8:夜の帳
闇夜の中。深海のように深い青の魔法陣を足下に広げた氷雨の姿だけが視認できる。
視界を明瞭にしようと、魔法を使おうとするが…不発に終わる。
…魔法がどうやら使えないらしい。
帳の内側では、氷雨以外魔法の行使を封じられている。
彼の得意魔法は…場の支配を行う魔法か?
いいや、違うだろう。
詠唱に杖付き。魔法の発動を安定させるための処置だ。
虚詠唱…詠唱も杖も必要としない魔法使いである彼が「そうした」ということは…逆に不得意なのだろう。
まあ、彼との賭けは…今は置いておこう。
考えたところで答えが出るわけでもないし…。
「くらいよ〜。こわいよ〜」
…これ以上サーフェスを放置したら、彼が壁にぶつかって怪我をしてしまう。
私は羽根を広げ、周囲に明かりを灯す。
光の精霊の羽根には光が蓄積されている。
本来は薄明かりなのだが…これぐらいの暗闇であるのなら、活躍はできるだろう。
「…りひたん、サーフェス、平気?」
「平気だよ、氷雨…」
光に照らされたことで、氷雨が握りしめるそれがはっきりと確認できる。
身長ほどある杖。先端には球場に形成された空色の魔石。
白と金を基調とし、不思議な旗を舞わせた杖。
譲にはぴったりだと思ったけれど、氷雨にはやはり…歪に覚えてしまう。
「二人とも、大丈夫!?」
「大丈夫だよ、サーフェス。そっちこそ、何も影響がない?」
「ないない!それより、この魔法は…」
「ああ…魔力吸収とか、場を収める的なイメージで…とにかく無事に消えて良かったよ…」
———魔力吸収。
まさかノワ以外にこのイメージの魔法を聞くことができるとは。
自分以外が使っている光景を見ることが再び出来るとは思わなかったな。
「氷雨、リヒター先生と得意魔法が一緒なのかい?」
「そうなの?」
「ああ。私の得意魔法は対魔法使い向けの魔法が多くてね」
「なんで?性格悪いから?」
「…魔法使いと戦争をしていたからだよ」
「…戦争」
「そう。サーフェス、説明してご覧」
「はい。今でこそ統合されているけれど、数千年前にね、僕らがいるメルクリアと隣国のオヴィロは戦争をしていたんだ」
「…その戦争に、りひたんは参加したと」
「参加したどころか、その時に多大な功績を挙げているんだよ。それで、凄い役目も賜って」
「そんなところさ」
「凄い役目って?」
「ああ、それは…」
「サーフェス」
「…残念。これ以上はダメみたいだ」
「…?」
氷雨には悪いが、これ以上は言えない。
なんせその役目は———果たせないまま、終わらせてくれと頼んだから。
終わらせたから一人になったけれど、後悔はしていない。
もう、何も期待しないで済むから。
彼女のことは好きだったけれど、お互いに負担を抱えずに済むのだから…これが一番理想と言えるだろう。
「…さて、サーフェス。今回の失敗は何が原因だと思う?」
「いやー…今日はなんか運がノっているし、いけると思ったんですよ?」
「力を入れすぎた感覚は?」
「ないですね」
「氷雨に良いところを見せようとしたとか」
「ん〜…それより、今日バイト休みだったのに、代役頼まれて行くことになったから怠いな〜って」
「運、全然ノってないね!」
この流れのどこが運がいいと思ったのか不思議なものだ。
休みだったのに労働を押しつけられているではないか。最大級の不幸を食らっているではないか。
「…そんなギャンブル精神で魔法を発動するのはどうかと思う」
「氷雨の言うとおりだけど、彼はそういう魔法使いなんだ」
「…そういえば、最初にギャンブルとかなんか言ってたけど」
「僕ね、魔法の発動条件を完璧にしても、発動が五分五分なんだよね。発動しても暴走する今回みたいなパターンもある…」
「彼は運に左右される体質の魔法使いなんだ。私のところに来たのは———」
「その運を自らの意志でコントロールして、魔法を自在に使えるようになるのが僕の課題なんだ」
「…すっげぇ変わった特性だね」
「よく言われる〜」
彼の様な特異体質の魔法使いはこの世界に珍しくはない。
こういう子は大抵魔法も弱くて放置しておいても一般人同然だから問題ないのだけど…サーフェスは別。
この子は研鑽を積みすぎたのもあるけれど、発動させることが出来れば強力な魔法を放つことができる。
それ故に、コントロールが出来なければ危険すぎる。
だから私の元へ送られた。
私の元へは、ノルドやノワのように性格はともかくとして魔法の素養が優秀な生徒だけではなく———こういう問題を抱えた生徒も送られる。
エミリーの様に攻撃魔法しか使えないだとか。
ノルドの娘のスフィリアのように、魔法の才能が一切ない魔法使いとか…色々な子を思い出すね。
ちなみに、今回は全員この「訳あり」タイプだ。
しかも過去最多の五人。腕がなるね!
「学費は免除されているけれど、課題がクリアできるまで卒業できなくてね…。今年で三年生三回目…」
「むしろ一年生で止まっちゃうタイプの特性じゃないの…?」
「温情で進級はさせて貰っているんだよ…一年と二年のカリキュラムは終えているからね。後は進級試験で魔法が暴発せずに発動できることをお祈り…それで通った感じ…」
「なるほどねぇ」
「まだ一年は始まったばかりだよ、サーフェス」
「三回目の三年生の一年ですけどね」
「今年こそ卒業できるように頑張ろうね。私もいっぱい考えるし…」
「んー…幸運のコントロールかぁ。魔法で出来るのかなぁ…」
「異世界の知識もある。今年は一味違うよ、サーフェス。気合入れていかないと、置いていくからね」
「そうですね…気合を入れ直す一年になりそうです。今年もよろしくお願いします、先生。氷雨も、よろしく頼むよ」
「ん。俺もよろしく。サーフェス」
「ところで、その帳の魔法は何なんだい?説明を要求するよ!それからその立派な杖はどこから出現させたんだい?素材は?魔石はどこで?」
「たすけてりひた〜ん!野郎の顔面が間近過ぎて困るよ〜!」
「あはは。学生同士意見交換も大事だよ」
「一方的な質問攻めなんですけど!」
「氷雨!質問に答えて!」
「なんでこの世界の住民は全員距離が近いんだよ〜!」
氷雨の叫びと共に、帳が解除される。
…やはり、氷雨はこの系統の魔法は苦手らしい。精神のブレであっという間に解除されてしまった。
しかし…似たような系統が得意なのは間違いが無いだろう。
ノワの話だと、譲の得意系統は「星の魔法」
詠唱に含まれていたのは、帳に星…そして闇夜。
最初に来たということは、これが最大のヒントになるだろう。
…やはり、君の魔法の系統は。
サーフェスに捕まり、半泣き状態で質問責めにあう氷雨。
今まで危険な魔法使いを輩出してきた黒の上着を着込んだ彼を一瞥し、窓の外を眺めた。
…落ち着いたら、リンドでも迎えに行こうかな。
そう考えいると———窓の外で大爆発が起こる。
噂をしたら、爆発魔法を使ってくれた。




