第52話「何も終わらなかった男」
魔物消失から半年後。
慎吾が墓地へ向かっていた。手には、花束を持っている。白い花だ。
天気は晴れ。風が心地よい。空は青く、雲が流れている。
慎吾が墓地の門をくぐる。
静かだ。鳥の鳴き声だけが聞こえる。
慎吾が歩く。墓石が並んでいる。
やがて、慎吾が立ち止まる。
第七班のメンバーの墓が、並んでいる。
六つの墓石。
美咲。河村。田中。佐々木。岡本。橋本。
慎吾が花を供える。一つひとつの墓に、丁寧に。
最後に、橋本誠の墓の前に立つ。
慎吾が膝をつく。
「……久しぶりだ」
慎吾が静かに語りかける。
「橋本……終わった。魔物パンデミックが」
慎吾の声は、静かだ。
「お前たちの死から、二年半が経った」
慎吾が空を見上げる。
「……俺は、生きている」
沈黙。
風が吹く。木の葉が揺れる。
慎吾が再び墓を見る。
「俺は、お前たちを殺した」
その言葉は、何度も言ってきた言葉だ。だが、今も重い。
「その罪は、消えない」
慎吾が俯く。
「何も終わらなかった」
その言葉が、墓地に響く。
慎吾が空を見上げる。青い空。雲が流れている。
「だが、世界は救われた」
慎吾が続ける。
「魔物はいない。人々は笑っている」
「……それは、お前たちが望んだことだった」
慎吾が再び墓を見る。
「お前たちは、世界を救いたかった」
「俺は、終わらせたかった」
「だが、結果は同じだった」
慎吾が微かに笑う。
「……皮肉だな」
沈黙。
慎吾が橋本の墓に触れる。冷たい石だ。
「橋本。お前の婚約者に会った」
慎吾が静かに語る。
「水無瀬遥。彼女は、俺を許さなかった」
「当然だ。俺も、自分を許していない」
「だが、彼女は『感謝する』と言った」
慎吾が微かに笑う。
「……お前が聞いたら、怒るかもしれないな」
沈黙。
慎吾が立ち上がる。
「俺は、これからどう生きればいい」
慎吾が自問する。
「……分からない」
「でも、生きる」
慎吾が墓を見る。
「それが、お前たちへの償いになるとは思わない」
「だが、それしかできない」
慎吾が深く頭を下げる。
「……また来る」
慎吾が顔を上げる。
「お前たちのことは、忘れない」
慎吾が歩き始める。
墓地を出る。
門の前で、慎吾が振り返る。
六つの墓石が、静かに並んでいる。
慎吾が小さく手を振る。
そして、歩き始める。
墓地の入り口。
陽菜が立っていた。
遠くから、慎吾を見ていた。声をかけなかった。ただ、見守っていた。
慎吾が墓地を出る。陽菜に気づく。
「……白石」
陽菜が微笑む。
「柊さん」
慎吾が陽菜に近づく。
「……見ていたのか」
陽菜が頷く。
「はい。邪魔をしたくなかったので」
慎吾が頷く。
「……そうか」
二人で歩き始める。墓地から離れていく。
陽菜が口を開く。
「柊さん……これから、どうしますか」
慎吾が答える。
「……仕事に行く。清掃の」
陽菜が頷く。
「そうですか」
慎吾が問う。
「お前は」
陽菜が答える。
「大学です。今日は授業があります」
慎吾が静かに言う。
「……頑張れ」
陽菜が笑う。
「はい」
やがて、分かれ道に来る。
陽菜が立ち止まる。
「柊さん。また」
慎吾が頷く。
「……ああ。また」
二人が別々の道を歩く。
陽菜は大学へ。慎吾は仕事場へ。
慎吾が一度、振り返る。陽菜も振り返る。
二人が手を振る。
そして、それぞれの道を歩いていく。
慎吾が街の中を歩く。
周りには、普通の人々がいる。子供たち、老人たち、家族たち。
誰も慎吾を特別視しない。ただの通行人だ。
慎吾は、もう特別ではない。ただの人間だ。
魔法使いでもない。化け物でもない。
普通の、人間だ。
慎吾が立ち止まる。空を見上げる。
青い空。雲が流れる。亀裂はない。魔物もいない。
ただ、空だけがある。
慎吾が呟く。
「……左腕」
風が吹く。
「お前はいない。だが、忘れない」
慎吾が歩き始める。
「……生きるか」
その言葉には、決意がある。
生きる。それが、左腕との約束だ。
生きる。それが、第七班への償いだ。
生きる。それが、慎吾の選んだ道だ。
慎吾が街の中に消えていく。
普通の人々の中に。日常の中に。
もう、誰も慎吾を知らない。
世界を救った男を、誰も知らない。
だが、それでいい。
慎吾は、それを望んだ。
ただ、生きる。普通の人間として。
何も終わらなかった。
第七班の罪は消えない。左腕を失った喪失感も消えない。
だが、世界は救われた。
人々は笑っている。子供たちは遊んでいる。
それで、いい。
慎吾が歩き続ける。
街の雑踏の中を。
その姿は、やがて見えなくなる。
――
相良健一の記録より。
『何も終わらなかった。柊慎吾は、第七班の罪を背負い続ける。左腕を失った喪失感も、消えることはない。だが、彼は生きている。普通の人間として、静かに。それが、彼の選んだ道だ。世界は救われた。だが、彼の中で何も終わらなかった。それでいい。終わらないことが、生きることだから』
――
街の全景。
高いビルから見下ろした景色。
無数の人々が歩いている。
その中に、慎吾がいる。
だが、もう見分けがつかない。
ただの一人として、街の中を歩いている。
空は青い。
雲が流れている。
世界は、静かだ。
魔物はいない。
平和がある。
そして、慎吾は生きている。
何も終わらなかった男が、生きている。
それが、物語の終わりだ。
(完)
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