第34話「長谷川の食事」
夜。
慎吾が、アパートに戻ってきた。
体が重い。
今日も、十体以上の魔物を倒した。
右肩に痛みがある。戦闘中に負った傷だ。
慎吾は、階段を上る。
三階の自室の前に到着する。
ドアの前に、袋が置いてあった。
慎吾が、立ち止まる。
袋の中から、温かい匂いがする。
慎吾が、袋を持ち上げる。
中には、容器に入った食事が入っている。
豚の角煮。白米。味噌汁。
そして、小さなメモが入っている。
「食べてくれ」
長谷川の筆跡だ。
慎吾は、袋を持って部屋に入った。
慎吾の部屋は、簡素だった。
ベッド、机、椅子だけ。
窓の外には、廃墟が見える。
慎吾が、袋を机の上に置く。
そして、容器を開ける。
湯気が立ち上る。
豚の角煮の匂いが、部屋に広がる。
慎吾は、しばらくその匂いを嗅いでいた。
いつから、こんな温かい食事をしていなかっただろう。
普段は、コンビニのおにぎりか、カップ麺だ。
慎吾が、箸を手に取る。
そして、角煮を口に運ぶ。
味が、口の中に広がる。
甘辛い醤油の味。柔らかい肉。
慎吾は、無言で食べ続けた。
白米を食べる。味噌汁を飲む。
温かい。
体の中に、温かさが広がる。
慎吾は、全部食べ終わった。
そして、箸を置く。
しばらく、動かなかった。
慎吾「……美味しかった」
その言葉は、独言だった。
翌日の夜。
慎吾が、再びアパートに戻ってきた。
今日も、疲れ切っている。
階段を上る。
自室の前に、また袋が置いてある。
慎吾が、それを見て、立ち止まる。
今日は、魚の煮付けと、おひたしと、味噌汁だ。
メモには、また「食べてくれ」と書いてある。
慎吾は、袋を持って部屋に入った。
食べ終わった後、慎吾は容器を洗った。
そして、長谷川の部屋の前に、容器を置こうとする。
その時、ドアが開いた。
長谷川誠が、立っている。
年齢は六十代。髪は白髪交じり。穏やかな顔をしている。
長谷川「柊」
慎吾「……長谷川さん」
長谷川「食べたか」
慎吾「はい。美味しかったです」
長谷川「そうか」
沈黙。
長谷川が、口を開く。
長谷川「今日も、作りすぎた」
慎吾「……」
長谷川「明日も、持っていく」
慎吾「……いいんですか」
長谷川「構わない。一人で食べても、余る」
慎吾「……ありがとうございます」
長谷川が、微かに笑う。
長谷川「礼はいらない」
長谷川が、容器を受け取る。
長谷川「おやすみ」
慎吾「……おやすみなさい」
ドアが閉まる。
慎吾は、自室に戻った。
数日後。
長谷川が、再び食事を作っている。
キッチンで、魚を焼く音がする。
長谷川は、一人で料理をしている。
手慣れた手つきだ。
魚を焼き、野菜を切る。
味噌汁を作る。
すべてが、丁寧だ。
長谷川は、かつて妻と一緒に料理をしていた。
妻は、五年前に病気で死んだ。
それから、長谷川は一人だった。
最初の一年は、何も食べなかった。
料理をする気力もなかった。
だが、ある日、隣の老婆が、味噌汁を持ってきた。
「食べなさい」
その一言だけだった。
老婆は、それから毎日、味噌汁を持ってきた。
長谷川は、それを食べた。
そして、少しずつ、生きる気力が戻った。
老婆は、一年後に死んだ。
だが、長谷川は、その恩を忘れなかった。
だから、今、長谷川は柊慎吾に、同じことをしている。
長谷川「……あの子も、一人だ」
長谷川は、食事を容器に入れる。
そして、慎吾の部屋の前に置きに行く。
その日の夜。
慎吾が、食事を食べている。
今日は、鶏の照り焼きと、サラダと、味噌汁だ。
慎吾は、黙々と食べている。
味噌汁を飲む。
温かい。
慎吾は、ふと思った。
長谷川さんは、なぜ自分に食事を持ってくるのだろう。
理由は分からない。
だが、嫌ではない。
むしろ、この温かさが、少しだけ、慎吾の心を緩める。
慎吾は、食べ終わった後、容器を洗った。
そして、長谷川の部屋の前に、容器を置く。
ドアをノックする。
長谷川が、ドアを開ける。
