第47話「帰還」
魔物消失から三日後。
レッドゾーンが、静かだった。
破壊された街並みはそのまま残っている。だが、魔物の気配がない。完全に、消えている。
政府が調査隊を派遣した。防護服を着た人々が、慎重にレッドゾーンに入る。だが、危険はない。魔物がいない。
調査隊のリーダーが報告する。
「魔物、確認できず」
「魔素濃度、急速に減少中」
対策室。
藤崎聡が、報告書を読んでいた。複数の地域からの報告が、すべて同じ内容を示している。
「魔素濃度、現在Level 2。さらに下がる見込みだ」
藤崎が報告を読み上げる。
森川が問う。
「魔物は?」
「完全に消失。世界中どこにも確認されていない」
藤崎が答える。
エマ・ラーソンが静かに言う。
「理論通りです。魔王が統制を取り戻し、魔物を連れて帰った」
藤崎が窓の外を見る。
「……では、これで終わったということか」
エマが頷く。
「はい。パンデミックは、終わりました」
森川が深く息を吐く。
「……本当に、終わったんだな」
その言葉には、実感がない。まるで、夢から覚めたばかりのような。
藤崎が資料を閉じる。
「対策室は、一週間後に解散する。各自、次の配属先を待て」
森川が頷く。
「分かりました」
エマが立ち上がる。
「私は、国連に戻ります」
藤崎が頷く。
「お疲れ様でした」
エマが部屋を出る。廊下を歩きながら、窓の外を見る。青い空。雲が流れている。
「……終わりましたね」
エマが呟く。その声には、何かが混ざっている。安堵か。それとも、喪失感か。
数日後。
陽菜が治療施設にいた。避難民の傷を治療しようとしている。
だが、魔法が発動しない。
陽菜が杖を握る。魔力を集中する。だが、光が出ない。何も起きない。
陽菜が驚く。
「……え」
何度試しても、同じだ。魔法が使えない。
冴が近づく。
「陽菜ちゃん」
陽菜が振り返る。
「冴さん……魔法が……」
冴が静かに説明する。
「魔素が減少しているから。魔法は、魔素を魔力に変換して使う。その魔素が、もうほとんどない」
陽菜が杖を見る。
「じゃあ……」
「ええ。魔法は、使えなくなる」
冴の言葉が、静かに響く。
陽菜が杖を下ろす。
「……そうですか」
陽菜が微かに笑う。
「でも……いいかもしれません」
冴が驚く。
「どうして」
陽菜が答える。
「魔法がなくても、人は生きられます。魔物がいなくなったんだから」
冴が頷く。
「……そうね」
陽菜が窓の外を見る。
「それに……魔法がなければ、私は普通の人間です」
「普通の人間として、生きていけます」
冴が陽菜の肩に手を置く。
「あなたは、よく頑張ったわ」
陽菜が涙を浮かべる。だが、笑顔だ。
「ありがとうございます」
一方、慎吾も同じことに気づいていた。
アパートの部屋で、杖を手に取る。魔法を発動しようとする。だが、何も起きない。
「……魔法も、消えた」
慎吾が杖を置く。
左腕を見る。普通の腕だ。紋様はない。魔物の気配もない。
「俺は……普通の人間に戻った」
慎吾が窓の外を見る。街が見える。人々が歩いている。復興が始まっている。
「これが……俺の望んだことだったのか」
慎吾が自問する。
答えは出ない。
だが、生きている。左腕もない。魔法もない。だが、生きている。
数週間後。
グリーンゾーンが拡大し、レッドゾーンが消滅した。人々が元の街に戻り始めている。
復興が進む。建物の修復、道路の整備。電車が一部区間で運行を再開した。
人々の表情に、笑顔が戻っている。子供たちが公園で遊ぶ。老人たちが散歩する。
陽菜が、子供たちと遊んでいた。魔法はないが、笑顔がある。本物の笑顔だ。
子供が陽菜に言う。
「陽菜お姉ちゃん、魔法見せて」
陽菜が笑う。
「ごめんね。もう魔法は使えないの」
子供が残念そうにする。だが、すぐに笑顔になる。
「じゃあ、鬼ごっこしよう!」
陽菜が頷く。
「うん!」
子供たちが走り出す。陽菜も一緒に走る。
冴が遠くからその姿を見て、微笑む。
「……よかった」
桐生が慎吾を訪ねた。
アパートのドアをノックする。慎吾が開ける。
「桐生さん」
「柊。少し話がある」
二人が部屋に入る。
桐生が口を開く。
「お前、これからどうする」
慎吾が答える。
「……分からない」
桐生が続ける。
「対策室は解散する。魔物がいなくなったからな」
慎吾が頷く。
「……そうか」
桐生が静かに言う。
「お前も、何か仕事を探すといい」
慎吾が窓の外を見る。
「……ああ」
桐生が立ち上がる。帰る前に、振り返る。
「お前は……よくやった」
慎吾が桐生を見る。
桐生が続ける。
「誰も知らないかもしれない。だが、お前が世界を救った」
慎吾が首を振る。
「……そんなことはない」
桐生が静かに笑う。
「いや。お前が決断したから、今がある」
桐生が去る。
慎吾が一人になる。部屋の中で、窓の外を見る。
静かな街。魔物の気配はない。人々の声が聞こえる。笑い声。話し声。
だが、慎吾の中に、喪失感がある。
何かを失った。左腕を失った。魔法を失った。目的を失った。
慎吾が呟く。
「……何も終わらなかった」
第七班の罪は消えない。美咲を焼いた記憶も消えない。橋本を殺した罪も消えない。
世界は救われた。だが、慎吾の心は、まだ救われていない。
慎吾が立ち上がる。外に出る。
街を歩く。普通の人間として。
誰も慎吾を知らない。「魔法使い」でもない。「化け物」でもない。ただの人間だ。
慎吾が公園に入る。ベンチに座る。
子供たちが遊んでいる。笑い声が響く。
老人が散歩している。犬を連れている。
カップルが手をつないで歩いている。
日常がある。平和がある。
慎吾が空を見上げる。
青い空。雲が流れる。亀裂はない。魔物もいない。
「これが、俺の望んだことだったのか」
慎吾が自問する。
答えは出ない。
だが、生きている。
左腕が最後に言った。「生きろ」。
魔王も言った。「生きよ」。
慎吾が呟く。
「……生きるか」
その言葉には、決意がある。
まだ、罪は消えない。まだ、心は救われていない。
だが、生きる。
それが、左腕との約束だ。
慎吾が立ち上がる。歩き始める。
どこへ行くかは決めていない。ただ、歩く。
新しい世界を。魔物がいない世界を。
普通の人間として。
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