第9話「崩壊」
戦いから三日が経った。
人々は死者を埋葬した。三田を含む十名の遺体を、病院の中庭に埋めた。墓標を立てて、皆で祈った。
だが、集落は疲弊していた。
食料は底をついていて、水も少ない。人々の顔には疲労が刻まれている。子供たちは泣かなくなった。泣く気力もないのだろう。
人々の間に、亀裂が生まれていた。
「ここは危険だ。別の場所へ移るべきだ」
ある男がそう言った。
「だが、どこへ行く。どこも同じだ」
別の男が反論する。
「それでも、ここよりマシな場所があるはずだ」
「ない。どこへ行っても、魔物がいる」
人々の意見が分かれる。残る派と去る派。議論は平行線をたどった。
俺は、ただそれを見ていた。
美咲が俺の隣に来た。
「柊さん、どう思いますか」
「…分からない」
「私は、ここに残りたいです。高橋さんや三田さんが守ってくれた場所ですから」
美咲がそう言う。だが、その声には迷いがある。
「でも、皆が疲れているのも分かります」
俺は何も答えなかった。答えられない。どちらが正しいのか、俺には分からない。
その日の午後、遠くで光が見えた。
また、魔法の光だ。だが、今回は違う。もっと強い光だ。まるで太陽が落ちてきたかのような、眩しい光。
俺と美咲、そして数人の男たちで確認に行くことになった。
街を進む。光が見えた場所は、広場だった。
そして、そこに「それ」があった。
巨大な亀裂。
以前見た亀裂よりも、はるかに大きい。高さは20メートル以上あって、幅も10メートルはある。まるで世界そのものが裂けているかのようで、亀裂の向こうからは、不気味な光が漏れている。
美咲が震える声で呟く。
「これは…」
亀裂が脈打つように光る。まるで生きているかのように、光が強まったり弱まったりしている。
そして、亀裂から何かが出てきた。
巨大な魔物だ。
いや、巨大という言葉では足りない。
体長は20メートルを超えている。竜のような姿で、だが今までのA級魔物とは明らかに違う。黒い鱗に覆われているが、その鱗は光を反射していて、まるで宝石のように輝いている。翼が四枚ある。尻尾が二本ある。そして、目が六つある。全ての目が赤く光っていて、まるで地獄の業火のような色だ。
これは、S級魔物だ。
圧倒的な威圧感。その存在だけで、空気が重くなる。呼吸が苦しい。足が震える。まるで、死そのものが目の前に立っているかのような恐怖だ。
美咲が俺の腕を掴む。震えている。
「逃げましょう」
俺は頷いた。
S級魔物と戦っても、勝てない。今の俺では、絶対に勝てない。
俺たちは走った。全速力で。
だが、S級魔物が追ってくる。空を飛んでいる。速い。あっという間に距離が縮まる。
俺は振り返った。S級魔物が、俺たちを見下ろしている。
そして、S級魔物が口を開けた。
炎が吐き出される。巨大な炎が、俺たちに向かってくる。
俺は左腕の力を使った。黒い炎で、S級魔物の炎を相殺しようとする。
だが、力が足りない。S級魔物の炎が、俺の炎を飲み込む。
炎が俺たちに迫る。
美咲が防御魔法を張った。光の壁が現れる。
炎が壁にぶつかる。壁が砕ける。美咲が吹き飛ばされる。
俺も吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
体が痛い。火傷している。視界が霞む。
S級魔物が近づいてくる。地面が揺れる。
俺は立ち上がろうとした。だが、体が動かない。
S級魔物が俺を見下ろしている。
死ぬ。
そう思った。
だが、その瞬間、美咲が俺の前に立った。
防御魔法を張る。巨大な光の壁が現れて、俺を守る。
「皆、逃げて!」
美咲が叫ぶ。
他の男たちが逃げていく。
俺は叫んだ。
「美咲さん!」
だが、美咲は聞かない。ただ、防御魔法を張り続けている。
S級魔物が攻撃する。爪が壁を打つ。壁にヒビが入る。
美咲の顔が苦痛に歪む。魔力を使いすぎている。
壁が砕けた。
S級魔物の爪が、美咲の体を貫いた。
血が噴き出す。
美咲が吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
俺は美咲に駆け寄った。
美咲が倒れている。胸に大きな傷がある。血が流れている。止まらない。
俺は美咲の体を抱き起こした。
美咲が目を開ける。血を吐く。
美咲が弱く笑った。まるで何も痛くないかのように、いつもの優しい笑顔を見せた。だが、その笑顔は痛々しくて、俺の胸を引き裂くようだった。
美咲の手が、力を失った。冷たい。まるで氷のようだ。
美咲が目を閉じた。
動かなくなった。
死んだ。
俺は叫んだ。
美咲の名前を叫んだ。だが、美咲は動かない。
また、失った。
また、守れなかった。
母。妹。高橋。三田。そして、美咲。
皆、死んだ。
俺が、守れなかった。
俺の中で、何かが壊れた。理性が、制御が、全てが壊れた。怒りと絶望と罪悪感が混ざり合って、まるで体の中で嵐が吹き荒れているかのようだ。
左腕が叫ぶ。
だが、俺は聞かない。
俺の力が暴走する。
左腕が制御できない。黒い炎が溢れ出す。体の中から、外から、あらゆる方向から炎が噴き出して、まるで俺自身が炎そのものになったかのようだ。
炎が周囲を焼き尽くす。地面が、建物が、全てが燃える。
S級魔物も、炎に包まれる。S級魔物が咆哮する。だが、炎は止まらない。どんどん強まっていく。
やがて、S級魔物が倒れた。動かなくなった。死んだ。
だが、炎は止まらない。
俺の意志とは関係なく、炎が暴走している。周囲の全てを焼き尽くしていく。
人々が逃げていく。悲鳴が聞こえる。
「化け物だ」
「逃げろ」
人々が俺から逃げていく。
俺は、化け物だ。
皆を守るはずだった俺が、皆を殺している。
左腕が必死に制御しようとしている。だが、制御できない。俺の感情が、力を暴走させている。
やがて、俺の魔力が尽きた。
炎が消える。
俺は倒れた。
意識が遠のく。
周囲を見る。焼け野原だ。建物が燃えている。地面が焼けている。
美咲の遺体も、焼けている。
俺は、美咲を焼いた。
俺は、何をしている。
意識が、消えた。
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