第8話「絶望の戦い」
夜が明けた。
空は灰色に曇っていて、まるで世界そのものが悲しんでいるかのようだった。冷たい風が吹いて、病院のバリケードを揺らす。
人々は既に配置についている。魔法使いは前線に、銃を持つ者はバリケードの後ろに、弓を持つ者は建物の窓から狙える位置に。子供や老人は建物の最奥に避難させてある。
俺は病院の正面、バリケードの前に立っていた。美咲が隣にいる。三田とその部下たちも、それぞれの位置についている。
三田が俺に声をかけた。
「準備はいいか」
「ああ」
「魔物が来たら、まず魔法使いが攻撃する。俺たちは援護だ」
「分かった」
三田が周囲を見回す。
「皆、気を引き締めろ!今日、俺たちは生き延びる!」
人々が声を上げる。だが、その声には恐怖が混じっている。
遠くで、地鳴りが聞こえる。魔物が来る。
やがて、魔物の姿が見えてきた。
まず、小型の魔物が現れた。犬型、猫型、鳥型。次々と現れて、こちらに向かってくる。そして、その後ろから、大型のB級魔物が姿を現した。さらにその後ろには、A級魔物の巨大な影も見える。
数は、数え切れない。百を超えて、二百、三百。いや、それ以上かもしれない。まるで津波のように、魔物の群れが押し寄せてくる。
三田が叫ぶ。
「来るぞ!」
魔物の群れがバリケードに襲いかかった。
銃声が響く。人々が銃を撃つ。だが、魔物は倒れない。弾が当たっても、怯むだけだ。
俺は火炎魔法を使った。黒い炎が魔物の群れを包む。魔物が燃える。次々と倒れる。だが、倒れた魔物の後ろから、また新しい魔物が現れる。
美咲が防御魔法を張る。光の壁が現れて、魔物の攻撃を防ぐ。だが、壁にヒビが入る。魔物の攻撃は激しい。
三田のグループの魔法使いたちも戦っている。氷の魔法、雷の魔法、様々な魔法が飛び交う。だが、魔物の数が多すぎる。倒しても、倒しても、次が来る。
戦闘が続く。時間の感覚が失われる。俺はただ、魔法を使い続ける。火炎を放ち、魔物を焼く。左腕の力を使って、黒い炎で魔物を焼き尽くす。
だが、魔力が尽きそうだ。息が荒い。体が重い。
美咲も疲れている。顔が青白い。それでも、防御魔法を張り続けている。
三田が叫ぶ。
「持ちこたえろ!」
だが、バリケードが崩れ始めた。魔物の攻撃で、木材が折れる。バリケードの一部が崩壊する。
魔物が集落内に侵入してくる。
人々が悲鳴を上げる。魔物が人を襲う。血が飛び散る。何人かが倒れる。
俺は集落内に侵入した魔物に向かって、火炎を放った。魔物が燃える。だが、また次の魔物が来る。
戦闘は激しさを増していく。まるで地獄のような光景だ。血、悲鳴、炎、咆哮。全てが混ざり合って、混沌としている。
そのとき、遠くから咆哮が聞こえた。
今までとは違う、圧倒的な咆哮だ。
A級魔物が現れた。
巨大な魔物で、体長は15メートルほどある。竜のような姿で、黒い鱗に覆われている。翼があって、尻尾が長い。目が赤く光っている。
A級魔物が咆哮する。地面が揺れる。人々が恐怖に震える。
三田が前に出た。
「俺が行く!」
三田が銃を撃つ。だが、弾がA級魔物の鱗に弾かれる。
A級魔物が三田を見た。
そして、A級魔物が爪を振った。
三田が避けようとした。だが、間に合わなかった。爪が三田の体を引き裂いた。血が噴き出す。三田が吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
「三田さん!」
誰かが叫ぶ。
三田が倒れている。動かない。血が流れている。
俺は怒りが湧き上がるのを感じた。また、誰かが死んだ。また、守れなかった。高橋のように。母や妹のように。
