9:リンド・テンペスタ
爆発音でサーフェスと氷雨の意識も窓側に向けられる。
外にいた生徒の悲鳴もついでにこだましてきた。
…全く。往来で魔法を使うなと言ったのに。
「サーフェス、氷雨。私はリンドを迎えに行く。君達はここにいてくれ」
窓から外に出て———羽根を使って空を舞う。
私とて精霊。きちんと飛べるのだ。
「りひたん飛べるんだー」
「あの羽根はお飾りじゃないからね」
「サーフェスは妖精なんだよね?飛べるの?」
「飛べるとも。面白い魔法を見せて貰った礼だ。今日は特別サービスで追いかけようかな」
「いいねぇ」
背後から、赤い羽根を広げたサーフェスと、彼に抱かれて空を舞う氷雨。
どうやら追いかけてきたらしい。
初めての空なのか、氷雨は凄くはしゃいでいる。
そのせいか、サーフェスが珍しくしんどそうな顔をしていた。誰かを抱えて飛ぶのも大変な上に、あそこまで動かれるのだ。彼の苦労は想像しただけでも頭痛がしてくる。
できる限り誰かを抱いて飛ぶことはしたくない。ましてや成人男性やそれに近い存在なんて特にご遠慮したいものだ。
しかし、この状況はちょうどいい。
ぶっ倒れているだろうけど、氷雨に彼を紹介しよう。
「ところで、リンドって?」
「リンド・テンペスタ。僕らと同じリヒター先生の生徒だよ」
「今度はどんな訳あり?」
「全員訳あり前提で話を進めないでくれ…事実訳ありだけど…氷雨は、勇者アリアと賢者ノワの英雄譚に関しては…」
「パシフィカと銀髪女神様から昔話は聞いたー。俺の爺ちゃんが旅に同行してたらしいんだよね」
「なるほど…じゃあ、氷雨の祖父は「ノワの師匠」かな…道理であの魔法だ」
「多分?」
「それから、パシフィカ様にウルド様のことをそんな呼び方するな…不敬罪で刺されるぞ…」
「偉いの?」
「神霊族に連なる者は、この世界で最も尊ぶべき存在だとされている。リヒター先生だって、先生じゃなかったら敬称をつけて呼ばないといけない存在なんだからな」
「へー…」
「本当に分かっているのか?」
「わかってるわかってる。それで、その英雄譚が何の関係があるわけ?」
「旅に同行していた魔法使いに、エミリー・エトワンスという猫獣人と魔族の混血魔法使いがいた」
「獣人までいるんだ!」
「ああ。この世界にはまだまだ色んな種族がいる!でも、今はそれを横に置いておいて…そのエミリーさんなんだが、リヒター先生の教え子の一人なんだ。もう既に亡くなられているけどね。攻撃魔法のエキスパートとして名を馳せていた」
「…そういえば、制服を採寸してくれたコットンが「周囲を滅却する程」とか言っていたけど…」
「その通りだよ。それほどの攻撃魔法を使いこなしていた。そんな彼女に憧れて、魔法の道に進んだのが…今から会う相手だ」
「じゃあ、リンドも攻撃魔法を使うんだ」
「ああ…本当に広範囲かつ高火力の攻撃魔法しか使わない。ただ…彼には魔法の適性が一切存在しないうえ、魔力も凄く微量なんだ」
「…またとんでもないのに会わされるのか」
私が降り立った場所から少し離れた場所。
まだまだ爆発の影響で土埃が舞うその場所の中心に、彼はうつ伏せになっていた。
「…おはよう、リンド。今日も元気に爆発魔法を見せてくれてありがとう」
「今日はどうだった!?」
「せめて地面から顔を上げる努力ぐらいはしてくれ…」
「魔力なくなって動けない!」
「そうかいそうかい。じゃあそのまま話を続けようか」
「魔力無くて頭痛い!助けて!」
「…」
相変わらずなものだから、どうも溜息しか出てこない。
…リンド。私は君をこんな魔法使いに育てた覚えはないのだけど。
それもそうか。彼は独学でここまでやってきてしまった。
誰の教えも請わず、誰の制止も聞かず。
一人で、歪に伸びきった魔法使い。
「リヒター先生…」
「ちょうどいい。サーフェス、魔力譲渡はできるかな」
「わかりました」
うつ伏せ状態のリンドの背に手を乗せて、サーフェスは静かに目を閉じる。
足下には魔法陣が浮かび上がり、彼の魔力がリンドの中へゆっくりと流れて行っていた。
「…ねえ、りひたん」
「何かな、氷雨」
「俺が聞くのもなんだけど、サーフェスって魔法発動確率五分五分じゃん?」
「そうだね」
「それって、つまりのところ魔力操作に問題があるんじゃないかって思うわけで」
「確かに、魔法が発動しない原因の一つとして、魔法に上手く魔力を作用させられていない事が挙げられるね」
「で、仮にサーフェスが魔力操作が下手くそ側だとして…この状況ってまずくない?」
「偉いねぇ、氷雨。そうだね。彼が本当に魔力操作が下手くそな魔法使いであれば、この状況は非常にマズイ。蹴ってでも止めないと」
「じゃあ、サーフェスの問題はそうじゃないってこと?」
「うん。本当に運なんだ」
「運」
サーフェスの問題は言語化するのが非常に難しい。
本当に運なんだもの。気持ちの持ちようなんだもの。
対策が非常に難しい代物なんだもの。
「後は…気持ちの持ちよう?」
「そういう根性論が魔法に適用するとか思わなかった。魔法で解明できるの?確率問題」
「数学で確率を割り出すことが出来るんだから、魔法で確率や幸運を割り出すことも出来るだろう…」
「暴論!りひたんそれは暴論!」
「大丈夫。私もサーフェスも不老不死に近い属性を得ている。よっぽどの事がない限り死ねない」
「…」
「模索する時間は無限に等しい」
「…それって、凄く寂しいよね」
「どういう意味だい?」
「りひたん達は無限の時間があるから余裕だけど、俺たちには刹那的な時間しかないからさ。そういう余裕が限られている側からしたらむかつくけど…限られているからこその楽しみとか、必死を味わえないのは…寂しいなって」
限られているからこその必死か。
時間という最大の制約から逃れられている私が、必死になることは滅多にない。
だけど…そうだな。
譲に追いつきたいと、再戦を果たしたいと願って「必死」に魔力を磨いていた頃の私を見たら、君はどういう評価を下すだろうか。
いや、それよりも…。
君や、君の祖父は…何かに必死になることは、あったのかい?




