5:制服は心理テスト
魔法学校の門を通り、馬車を降りる。
校内へ続く石畳を歩いて、手始めに事務手続きをこなしにかかった。
まずは制服を与えて、学籍登録を行って…はぁ、そういう面倒なのはパシフィカがしてくれていたらいいのに。
「…てか、なんで俺は学校に」
「まず、君が異世界召喚された理由から説明しないといけないのだけど…そこは聞いている?」
「ええっと…この世界に変革をもたらす為に呼ばれたとは聞いている。その変革ってのがどういうことか分からないけど…」
「転移の儀で召喚された者は変革を成し遂げるまでこの世界に留まり続ける呪いが生じているそうだ」
「わぁお。なかなかに酷いね。なんでこんな儀式やってんの?」
「…千年に一度、転移の儀を行わなければ、この世界が滅ぶという言い伝えがある」
「そういう眉唾言い伝えに振り回されているのか…」
眉唾の言い伝えだと言いたい気持ちは私にも理解できる。
だけど、案外眉唾ではない気がする。
その答えに辿り着いた時、私はこの世の禁忌に触れてしまう。
だからこれ以上は言及しないが———ただ一つだけ。
この世界は「主人公」を求め続けている。ただ、それだけの話。
「そうだね。振り回されっぱなしなんだよ。もしかしたら君の役割は「転移の儀を終わらせる」かもしれないよ」
「その線もあるのか…」
「まあ、君が何を成し遂げ…その為に何年この世界に滞在するか分からないから、この世界に馴染ませるための施策を行う必要がある」
「なるほどね。普通は一般的な教育機関にぶち込むけど、今回は俺が魔法使いだから」
「ああ。君を魔法学校に入れて、私が魔法使いとしての君を監督する。賢いね、氷雨」
「これぐらいは分かるだろうよ…」
褒め言葉を告げると、照れくさそうに頬をかきながら目を逸らす。
机の下での震えようから察していたが…褒められ慣れていないらしい。
…君は、孫にどんな業を背負わせたんだい?
そろそろ、聞いても問題ないだろうか。
…探りを入れてみようか。
「そういえば、氷雨。君のお爺さんはこんな風に君の話を聞いて、君を褒めたりはしなかったのかい?」
「…俺が産まれる前に病気で死んでいるから。どんな人かは知らないよ」
「病死」
「立派なお方だったらしいぞ。これ以上は本当に知らない」
「…そっか。言いにくい話だったろうに、教えてくれてありがとうね」
「…別に」
目を逸らしながらでも、きちんと答えてくれた事実が重要なのだ。
彼が錯乱する条件は分からない。
もしかしたらあの対面時、彼は不安に飲まれて精神的に不安定だったのかもしれない。
この数時間で多少なりとも、私という環境に慣れてくれたのだろうか。
落ち着いている時は、普通に受け答えをしてくれるようだし…これからも信頼関係を築きつつ、タイミングを見計らい、彼の事情を探っていこう。
「氷雨」
「んー?」
「私は君の入学事務手続きをしてくる。君はここで制服を採寸、受け取りと着替えまで済ませておいてくれ。ノルド、君は教材や備品の確保を」
「はい、先生」
「ここから先は一時的に別行動だ。一人で大丈夫かい?」
「大丈夫だよ、それぐらい」
「ちなみに採寸担当は無性だから!気を抜いて挑みなさい!」
「え!?何、無性って!ちょっとりひたん!くろいの!それだけ説明して!」
この世界の事は彼にとって未知ばかり。
種族や歴史、土地の話になると目を輝かせ、子供の様に疑問をぶつける姿は見ていて楽しい。
教師としても、リヒターという一存在としても…彼の存在は酷く可愛らしく思えるのだ。
◇◇
部屋に通された俺は、不思議な存在と対面を果たすことになった。
「君が、リヒターが言っていた転入生?」
「あ、はい。多分そうだと…」
「オーケー。うちはコットン。制服、採寸するから…上着だけ脱いでくれる?」
「上着だけでいいんです?」
「全裸になりたいのなら、ひんむいて採寸してやるけど?」
「是非とも上着だけで勘弁してください」
「元よりそのつもりだよ…」
長い髪が邪魔にならないように後ろで一つ結び。
コットンと名乗った存在は、俺の身体にメジャーを素早く合わせて、ささっと採寸をこなしていく。
愛らしさが残る容姿、職人だからという理由以外に角張っている手。
声は低く男のよう。だけど仕草は女。
…無性って、そういうこと?
