1話
「助かりますか?」
「……先ほど死亡が確認されました」
わずかな空白を置いて、女性警察官は淡々と言った。感情の起伏を削ぎ落とした、事務的な響き。それが深い夜の帳の底に沈んでいく。
調書の冒頭にはこう記されていた。
二〇〇四年十月二十三日 午前二時三十二分頃 死亡確認。
「詳しくお話できますか」
言葉は変わらず平坦だったが、ほんの少しだけ彼女の視線が揺れたように見えた。
気のせいだろうか。取調室の白すぎる蛍光灯は、人の表情を狂わせた。視界を遮る前髪をかき上げると、なおさら目に堪えた。
「事件現場についてお聞かせください」
--事件。
その言葉が引き金となり、閉じ込めていた記憶がゆっくりと解け始めた。
赤色灯が回っていた。警察車両に救急車。辺りは騒然としていた。それはまるで、映画やドラマのワンシーンだった。
人間が、虫けらのように転がっていた。
頭上の『歌舞伎町さくら通り』のアーチ。その側にあったコンビニから漏れ出す明かり。それらは舗道に散らばった赤い血を等しく照らしながら熱を奪っていた。
さっきまで怒鳴っていた男は、何も言わない。見開いたままの目は、ただ夜空を映していた。
鳴り響くサイレンの音。担架を押して通り過ぎる救急隊。ブルーシートはひるがえり、覆われた輪郭がほんの一瞬、露わになる。
視線を逸らした、そのときだった。コンビニに横付けされた配送トラックのハザードランプは、律儀に点滅し続けていた。
「少し、お話を伺えますか」
よく通る女性の声だった。振り返ると、警察手帳が差し出されていた。
「署までご同行願えますか」
三十代半ばだろうか。疲れているのに疲れを見せない、そういう種類の顔をしていた。
初対面のはずだった。
でも不思議と、そんな感じはなかった。
意外にも、署内の廊下は蛍光灯に満たされていた。紙と埃、それに微かなタバコの匂い。どこか遠くで無線の音がしている。通された小さな部屋には、机と椅子と壁の時計、紙コップの茶だけがあった。
「現場には、何時頃から?」
向かいに座る女性警察官からは、同じ問いが形を変えて繰り返された。いつから、何を、どこから見ていたか。被害者との関係。加害者との関係。
女性刑事はほとんど表情を変えない。訊かれて言葉にするたびに、現実から遠ざかっていく。誰か別の人間の記憶を語っているように。
パイプ椅子が、ギシギシと小さく軋んだ。




