第39話「相関関係」
対策室の会議室。
藤崎聡が、十数名の幹部の前に立っていた。テーブルの中央には、美咲の研究報告書と、過去二年間の魔素濃度観測データが並んでいる。
藤崎の表情は、いつもより硬い。
「これを見てほしい」
藤崎がリモコンを操作すると、スクリーンに二つのグラフが映し出される。
グラフA:魔物討伐数の推移(月別)
グラフB:大気中魔素濃度の推移(月別)
二つのグラフの形が、ほぼ完全に一致している。魔物討伐が増えた月は、魔素濃度も上昇している。討伐が減った月は、濃度も減少している。まるで鏡に映したかのような、完璧な正の相関だ。
会議室の空気が変わる。幹部たちがグラフを凝視する。誰もが、その意味を理解し始めている。
森川が声を上げる。
「これは……」
藤崎が答える。
「美咲氏の研究報告書と照合した結果だ。魔物を殺すと、体内の魔素が全て大気中に放出される。それが魔素濃度上昇の主因だ」
幹部の一人が問う。
「つまり……」
藤崎が静かに、だが明確に答える。
「魔物討伐は、逆効果だった」
静寂。
部屋の空気が凍りつく。誰も言葉を発しない。呼吸の音だけが、部屋に響く。幹部たちは互いに顔を見合わせるが、誰も何も言えない。
この二年間、人類が続けてきた戦い。魔物を殺し、街を守り、生存圏を維持してきた。その全てが、逆効果だった。魔素を増やし、状況を悪化させていた。
森川が口を開く。声が震えている。
「では……どうすればいいのか」
藤崎が資料を見る。
「現時点で、解決策は不明だ」
森川が前のめりになる。
「魔物を殺さなければ、人が死ぬ。殺せば、魔素が増える。どちらを選んでも……」
藤崎がその言葉を引き取る。
「ジレンマだ」
その一言が、部屋に重く沈む。誰も反論できない。事実だ。完全な、絶望的なジレンマだ。
エマ・ラーソンが手を挙げる。
「発言してもよろしいですか」
藤崎が頷く。エマが立ち上がり、部屋を見渡す。
「私の理論では、魔王の復活が唯一の解決策です」
幹部たちがざわつく。
「魔王?」
「何を言っているんだ」
エマは表情を変えず、説明を続ける。
「別世界の生態系には、頂点として統括する存在がいました。その存在が不在のため、魔物は本来の行動パターンを失っています」
エマが資料を指差す。
「その頂点の存在が戻れば、魔物は元の世界へ帰ります。魔素も減少します」
森川が問う。
「それは……本当なのか」
エマが答える。
「理論的には、はい。ただし、検証には柊慎吾の左腕のサンプルが必要です」
藤崎が、その名前を静かに繰り返す。
「……柊慎吾」
森川が藤崎を見る。
「彼に、この事実を伝えるべきではないか」
藤崎が即座に答える。
「今は、伝えない」
森川が反発する。
「だが、彼は最も多く魔物を倒している。知る権利があるはずだ」
藤崎が冷たく言う。
「知れば、混乱する。戦いを放棄するかもしれない。それは、さらなる混乱を招く」
森川が食い下がる。
「だが……」
藤崎が森川を見る。その目は、冷徹だ。
「これは機密事項だ。誰にも漏らすな。特に、柊慎吾には」
森川は何も言えない。ただ、拳を握りしめる。
会議が終わり、幹部たちが会議室を出ていく。だが、誰もが重い足取りだ。まるで、世界の終わりを告げられたかのように。
その夜。
森川は自分のデスクで、資料を見つめていた。グラフが、目に焼き付いている。魔物討伐数と魔素濃度の、完璧な一致。
「柊に、伝えるべきだ」
その思いが、頭から離れない。だが、藤崎の命令がある。機密事項。漏らすな。
森川は良心と規律の間で揺れている。
一方、対策室のデータベースに、外部からのアクセスが記録されていた。高度なハッキング技術。痕跡はほとんど残っていない。美咲の報告書と観測データが、コピーされている。
翌日。
レッドゾーンの廃工場。黒牙会のアジト。黒川竜二が、盗み出したデータを見ていた。
「魔物討伐が逆効果……」
黒川がタバコを吸いながら、グラフを見る。そして、笑う。
「面白い。本当に、面白い」
黒川が部下に命じる。
「柊慎吾を監視しろ。彼がこの事実を知ったとき、どう動くか見たい」
部下が頷き、去る。黒川は再びデータを見る。
「お前の戦いは、全部無駄だったんだぜ、柊慎吾」
黒川の笑い声が、廃工場に響く。
同じ頃、別の場所では、相良健一がノートに書き込んでいた。相良は独自の取材網を持っている。対策室内部の情報源から、この真実を掴んでいた。
「魔物討伐→魔素上昇。柊慎吾の戦いは……無意味だったのか」
相良がペンを止める。
「これは……大きな話だ」
相良の目に、複雑な感情が浮かぶ。記録者としての興奮と、慎吾への同情。その二つが混ざり合っている。
「柊……お前は、これを知ったらどうする」
相良がノートを閉じる。その表紙には、「終わらせるための魔法使い」というタイトルが書かれている。
灯火の会の施設。
陽菜が支援活動を終え、疲れた体で廊下を歩いていた。そのとき、冴に呼び止められる。
「陽菜ちゃん。少し、話がある」
陽菜が冴の部屋に入る。お茶が用意されている。二人で静かに座る。
冴が口を開く。
「あなたに、話しておくべきことがあるわ」
陽菜が顔を上げる。
「何ですか」
冴が静かに、だが明確に説明する。
「魔物を殺すと、魔素が増えるらしいの」
陽菜の動きが止まる。
「……え」
冴が続ける。
「まだ確定ではないけれど、対策室のデータは一致しているそうよ。魔物討伐が進むほど、魔素濃度が上昇している」
陽菜の顔から、血の気が引いていく。お茶を持つ手が震える。
「じゃあ……私たちの戦いは……」
冴が静かに言う。
「……分からないわ。でも、もしこれが本当なら……」
冴が陽菜を見る。その目は、優しいが、同時に冷徹だ。
「柊くんが、この事実を知ったら……」
陽菜は何も言えない。ただ、立ち尽くす。
慎吾の顔が浮かぶ。あの疲れ切った顔。魔物を殺し続ける姿。「終わらせる」と言い続けた言葉。
全てが、無駄だった。いや、逆効果だった。
陽菜の目から、涙が溢れてくる。
冴が陽菜の肩に手を置く。
「陽菜ちゃん。あの子を、支えてあげて」
陽菜が頷く。だが、その頷きは弱々しい。
「……はい」
声が震えている。
陽菜が部屋を出る。廊下に立ち、窓の外を見る。遠くに、廃墟が広がっている。月明かりに照らされた廃墟は、まるで墓場のようだ。
「柊さん……どうしよう……」
陽菜の声は、誰にも届かない。ただ、静寂の中に消えていく。
涙が一滴、床に落ちる。その音だけが、廊下に響いた。
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