第35話「陽菜の笑顔の裏」
治療施設の片隅で、陽菜は避難民の傷に治療魔法をかけ続けていた。光が傷を包み込んでいく。老人が礼を言って去っていき、次の患者が来る。中年の女性だ。打撲の跡。魔物に襲われた痕だ。
陽菜は治療魔法を発動するが、今日の光は少し弱い。いつもより力が入らない。集中し直すと、光は強まり、傷は治っていくが、陽菜の額には汗が浮かんでいる。
女性「ありがとうございます」
陽菜「いえ……お大事にしてください」
女性が去った後、陽菜は椅子に座り込んで深呼吸をする。体が重い。心も重い。だが、すぐに立ち上がって次の患者を呼ぶ。立ち止まってしまえば、きっと崩れてしまうから。
そして夕方。陽菜は治療施設の奥にある小部屋に呼ばれた。ベッドに、老婦人が横たわっている。呼吸が浅く、弱々しい。
支援者「白石さん……この方、朝から容態が……」
陽菜「分かりました」
支援者が去り、陽菜は老婦人の横に座った。老婦人の顔には深い皺が刻まれ、その目は半分閉じている。
陽菜「おばあさん。大丈夫ですか」
老婦人「……白石さん」
かすれた声。陽菜は老婦人の手を握る。冷たい。
老婦人「……ありがとう」
陽菜「まだ、ありがとうは早いですよ。今、治療しますから」
陽菜は杖を構え、治療魔法を発動する。光が老婦人を包む。だが、体は反応しない。魔力が吸い込まれていくだけで、何も変わらない。
陽菜「……おかしい」
陽菜は集中を深め、光を強める。額に汗が滲む。呼吸が荒くなる。だが老婦人の呼吸は、少しずつ弱まっていく。
陽菜「……待って」
声が震える。
陽菜「まだ……まだ終わってない」
光が揺れる。陽菜の魔力が底をつきかけている。だが、老婦人の胸は動かない。呼吸が、止まっている。
陽菜の手が止まる。光が消える。
静寂。
陽菜「……嘘」
老婦人の手を握る。さっきより冷たい。もう、温もりが残っていない。
陽菜「……おばあさん」
返事はない。陽菜は老婦人の手を両手で包み込むが、その手はもう何も返してこない。ただ、そこにあるだけ。
陽菜の目から、涙が溢れてくる。
陽菜「ごめんなさい」
声が震える。
陽菜「ごめんなさい。ごめんなさい」
その言葉を、何度も繰り返す。だが老婦人は、もう何も言わない。
どれくらいそうしていたのか。他の支援者が扉を開ける音がして、陽菜は我に返った。
支援者「白石さん……」
陽菜「……間に合いませんでした」
支援者は何も言わず、ただ頷いた。陽菜は立ち上がり、涙を拭う。そして笑顔を作ろうとする。だが、顔の筋肉が動かない。笑えない。
陽菜「……すみません。少し、休ませてください」
支援者「白石さん……無理しないで」
陽菜「大丈夫です」
その言葉を最後に、陽菜は施設を出た。
夜。
灯火の会の施設の一角にある小さな部屋。陽菜はベッドに座り、窓の外に広がる廃墟を見つめている。月明かりが、壊れた建物の輪郭を浮かび上がらせている。まるで、骨だけが残った死体のように。
陽菜はメモ帳を開いた。そこには、自分で書いた言葉が並んでいる。
「希望を持って」
「諦めない」
「笑顔」
「みんなを救う」
それらの言葉を見つめているうちに、涙が止まらなくなった。
陽菜「……嘘だ」
メモ帳を抱きしめる。
陽菜「全部、嘘だった。希望なんて……ない。私は……誰も救えない」
声を上げて泣く。これまで押し殺してきた全てが、堰を切ったように溢れ出す。弟の死。救えなかった人々。そして、老婦人の死。全てが、陽菜の胸を締め付ける。
陽菜「……私は、私は……」
言葉が出ない。ただ、泣く。声を殺さずに、泣く。泣き声は小さな部屋に響き、廃墟の夜に吸い込まれていく。
それは、陽菜が初めて自分の絶望に向き合った瞬間だった。希望という名の鎧が、音を立てて砕け散る。
しばらく泣いた後、陽菜は窓の外を見た。遠くに、慎吾のアパートがある方向が見える。
陽菜「柊さんも…同じなんだ」
自分の手を見る。治療魔法を使う手。だが、この手は老婦人を救えなかった。弟も救えなかった。誰も、救えなかった。
陽菜「……私は、誰も支えられない。柊さんを支えるなんて……」
メモ帳を閉じる。
陽菜「もう…笑えない」
諦めの言葉ではない。ただの、事実。陽菜の顔は、もう笑顔を作ることを拒否している。
ベッドに横になり、目を閉じる。だが眠れない。頭の中で、老婦人の顔が浮かぶ。弟の顔も浮かぶ。そして、慎吾の疲れ切った顔も浮かぶ。
陽菜「……ごめんなさい。ごめんなさい」
その言葉を繰り返しながら、再び涙が流れる。月明かりの中、陽菜はただ一人、小さく震えていた。
翌日。
冴が陽菜を呼んだ。静かな部屋で、二人は向かい合っている。冴はお茶を淹れ、陽菜に差し出した。
陽菜「……ありがとうございます」
二人で静かにお茶を飲む。陽菜は俯いたまま、何も言わない。
冴「陽菜ちゃん。昨夜のこと、聞いたわ」
陽菜「……はい」
冴「老婦人が……」
陽菜「はい。間に合いませんでした」
冴「……そう」
沈黙が流れる。冴は陽菜の顔を見つめている。陽菜は俯いたまま、お茶を飲んでいる。その手が、微かに震えている。
冴「陽菜ちゃん。無理しすぎるのは、あなたの悪い癖ね」
陽菜「……癖じゃないです」
陽菜が笑顔を作ろうとする。だが、顔の筋肉が動かない。笑えない。冴はその様子を見て、深く息を吐いた。
冴「……休んでね」
陽菜「はい」
冴「無理に笑わなくていいのよ。あなたは、いつも笑顔でいる。でも、それは疲れるでしょう」
陽菜「……」
冴「時には、泣いてもいい。時には、休んでもいい。誰も、あなたを責めやしないわ」
陽菜の目から、涙が溢れる。
陽菜「冴さん……でも、私……」
冴「泣きなさい。ここでなら、誰も見ていないから」
陽菜が声を上げて泣く。冴は静かに陽菜の肩に手を置き、何も言わずに、ただそこにいた。陽菜はしばらく泣き続け、冴はずっと陽菜の横にいた。
やがて陽菜の泣き声が小さくなり、静寂が戻ってくる。陽菜は顔を上げ、冴を見た。
陽菜「……私、もう笑えないかもしれません」
冴「それでいいのよ」
陽菜「……え」
冴「無理に笑わなくていい。泣きたいときは泣いて、休みたいときは休む。それでいいの」
陽菜「でも……」
冴「あなたは十分頑張ったわ。もう、自分を責めなくていい」
陽菜は何も言わず、ただ俯いた。冴はお茶を注ぎ足し、静かに陽菜の横に座っている。
窓の外に、廃墟が広がっている。陽菜は、その景色を見つめていた。
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