長谷川「柊」
慎吾「……ありがとうございました」
長谷川「美味しかったか」
慎吾「はい」
長谷川「ならいい」
沈黙。
長谷川が、口を開く。
長谷川「柊。少し、話をしてもいいか」
慎吾「……はい」
長谷川「部屋に入るか」
慎吾「……はい」
長谷川の部屋は、慎吾の部屋より広かった。
家具も多い。本棚、テレビ、ソファ。
壁には、写真が飾ってある。
長谷川と、女性の写真だ。
おそらく、妻だろう。
長谷川が、お茶を淹れる。
慎吾は、ソファに座っている。
長谷川が、お茶を持ってくる。
二人で、お茶を飲む。
沈黙。
長谷川が、口を開く。
長谷川「柊。お前、無理してないか」
慎吾「……いつも通りです」
長谷川「そうか」
長谷川が、お茶を飲む。
長谷川「俺も昔は、一人だった」
慎吾「……」
長谷川「妻を失って、何年も誰とも話さなかった」
長谷川が、窓の外を見る。
長谷川「食事も作らなかった。何も食べなかった」
長谷川「生きている意味が、分からなかった」
慎吾は、黙って聞いている。
長谷川「だが、ある日、隣の老婆が、味噌汁を持ってきた」
長谷川「『食べなさい』。それだけ言って、去った」
長谷川「老婆は、それから毎日、味噌汁を持ってきた」
長谷川「俺は、それを食べた」
長谷川「そして、少しずつ、生きる気力が戻った」
長谷川が、慎吾を見る。
長谷川「だから、俺は今、お前に同じことをしている」
慎吾「……」
長谷川「お前は、一人で戦っている」
長谷川「だが、一人で戦い続けると、心が壊れる」
長谷川「だから、せめて食事だけでも、温かいものを食べてほしい」
慎吾は、何も言えなかった。
長谷川の言葉が、心に染みる。
長谷川「……お前、変わったな」
慎吾「……そうですか」
長谷川「最初に会った時より、少し人間らしくなった」
慎吾「……」
長谷川「それでいい」
慎吾は、答えなかった。
だが、否定もしなかった。
長谷川「柊。お前は、まだ若い」
長谷川「まだ、やり直せる」
慎吾「……やり直せません」
長谷川「なぜだ」
慎吾「俺は……仲間を殺しました」
長谷川「……」
慎吾「その罪は、消えません」
長谷川「消えない」
慎吾「……はい」
長谷川「だが、生きることはできる」
慎吾「……」
長谷川「罪を背負って、生きる。それも、一つの道だ」
慎吾は、何も言わなかった。
長谷川の言葉の意味が、完全には理解できない。
だが、その言葉が、温かいことは分かる。
長谷川「……まあ、説教はこれくらいにしよう」
長谷川が、立ち上がる。
長谷川「明日も、食事を持っていく」
慎吾「……ありがとうございます」
長谷川「礼はいらない」
慎吾が、立ち上がる。
長谷川「おやすみ」
慎吾「……おやすみなさい」
慎吾が、部屋を出る。
慎吾が、自室に戻った。
ベッドに座る。
窓の外を見る。
月が見える。
慎吾は、長谷川の言葉を思い出していた。
「少し人間らしくなった」
慎吾「……俺は、変わっているのか」
答えは出ない。
だが、その問いを問えたこと自体が、何かの変化かもしれない。
慎吾は、ベッドに横になった。
目を閉じる。
だが、眠れない。
長谷川の言葉が、頭の中で繰り返される。
「罪を背負って、生きる」
慎吾「……生きる」
その言葉が、少しだけ、現実味を帯びている。
以前は、「生きる」という言葉に、何の意味も感じなかった。
だが、今は、少しだけ、違う。
慎吾「長谷川さんみたいに……」
その言葉が、声にならない程度で出る。
「生きられたら」
だが、その言葉は完成しない。
慎吾は、左腕を見る。
紋様が、微かに揺れる。
左腕『……眠れ』
慎吾「……ああ」
慎吾は、目を閉じた。
静寂が、部屋を包む。
窓の外に、月の光が差し込む。
慎吾の顔に、微かな安らぎがある。
それは、長谷川の食事がもたらした、小さな変化だった。
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