性別の判断は一切つかない。この世界にはそういう存在もいるらしい。
「採寸終わり。上着はこのサイズね」
「もう終わったの?」
「こっちは仕事で数百年単位でやってるからね。すぐ終わるよ」
「上着の色、好きに選んでいいの?」
「好きなの選びなよ。好きな色の方が気分上がるでしょ?」
黒の上着を手に取ると、コットンはそれから指定ワイシャツと上着にあうスラックスとベルトをその上に積んでくる。
「選ばせるのは個性重視っていう体裁はあるけど…心理テストみたいなものだよ」
「これで何か分かるの?」
「ここで直感的に選んだ色っていうのは、得意魔法を示すんだよね」
「へぇ。赤を手に取れば炎系統が得意とか、青を手に取ったら水系統の魔法が得意とか?」
「そんなところ。まあ、例外は三人ほどいたけどね」
「どんな?」
「一人目はノルド・ヴィーザリット。今はルミナリエだったかな。あいつは「自分が入学するのは相応しくない」とか言い出して、制服の受け取りを拒否したうえ、透明でいいとかとんでもないことを言い出した。得意魔法は予知」
「くろいのやっぱ面白枠じゃん。ウケる」
「二人目はエミリー・エトワンス。汚れを目立たせたくないからと白をやめて紺にした。得意魔法は周囲を滅却するレベルの攻撃魔法全般」
「三人目がノワ・エイルシュタット。制服の色に不満を抱いたあいつは制服を虹色に染色しようとしてきた。得意も不得意もない奇跡の万能型魔法使い」
「…じゃあ、黒を選んだ俺の得意魔法は何だと思う?」
「口に出すのも憚られるね」
「…賢明で助かるよ。こういうの、この学校にゴロゴロいるの?」
「さあ、どうだろう。でも、君はきっと楽しめるよ」
「そっか」
制服に着替えるように促され、着替えたら着替えたで外に追い出される。
長時間一緒にはいたくないらしい。まともな感性で助かるよ。
廊下の窓から外を眺める。
楽しそうな学生の声が響く学び舎だ。
こんな声を、俺は向こうにいた時さえも聞かなかった。
周囲が、俺を遠巻きにしたから。
祖父は偉大な魔法使いだった。
元々病弱だった祖父は俺が産まれる前に死んでしまっている。
そんな身体を奮い立たせてでも戦い続けたのには理由がある。
その理由を知ってから、俺はこの系統の魔法を極め続けた。
おかげで周囲は俺を恐怖の対象として認識して、挙げ句の果てには「御爺様の様にちゃんとした魔法を習得して」と説得を初める始末。
これが祖父の本質だというのに。
「ひ〜さ〜め〜!」
「なぁに、りひたん」
「手続き終わったから早速教室に行こう!」
「へいへい」
光の精霊…リヒター・アリステラ。俺と対照の魔法使い。
ねえ、りひたん。
りひたんは俺の得意魔法を知っても、離れないでいてくれよ?
あんなに祖父にご執心ってことは、本質だって見抜いているよな。
だったら俺の魔法も受け入れてくれよな?
あんたは教師として俺を最強になるまで育て上げるんだろう?
俺の師匠以外の連中みたいに途中で匙を投げないことを、期待しておくよ。




