4話
授業が終わり、美術室を後にすると、同じクラスの駿が前を歩いていた。普段なら真っ先に寄ってくるはずなのに、今日は一人で背中を丸めている。
「おい、駿」
一丸は小走りでその背中に追いついた。
ゆっくりと振り返った駿は、はにかむような、どこか照れくさそうな笑みを浮かべて、目を隠すほど長い前髪を指でいじった。見慣れた癖に、あえて何かあったのかとは訊かなかった。
「次の授業、英語だっけ?」
不自然なほど下手な繕いだと承知の上で、一丸は「そうだっけな」と短く返した。
「今日も丸ちゃん家、行っていい?」
問いかけてくる顔は、一丸の肩よりずっと低い位置にある。小学四年で転校してきた頃から、この視線の高低差だけは変わらなかった。
「ああ、大丈夫だぞ」
隣に並ぶと、尚更思った。果たして、二人で肩を並べて歩く日は来るのだろうかと。
「駿は今日も塾だろ?」
「終わってから行くよ」
声を弾ませた拍子に、駿の前髪がふわりと揺れた。滅多に覗かせることのない瞳は貴重である。
「たぶん、詩亜とトン子も来るんじゃね?」
そう口にしたときだ。背後から足音が迫ってきた。
「ゲボお?」
振り返るまでもなかった。その体躯には似つかわしくない透き通った地声は脳まで響く。
「何、また四人で集まるの? 四角関係? それとも……え? 乱交パーティー?」
「僕たちは、そんなんじゃ――」
駿が肩を小さく縮ませると、「ゲボお?」と岸本の取り巻きが被せてきて、廊下に笑いが広がった。
「岸本、おれをいじんなって」
思わず反論していた。
「え、何? おれ何かした?」
「丸ちゃん、怖ーい」
わざとらしく怯え顔をしてから、二つの坊主頭は去っていった。下着が見えるまでズボンをずり下げた腰パンに、穴のない流行りのガチャベルト。光を反射させた白い布地を差し込まれたシルバーのバックルは、いちいち目立っていて鼻についた。
しばらく歩くと、ようやく教室の入り口が見えてきた。
「大丈夫だよ、丸ちゃんはすごいんだから」
「またそれかよ」
駿は、気兼ねなく話せる数少ない友人だ。けどここ数日、考えていることがどうにも読めなかった。どこか上の空で、こちらの言葉が宙に消えていくような瞬間があった。そして決まって一度は口にする、すごいんだから。
悪い気はしない。でも、脈絡もなく繰り返されるその言葉に、少し不快感を覚え始めているのも事実だった。
「おい、近いって、駿」
気づけば、駿が袖が触れ合うほどの距離にいた。
「そんなに引っ付いてると、また岸本に馬鹿にされるぞ」
「ごめん」
駿は力なく、えへへと笑った。
戻った教室ではクラスメイトたちが騒々していた。
訊くと何やら、隣のクラスの詩亜がやらかしたらしい。