俺はA級魔物に向かった。
左腕の力を使う。黒い炎が生まれる。だが、A級魔物には効かない。鱗が炎を弾いている。
A級魔物が俺に向かってくる。爪が俺に迫る。俺は避けた。だが、避けきれず、肩に爪が当たった。痛い。血が流れる。
美咲が叫ぶ。治療魔法を使おうとするが、A級魔物が美咲を狙う。
俺は美咲の前に立った。A級魔物の爪を受け止める。いや、受け止められない。吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられる。体が痛い。視界が霞む。
A級魔物が再び攻撃してくる。
俺は立ち上がれない。体が動かない。
このままでは、死ぬ。
皆が、死ぬ。
左腕が呟く。
俺は躊躇した。力を解放すれば、皆を巻き込むかもしれない。高橋が死んだときのように、暴走するかもしれない。
だが、力を使わなければ、今ここで全員が死ぬ。子供たちも、美咲も、皆が死ぬ。
俺は決断した。
左腕の力が解放される。黒い光が左腕から溢れ出す。まるで左腕そのものが闇になったかのように、圧倒的な魔力が俺の体を満たしていく。痛みが消える。疲労が消える。体が軽くなる。いや、軽くなったというより、体そのものが力で満たされて、まるで俺自身が魔力の塊になったかのような感覚だ。
俺は立ち上がった。手を前に出す。
黒い炎が生まれる。今までとは比べ物にならない規模の炎だ。まるで竜巻のように、炎が渦を巻いて、A級魔物に向かって放たれる。
炎がA級魔物を包む。魔物が咆哮する。鱗が焼ける。肉が焼ける。魔物が暴れる。だが、炎は消えない。どんどん強まっていく。
やがて、A級魔物が倒れた。動かなくなった。死んだ。
俺は炎を消そうとした。だが、炎が消えない。
左腕が呟く。声が焦っている。
炎が暴走している。俺の意志とは関係なく、炎が溢れ出す。周囲を焼き始める。地面が、バリケードが、建物が燃える。
人々が逃げる。悲鳴が聞こえる。
俺は必死に炎を制御しようとする。だが、制御できない。体が熱い。頭が痛い。視界が歪む。まるで体の中で何かが暴れているかのようで、それを抑えようとすればするほど、力が暴走していく。
美咲が駆けつけた。
美咲が俺に触れる。温かい光が俺を包む。治療魔法だ。
光が俺の体に染み込んでいく。暴走していた力が、少しずつ収まっていく。炎が弱まる。やがて、炎が消えた。
俺は膝をついた。体が重い。魔力を使いすぎた。
美咲が俺を支える。美咲の顔を見ると、疲れている。だが、笑顔を見せている。
A級魔物が倒れると、他の魔物たちが逃げ始めた。まるでリーダーを失ったかのように、統制を失って、バラバラに逃げていく。魔物の群れが去っていく。
静寂が訪れた。
戦闘が終わった。
人々が呆然としている。皆、疲れ果てている。
俺は周囲を見回した。
死体が転がっている。十名ほどが死んだ。三田を含む。三田の遺体が、血の海の中に倒れている。
人々が泣いている。仲間の死を悼んでいる。
俺は三田の遺体に近づいた。三田の目は閉じている。もう、何も見えない。
「すまない」
俺は呟いた。
また、守れなかった。また、誰かが死んだ。
美咲が俺の隣に来た。
「あなたのせいじゃありません」
美咲がそう言う。
「あなたは、皆を守りました」
だが、俺には、そうは思えない。俺が、もっと早く力を使えば。もっと強ければ。三田は死ななかった。
人々が死者を集め始めた。三田を含む十名の遺体を、並べる。
俺は、ただ、それを見ていた。
空は相変わらず灰色で、冷たい風が吹いている。まるで世界が、死者を悼んでいるかのようだ。




