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終わらせるための魔法使い――魔物パンデミックと、壊れた世界の正しさ――  作者: 自ら(Youtubeで朗読ver投稿中‼️)
3章-真実

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第37話「エマ・ラーソンの来日」

 対策室の会議室。


 藤崎聡が、上位者たちの前に立っていた。部屋には十数名の幹部が集まり、全員が緊張した面持ちで藤崎を見ている。


 藤崎「本日は、重要な来客がある」


 藤崎の声は、いつもより硬い。


 藤崎「国連魔物調査委員会の主任研究員。エマ・ラーソン氏だ」


 その名前を聞いて、何人かの幹部が顔を見合わせる。エマ・ラーソン。世界で最も魔物の研究が進んでいる人物の一人。その名は、この業界では知られている。


 藤崎「彼女が、日本に来た理由は……」


 藤崎が言葉を区切る。その瞬間、扉が開いた。


 エマ・ラーソンが入室する。


 部屋の空気が、一瞬で変わる。


 身長は百七十五センチ。金髪のショートカット。青い瞳は冷たく、感情を映さない。白いスーツを着ていて、その立ち姿には一切の隙がない。まるで、氷の彫刻のような存在感だ。


 エマが日本語で言う。


 エマ「お時間をいただき、ありがとうございます」


 流暢で正確な日本語だが、温度がない。機械が喋っているかのような、正確さだけがある。


 藤崎「エマ・ラーソン氏。こちらへどうぞ」


 エマが席に座る。全員の視線が、エマに集中する。


 藤崎「早速だが、何を知っているのか教えていただけますか」


 藤崎の問いは直接的だ。遠回しな言い方はしない。


 エマ「必要な情報のみ、共有します」


 エマが答える。その言葉には、明確な線引きがある。


 エマ「全てではありません」


 その一言で、部屋の空気が少し重くなる。藤崎の目が細まる。情報の政治が、そこにある。エマは全てを開示するつもりはない。必要な部分だけを、自分の判断で選んで与える。


 藤崎「……分かりました。では、聞かせてください」


 エマが資料を取り出し、テーブルに広げる。グラフと数式が並んだ紙だ。


 エマ「魔物は、別世界の生命体です」


 その言葉に、部屋がざわつく。だが、エマは表情を変えずに続ける。


 エマ「現在の魔物は、異常な状態にあります」


 エマが資料を指差す。


 エマ「別世界には、かつて生態系の頂点として存在する者がいました。その者の不在が、現在の混乱の原因です」


 幹部の一人が口を開く。


 幹部「頂点の存在……とは?」


 エマ「詳細は控えますが、生態系を統括する存在とお考えください。その存在が不在のため、魔物は本来の行動パターンを失っています」


 エマの説明は正確だが、意図的に曖昧な部分がある。「頂点の存在」という表現で、「王」という言葉を避けている。


 エマ「無目的な殺戮、同族殺し、これらは全て、その不在によるものです」


 藤崎「つまり……」


 藤崎が前のめりになる。


 藤崎「その頂点の存在が戻れば、魔物も正常に戻るということですか」


 エマ「理論的には、はい」


 その答えに、部屋が再びざわつく。だが、エマは続ける。


 エマ「ただし」


 エマが藤崎を見る。


 エマ「現時点で確認には、左腕のサンプルが必要です」


 藤崎の目が鋭くなる。


 藤崎「……柊慎吾の左腕のことですか」


 エマ「はい」


 静寂。藤崎とエマが視線を交わす。その間に、政治的な駆け引きがある。情報と協力。開示と要求。エマは慎吾の左腕を欲している。藤崎は、それを知っている。


 藤崎「……彼に接触する予定は」


 エマ「これから」


 エマが立ち上がる。


 エマ「協力に感謝します」


