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8話

 外から、梯子を上る音が近づいてくる。一段、また一段。ギシ、ギシと重い振動が床を伝って届いた。


 窓を叩く音に続いて、「あちし、入るよ」という野太い声が響く。


 坊主頭の半袖短パンの女は、部屋へ上がり込むなり挨拶もそこそこに、どっしりと腰を下ろした。大きな体が、狭い空間をいっそう圧迫する。それだけの存在感を放ちながらも、トン子は夕立の報告でもするかのように、平然と言ってのけた。


「あちし、警察に補導されてたし」


 今さら驚く者はいなかった。だけど、図太い腕っぷしから滲む生々しい赤いものには目を引いた。当の本人は、持ってきたコンビニ袋をがさがさと探りながら「超ウケる」と口元を緩めているだけだけど。


 今日は何をしでかしたのか。取り出したカツサンドを無造作に頬張る姿は、どこか他人事だ。

 話によれば、高校生とのいさかいが原因だったらしい。男と間違えられて絡まれ、相手の三人組を返り討ちにしてきたのだという。


「最近、この辺りも治安悪くなってきたからね」


 トン子の言葉に、誰ともなく頷いた。大通りから響く排気音は、毎晩のように一丸の睡眠時間を削っていた。


「そうなんだって! バイクの音、超うるさい」


 詩亜が声を荒らげた瞬間、まるで噂をすればと言わんばかりに、不穏な重低音で空気が震えた。窓ガラスが揺れるほどの地鳴りは、しつこいくらいに耳に纏わり付いて、途端に部屋の温度を塗り潰していく。


「きたね」


 駿が窓の外をじっと見つめる。


「自分たちのせいでどれだけの人が迷惑してるか、想像もできないのかな」


 優等生ゆえの反発なのか、普段見せない刺々しさがあった。


「ああいうやつらは、死刑でいい」


 自分でも持て余しているかのような言葉で毒づく駿に、--どうした? 駿。何があったんだと、皆の視線が集中した。


 けれど、「僕なんて、この前、自転車のサドル盗まれたし」と続いたのは、重たい話ではなかった。困っているのだろうが、どこか楽しげな様子に張り詰めていた空気が、拍子抜けするほどあっけなく緩んでいった。


 なんだ、そういうことか。一丸は近ごろの駿の様子が腑に落ちた気がした。


「は? サドル? 椅子のこと?」


 詩亜も目を丸くしただけで、堪えきれないといった風に笑い声をこぼした。


「何それ、超ウザいね。いたずらかな」


 部屋の中が、ぽっと、明るなって、電気ポットが沸き上がったみたいだった。

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