3:普通を望んだ魔法使い
「このクソガキ…僕が敬愛するリヒター先生を何だと弁えている…!」
「いや、何も知らないけどりひ…とにかく名前が長いことだけは分かったから!覚えやすいかつ親しみやすく愛称で呼ぶのは自然の摂理じゃね!?」
氷雨と名乗った青年は、激高したノルドに襟首を掴まれてぶんぶんと振り回され始める。
人の名前を覚えないところも、ノワによく似ているのは何故だろう。
「それになんだその顔はぁ!先生に屈辱を与えた男にソックリでぶん殴りたくなるわ!」
「はぁ!?何この異世界!?暴力ありなの!?チート特典も無いし、全然楽しい異世界転移じゃないじゃん!帰りたいー!俺お家帰るー!周囲から出来損ない扱いされてた方がましー!」
「まあまあ、ノルド。氷雨も落ち着きなさい…話がややこしくなるから…」
ノルドを氷雨から引き離して貰い、改めて教え子になる青年と向き合う。
見れば見るほど「悪夢」と瓜二つ。
これで血縁関係がないと言われたら「冗談ではないか」と叫んでしまいそうになるほどだ。
魔力の質も、量も…あの男と同質…いや、それ以上の可能性だって秘めている。
「…リヒター殿は、お気づきになられたかと思いますが」
「氷雨の血縁関係かい!?君は答えを用意できているのかい!?」
「あ…いえ、彼は私達にも苗字を秘匿していまして…外見情報から「間違いなく」ではあると思うのですが、他人の空似という可能性もまだ残されています…」
「んなバカな。この魔力量に魔力質!あの男———椎名譲の血縁者で———」
「———この世界でもその名前を聞かされるのか!?勘弁してくれ!」
その叫びと同時に、部屋の中が静寂に包まれる。
ヒステリックに叫んだと思えば、氷雨は近くにあった机の下に滑り込んで、なにやらぶつくさと言い始めてしまう。
「爺ちゃんのことを知らない世界に来て、やっと俺の人生が始まったと思ったのに…ここでも爺ちゃんの名前を聞かされるとか悪夢じゃないか。俺が何したって言うんだよ。爺ちゃんほどの魔法の力量が無くても俺だってそこそこ強い魔法使いであることは確かなのに何で皆爺ちゃんの孫だからって規格外と比較するんだよ。勘弁してくれよ俺は普通でいたいんだよ…」
「…」
机の影が静かに伸びる。
彼の心の影が、我々にも及ぶかのように———。
「…間違いなく先生の血縁者…それもお孫さんなのね」
「本当に血縁者だったとは…しかしこの落ち込みよう」
「これまた厄介な資質を抱えているようだねぇ」
でも、こういう「生徒」を私は何人も見てきた。
自分の子供の中にも、私という絶対に苛まれて、魔法以外の道を歩んだ子もいる。
私は彼の気持ちを知らない。
彼のような子供に、傷をつけた存在の立場だから。
それでも私は、彼の心に寄り添える。
私は、魔法の先生だから。
「氷雨」
「…なに」
「私はね、かつて君の御爺様に敗北を与えられたことがある」
「…そうだろうね。俺の爺ちゃん、最強だもん。どんな相手でも、あっという間に…叩きのめしたって…皆が言っていて…」
「そう。最強だ」
最強だった。あの男は本当に…その称号が相応しい存在だった。
だけど私は———!
「私はそれに、納得がいっていない」
「…へ」
「たった一度だけの敗北を与え、再戦もせずに勝ち逃げしたあの魔法使いを私は最強としたくない。そして私は大義の為、彼を超える必要がある」
「でも、再戦できないじゃん」
そう。再戦できない。なんせ彼は別世界のどこかへ旅立ってしまったのだから。
「私に勝利した彼」がいる時間に時間旅行だなんて真似もできやしない。
「だからこそ君だ」
「…俺に何をしろって言うんだよ。出来損ないだぞ。爺ちゃんに比べたら、全然な」
「私は魔法の先生として、君を祖父をも超える「最強の魔法使い」に仕立てて見せよう」
「いや、俺はそういう称号いらないし…」
「そしてそんな君を、私が敗北させることで君の望みである「普通の魔法使い」の称号を与え、私は周囲が評価するような魔法使いへと至れるだろう」
「———そんなの、屁理屈だ」
「ああ、屁理屈さ。彼自身を越えられたわけでは無い。だけど間接的でも彼に勝てれば、五百年前の屈辱を精算できる」
氷雨の手を引いて、机の下から日の当たる空間へ。
光の精霊らしく、迷える子供達へ光を示して見せよう。
「だから、私に君の先生をさせてくれないか、氷雨?」
「…まあ、異世界でだらだら過ごすよりは何かした方がマシだろうし、いいよ」
「やったぁ!」
氷雨を抱きしめて、彼の前向きな意志に喜びを示す。
子供達にしているように、強く抱きしめて———離さないように。
「だからね、氷雨」
「はい」
「早く名実ともに最強になって、フルボッコにさせてね?」
「やっぱ前言撤回させて貰っていいですか?俺、やっぱり退屈でいいんで穏やかニートな異世界生活を…ちょ、なにこの腕力…離せ変態教師…!」
「パシフィカ、とりあえず丸く収まったからこの子は引き取って、私は学校に向かうことにするよ」
「あ、はい」
「止めろよパシフィカ!不審者だぞ!お前騎士だろ!俺の事も守ってよ!意地悪!」
「…私はその男とその教え子達を止めるほどの力量は持ち合わせていませんので」
「目を逸らすなぁ!」
抗議を続ける氷雨を抱きしめたまま、私はスキップで王城を後にする。
馬車に乗る時も抱っこ状態。
その光景にノルドは歯ぎしりをしだすし、氷雨は暗い顔で身をよじらせながら「タスケテ…タスケテ…」と片言で言い出していたけれど…私の気分は晴れ渡る空の様に澄み切っていた。
「子供は元気だね、氷雨」
「俺もう子供って年齢じゃないです…十八です」
「三千歳を越えている私からしたら、まだまだ君は赤ちゃんだよ?ふふふ、駄々をこねて可愛いね」
「誰が赤ちゃんだ!?」
激しく揺れる馬車は目的地に向かう。
ああ、譲。
私は、今———君の孫のおかげで人生が明るくなった気がしているよ!




