第48話「変わった世界」
魔物消失から一ヶ月後。
かつてレッドゾーンだった新宿区の廃墟。慎吾が立っていた。
ここは、最初の亀裂が出現した場所だ。二年前、この場所から全てが始まった。
今は、静かだ。破壊された建物が残っているが、魔物の気配はない。復興作業の音が、遠くから聞こえる。
慎吾が空を見上げる。青い空。雲が流れる。亀裂の痕跡はない。
「……二年前、ここから始まった」
慎吾が呟く。
第七班がここに来た。亀裂から魔物が出現した。戦闘が始まった。そして、左腕を手に入れた。
全てが、ここから始まった。
慎吾が周囲を見る。
グリーンゾーンが拡大し、人々が戻り始めている。建物の修復が進んでいる。道路が整備されている。電車が一部区間で運行を再開した。
人々の表情に、笑顔が戻っている。子供たちが公園で遊ぶ。老人たちが散歩する。家族が手をつないで歩く。
日常が、戻っている。
慎吾が歩き始める。廃墟を抜け、街の中へ。
誰も慎吾を特別視しない。ただの通行人だ。魔法使いでもない。化け物でもない。普通の人間だ。
慎吾が公園に向かう。
公園のベンチ。慎吾が座っている。
子供たちが遊んでいる。笑い声が響く。鳥が鳴いている。風が吹く。
平和がある。
「柊さん」
声が聞こえる。慎吾が振り返る。
陽菜が立っていた。
「……白石」
慎吾が答える。
陽菜がベンチに座る。二人で空を見る。
「久しぶりですね」
陽菜が言う。
「ああ。一週間ぶりか」
慎吾が答える。
「はい」
沈黙。だが、それは心地よい沈黙だ。
陽菜が口を開く。
「柊さん……元気でしたか」
「……まあな。お前は」
陽菜が微笑む。
「はい。元気です」
その笑顔は、以前の「希望の鎧」の笑顔ではない。本物の、静かな笑顔だ。無理をしていない。ただ、素直に笑っている。
陽菜が静かに言う。
「私……灯火の会を辞めました」
慎吾が陽菜を見る。
「……そうか」
「魔物がいなくなったから。もう、戦う必要がないんです」
陽菜の声は、穏やかだ。
慎吾が問う。
「それで、どうする」
陽菜が答える。
「大学に戻ろうと思います。心理学の勉強を続けたいんです」
慎吾が頷く。
「……いいと思う」
陽菜が少し驚く。
「本当ですか」
「ああ。お前に似合ってる」
陽菜が嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
陽菜が続ける。
「柊さんは? これから、どうしますか」
慎吾が空を見上げる。
「……分からない。仕事を探している」
「そうですか」
沈黙。
陽菜が静かに言う。
「柊さん……あなたに出会えて、良かったです」
慎吾が陽菜を見る。
陽菜が続ける。
「最初は……あなたを変えたいと思っていました。でも、変わったのは私の方でした」
慎吾が首を振る。
「……そんなことはない」
陽菜が微笑む。
「いいえ。あなたが、私に教えてくれました」
「何を」
陽菜が静かに答える。
「無理に笑わなくていいって。絶望していいって。それでも、生きていいって」
慎吾が何も言わない。ただ、陽菜を見ている。
陽菜が続ける。
「ありがとうございます」
陽菜の目に涙が浮かぶ。だが、笑顔だ。
慎吾が静かに答える。
「……こちらこそ」
陽菜が驚く。
「え?」
慎吾が続ける。
「お前がいなければ、俺は……もっと孤独だった」
陽菜の涙が溢れる。
「柊さん……」
慎吾が言う。
「お前が、俺に人間らしさを思い出させてくれた」
陽菜が涙を拭う。
「そんな……私は何もしていません」
「いや。お前は、いつも笑顔だった。その笑顔に、何度も救われた」
陽菜が静かに泣く。声を上げない。ただ、涙を流す。
慎吾が続ける。
「だから……ありがとう」
陽菜が頷く。
「……はい」
しばらくして、陽菜が涙を拭い終わる。
二人で空を見る。雲が流れている。
陽菜が口を開く。
「柊さん……これから、どうしますか」
慎吾が答える。
「……分からない。でも、生きる」
陽菜が頷く。
「はい」
慎吾が陽菜を見る。
「お前は?」
陽菜が答える。
「大学に戻って、勉強します。そして……いつか、カウンセラーになりたいです」
慎吾が静かに言う。
「……似合ってる」
陽菜が笑う。
「本当ですか」
「ああ。お前なら、きっと多くの人を救える」
陽菜が嬉しそうに頷く。
「頑張ります」
陽菜が続ける。
「柊さんも……何か、見つかるといいですね」
慎吾が頷く。
「……そうだな」
陽菜が立ち上がる。
「じゃあ、私はこれで」
慎吾が頷く。
「……ああ」
陽菜が歩き出す。数歩進んで、振り返る。
「柊さん。また、会えますか」
慎吾が陽菜を見る。
「……ああ。会える」
陽菜が微笑む。
「約束ですよ」
慎吾が静かに答える。
「……約束だ」
その言葉は、これまでの慎吾では考えられない言葉だ。未来を約束する。また会うことを約束する。
陽菜が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、また」
陽菜が去る。慎吾がその背中を見る。
陽菜の歩き方は、軽い。もう、重い荷物を背負っていない。「希望の鎧」を脱いだ陽菜は、自由だ。
慎吾が微かに笑う。
「……お前は、強いな」
その言葉が、風に流れる。
慎吾が再びベンチに座る。一人で、空を見上げる。
左腕を見る。普通の腕だ。紋様はない。
「……お前はいない。だが」
慎吾が空を見上げる。
「お前のことは、忘れない」
風が吹く。木の葉が揺れる。
慎吾が立ち上がる。歩き出す。
夕日が街を染め始めている。人々が家路につく。
慎吾も歩く。どこへ行くか、まだ決めていない。だが、歩く。
影が長く伸びる。慎吾の影だけだ。左腕の影はない。
だが、心の中に、左腕がいる。陽菜がいる。桐生がいる。長谷川がいる。冴がいる。森川がいる。
慎吾は、もう一人ではない。
慎吾が呟く。
「……生きるか」
その言葉には、四十七話よりも強い決意がある。
生きる。それが、左腕との約束だ。それが、陽菜との約束だ。
慎吾が歩き続ける。夕暮れの街を。新しい世界を。
普通の人間として。
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