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終わらせるための魔法使い――魔物パンデミックと、壊れた世界の正しさ――  作者: 自ら(Youtubeで朗読ver投稿中‼️)
3章-真実

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第34話「長谷川の食事」

 夜。


 慎吾が、アパートに戻ってきた。


 体が重い。


 今日も、十体以上の魔物を倒した。


 右肩に痛みがある。戦闘中に負った傷だ。


 慎吾は、階段を上る。


 三階の自室の前に到着する。


 ドアの前に、袋が置いてあった。


 慎吾が、立ち止まる。


 袋の中から、温かい匂いがする。


 慎吾が、袋を持ち上げる。


 中には、容器に入った食事が入っている。


 豚の角煮。白米。味噌汁。


 そして、小さなメモが入っている。


 「食べてくれ」


 長谷川の筆跡だ。


 慎吾は、袋を持って部屋に入った。





 慎吾の部屋は、簡素だった。


 ベッド、机、椅子だけ。


 窓の外には、廃墟が見える。


 慎吾が、袋を机の上に置く。


 そして、容器を開ける。


 湯気が立ち上る。


 豚の角煮の匂いが、部屋に広がる。


 慎吾は、しばらくその匂いを嗅いでいた。


 いつから、こんな温かい食事をしていなかっただろう。


 普段は、コンビニのおにぎりか、カップ麺だ。


 慎吾が、箸を手に取る。


 そして、角煮を口に運ぶ。


 味が、口の中に広がる。


 甘辛い醤油の味。柔らかい肉。


 慎吾は、無言で食べ続けた。


 白米を食べる。味噌汁を飲む。


 温かい。


 体の中に、温かさが広がる。


 慎吾は、全部食べ終わった。


 そして、箸を置く。


 しばらく、動かなかった。


 慎吾「……美味しかった」


 その言葉は、独言だった。





 翌日の夜。


 慎吾が、再びアパートに戻ってきた。


 今日も、疲れ切っている。


 階段を上る。


 自室の前に、また袋が置いてある。


 慎吾が、それを見て、立ち止まる。


 今日は、魚の煮付けと、おひたしと、味噌汁だ。


 メモには、また「食べてくれ」と書いてある。


 慎吾は、袋を持って部屋に入った。


 食べ終わった後、慎吾は容器を洗った。


 そして、長谷川の部屋の前に、容器を置こうとする。


 その時、ドアが開いた。


 長谷川誠が、立っている。


 年齢は六十代。髪は白髪交じり。穏やかな顔をしている。


 長谷川「柊」


 慎吾「……長谷川さん」


 長谷川「食べたか」


 慎吾「はい。美味しかったです」


 長谷川「そうか」


 沈黙。


 長谷川が、口を開く。


 長谷川「今日も、作りすぎた」


 慎吾「……」


 長谷川「明日も、持っていく」


 慎吾「……いいんですか」


 長谷川「構わない。一人で食べても、余る」


 慎吾「……ありがとうございます」


 長谷川が、微かに笑う。


 長谷川「礼はいらない」


 長谷川が、容器を受け取る。


 長谷川「おやすみ」


 慎吾「……おやすみなさい」


 ドアが閉まる。


 慎吾は、自室に戻った。





 数日後。


 長谷川が、再び食事を作っている。


 キッチンで、魚を焼く音がする。


 長谷川は、一人で料理をしている。


 手慣れた手つきだ。


 魚を焼き、野菜を切る。


 味噌汁を作る。


 すべてが、丁寧だ。


 長谷川は、かつて妻と一緒に料理をしていた。


 妻は、五年前に病気で死んだ。


 それから、長谷川は一人だった。


 最初の一年は、何も食べなかった。


 料理をする気力もなかった。


 だが、ある日、隣の老婆が、味噌汁を持ってきた。


 「食べなさい」


 その一言だけだった。


 老婆は、それから毎日、味噌汁を持ってきた。


 長谷川は、それを食べた。


 そして、少しずつ、生きる気力が戻った。


 老婆は、一年後に死んだ。


 だが、長谷川は、その恩を忘れなかった。


 だから、今、長谷川は柊慎吾に、同じことをしている。


 長谷川「……あの子も、一人だ」


 長谷川は、食事を容器に入れる。


 そして、慎吾の部屋の前に置きに行く。





 その日の夜。


 慎吾が、食事を食べている。


 今日は、鶏の照り焼きと、サラダと、味噌汁だ。


 慎吾は、黙々と食べている。


 味噌汁を飲む。


 温かい。


 慎吾は、ふと思った。


 長谷川さんは、なぜ自分に食事を持ってくるのだろう。


 理由は分からない。


 だが、嫌ではない。


