第38話「左腕の変化」
レッドゾーンの廃墟。
慎吾がB級魔物を倒した直後、違和感に気づいた。今の動き。自分が指示を出す前に、左腕が動いた。
魔物が倒れ、静寂が戻る。慎吾は左腕を見る。黒い紋様が、微かに揺れている。
「今の……許可していなかった」
慎吾が問う。左腕が答える。
『必要だった』
「だが、俺は許可していなかった」
『あなたの反応が遅かった。敵の動きが速すぎた』
慎吾は何も言わない。左腕の言葉は事実だ。魔物の攻撃は速かった。あと一瞬遅ければ、致命傷を受けていた。だが、それでも。
「許可なしに動くな」
『……分かった』
左腕の返答は簡潔だ。だが、その声には何かが混ざっている。諦めか、それとも別の何かか。
慎吾は魔物の死体を確認し、その場を離れる。だが、心の中に引っかかりがある。以前は、こんなことはなかった。左腕は常に慎吾の許可を待っていた。だが今日、初めて「自動的に」動いた。
廃墟の一角で、慎吾はパーカーを脱いだ。体を確認する。
左腕の紋様が、肩を超えている。
黒い枝のような模様が、胸の一部まで伸びている。一ヶ月前は肩までだった。二週間前は肩の手前だった。だが今は、確実に広がっている。
慎吾は紋様に触れる。冷たい。まるで、別の生き物が自分の体に這っているかのような感覚だ。
「……広がっている」
その言葉は、誰にも聞こえない独言だった。
慎吾は廃墟の中に座り込み、左腕と対話を始めた。
「紋様が、これほど広がっている」
『ああ』
「なぜだ」
『魔物を殺すたび、俺は強くなる』
慎吾が左腕を見る。紋様が、微かに脈動している。
「強くなる……とは」
『魔素を吸収している。環境の魔素濃度が上がっているのは事実だ。それを体内に取り込む量も増えている』
慎吾の中に、不安が広がる。魔素の吸収。それは、左腕が成長しているということだ。
「それは危険だ」
『お前が強くなりたいと望んだことだ』
慎吾が言葉を詰まらせる。左腕の言葉は、事実を突いている。
「……俺は」
『お前は魔物を殺し続けた。その理由は何だった』
慎吾は答えない。答えられない。
『「終わらせる」ためだと言った。だが「終わらせる」には力が必要だと思っていた。だから殺し続けた』
「……違う」
『否定できるか』
慎吾は否定できない。左腕の言葉は正しい。自分は力を求めていた。SS級魔物に勝つため。二度と、誰も失わないため。そのために、魔物を殺し続けた。
『都合がいい』
左腕が言う。
『今のところ、問題はない』
「今のところ……」
その言葉が、重い。「今のところ」という限定。つまり、未来には問題が起きる可能性がある。
『……暴走のリスクは、ある』
慎吾の体が固まる。初めて、左腕が「暴走」という言葉を自分で口にした。
「暴走」
慎吾はその言葉を繰り返す。記憶が蘇る。第七班壊滅事件の日。血の海。仲間の声。自分の手が動く感覚なのに、自分じゃない何かが殺していく。
「お前が暴走したら……」
『第七班と同じだ』
左腕の答えは、冷徹だ。感情がない。ただ、事実を述べているだけ。
慎吾は何も言えない。静寂が、二人の間に広がる。風が吹き、廃墟の瓦礫が音を立てる。だが、慎吾と左腕は、動かない。
慎吾はポケットからエマの紙を取り出した。白い紙に、電話番号とメールアドレス。
「あの女……エマ・ラーソンは、何を知っている」
『分からない。だが、左腕について知識がある』
「お前は、興味があると言った」
『……ああ』
左腕の声に、初めて「何か」が混じる。興味。それは感情なのか。それとも本能なのか。
慎吾は紙を見つめる。これまで、自分は「知りたくなかった」。左腕の正体も、魔物の真実も、全てから目を背けていた。ただ、殺し続けることだけを選んでいた。
だが今、初めて「知らなければいけない」という感覚が生まれている。
暴走のリスク。紋様の拡大。左腕の変化。全てが、何かを示している。そして、その「何か」を知らなければ、また同じ過ちを繰り返す。
慎吾は紙を折りたたみ、再びポケットに戻す。
明け方。
慎吾は廃墟の中に、夜通し座っていた。眠らなかった。ただ、考え続けていた。
sunrise。光が廃墟の中に差し込む。慎吾の顔を照らし、左腕の紋様を浮かび上がらせる。紋様の端が、微かに動いている。まるで、生きているかのように。
慎吾が立ち上がる。
「今日は、狩りに行かない」
初めて、自分で「やめる」と決めた。これまで、毎日レッドゾーンに行っていた。だが今日は行かない。
『……いい』
左腕が答える。その声には、意外にも反対がない。
「明日は行く」
『分かった』
慎吾が廃墟から出る。朝日が目に入る。眩しい。慎吾は目を細め、遠くのグリーンゾーンの方向を見る。
「エマ・ラーソン」という名前が、頭にある。美咲の研究もある。そして「真実」という言葉が、初めて慎吾の中で重さを持つ。
慎吾は歩き始める。廃墟の中を、ゆっくりと。目的地はない。ただ、歩いている。
朝日が廃墟を照らし、長い影を作る。慎吾の影は、地面に這っている。その影の中で、左腕の影だけが、微かに揺れている。
慎吾が立ち止まり、左腕を見る。
「お前は……何者だ」
初めて、正直に聞いた。これまで、聞かなかった。聞きたくなかった。だが今、聞く。
左腕は何も言わない。
だが、その沈黙には「答えを知っている」ことがある。左腕は知っている。自分が何者なのか。どこから来たのか。そして、どこに向かうのか。
慎吾は再び歩き始める。朝の廃墟は静かだ。魔物の気配もない。ただ、光と影だけがある。
慎吾の手が、ポケットの中でエマの紙に触れる。紙は小さく、軽い。だが、その存在は、確かに重い。
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