第51話「相良の記録」
相良健一の自宅。
相良がパソコンの前に座っていた。画面には、文章が表示されている。
タイトル。
「終わらせるための魔法使い――魔物パンデミックと、壊れた世界の正しさ――」
相良が過去のノートを見る。慎吾の写真。黒牙会の記録。対策室の資料。陽菜の笑顔。左腕の紋様。戦闘の記録。
二年間の記録が、ノートに詰まっている。
相良が呟く。
「……二年間の記録だ」
相良がキーボードを叩く。文章を書き続ける。
「柊慎吾は、誰よりも世界を終わらせたかった。だが、彼が終わらせたのは、パンデミックだった」
相良が一度手を止める。
窓の外を見る。青い空。雲が流れている。
相良が自問する。
「……これを、誰が読む」
答えは分からない。
「誰も読まないかもしれない」
だが、相良は書き続ける。
「だが、記録する。それが俺の仕事だ」
相良がタバコを吸う。煙が部屋に広がる。
相良が再びキーボードを叩く。
文章が、少しずつ完成していく。
数日後。
相良が慎吾に連絡した。
電話越しに、相良が言う。
「柊。会えないか」
慎吾が答える。
「……相良さん」
「記録が完成した。お前に見せたい」
慎吾が少し躊躇する。
「……分かりました」
数日後。
喫茶店。相良と慎吾が向かい合っている。
相良が原稿の束を持っている。厚い。数百ページはある。
相良がそれを慎吾に渡す。
「これが、俺の記録だ」
慎吾が原稿を受け取る。重い。紙の重さだけではない。中身の重さだ。
慎吾がタイトルを読む。
「……終わらせるための魔法使い」
相良が頷く。
「ああ。お前の物語だ」
慎吾が相良を見る。
「……俺の?」
相良が首を振る。
「いや、正確には違う。パンデミックの記録だ。だが、中心にいたのはお前だ」
慎吾が原稿をめくる。
最初のページ。第七班壊滅事件のこと。
次のページ。左腕を手に入れたこと。
さらにめくる。陽菜のこと。桐生のこと。冴のこと。
慎吾が読み続ける。自分のこと、第七班のこと、全てが書かれている。
慎吾が顔を上げる。
「……これを、どうするんですか」
相良が答える。
「出版する。誰も読まないかもしれないが」
慎吾が何も言わない。
相良が問う。
「お前は、どう思う」
慎吾が原稿を見る。
「……分かりません。でも」
慎吾が相良を見る。
「これは、事実ですね」
相良が頷く。
「ああ」
慎吾が静かに言う。
「なら、いいと思います」
相良が微笑む。
「そうか」
二人でコーヒーを飲む。
沈黙。だが、それは心地よい沈黙だ。
相良が口を開く。
「柊。お前に、感謝している」
慎吾が驚く。
「……え」
相良が続ける。
「俺は、記録者だ。記録することでしか、生きられない」
相良がコーヒーを置く。
「お前の物語を記録できた。それは、俺にとって意味があった」
慎吾が何も言わない。
相良が続ける。
「お前は、世界を救った。だが、誰もそれを知らない」
「だから、俺が記録した」
慎吾が首を振る。
「……別に、知られたくはありません」
相良が頷く。
「分かっている。だが、記録は残る」
相良が窓の外を見る。
「いつか、誰かが読むかもしれない」
「そして、知る。柊慎吾という男がいたことを」
慎吾が静かに聞いている。
相良が慎吾を見る。
「それでいい」
慎吾が静かに頷く。
「……はい」
相良が立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれで」
慎吾が呼び止める。
「相良さん」
相良が振り返る。
「ん?」
慎吾が静かに言う。
「……ありがとうございました」
相良が微笑む。
「こちらこそ」
相良が去る。慎吾がその背中を見る。
慎吾が原稿を見る。「終わらせるための魔法使い」というタイトル。
慎吾が呟く。
「……終わらせる、か」
その言葉が、静かに流れる。
その夜。
相良が帰宅する。パソコンの前に座る。
原稿を見る。最後のページ。
相良が、あとがきを書く。
「この物語は、終わっていない」
相良がキーボードを叩き続ける。
「柊慎吾は、今も生きている」
「彼がどこで、何をしているのか、私は知らない」
「だが、彼は生きている」
「それだけで、この記録には意味がある」
相良が最後の一文を書く。
「何も終わらなかった。だが、それでいい」
相良がキーボードを閉じる。
「……終わった」
相良がタバコを吸う。窓の外を見る。
街の灯りが見える。人々が生きている。
相良が呟く。
「柊。お前は、生きろ」
その言葉が、煙に混ざって消えていく。
相良が原稿を抱える。
「誰も読まないだろうけどな」
相良が独言する。だが、顔には満足感がある。
記録者としての仕事を終えた、満足感だ。
相良が原稿を机に置く。
「でも、それでいい」
相良が立ち上がる。窓の外を見る。
「記録は残る。それだけで、十分だ」
相良がタバコを消す。
部屋の中に、静寂だけが残る。
だが、その静寂には、何かが満ちている。
達成感。安堵。そして、小さな希望。
相良が微笑む。
「終わった。俺の仕事は」
その言葉を最後に、相良が部屋の明かりを消す。
暗闇の中、原稿だけが机の上にある。
「終わらせるための魔法使い」
そのタイトルが、月明かりに照らされている。
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