 その言葉を最後に、エマは会議室を出た。扉が閉まると、部屋には重い空気だけが残る。





 夕方。


 イエローゾーンの廃建物。慎吾がレッドゾーンから戻る途中、建物の影に人影を見つけた。


 慎吾が立ち止まる。


 人影が姿を現す。エマ・ラーソンだ。


 エマ「ミスター・ヒイラギ。お時間をいただけますか」


 慎吾「……誰だ」


 慎吾の声は警戒している。左腕の紋様が、微かに反応する。


 エマ「国連魔物調査委員会の研究員です。エマ・ラーソンと申します」


 エマが一歩近づく。だが、攻撃的な動きではない。ただ、距離を詰めただけ。


 エマ「あなたの左腕について、確認させていただきたいことがあります」


 その言葉で、慎吾の体が緊張する。左腕が、無意識に庇われる。


 慎吾「……何の用だ」


 エマ「あなたの左腕は、私の理論を証明する鍵となる可能性があります。協力していただければ、世界のためになるかもしれません」


 世界のため。その言葉が、空気の中に浮かぶ。慎吾は少しの間、エマを見つめる。エマの青い瞳は、何も語らない。ただ、冷たく、静かに、慎吾を見ている。


 慎吾「断る」


 即答だった。


 エマ「理由は」


 慎吾「理由はない。断る」


 慎吾の声に、迷いはない。エマは表情を変えず、ただ頷いた。


 エマ「……分かりました」


 エマは、それ以上追わない。感情的にならない。ただ、事実として受け入れる。


 エマ「気が変わった際には、連絡先はこちらです」


 エマが小さな紙を取り出し、地面に置く。慎吾には渡さない。ただ、そこに置いて、立ち去る。


 慎吾は紙を見る。白い紙に、電話番号とメールアドレスが書かれている。慎吾は紙を拾い、しばらく手に持っている。捨てるでもなく、捨てないでもなく。


 「世界のためになる」という言葉が、頭に残っている。


 慎吾は紙を折り、ポケットに入れた。





 夜。


 対策室の一室。エマが藤崎に報告している。


 エマ「拒絶されました」


 藤崎「……予想通りだ」


 藤崎が椅子に座り、資料を見る。


 エマ「強制する手段はありますか」


 その問いは、冷静だ。感情がない。ただ、選択肢を確認しているだけ。


 藤崎「今は、ない」


 エマ「分かりました」


 エマは、それ以上何も求めない。ただ頷き、部屋を出る。


 廊下を歩きながら、エマは窓の外を見た。廃墟が広がっている。月明かりに照らされた廃墟は、まるで墓場のようだ。


 エマ「柊慎吾……」


 エマは独言する。


 エマ「あなたが鍵です。それは、間違いない」


 その言葉には、確信がある。だが、焦りはない。エマには時間がある。待つことができる。


 一方、慎吾は自分のアパートにいた。


 窓の外を見ながら、エマの紙を手に持っている。紙は小さく、簡素だ。だが、その重さは、慎吾の手に確かにある。


 左腕『あの女。何者だ』


 慎吾「国連の研究者」


 左腕『左腕のサンプルを欲していた』


 慎吾「ああ」


 左腕『……興味がある』


 慎吾が左腕を見る。


 慎吾「お前が、興味があるのか」


 左腕は何も言わない。だが、その沈黙には「はい」がある。紋様が、微かに揺れている。まるで、何かを感じ取っているかのように。


 慎吾は紙を見つめる。「世界のためになる」という言葉が、再び頭に浮かぶ。


 慎吾「……俺に、世界を救う資格があるのか」


 その問いは、誰にも聞こえない。ただ、部屋の中に消えていく。


 慎吾は紙を折りたたみ、ポケットに戻した。捨てることはしない。だが、使うこともしない。ただ、持っている。


 窓の外で、月が雲に隠れる。部屋が暗くなり、慎吾の顔が影に沈む。


 左腕の紋様だけが、微かな光を帯びて、闇の中で揺れていた。

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