2:かつての面影
私達が住まう大陸には、二つの国が存在している。
一つはオヴィロ帝国。
私やノルドの家があり、ついでに職場である魔法機関が存在する妖精都市フェアリルヴェールはこちらの所属だ。
私達の目的地がある「王城」というのは決してオヴィロの王城ではない。あれは数千年前に観光地と化している。
向かう先は隣国であるメルクリア王国の首都メルクリッドに存在する王城の方だ。
あそこにはまだ国王という概念は存在している。
政治に関わらないお飾りの…が、つくが。
二つの国の間には、国境こそ存在しているが、隔たりという概念は存在しない。
政治も通貨も何もかも一緒。先の戦争でオヴィロが負けた結果である。
…正確には、私が負かしたのだけど。
「ところで、ノルド。どうして王城で私は教え子と対面することになっているんだい?他の四人はいつも通り教室だったじゃないか」
「…色々な事情がありまして」
「それを説明してくれ」
「はい。先生は数千年に一度、この世界に変革をもたらすために外界から異邦人を招く儀式を執り行っているのは…」
「興味ないね」
「…そんな儀式を執り行っているのですが、今回の「転移の儀」にて召喚されたのはどうやら別世界の魔法使いのようでして…」
「…まさか、あの男なのかい?」
「残念ながら違います」
むすっと不機嫌そうに頬を膨らませた後、ノルドは咳払いをし…話を続ける。
…ノルドもあの男の話になると不機嫌になるなぁ。
「先生がご執心な「あの男」ではありません。しかし…」
「?」
「かつて奴と行動を共にしていた過去の女神とその側近、それから魔王が反応を示した。何かの縁があるとは思いませんか?」
「ふむ…べっさんはなんと?」
「べっさん?」
「賢人殿だ。彼女ならあの男の記憶があるだろう。何か言っていたかい?」
「賢者ノワ亡き今、賢人をあだ名で呼ぶのは今ではもう貴方だけではないですか…?」
「そうかな?」
「そうですよ…はぁ、思えば魔王の姉はそんな呼称をされていましたね。残念ながら奴は今も行方不明です。肝心な所で役に立たないのは相変わらずですよ…」
「そこまで言ってやるな…」
「奴には以前、辛酸を嘗めさせられたもので」
「奇遇だね。君が辛酸を嘗めていた時、私は可愛い可愛い教え子から魔法で殴られていたよ」
「ノワ・エイルシュタット…死してなおあの女は先生の過去に傷をつけているとは…師匠によく似たものだ…許すまじ…」
王城前には、立派な銅像が建てられている。
五百年前、この世界に危機をもたらした先代魔王の討伐を成し遂げた勇者アリアと、彼女と運命を共にした賢者ノワを象った銅像。
「勇者一行のことを思い出すと、先生は嫌な顔をしますね」
「まあね。あの男の事もあるけれど…可愛い教え子達が寿命で亡くなった事を、嫌でも思い出させるからね」
私の事を「りひたん」という愛称で呼んで、親しんでくれた可愛い魔法使い。
その態度を改めるよう、彼女に文句を言い続けた生真面目な魔法使い。
彼女達が学内で言い合いを続けている姿を、今でもはっきりと思い出せる。
特にノワ。
あの子も師匠と同じく私に敗北を与えた魔法使い。
不思議な運命を辿っていたノワは、前世からの友である勇者アリアと運命を共にして、想定より早い死を迎えたのは、昨日の事のように思い出せる。
「…立派な子達だった分、寂しさがあるんだよ」
「左様ですか」
「しかし、同行していた生き残り三人がそんな儀式に参加するほどの権力を手に入れるとはねぇ…時代も随分進んだものだ」
私があの子達と出会った時は、まだまだひよっこだと思っていたのに。
先代魔王討伐を成し遂げた集団の生き残りなのだから…当然と言えば当然だろうけど。
彼女達を背にし、王城の中へ。
その中にはこれまた懐かしい存在が待ち構えていた。
中性的な容姿に、騎士をするには十分な恵まれた体格。
長く伸ばした白い髪を揺らした彼女は、私達の姿を視界に入れた瞬間…真っ赤な羽根を広げ、飛んで来てくれた。
「久しぶりだね、パシフィカ」
「お久しぶりです、リヒター殿。ノルド殿も」
「…僕、喋っていいんですか?」
「「喋らないと会話にならないでしょう?」」
「…そうですね。お久しぶりです、パシフィカ様」
「ノルド…私には一切そんな礼儀を見せてくれたことはないよね」
「先生は先生なので…」
パシフィカ・グラウゴス。太陽の原初精霊の血を引いた神霊族と人間の混血精霊。
勇者アリア達と共に、先代魔王の討伐を成し遂げた英雄の一人。
彼女は今、過去の女神の側近を務めていると聞く。
ここにいるのも、彼女に同行していたのだろう。
…件の転移者というのは、彼女の主人であるウルド様が世話を引き継いだのだろうか?
