3話
「先生ー、どうしてミケランジェロはダビデに服を着せなかったんですかー?」
女子生徒たちがクスクスと笑う中、株田一丸は教科書を閉じた。
グラウンドでは、三年生が体操服で走っていた。窓際の席から、一学年上の女子の肉付きを目で追いながら、ぼんやりとそれを見ていた。
「先生。ダビデ像は十七歳なんですよね? 未成年の裸ってまずくないですか?」
今度は学級委員らしく、生真面目な女子生徒の質問だ。
「そ、それは――」
先生がわずかに口ごもる。大人の女性らしい口紅の色が、場違いなほど鮮やかだった。
「実はダビデ像には、有名な点があります」
それでも先生は続けた。新任だからか、声が上ずるたびに、むしろ唇の赤さがかえって頼りなく見えた。
「性器が、かなり小さく作られているんです」
教室がざわついた。
「現代の感覚だと、理想の男性像なら大きい方がいいと思いますよね。でも、ルネサンス期の価値観では逆でした。古代ギリシャの美意識では、大きい性器は欲望が強く野蛮。小さい性器は理性的で知的、高貴とされていた。英雄や神に近い人物ほど、小さく表現される。そういう美術のルールがあったんです」
そこへ。
「ゲボお?」
美術室に大きな声が弾けた。
岸本だ。地元の野球クラブで四番を打つ、あの岸本。体つきも態度も、何もかもが人より一回り大きい。先生を茶化すように言う。
「未成年はヤバくない? てか、ちんちん小さくない?」
爆笑が起きた。
「それよりも、ちんこリアルすぎじゃん?」
別の誰かが言うと。
「ゲボお?」
また岸本の声が響く。また爆笑。
何なんだ、ゲボ、とは。嘔吐のことか?
一丸は岸本のことが、いけすかなかった。クラスのムードを一人で動かして、周りを笑わせて、大人の教師さえも手のひらの上で転がす。何だか、全員が岸本の言いなりになっている気がしていた。
もう一度、窓の外を眺めていると岸本の声が上がる。
「先生ー! 株田くんが三年生の体操服をいやらしい目で見てまーす」
人を笑いのネタにする、そういうところもな。
でも一番癪のに触るのは、そこじゃない。
気づいたら自分も、同じ言葉を口にしていることだった。ゲボお、と。それほどまでに岸本のゲロには破壊力があった。
必死に説明を続ける先生の顔が視界に入った。少しだけ下着の形が浮き出ている。パリッとしたベージュのシャツで色までは判然としないが、胸の膨らみはやや大きめか。