 むしろ、この温かさが、少しだけ、慎吾の心を緩める。


 慎吾は、食べ終わった後、容器を洗った。


 そして、長谷川の部屋の前に、容器を置く。


 ドアをノックする。


 長谷川が、ドアを開ける。


 長谷川「柊」


 慎吾「……ありがとうございました」


 長谷川「美味しかったか」


 慎吾「はい」


 長谷川「ならいい」


 沈黙。


 長谷川が、口を開く。


 長谷川「柊。少し、話をしてもいいか」


 慎吾「……はい」


 長谷川「部屋に入るか」


 慎吾「……はい」





 長谷川の部屋は、慎吾の部屋より広かった。


 家具も多い。本棚、テレビ、ソファ。


 壁には、写真が飾ってある。


 長谷川と、女性の写真だ。


 おそらく、妻だろう。


 長谷川が、お茶を淹れる。


 慎吾は、ソファに座っている。


 長谷川が、お茶を持ってくる。


 二人で、お茶を飲む。


 沈黙。


 長谷川が、口を開く。


 長谷川「柊。お前、無理してないか」


 慎吾「……いつも通りです」


 長谷川「そうか」


 長谷川が、お茶を飲む。


 長谷川「俺も昔は、一人だった」


 慎吾「……」


 長谷川「妻を失って、何年も誰とも話さなかった」


 長谷川が、窓の外を見る。


 長谷川「食事も作らなかった。何も食べなかった」


 長谷川「生きている意味が、分からなかった」


 慎吾は、黙って聞いている。


 長谷川「だが、ある日、隣の老婆が、味噌汁を持ってきた」


 長谷川「『食べなさい』。それだけ言って、去った」


 長谷川「老婆は、それから毎日、味噌汁を持ってきた」


 長谷川「俺は、それを食べた」


 長谷川「そして、少しずつ、生きる気力が戻った」


 長谷川が、慎吾を見る。


 長谷川「だから、俺は今、お前に同じことをしている」


 慎吾「……」


 長谷川「お前は、一人で戦っている」


 長谷川「だが、一人で戦い続けると、心が壊れる」


 長谷川「だから、せめて食事だけでも、温かいものを食べてほしい」


 慎吾は、何も言えなかった。


 長谷川の言葉が、心に染みる。


 長谷川「……お前、変わったな」


 慎吾「……そうですか」


 長谷川「最初に会った時より、少し人間らしくなった」


 慎吾「……」


 長谷川「それでいい」


 慎吾は、答えなかった。


 だが、否定もしなかった。


 長谷川「柊。お前は、まだ若い」


 長谷川「まだ、やり直せる」


 慎吾「……やり直せません」


 長谷川「なぜだ」


 慎吾「俺は……仲間を殺しました」


 長谷川「……」


 慎吾「その罪は、消えません」


 長谷川「消えない」


 慎吾「……はい」


 長谷川「だが、生きることはできる」


 慎吾「……」


 長谷川「罪を背負って、生きる。それも、一つの道だ」


 慎吾は、何も言わなかった。


 長谷川の言葉の意味が、完全には理解できない。


 だが、その言葉が、温かいことは分かる。


 長谷川「……まあ、説教はこれくらいにしよう」


 長谷川が、立ち上がる。


 長谷川「明日も、食事を持っていく」


 慎吾「……ありがとうございます」


 長谷川「礼はいらない」


 慎吾が、立ち上がる。


 長谷川「おやすみ」


 慎吾「……おやすみなさい」


 慎吾が、部屋を出る。





 慎吾が、自室に戻った。


 ベッドに座る。


 窓の外を見る。


 月が見える。


 慎吾は、長谷川の言葉を思い出していた。


 「少し人間らしくなった」


 慎吾「……俺は、変わっているのか」


 答えは出ない。


 だが、その問いを問えたこと自体が、何かの変化かもしれない。


 慎吾は、ベッドに横になった。


 目を閉じる。


 だが、眠れない。


 長谷川の言葉が、頭の中で繰り返される。


 「罪を背負って、生きる」


 慎吾「……生きる」


 その言葉が、少しだけ、現実味を帯びている。


 以前は、「生きる」という言葉に、何の意味も感じなかった。


 だが、今は、少しだけ、違う。


 慎吾「長谷川さんみたいに……」


 その言葉が、声にならない程度で出る。


 「生きられたら」


 だが、その言葉は完成しない。


 慎吾は、左腕を見る。


 紋様が、微かに揺れる。


 左腕『……眠れ』


 慎吾「……ああ」


 慎吾は、目を閉じた。


 静寂が、部屋を包む。


 窓の外に、月の光が差し込む。


 慎吾の顔に、微かな安らぎがある。


 それは、長谷川の食事がもたらした、小さな変化だった。

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