「私にもリヒター殿と同様の扱いでいいのですよ?」
「とんでもない!原初精霊の血を引き、さらには神霊の混ざりであるパシフィカ様に無礼な真似は…」
「私も同じなのだけどね…」
「その理屈で言えば、四分の一である私よりはリヒター殿を敬うべきだと思いますがね…」
不思議な理屈を述べ続けるノルドはさておき、本題に入ろう。
「ところで、パシフィカ。君がここにいるということは、件の転移者は君の主人が面倒を見ることになったのかい?」
「いいえ。保護責任はヴェルが担うことになりました。私は引き渡しを確認したら、すぐに発ちますよ」
「…その、保護責任者は?」
「…腹が減ったから後は任せると、城下町にご飯を漁りに行きました」
「大変だね、君も」
うんざりとした顔を浮かべた彼女は、とある扉の先へ向かう。
その先には…神々しさを纏う白銀の髪を持つ女性。
あの方は…。
「パシフィカ」
「ウルド様っ…どうして外へ!」
「そろそろ到着だと思ったのよ〜」
反射的に私もノルドも跪いた存在こそ、パシフィカが仕える主人。
神霊族の一人———過去の女神「ウルド」
彼女は普通の少女のようにパシフィカに抱きつき、ヴェールに覆われた顔で唯一見える口元に笑みを浮かべていた。
「ああ、リヒターさん。お久しぶりです。ノワの葬儀以来ですね」
「そうなりますね…今は、ウルド様と呼ぶべきでしょうか」
「好きに呼んでくれて構いませんよ。聖女時代の名でも、神の名でも。どちらも私の名前ですからね」
「では…ウルド様」
「はい。なんでしょう」
「どうして、貴方がここに?」
「そうねぇ…かつての旅の感傷に浸りに来たようなものでしょうか」
「五百年前の、勇者の旅ですか?」
「ええ。あの楽しかった日々を思い出せる記憶がこの先にいますから」
「…この先にいる転移者というのは、どういう存在なのでしょうか」
「それは貴方の目で確認していただければ」
ウルド様が軽くノックをして、室内にいる存在へ合図を送る。
その後、扉を開けて———私はその先にいる彼と対面を果たした。
面立ちは中性的。海のような青い髪を揺らした青年。
特徴的な紫紺の瞳で、私を品定めするように覗き込む。
その瞳は、あの日を思い返せるほどにそっくりで———。
「…あんたが、俺の先生?」
「ああ。私はリヒター・アリステラ。光の原初精霊と神霊族の混血魔法使いだ。今日から君の———」
「長いな。じゃあ「りひたん」で」
「えっ」
「俺は氷雨。苗字は嫌いだから秘密。と、いうわけでよろしく、りひたん」
懐かしさを覚える呼び方に、容姿。
氷雨と呼ばれた異邦人は、馴れ馴れしく、あっという間に距離を詰めてくる。
その立ち姿は———あの男に酷くソックリだった。




