
別に貴女様に同情したわけでも、貴女様を尊敬していたわけでもございません。
他の使用人のように嫌がらせや命令無視をしなかったのは、雇用契約書にそのような項目がなかったからです。
もし書かれていたら嫌がらせしたのか。
いいえ。そのような項目があれば、採用されたとしても辞退したでしょう。
正義感ではありません。あとで面倒なことになるからです。
身分の高い方に嫌がらせするなんて、命令に従っただけだとしても罪人になるではありませんか。契約は双方の合意で結ばれるものです。契約書が残っていれば、積極的に賛同したと解釈されるでしょう。
なによりそんなことを明記するような職場は異常です。働くのはもちろん、関わりたくありません。
申し訳ございません。話が逸れてしまいましたね。
奥様側の証人として召喚された私は、質問されたことには正直にお答えしました。
お二人が白い結婚だったこと。
嫁がれてから三年の間、旦那様は奥様を別館に追いやり『特別なお客様』を本館に住まわせていたこと。
女主人の部屋に滞在していた『お客様』が産んだ子を、奥様の子供として届け出たこと。
そして裏切られた奥様が離婚後の生活のために身元を隠して商売をし、ビジネスパートナーとなった男性と愛し合われたこと。
個人的な収入があることを旦那様に知られたくなかったのでしょうが、架空の名義で土地を売買するのは違法です。
更にこの国では所得に応じた税金を納めなければいけません。
伯爵夫人としてだと、奥様名義で運用されていた資産との合算になるので、架空の平民とは納税額が違います。
はっきり申し上げますと、ご令嬢がされたのは脱税です。
それしか方法がなかった。
全てを白日の下にさらして、離婚が成立した暁には修正申告するつもりだった。
そうでしたか。
……しかしそちらの紳士に出会われた時点で、こっそり働く必要はなくなられたかと存じます。
国有数の資産家でいらっしゃる公爵様にかかれば、女性一人面倒見ることくらい簡単ですよね。好意を抱いている相手なら尚更。
公爵様。射殺しそうな目で睨まれても、自業自得としか申し上げられません。
伯爵家の事情を知ったうえで関係を持たれたのですから不倫です。
夫婦関係が破綻していた?
性別を逆にして想像してください。
妻に裏切られた男が「僕たちの夫婦関係は破綻しているから」と、女性を口説いていたらどう思いますか?
口説いたのは俺だ、ですか。
失礼いたしました。
では魅力的な女性に言い寄られた男が「妻とは終わっている。いや、始まってすらいない」などと言って、まだ正式に別れていないのに誘いに乗ったら――に修正いたします。
そういうことですよ。
平行して次を探して良いのは転職だけです。
まだ離婚していないのに二人きりで出掛けたり、お屋敷に滞在すれば、法的には旦那様と同類――不貞行為とみなされるに決まっているではありませんか。
どんなに切実な事情があろうと、私は浮気を応援したりはいたしません。
旦那様に囲われていた平民の娘に肩入れしていた使用人達と同じになってしまいますから。
仰る通り、私はもうここでは働けません。
今日が最後の勤務です。
公爵様の名誉を損なう証言をしたので、この家どころか、この国で生きるのは難しいでしょう。
わかっていながら、何故どちらも敵に回すような発言をしたのか。
そうですね。愛想が尽きたからでしょうか。
平民であっても、貴族の養女にすれば娶れます。
もしくは先代の弟様に家を譲り、貴族でなくなるという方法もございます。爵位とお金を引き換えにすれば、平民になっても生活には困らなかったはずです。
今まで勉強したことがなかったとしても、必死に学べば貴族の妻として立てたでしょう。
現に買い物の計算はすぐに覚えられましたし、娯楽小説も難なくお読みになられていました。学ぶ機会がなかっただけで、学べない方ではございません。
しかしあの方々は楽な道を選ばれました。
心から愛する人のために頭を下げることもなく、当主の座も手放さず。
隣に立つための努力をせず、伯爵夫人としての義務を押しつけた相手に嫉妬をし。
そして、お二人もまた誤った道を選ばれました。
偽名で金を稼ぐという危険な行為を止めさせず、人妻に手を出し。
相手が先に裏切った。自分は被害者だ。そんな大義名分を掲げて、浮気して嫁ぎ先を陥れる。
お金が必要な理由を知りながら、切れ者で知られる公爵様がそこに関してフォローしなかったのは、外で働く理由がなくなれば頻繁に会えなくなるからですか?
なぜ離縁成立を待たれなかったのでしょう。
もしかして境遇を刺激にして楽しまれていたのですか?
ご令嬢もです。白い結婚による離縁なら直ぐにできたのに、自身を不当に扱った夫と使用人に報復するために伯爵家に留まることを選んだのはご自分ですよね。
相手の罪を重くするために、不遇に甘んじるのは正しい行為ですか?
どうしてあと数ヶ月我慢されなかったのですか?
まさか相手が浮気をしているなら、自分もして良いと思われたのでしょうか。
私は伯爵家をお暇したら、その足で国を出ます。
幸いにもある国で雇っていただけることになりましたので。
働きながら、次の職場を探すのは法に触れませんから。




