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4:馬車の座席は堅いから

「さて、氷雨。駄々っ子の時間はおしまいにしよう」

「あんたは俺をさっさと離せよ」

「嫌だね。このまま話を続けよう」


氷雨を私の膝に載せたまま、話を続ける。

彼は不服そうに私を睨んだが…どうしようもないことを察し、そのまま力を緩めて膝の上に腰掛けてくれる。

うんうん。素直な子は可愛いね。


「離せ変態教師。もしもしポリスメンするぞ」

「ぽりすめん…?」


ふむ。異世界の言葉か。

こうして聞き慣れないものは彼と過ごす中で、まだまだ出てきそうだ。


「警察とか…犯罪者を取り締まる存在とか…この世界いないの?もしかしなくても無法地帯?」

「ああ、そういう存在か。魔法使いの警察…という意味合いであるのであれば、それは私達の事を指すと思うよ」

「世も末じゃないか」


「そんなことはないよ。私とノルドが所属する魔法機関は、魔法犯罪への対処は勿論、魔法の記録や魔道具の保管等、魔法に関わることなら何でもしているような機関なのさ」

「…あんた達はそこで何してるの?」

「戦う事だよ。私はそれが一番得意だからね」

「…僕は予知魔法で国の安定を進言している」

「なんか両方ともそれっぽくない」

「「確かによく言われる」」


事実、私はこうして功績を挙げているからこそ「戦える魔法使い」だと認識されているが、私の存在を知らない者からは戦えないと評価を受けやすい。


私達、光の精霊は戦闘には決して向いていない。

我々の本質は「導くこと」である。

教職や、神職に勤め、誰かを導くことに特化した仕事に就くことが多い。


「特に私は種族的に戦闘特化ではないからね」

「…ああ、やっぱり異世界だし種族って概念があるんだ。りひたんとあんたは何て種族なの?ストーカー?」

「私は名乗った通り。光の原初精霊と神霊族の混血精霊だよ」

「げんしょってなに?」

「その精霊族が誕生した際に、母である神…私の場合だと光神が最初に生み出した精霊を指している」


「原初の精霊と他の精霊って何か違うわけ?」

「母から貰った血が濃い分、強力な力を有しているケースが多いよ。パシフィカも太陽の原初精霊の子供だから、立ち位置は私と同じだね」


「へぇ…なんか面白い仕組みあるね。くろいの、お前は?」

「…ノルド・ルミナリエだ。僕は風の妖精の純血で」

「くろいのは妖精かぁ」

「…名前を覚えてくれ」


名前を覚えないところは、あの男の弟子であり、私の教え子だったあの子にソックリ。

あの子も、他人の名前を全然覚えなかったからね。


「妖精と精霊の違いって何かある感じ?」

「そうだねぇ…正直、あまり大差は無いね」

「妖精とエルフになら体格差という差異が存在していたが…今は統一されて、妖精もエルフも皆妖精族扱いだからな。神を母とするか、自然を母とするかの差ぐらいじゃないか…?」

「それに五百年前、精妖同盟が締結された今、精霊と妖精の間にあった種族間の対立も無くなったからねぇ…。ノルドの言うとおり、母とする存在の差ぐらいかも…」


「なんでその同盟の話は苦虫噛み潰したような顔してんの、りひたん」

「…精妖同盟締結の際、色々あってだな。この話になるとパシフィカも同様に苦い顔をするだろう」

「…?」


不思議そうに首を傾げる氷雨の疑問に答えるように、ノルドがあの日の事を話してくれる。

私の、二つ目の屈辱が存在する日の事を———。


「五百年前、妖精都市フェアリルヴェールで行われた、月の妖精女王ルミナスと、太陽の精霊女王ソレアを代表とし、長年隔たりがあった妖精と精霊が今後は隔たり無く…お前にも分かりそうな言葉でいえば「仲良くしましょう」と約束し合う式典が執り行われた。それが精妖同盟だ」

「ほうほう」

「僕も先生も護衛として参加をしていたのだが…まあ、先生は色々とショッキングな事が起きてしまい、軽く自暴自棄になっていた」

「知り合いでも死んだ?」

「君の祖父が弟子達との旅路から離脱し、行方不明になったこと」

「どこまで爺ちゃんにご執心なんだよ…」

「再戦できると喜んだ矢先にこの仕打ち。本当にショックでショックで…同盟締結を阻止する一派の精神操作の術に嵌まっちゃった!てへっ!」

「敵の術中に嵌まった事を笑い話にするなよ!?」


笑い話にはしたくないのだが、笑い話にしないと気を保っていられないのだ。

なんせこの術、回避できたのはただの三人。

ルミナス嬢とパシフィカ、そして———ノワ。

私の教え子の一人であり、勇者アリアの旅路に同行した賢者だけが、真っ正面からあの術を受けて、受け流した。

そして彼女に敵として立ち塞がった私は、彼女の魔法に敗れ…正気を取り戻した。


教師としても、魔法使いとしても…彼女に追い抜かれた。

教え子に追い抜かれる———それに対して悪い気は起こさない。

むしろ誇りを抱くし、よくやったと思う。


『りひたん程の魔法使いですら操るってどういう洗脳魔法だよ…』

『でも、これは一種のチャンスって奴だよね』

『師を超える———まずはりひたんから。譲を超えるのは、りひたんの後!対戦よろしくお願いしまぁす!』


私が知る「ノワ・エイルシュタット」という少女は、特別な少女。

そして今、膝にいる氷雨とよく似た境遇を持つ少女。

師匠の杖を継承した彼女は、私を踏み台にして…今はもう、この世を旅立ってしまった。

生前の彼女と再び対決し、勝ち星を得ることは出来ている。

それでもやはり、みっともない姿を教え子に晒し、みっともなく教え子に負けた過去というのは…例え精算を果たしていたとしても、尾を引くものなのだ。


「…洗脳は私の教え子が解いてくれたよ。魔法という名の暴力をぶつけてね」

「負けたの?負けたの、りひた〜ん?」

「ここぞとばかりに煽らないでね、氷雨」

「ひっ!?腰に手を添えるな気持ち悪い!」

「安定感を生む為に必要な事だよ?」

「それはそうだろうけどさぁ…」

「さ、氷雨。もう少しで魔法学校が見えてくるよ」


そろそろ名残惜しいが、目的地に到着する。

氷雨は食い気味に窓の外に視線を移し、外の光景を目にした。

目の前に広がるのは、王城より立派な建築物。

王立魔法学校———私の臨時職場であり、氷雨が過ごす事になる学校だ。

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